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第222話 天上族、到着

「すげぇ! こんな高さまで飛んだのは初めてだ」


 ヴォルフに抱きかかえられたイーニャは、そっと足下を覗き見る。

 そこにあったのは、海と大地しか見えない世界だった。

 あまりに高すぎて、人間やその集落ですら確認することができない。

 蒼い海、深緑の森、荒涼とした砂漠、雪をかぶった山脈だけが見えるだけだった。


 少し目線を上げると、丸い地平が広がっていた。

 そう。エミルリアもストラバールと同じく、丸かったのである。


 世界が丸い。


 ストラバールの学者が全く及びもつかなかった真実を確認するヴォルフ一行。

 その狼娘の口から出たのは、ひとえに憧憬の念だった。


「綺麗……。青い宝石みたいだ」


 イーニャは声を漏らす。

 世界の7割以上を覆う海。

 そのおかげか世界は、彼女の言う通り青いラピスラズリのようにぼうと光っていた。


 それはエミルリアだけではない。

 ゆっくりと近づきつつあるストラバールも一緒だった。


『なあ、ご主人。こんな高さまで飛んで大丈夫なのかニャ? 高い山を登ると、急に息苦しくなるニャろ? あれと同じことが起きないニャか?』


 そう言えば、そうだ。ヴォルフは首を捻った。


 昔レミニアが言っていたことなのだが、高地に行くと息苦しくなるのは、空気が薄い(ヽヽ)せいなのだそうだ。

 『薄い』という表現がよくわからなかったが、要は空気が少ないということらしい。


 それは高ければ高いほどということらしいのだが、今エミルリアにあるどんな高い場所よりも、ヴォルフは高く飛んでいる。

 翼をはためかせ、さらに上昇し、ストラバールに向かっていた。

 本来であれば、空気が極限にまで薄くなり、息ができないはずだ。


「(これもレミニアの強化のおかげかな……)」


 強化というよりは、もはや奇跡に近い。

 レミニアは【大勇者(レジェンド)】であり、そして天才少女だ。

 こういうことになることも見越していたのかもしれない。


「(とはいえ、この魔法の燃料は俺の魔力だ。果たして、あのストラバールまで持つかどうかだな)」


 その心配もあったが、今ヴォルフの胸中を掻き乱しているのは、魔獣と共にストラバールに向かったエラルダの存在だ。


 かの地に降り、今彼女は何をしているのか。

 何をしようとしているのか。

 さすがのヴォルフにもわからなかった。



 ◆◇◆◇◆



 一方、その頃――。

 ストラバールでもまた、巨大化した月を見て大騒ぎになっていた。

 むろん、それはレクセニル王国も例外ではない。

 すでにラーナール教団のアジトの襲撃どころではなく、王都も王宮も上を下への大騒ぎになっていた。


「あれが、エミルリアだと――――!!」


 ムラド王は玉座を蹴り、立ち上がる。

 最近体調が悪く、立つことすら難しい老体が、すっと背筋を伸ばし、大きく瞼を開き、目を剥いた。

 その動揺は周りで話を聞いていた大臣以下家臣や貴族、諸侯にも伝播する。

 冷静だったのは、王の前に拝跪したレミニアと、事前に説明を受けていたハシリーだけだった。


 レミニアは顔を伏せたまま答える。


「はい。間違いありません」


「信じられない。――――が、【大勇者(レジェンド)】であるそなたが言うのだ。間違いないのだろう」


 ムラド王は瞳を細める。

 その視線の方向は、震えたレミニアの手があった。

 怖いのではない。

 心配なのだ。

 報告でムラドもヴォルフがエミルリアに渡ったことは聞いている。

 だが、そのエミルリアが今ストラバールに迫ろうとしているのだ。


 何かあったと考えるべきだろう。


 ヴォルフよりも年を取った王は、ゆっくりと玉座に着く。

 皆を諫めるように手を振った後、落ち着いた調子で話を始めた。


「原因はやはり愚者の石(アンチ・エクサリー)か」


「おそらく……。向こうで生成され、その力によってストラバールが引き寄せられているのだと思います」


「そなたから二重世界理論ダブル・ワールド・シナリオ愚者の石(アンチ・エクサリー)の話を聞いた時、よもやと思っていたが、本当に最悪の事態が訪れたのだな」


「はい……。申し訳ありません。王より【大勇者(レジェンド)】という称号を賜りながら、防ぐことができませんでした。責任はこのヴォルフの娘レミニア・ミッドレスにあります」


