第220話 天使出現
後書きにて大事なお知らせがございます。
愚者の石……。
その力はあまりに膨大だ。
ストラバールのありとあらゆる魔力計器が吹っ飛ぶほどの力を持つ。
【大勇者】レミリアらの予測に寄れば、それはストラバールとエミルリアを1つにするほどの力を持っているという。
その力がついに解放された。
愚者の石に使われた素体は、レイル・ブルーホルド。
ストラバールでは【勇者】と謳われ、エミルリアでは教祖と崇められた男の力が、1つの小さな石へと変化し、あらゆる方向へと放出される結果となる。
無論、愚者の石の力は、ラーナール教団の神殿など容易く破壊する。
さらに魔手を伸ばして、大地を撫でた。
そう石からすれば、それは単なる始動でしかない。
しかし、その効果は絶大である。
大地が捲り上がり、エミルリアに繁茂する巨大樹をあっさりとなぎ倒し、根っこごと抜き去り、彼方へと吹き飛ばしてしまった。
中心部はかなりの深さまで抉られると、硬い岩石層ですら捲り上がる。
かなりの高高度まで打ち上がると、重力に引かれて飛来し、流星のように大地に降り注いで二次被害を与えた。
結果できあがったのは、その直径がわからないほどの巨大クレーターだった。
生物の気配が全くしない荒涼とした風景。
ジフと類する魔獣たちですら光の中に消え、あるのは静寂しかない。
そんな中、転がっていた岩が動く。
「よっ……」
風景と比べるとあまりに呑気な言葉が響く。
その岩の下から現れたのは、ヴォルフ、イーニャ、そしてミケだった。
ヴォルフは周囲を警戒する。
地平の果てまで続いて見えるようなクレーターに半ば驚きながら、側で結界を張っていたイーニャに声をかけた。
「イーニャ、もう大丈夫だ」
「ぷは……。はあ、はあ、はあ……」
尊敬するヴォルフの声を聞いて、イーニャは結界を解く。
すぐに膝と手を突き、四つん這いになってなんとか息を整えた。
タフさが売りでもある赤狼族の娘は、いつになく憔悴した顔で、大きな汗滴を滴らせる。
「よく頑張ったな、イーニャ」
「いや……。あたいだけじゃない。師匠の魔力を借りたからさ。さすがだよ、師匠。やっぱり保有する魔力量も桁違いだ」
イーニャはあくまでヴォルフを讃える。
口端を緩め、強がるように笑った。
『ご主人……』
気が付くと、ミケがヴォルフの側から離れていた。
その光景を見て、驚いている。
「ああ……。これが愚者の石の力なのだろう」
ヴォルフも同じ方向を見る。
息を飲むような光景に、ヴォルフもまた戦慄していた。
レミニアから聞いた賢者の石あるいは愚者の石の材料となる素体の適合者は3人。
レミニア、カラミティ、さらにヴォルフである。
こんな恐ろしい力が、少なくともあと3回解放できると考えると、如何にSSSランクとなった男でも、恐怖せずにはいられない。
仮に3つ解放されたとして、果たしてエミルリアやストラバールが壊滅せずに済むのだろうか――そんな柄にもないことを考えてしまった。
『それよりもエラルダは?』
ヴォルフは顔を上げた。
そう言えば、その姿がない。
爆風に巻き込まれたのだろうか。
愚者の石が放つ輝きと、エラルダが共鳴していたところまで確認できたが、そこから彼女の気配は消滅した。
だが、あの光の中にエラルダが消えたとは思えない。
きっとどこかで生きているはず。
レイルの狙いは、エラルダを天上族として、それを操り自ら支配者となることだった。
レイルの執念は本物だ。
その支配欲を満たすためだけに、エミルリアにまで戻ったのである。
そんな男が、肝心なところでミスするはずがない。
「し、ししょう……。あ、あれはなんだ…………」
別方向を見ていたイーニャが指差す。
ヴォルフとミケは同時に振り返った。
イーニャの指の先を見た時、1人と1匹は戦慄する。
弟子が指差していた先は、空だ。
そこに何かが浮かんでいた。
人間? いや違う。
人の形はしているが、その背中からはまるで手を広げるように大きな翼のようなものが生えていた。
一糸を纏わず、長い髪だけを揺らし、淡く光っていた。
