第214話 200年前の真実
教祖ガスと呼ばれた男は、ついに玉座から降りる。
薄暗い闇から現れたのは、4、50歳ぐらいの男であった。
人参のような赤い髪。
顎の周りをおおう髪と同色の髭。
鉤鼻で、目はギョロリとして大きい。
体つきはゆったりとしたローブからでもわかるぐらいがっしりしている。
ヴォルフは間違いないと思った。
【不死の中の不死】カラミティ・エンドから聞いた容姿と一致することが多い。
特に赤毛は、彼の伝説を示す上で象徴的な色でもあった。
伝説を前にして、一瞬感動する己がいる。
レイルは冒険者――いや、戦う者すべての憧れだ。
その人間が今、目の前に立っている。
心が沸き立つのを、ヴォルフは抑えることができなかった。
しかし、ここは戦地である。
まして彼はラーナール教団の玉座に座っていた。
教祖と呼ばれる存在だ。
その事に疑問を投げかけずにはいられない。
「レイル……。あんたがなんで……どうして、ラーナール教団の教祖なんてやってるんだ?」
「愚問だな、ヴォルフ・ミッドレス。そして俺と同じ遅咲きの勇者よ」
「俺は勇者じゃない。冒険者だ。……いや、そんなことよりも」
「ラーナール教団は俺が作った教団だ。俺が教祖で何が悪い」
「な――なんだと!!」
「そもそも……お前たちは、俺を伝説と持ち上げるが、俺はストラバールの人間を救ったわけではない。単に俺の野心のために、あの時大量に発生した魔獣を駆逐したのだ」
「え? しかし、あんたは魔獣を倒すためにカラミティの洗礼を受けて……」
「ほう……。カラミティは目覚めたのか。息災か、不死の女王は?」
「ああ。ピンピンしてる。いなくなったあんたを心配してた。俺はエミルリアに渡ったあんたを連れ戻し、カラミティに会わせ――」
「無用だ。俺はカラミティに会うつもりなどない」
「え? しかし、あんたとカラミティは?」
「なんだ? 恋仲だったとでも言うのか? ふん。それはカラミティの勘違いであろう。……だが、そこまで知っているなら、教えてやろう」
「何を……?」
「真実とやらをだ」
レイル――いや教祖ガスは側によってきたジフの毛を撫でる。
やがて、ゆっくりと語り始めた。
「ます先に言っておこう。俺は天上族最後の生き残りだ」
「……。天上族は滅びたのではないのか?」
「ああ。そうだ。滅びた。俺は元天上族だ。……天上族には厳しい掟がある。そしてそれに背いた者は、翼を折られ、羽なしとして生きることを強要させられた上に、俺の場合は異世界へと流された。記憶まで封印されてな……。そして俺はストラバールで生きることになった。その時の名が――――」
「レイル・ブルーホルドか……」
「名前に特に意味はない。ただストラバールに着いて間もなく、一人暮らしの木こりの遺体を見つけた。年格好も似ていたからな。俺はそいつになりすますことを決めたのだ」
そうしてレイルは人気を避けるように慎ましく暮らした。
その頃は、自分が天上族の生き残りだとは知らなかった。
ただ山と家を往復する日々……。
「だがある時だ。近くの村のものが魔獣によって殺されるのを見た。何かと俺に世話をかけてくるお人好しの村娘だ。だが、重要なのは死んだ村娘などではない。娘を殺した魔獣を見た時、俺は恐怖に震えた」
天上族が俺を殺すために、魔獣を放ったのだと……。
「無意識的にそんな言葉が浮かんできた。その瞬間、俺は思い出した。俺が何者であったのか、と……」
自分が天上族だと思い出したレイルは、忘れていた野心を思い出し、エミルリアに戻ることを決めた。
「野心?」
「天上族の王になることだ」
「――――ッ!!」
「その時、すでに天上族は2つに割れていた。俺はその2つをまとめ上げ、王になることを宣言した。しかし、それが天上族の掟に触れて、俺は翼をもがれ、ストラバールに放逐された」
エミルリアに戻ることを決心するレイルだったが、仮に戻れたとしても羽なしとなった今では天上族に対抗する術などない。