「ふふ……」


 突如、ムラド王は笑い出す。

 レミニアは思わず顔を上げた。


「陛下……?」


「よく似ておる。お主ら親子は……。ヴォルフがそなたと同じ立場であったなら、同様のことを申したであろうな」


 何か少し安心したように、ムラド王はヴォルフを見るようにその娘を見つめた。

 やがてその表情を険しくし、問う。


「頭の良いそなたのことだ。この事態についても予期していたのだろう」


「恐れながら……。口に出すのも憚る内容だったもので」


「事前に聞いておれば、誰も信じなかったであろう。そなたの父親以外はな」


 ムラド王は視線を逸らす。

 窓外に顔を向けると、そこには巨大化した月――エミルリアの姿があった。

 しばし望んだ後、再びレミニアに視線を戻す。


「して――。何か対応策は考えているのか?」


「はい。すでに……」


 その頼もしい言葉を聞き、周りの者たちはざわめく。

 【大勇者(レジェンド)】に策があるというのだ。

 その言葉は、何よりも人心を捕らえた。


 だが、レミニアは浮かない顔のままだ。


「では、早速――――」


 ムラド王が言いかけたが、レミニアは首を振った。


「恐れながら、陛下。この対応策は時が必要です」


「ほう。それはどれぐらい……」


「父が帰ってくるまでです」


「ヴォルフが戻ってくるのか!?」


 ムラド王は身を乗り出し、喜んだ。


 今回の件で、ヴォルフの安否は不明なままだ。

 すでに王国の技師を派遣し、ヴォルフが使った転送装置の解析が済んだが、転送が出来なくなっているらしい。

 それは機械の問題よりも、向こうの装置の問題だと、レミニアは指摘した。


「パ…………ヴォルフ・ミッドレスは必ず戻ってきます」


 力強く断言する。


 いくらレミニアでも、今エミルリアで起こっている事は憶測を積み上げることしかできない。

 だが、ヴォルフは強い。

 そして過保護な娘は、ヴォルフが生き残るためにあらゆる手を打っている。

 きっと生きているはずだ、と信じていた。


「だから、それまでは…………」


「レミニア・ミッドレス……。それは些か私事でありすぎぬか?」


 苦言を呈したのは、内大臣レッセルだ。

 レミニアよりも王の近くに控えた小男は、ギロリと睨んだ。


「レクセニルだけではない。仮にあのような大きなものが大地に降ってくれば、このストラバールがどうなるのか……」


「レッセル、もう良い」


「しかし、陛下!」


 基本レッセルはイエスマンだ。

 王の命令に従うことの方が多い。

 かつてレクセニル王国が腐敗していた時ですら、この内大臣は国王に味方した。


 その彼ですら、世界の未曾有の危機の中にあって、君主の言葉を曲げずにいられなかったのだ。


「良い、レッセル。そなたが悪役にならなくてもよい」


「へ、陛下……」


 ムラド王はすぐにレッセルの気持ちを汲んだ。

 レッセルと同じことを思った者は、この中に多い。

 だが、ヴォルフはムラド王との信頼が厚い冒険者だ。

 その命を否定するようなことを言うのは、難しい。


 故にあえて、レッセルは自分が王の怒りを買うようなことを申し出たのだ。


「レッセルの気持ちもわかる。そして、皆の気持ちもわかっている。だが、ここは余のわがままを通させてくれ」


 皆の表情が曇る。

 浮かない顔をした者がほとんどだが、反論する者はいなかった。


「しかし、【大勇者(レジェンド)】よ。ずっと待っているわけには行かぬぞ。エミルリアがこの世界にぶつかる前に、そなたの対応策というものを披露してもらわなければならぬ」


「心得ております」


 レミニアは深く頭を下げ、王と周囲のものに感謝した。



 ゴンッ!!



 突然、広間の扉が荒々しく開く。

 皆の視線が動くと、長い白髪を揺らしたカラミティが立っていた。

 ワインを注いだような紅の双眸の間には、深い皺が刻まれている。

 殺気だった様子の不死の姫を見て、悲鳴を上げるものもいた。


「カラミティ殿、どうした?」


 ムラドは落ち着き払い尋ねる。

 キッとカラミティの視線を向けられると、息を呑んだ。


「来たぞ」


「な、何がじゃ……」


「決まっている。敵だ」


 カラミティは薄く微笑む。

 その時、いち早く動いたのはレミニアだった。

 謁見の間を横切り、窓際に貼り付く。

 空を見て、これ以上にないぐらい顔を険しく整えた。


 その空にあったのは、天使の姿をした化け物。

 背後に、多くの魔獣を従えている。


 悪魔を従える神々しい天使を見ながら、レミニアは拳を強く握った。


「来たわね、天上族……」


 ついに天上族と化したエラルダ・マインカーラが、魔獣を伴い、ストラバールに降り立つのだった。


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