「もしかして……」
『あれにゃ……』
「天使……」
古来から人間の創造物として、『天使』と呼ばれるものは絵画や英雄譚の中で描かれてきた。
翼を持ち、その背後に後光を宿しており、いずれも空から降臨する。
そんなありきたりとも言える『天使』の姿が、今まさに現実としてヴォルフ達の目に刻まれていた。
膝を抱え、空を漂っていた天使は唐突に目を開く。
その虹彩は赤く、そして白目の部分は黒く染まっている。
荒涼とした大地をその目で確認すると、身体を広げ、口を開いた。
「あああああああああああああああああああああああああああ!!」
絶叫、あるいは絶唱であった。
耳をつんざくような悲鳴。
もの悲しい響きをもたらす弦楽器の音色。
いずれにしても、そのすべてを足して何倍にも増幅させたような不協和音が、遮音する場所がない荒れ地に響き渡った。
ヴォルフたちは反射的に耳を塞ぐ。
それでも皮膚や骨を伝って、ヴォルフたちの脳を揺らした。
果たしてそれは産声であったのだろうか。
ゆっくりと天使が動く。
その瞬間であった。
「え?」
一瞬、ヴォルフは天使と目が合った。
何かを訴えかけるように。
「まさか……」
ヴォルフはそこでようやく気付く。
天使の正体を……。
「師匠、あれはなんだよ。見てるだけで震えが来る。尻尾に力が入らない。あたい、こんなこと初めてなんだ。何万って魔獣を前にしても、こんなことなかったのに」
イーニャは自然と二の腕をさする。
カチカチと奥歯を鳴らした。
【破壊王】と恐れられた赤狼族の戦士が、素直に自分の恐怖を吐露する。
その様子を見ながら、ヴォルフは答えた。
「あれは……エラルダだ…………」
「え? あの化け――――」
「イーニャ!」
「あ――――。ごめん。あたい……。エラルダは仲間なのに……」
イーニャはしゅんと項垂れる。
耳と尻尾を垂らした
その頭に、ヴォルフは手を置く。
「いや、俺の方こそすまない。怒鳴ったりして……」
「師匠は悪くないよ」
気恥ずかしそうにイーニャは言い淀む。
「イーニャの言う通りだ。エラルダはイーニャのかつての仲間だ。そして俺たちの仲間だ。まずは喜ぼう。彼女は生きていた」
「う、うん」
「だが、あの姿……。おそらくあれは――――」
一目見た時、ヴォルフは気付いた。
エラルダの気配が、あの謎の女と一緒であることを。
姿形は違うが、おそらくあれが天上族と呼ばれる存在なのだろう。
『ご主人!!』
唐突にミケは叫んだ。
その顔は呆然と空を望んでいる。
エラルダが飛んでいった方向を見ているのかと思えば違う。
ミケが見ていたのは、ずっと空の先だ。
思いの外、空は晴れていた。
真っ青だ。
塵や雲、あらゆるものが吹き飛んだからだろう。
大地は地獄のような様相をしているのに、息を飲むような青空が広がっている。
ミケが見ていたのは、その先であった。
「あ……」
ヴォルフも息を飲んだ。
その横で、イーニャもまた絶句している。
エミルリアの空に、巨大な月が浮かんでいた。
【コミカライズのお知らせ】
いつも『アラフォー冒険者、伝説になる』をお読みいただきありがとうございます。
書籍版の方は、昨年打ち切りなりまして、それでもWeb版の方は何とか最後までと思って続けていたのですが、この度なんとコミカライズが始まります!!
しかも、総合電子書籍ストア「BookLive!」×「フレックスコミックス」が贈る、異世界ファンタジー作品の新レーベル「COMICアーク」の創刊にて、連載することとなりました。
新レーベルの創刊に並べていただけるということで、身が引き締まる思いでおります。
漫画家はフレックスコミックス期待の新人タッ公先生になります。
新人とは思えない画力を持つ作家さんでして、ネームと完成原稿を見て、
1発で惚れ込みました!
是非漫画の世界の中で、躍動するヴォルフとレミニアを目撃下さい。
そうそう。肝心の配信日ですが、な、ななななんと11月11日明後日になります。
BookLive!にて、独占配信する予定ですので、是非とも応援の方よろしくお願いします。








