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第213話 教祖の正体

「わかりました。やれるかどうかわかりませんが……」


 エラルダは最高の回復魔法――【永遠の慈悲と奉仕を(エターナル・デボーテ)】をミケにかけながら、頷いた。


 傷ついたミケの身体が、一瞬にして癒やされていく。

 こちらにエラルダがいるからだろうか。

 ジフは襲いかかってこなかった。


「頼む。正直、あいつの速度についていくのは厳しい」


 戦ってみてわかったが、ジフをまともに斬ることは難しい。

 数々の難敵と戦ってきたヴォルフでも、捉えるのが困難なレベルにまでジフの実力は極まってきた。


 一番の理由は、ジフが獣だからだろう。

 人間であるならば、己の理を以て戦う。

 ワヒト王国で戦った狂気の剣客イゾーラですら、その刀には己の美学と術理が宿っていた。

 それ故に、相手の実力を紐解き、さらに先を読み、あるいは間合いを測ることによって戦いを制することが可能となる。


 だが、ジフは違う。

 直線的に突撃することもあれば、トリッキーな動きを見せることもある。

 狙っている相手すら、定かではないときがあった。


 魔獣に限らず、野生動物にもあることだ。

 人間相手に訓練している時とは違う戦いにくさ。

 当然、ジフにもそんな違和感が存在する。


 しかし、普通の魔獣と違うのは、ジフがこの空間に於ける最強である点だ。


 単純な強さなら、ヴォルフやミケですら、ジフに1歩及ばない。

 そのために技術でカバーするしかないのだ。

 が、その技術が全く通じないからこそ、1人と1匹は苦戦していた。


「(とはいえ、他にも俺が苦戦する理由があるのだがな……)」


 ふと一抹の不安が浮かぶ。

 しかしヴォルフの強靱な精神力で振り払った。

 今、目の前にある戦いに集中する。


『行けるぜ、ご主人』


 ミケは前肢を上げて、復活をアピールする。


「私もお手伝いします」


 エラルダも、キッと目を吊り上げた。


「よし。行くぞ」


 ヴォルフはジフを見据える。

 魔獣の王もまた完全に回復した様子だ。

 第3ラウンドが始まろうとしていた。




 初めに仕掛けたのは、ヴォルフとミケだった。

 ジフの両側から接敵する。

 対するジフも黙ってみていたわけではない。

 最初にミケに頭を向け、走り出す。

 雄叫びを上げて、ミケを威嚇した。


 ミケもまた負けていない。

 雷鳴のような声を響かせて、対抗する。

 5つの雷撃を生み出すと、ジフに放った。

 光の如く撃ち出される攻撃に、ジフは対応する。

 鮮やかにステップを決めて、雷撃が落ちてくるよりも速く回避した。


『チッ!!』


 ミケは舌を打つ。

 だが、これは想定内だ。

 構わずジフに雷撃を放ち続ける。


 新たに吐き出された雷撃もまたジフは回避する。

 その様子を、ヴォルフは息を潜めてじっと観察していた。


 いくら獣の動きがランダムでも、法則性がないとは絶対に言い切れない。

 むしろ人間はその法則性を外す動きにこだわる。

 一方、魔獣にはそれがない。

 何か一定のリズムと、法則があるはずである。

 魔獣すら気付いていない習慣がだ。


 そして、ヴォルフはついに発見する。


「(連続攻撃の時に、右、左、右とステップした後、必ず後ろに後退しているな)」


 こうして見ると、ジフの戦い方は慎重そのもの……。

 いや消極的ともいえる。

 魔獣の王ゆえに、闇雲に突っ込んでくるイメージだが、そうではない。

 きちんと攻撃を見て、回避ルートを決めている。


 特に後ろに下がる際、何かを警戒しているような動きだった。


「(そうか。俺との連携を気にしているのか?)」


 ヴォルフは計2回ジフを斬りつけている。

 そのどれもがミケの雷撃を見せてからの斬撃だった。


「(多分、ヤツにはトラウマだったのかもな)」


 ジフは間違いなく魔獣の中の魔獣だ。

 それ故に、相手に傷つけられたということは、これまで少なかったのだろう。

 いや、皆無という可能性すらある。


 ならば、己を傷つける存在は、さぞかし怖いはずだ。

 だから消極的な動きになっているのかもしれない。


「見えてきたぞ、ジフ。お前の心が……」


 ついにジフとミケの戦いにヴォルフも参戦する。

 それを見て、さらにジフの動きが消極的になった。

 後退することが多く、極端に攻撃が少なくなる。


「畳みかけるぞ、ミケ!」


『応にゃ!!』


 ミケが雷撃を放つ。

 さっきと同じくジフは軽やかに回避する。

 そのリズムをヴォルフは追った。


「右、左、右――――ここだ……!!」


 ヴォルフは叫んだ。

 その瞬間、すべての力を足に集約する。

 固い石畳みの床が1枚ぐるりとめくれた。

 その動きはまさに神速――。

 ジフですら、その残像を追いかけるのに精一杯だ。


 今、ヴォルフが出せる全速力――。


 それで後ろにさがるジフを追いかけた。

 一旦後ろに下がると、前にも左右にも動くのは難しい。

 故にほんの刹那であったが、ジフの動きが硬直する。

 その時を、ヴォルフは待っていた。


「うおおおおおおお!!」


 ヴォルフは詰める。

