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第219話 勇者の計画

 ありえない!


 ヴォルフは叫んだ。

 確かにレミニアには得体の知れないところはある。

 それは認める。


 けれどだ。


 レミニアはヴォルフが育てた娘だ。

 最愛の娘なのだ。

 15年苦楽をともにし、共に互いの勇者になることを誓った。

 硬い絆で結ばれているのだ。


 そんな愛娘が、賢者の石(エクサリー)を作るために、自分を強くしていたなんて、絶対にあり得ない。


 ヴォルフに一抹の不満もない。

 きつくガズの言葉を否定し、いつになく鋭い視線を送る。

 それは獰猛な狼の目だ。

 愛娘を犯罪者呼ばわりしたのである。

 いや、それ以上に家族の絆を汚した相手を、許すことはできなかった。


「信じられないのも無理はないだろう。あれは(ヽヽヽ)そうやってお前に対する信頼を勝ち得たとは思わぬのか? それにお前をそこまで強化した理由はなんだ? それがわからぬまま、お前は親子愛だの家族愛だのという曖昧な理由で目をつむることができるのか? 愚かな……。実に愚かだ」


「黙れ、レイル! お前こそ、今の言葉をカラミティの前で言えるのか?」


「くはははは……。自分の問題を他人にすり替える。強がってはおるが、お前やはり不安なのであろう」


「なんだと!!」


 歯をむき出す。

 1度鞘に収めた刀に手を伸ばした。


「師匠!! 落ち着けって!!