それ故に、エミルリアとは違う魔法体系が発達したストラバールで、天上族に対抗する武力はないかと探した。
1つはワヒト王国の刀匠が作る刀。
天上族ですら手こずるアダマンロールを切れる武器を手に入れること。
「そして、もう1つが……」
「カラミティの力か……」
「そうだ。あれはもはや亜種天上族といっていい奇跡だ。俺ですら、彼女が何故このストラバールに生を受けたのかわからないほどにな。彼女の素晴らしさは、その不死性だけではない。その力を他者に分け与えることができることだろう」
「あんたは、それを利用した」
「そうだ。……翼をもがれた俺だが、唯一魔獣を御する片羽根の力だけは失っていなかった。この力はカラミティ率いるアンデッドたちにも通用した。俺が、カラミティに謁見ができたのも、あのゼッペリンという執事を操作することができたからだ」
「じゃあ、カラミティも――」
「彼女が俺に操られていたかどうかもわからん。彼女はアンデッドの真祖だからな」
その後も、レイルは各地を回った。
天上族に対抗するための力を得るために。
各地に勇者の伝説が生まれたのはそのためだ。
やがて準備が調い、レイルはついに魔獣戦線へと赴いた。
「俺はそこで多くの魔獣を斬った。それは魔獣の魔力を使って、エミルリアに渡りたかったからだ」
エミルリアに帰ったレイルだったが、程なくして天上族は大戦争を始めた。
レイルはそれを見ているだけでよかった。
それだけで天上族が、空から落ちていったからだ。
ついに天上族は滅び、そしてレイルはエミルリアの王となった。
羽なしと片羽根を束ね、魔獣すら御する力を持って、エミルリアに君臨するようになる。
「そして、あんたは……。エミルリアに飽き足らず、ストラバールの王になろうというのか。記憶を失ったあんたを受け入れ、力を貸してくれた人々を踏みにじってまで、そんなに王になることが重要か?」
「ストラバールとエミルリア……。俺はこの表と裏の世界を1つに束ねようと考えているだけだ」
「そんなことできるはずが……」
「できる。愚者の石さえあれば……」
そして俺は、新しい世界の王になる……。
レイル――いや、教祖ガズの顔が歪む。
くくく、と薄暗い笑声が漏れた。
「喜べ。そこには国や政府もなければ、しがらみも法もない。ひたすら自由の世界。ただ俺が王として君臨するだけの幸福な未来……。見てみたくないか、ヴォルフ・ミッドレスよ。お前ならわかるはずだ。人に虐げられることが、どのように無様なことか。アラフォー冒険者よ。お前ならわかるはずだ」
言いたいことはそれだけか。
ヴォルフの言葉が冷たく広間に響く。
やがて【剣狼】と呼ばれる男の瞳は、飢えた狼のように鋭く光った。
「確かに……。俺の人生の大半は空虚だったかもしれない。宿とギルドを行き来するだけの日々だった事は事実――。若いヤツにおいていかれ、陰口を叩かれ、いつしかあんたのようになると決めた志も忘れた。だが、それは俺が言うことであって、あんた自身が言うことじゃない。意味がないものかどうか俺が決めることであって、あんたが指差して決めることじゃない」
名声は人が決めたこと……。
だが、自分の価値は己が決める。
誰かがじゃない。自分が責任を持つ。
そう思わぬうちは、逃げているだけだ。
それでは伝説にはなれない。
「今のあんたを見ていると、そう思う。レイル・ブルーホルド。いや、教祖ガズ――――。あんたを倒す。そして俺は諦めないぞ。あんたを絶対にカラミティの元に引っ張っていく。勇者でなくなったあんたを裁くのは、俺じゃない。彼女にこそその権利がある!!」
「長い口上だな。わかるぞ。年を取ると、説教臭くなる。まあ、お互い様だ。だが、俺の前に勝てるのか? ジフに……」
今一度、ヴォルフは【カグヅチ】を構えた。
「勝つさ。もう1つ目的が出来たからな」
【剣狼】は静かに吠えるのだった。