 あらかじめ【カグヅチ】は鞘に収めておいた。

 後は速度を乗せ、抜刀の破壊力をジフに見せつけるだけだ。


 だが、1歩、いや半歩遅い。

 ヴォルフが到達する前に、ジフは回避に動こうとしていた。


 なんという野生の能力……。

 それは魔獣の王としての自負であったのだろうか。

 まるで見せつけるようにジフは身体を傾く。


 しかし――――。


「動かないで、ジフ!!」


 唐突に広間に声が響き渡る。

 エラルダだ。

 ジフに向かって、片羽根の能力を解放する。


 だが、ジフは魔獣の王だ。

 それ故に誰にも傅くことはない。

 唯一の例外は、広間の玉座の椅子に座る者の声だけである。


 だが、ほんの一瞬。

 言い換えれば、半歩分の間。

 ジフの動きは止まった。


 片羽根の能力は、元々天上族から授かったものである。

 いくらジフとて、全く影響がないというわけではなかった。


 ヴォルフはその最大の好機を逃さない。


「おおおおおおおおおお!!」


 鞘を走らせる。

 一瞬光すら超えたのではないかと思うほど、不可視の斬撃が閃く。

 刀身は魔獣の王ジフの肉へと迫った。

 これで決まった――――。



 ガキィンッ!!



「なっ――――!!」


 ヴォルフは絶句する。

 昔、エミリから授かった抜刀術は完璧だったはずだ。

 速度、重さ、角度……。

 あらゆる要素において満点の出来であった。


 なのに、ヴォルフの斬撃はジフに受け止められていた。


 ガチガチと音を鳴らし、ジフはヴォルフの【カグヅチ】を獰猛な牙で挟んでいたのである。


『うそ……にゃ……』


 ミケの目から見てもパーフェクトだった。

 傍らで見守っていたからこそわかる。

 ヴォルフの斬撃は、おそらく今まで見た中で最高の出来だったと……。


 しかし、現実は無情であった。

 ミケとの一糸乱れぬ連携。

 エラルダまで巻き込んでの必殺の一撃。


 それすらジフが上回ったのだ。


 刀を噛んだままジフは暴れる。

 獣の力に、さすがのヴォルフも抗えない。

 紙風船でも飛ばすように、ポンッとヴォルフをジフは吹き飛ばしてしまった。

 ヴォルフは抗うことなく、近くの柱に叩きつけられる。


『ご主人!!』


 ミケが叫ぶ。

 だが、そのミケにも大きな影が被さった。

 視線を上げた時にはすでにジフが、【雷王(エレギル)】を見下ろしていた。


 その目が紅蓮に光っている。


 ミケは回避を選択するが――遅い。

 ジフの爪がミケを突き刺す。

 さらに勢いよく吹き飛ばされると、主人と同じく柱に叩きつけられた。


「強い……」


 レミニアがかけた強化魔法が、ヴォルフを癒やしていく。

 身体機能は奇跡的というレベルで回復していくが、その心が前向きになるほど、劇的なものではなかった。


 ヴォルフは反省する。

 これは油断だ、と――。


 正直、戦えばどうにかなると思っていた。

 これまで幾度もピンチがあった。

 それでも乗り越えてきた。

 その成功体験があったからこそ、今度も何とかなると、雑に(ヽヽ)考えていた。


 ジフは強敵だ。


 自分が思っていた以上に……。

 今まで対峙してきた相手で1番強いと断言してもいい。


「その程度か。ヴォルフ・ミッドレスよ」


 玉座から男の声が響く。


「あの【大勇者(レジェンド)】が強化し、選定した男だと聞いていたのだが……。期待外れだったな」


「そんなことはありません!」


 エラルダはピシャリと男に向かって言い放つ。

 ジフの前に立ちはだかった。


「私は、ヴォルフ・ミッドレスこそこの世界を変えてくれる羽なしだと考えています」


「この世界を変える? 変えてどうする。魔獣優位の世界……? それこそこの世界の――確かストラバールでは、エミルリアと言ったか――そのエミルリアの真理だ」


「そう。確かにその通りです。ストラバールとエミルリアは違います。異なる世界です。でも、私は偶然にもストラバールで生き、必死に魔獣に抗する人たちを見てきました」


「一時とはいえ、ストラバールで生活し、干渉を受けたか、エラルダよ」


「それはあなたも同じではありませんか、教祖ガズ」


 エラルダはここに来て、初めて玉座の男の名前を呼んだ。


「あなたもストラバールで過ごした片羽根……。その世界で生きる者が、運命に抗う姿を見てきたはずです。そして、あなたもまた――――」


 玉座に座るガズは、固く瞼を閉じた後、ゆっくりと発言した。


「なるほど。最近様子がおかしいと思ったが、そういうことだったか。報告で知っているぞ。お前が、羽なしの村から魔獣を遠ざけるようにしていたのをな」


「そこまでわかっていたのなら、はっきり言います。ガズ――」



 この世界は間違っている……。



「羽なしの命は、魔獣に食べられるために生まれてきたわけじゃない!」


「…………」


「私たちを虐げた天上族はいなくなりました。今この時をおいて、エミルリアが変われる時はないのです!! 教祖ガズ――いえ!!



 伝説の勇者レイル・ブルーホルド!!



 その名前を聞き、ヴォルフの顔は凍り付くのだった。


やっと1つ。伏線を回収できた。

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