『嬢ちゃんのことを言われて頭に来るのはわかるけど、一旦落ち着くにゃ、ご主人!! そいつをカラミティの元に連れて帰るんじゃないのかにゃ!!』


 イーニャとミケの言葉に挟まれる。

 おかげで少し落ち着いたようだが、ヴォルフの手が柄から離れることはなかった。


 ヴォルフには一抹の不安もない。

 それは自分でも確信している。

 それでも10割ではない。

 砂浜にある1粒砂ぐらいなら、不安は存在する。

 そして、それが愛しき娘に対する信頼を、最後の最後で阻んでいることは確かだ。


 今のヴォルフの心に、1粒ほどの不安が重くのしかかる。

 それは仕方のないことだ。

 15年間、一緒に暮らしてきて、1度も考えなかったことだからである。

 しかし、1度考え始めると際限なく膨らんでいく。

 ヴォルフは何度も振り払うのだが、消えることはない。

 レミニアとの美しい思い出まで汚されているようで、悲しかった。


 それを見て、レイルは愉快げに笑う。


「はははは……。それでいいのだ、ヴォルフ・ミッドレス」


「なに?」


「お前が見える世界は決して1つではない。ストラバールに、このエミルリアがあるように、考え方1つで物の見方が変わっていく。それもまた成長の証――――げはっ!!」


 レイルは喀血した。

 鮮血が口端から溢れ、髭を伝って司祭服に広がっていく。

 それでもレイルの野獣のような瞳から輝きは消えない。

 瀕死の状態にして尚、爛々と冴え、ヴォルフを睨んだ。


 一方ヴォルフはようやく戦闘態勢を解く。

 もう必要ないと感じたからだ。


「ヴォルフさん……」


 ヴォルフの腕を取ったのは、エラルダだった。

 何か言いたそうにして、口をむずむずさせている。

 人前で裸になることさえ厭わぬ娘にしては、随分と消極的な反応だったが、何が言いたいのかヴォルフにはわかった。


 ヴォルフはエラルダの頭を軽く撫でる。


「エラルダの好きにしたらいい」


「ありがとうございます」


 ペコリと頭を下げる。

 だが、すぐにヴォルフの方を振り返り。


「お礼は身体で……」


 ポッとエラルダは頬を染める。

 ヴォルフは呆然としたが、イーニャとミケの視線に気付いて慌てた。


「いい! いい! そういうことはしなくていいから!!」


 否定したが、何故かエラルダは口を尖らせた。

 そしてレイルに向かって手を伸ばす。


「良い、エラルダ」


「ですが、ガズ。このままではあなたが死んでしまいます」


「それで良いのだよ、エラルダよ」


「それは罰ですか? これまでのあなたの行いの?」


 いつになく真剣な表情で、エラルダは尋ねた。

 すると、レイルは大口を開けて笑う。


「違うな、エラルダ。そもそも私は何も罪をおかしていない。そもそもエミルリアに法と呼べるものはない。強いて言うならば、私が法なのだ」


「…………。そうですか。ならば、私も勝手にさせていただきます」


 エラルダが手を伸ばす。


「符号5388652……。自己破壊発動せよ」


 その瞬間であった。

 エラルダの身体がビクリと跳ねる。

 すると、その白い肌に無数の切り傷が浮かび上がった。


「がは…………。は…………。は…………」


 エラルダは呻く。

 大きく見開いた目からも血を流し、体内でもすでに血が溜まって息をすることすら難しいらしい。

 やがて、小さな身体はその場に崩れ落ちた。

 血が池のように広がっていく。


「エラルダ!!」


 真っ先に駆け寄ったのは、イーニャだった。

 慌てて、回復魔法をかける。

 だが、焼け石に水だ。

 回復魔法の効果を遥かに超えて、エラルダの身体に傷が付けられていく。


「レイル、貴様! 何をした?」


「エラルダを破壊したのだ」


「エラルダ、破壊した?」


「ん? 何も聞いてないのか、エラルダから」



 そやつは、人工的に作られた天上族だ。



「な――――ッ!!」


 ヴォルフはもちろん、イーニャやミケも絶句する。

 天上族というのにも驚きなのに、人工的とはどういうことか。

 今のエラルダの状況以上に、驚くべき事だった。


「私の目的は、天上族の復活。そしてその天上族を私が治めることだ」


「天上族を治める?」


「そうだ。それが私の夢であったからな。私は天上族を支配したかった。だが、その考えは危険だからと、ヤツらは私の羽をもぎ取り、排除した」


「…………」


「私は天上族を恨んだよ。だからだ! だから私はどんな手を使っても、この場所に戻ってきたかった!! 汚らしい不死の女の洗礼を受けてでもな」


 ヴォルフはあっとそこで気付いた。

 レイルの傷が徐々に治りかけていたのだ。

 忘れていたが、レイルはカラミティの洗礼を受けた。

 本人の回復力よりは、遥かに遅いが、このままでは再び元の姿に戻るだろう。

 彼を助けようと手を伸ばしたエラルダは、今死にそうになっているというのに。


「貴様は、そんなくだらない野望のために、カラミティの気持ちを踏みにじり、今お前を助けようとしたエラルダを殺すのか?」


 ヴォルフはついに怒る。

 柄を強く握った。

 いくら不死の力を得たといっても、首を落とせばレイルは蘇生できないはずだ。


「気持ちを踏みにじる? 助ける? 違うな、ヴォルフ・ミッドレスよ。お前は大きく勘違いしている。これはな、すべて計画だ」



 計画通りなのだ。



「何を言って――」


「私とあの不死の女の血は、相性が悪かったようだ。傷は治りかけているが、すでに意識を保っているのがやっとと言ったところだろう」


「待て。計画とはなんだ?」


「言ったであろう。天上族の復活……」


「はあ??」


「ヴォルフ・ミッドレスよ。お前に頼みがある」


「今さら何を言って……」


「エラルダを救って欲しい」


 訳がわからない。

 エラルダが今苦しんでいるのは、間違いなくレイルの仕業だというのに。


「聞け、ヴォルフ。私はもうすぐ愚者の石となる」


「お前が?」


「意外か? しかし、私もまた適合者だ。SSランクの魔力の持ち主。そしてすでに私が死んだ瞬間、愚者の石(アンチ・エクサリー)になる魔法がかけられている。それを――――」



 エラルダに与えてほしい。



 まさか――。

 ヴォルフは冷や汗を掻いた。

 何となくレイルの計画が読めたからだ。


 おそらくレイルは、愚者の石(アンチ・エクサリー)を使い、エラルダを本当の意味での天上族に仕立て上げるつもりだ。

 いや、それ以上の存在を作るつもりなのかもしれない。

 エラルダは第9階梯の魔法を操ることが出来る。

 それは非凡な才能だ。

 しかし、レイルはそれだけでは足りないと考えた。


 そのために、愚者の石(アンチ・エクサリー)が必要だったのだろう


 おそらく、計画は随分前から決められていた。

 そしてその仕上げが、ヴォルフとジフ、レイルとの対決だった。

 そのヴォルフに勝利しても敗北したとしても、勝敗など関係なく、レイルはエラルダに愚者の石を与えようとしていたのだ。


 自分の死すら利用する計画に、さしもの伝説の背筋も凍り付く。

 1度くだらないと唾棄したレイルの野望だが、その執念に身の毛がよだった。


「お前……。俺がエラルダに愚者の石(アンチ・エクサリー)を与えないとは考えないのか?」


「それはない。お前は必ずエラルダに愚者の石を与えるだろう。そうであろう? お人好しのヴォルフ・ミッドレスよ」


 レイルが赤黒く光る。

 その目から生気が失われ、天井を仰ぐ。

 最後に見たその唇は、やはり笑ったままだった。


 カラリ……。


 残ったのは、石だ。

 赤くも見え、黒くも見える。

 まるで人間の血のようだった。


 ヴォルフはそれを拾い上げる。


「かは――――ッ!!」


 横でエラルダが苦しそうに呻いていた。

 その意識はかろうじて保っているといった状態だ。

 もはや奇跡といってもいい。

 だが、限界は近い。


「師匠……」


 イーニャも複雑な思いだった。


 愚者の石が強力な魔力を秘めているのは、確かだ。

 おそらくこの力なら、今のエラルダを助けることができる。

 だが、天上族がどんな種族なのかは、ヴォルフもイーニャも知らない。

 果たして愚者の石を与えた時、エラルダがどんな反応を見せるかもわからなかった。


 それでも、ヴォルフに迷いはなかった。

 愚者の石を手の平に置き、エラルダに近づく。

 大きな影に気付いたエラルダは、かろうじて反応した。


「ヴォル…………フ…………さん…………」


「安心しろ、エラルダ。お前がどんな姿になろうとも……。俺はお前の味方だ」


 力強く宣言する。


 そして自分の口に愚者の石(アンチ・エクサリー)を含むと、エラルダに口移しする。

 そのままエラルダに、愚者の石を飲ませた。


 こくっ……。


 わずかにエラルダの喉が動く。

 その瞬間、赤い光が広い空間に広がるのだった。


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