第211話 最強の魔獣
「やれ! 魔獣の王ジフよ」
玉座の男は手を振るった。
その瞬間、ジフと呼ばれた魔獣は吠声を上げる。
王と呼ばれるにふさわしい。
猛々しい吠声だった。
「魔獣の王か……。確かにその風格はありそうだ」
ヴォルフもまた感じていた。
ベイウルフ
マザーバーン。
デスウォーム。
アダマンロール。
なりそこない。
レッサーデーモン。
ヴォルフは様々な魔獣と戦い、勝利してきた。
断言する。
いずれも強敵であったと。
その度に、ヴォルフは成長してきたといっても過言ではない。
だが、今目の前にいる魔獣は、今まで戦ってきた相手と比較にならないほど強い。
ギルドのランクに合わせるなら、災害級……。
いや、それ以上になることは間違いないだろう。
災害級を越えた魔獣。
つまりはSSランクということになる。
一概に同じというわけではないが、レミニアと一緒だ。
これもまたヴォルフが飛躍するための大きな壁。
レミニアの勇者になるための試練であると、ヴォルフは捉えた。
「(いや、違うな……)」
ヴォルフは雑念を払う。
レミニアに追いつくことも重要だ。
けれど、今回の戦はまた別の目的もある。
側にいて、激しい雷精を逆立たせている相棒……。
その元主人の仇討ちということも、多分に存在する。
1人の戦いではない。
これは自分とミケの戦いであることを強く意識した。
『ご主人、来るにゃ!!』
ミケは叫んだ。
その瞬間、ジフが消えた。
あの巨体だ。
そうそう視界から消滅するものではない。
単純に、あの巨躯でありながら、ジフが速いということだった。
「速い!」
この時、ヴォルフは瞬時に切り替えた。
目で捉えることは容易いことではない。
なら、感覚を鋭敏にし、戦いの流れに身を任せる。
ゆらり……。
ヴォルフは戦いの中にある空気の淀みのようなものを発見した。
殺気と共に伸びてきたジフの一撃を回避する。
「すごい……」
声を漏らしたのはエラルダだ。
彼女にはジフの攻撃がほとんど見えていなかったのだろう。
その初撃をヴォルフはあっさりかわしたのだ。
さらにヴォルフは反撃する。
握っていた【カグヅチ】で、ジフの側面に向かって薙いだ。
だが、ヴォルフが超人なら、敵もやはり魔獣の王である。
やや予想外だったヴォルフの攻撃をジフは、巨躯を無理矢理横に傾けて、サイドステップをする。
間合いを外すと、ジフはしつこくヴォルフを狙った。
『にゃああああああああああああああ!!』
敵の意識がヴォルフに向かう瞬間、ミケの雷撃がジフに襲いかかる。
一瞬にして神殿を縦に貫いた攻撃を、ジフはまたしても回避する。
1度退くと、ヴォルフとミケ――両方を視界に入れて後ろに下がった。
「速いな……」
『気を付けるにゃ、ご主人。悔しいけど、あいつはあっちより速いな』
ヴォルフもミケに言われて初めて気付いたわけではない。
初撃のあの動き。
確かにミケよりも速かった。
いや、【雷王】と言われるミケが、苦戦する相手である。
それぐらいの能力値は当たり前だろう。
速さについていくことができる。
が、攻撃を当てることは別問題だ。
ヴォルフの経験上、なかなかキツい相手だった。
刀を差し込むことができれば、一刀のもとに斬り伏せる自信こそあったが、その間合いがあまりに遠い。
「(やはり……。やるしかないか……)」
ヴォルフは覚悟を決めて、【カグヅチ】を握る。
「ミケ、雷獣纏いをやるぞ」
『ん? それはいいけどよ、ご主人。あれは強力だけど、あっちの力に引っ張られて、動きが大雑把になるにゃ。それよりもあっちと連携した方がよくにゃいか?』
「正直に言うと、俺の力を以てしても、あいつに追いつくのは至難の業だ。刀が届かない間合いにいられては、俺も倒しようがない」
『確かににゃ……。あっちの雷撃なら、あいつに当てることができるかもしれないにゃが。火力不足は否めないにゃ』
ミケは息をこぼす。
おそらくそれが、ミケが負けた理由でもあるのだろう。
「なら、雷獣纏いをやるしかない。大丈夫……。俺も強くなった。乗りこなしてみせるさ。暴れ猫をな」
『にゃは! 手加減しにゃいにゃよ』
「望むところ!」
ヴォルフは刀を構え直す。
行くぞ!!
そのままジフに突撃していく。
ミケは空中の魔素をかき集めるだけかき集め、雷精を精製する。
バリバリという耳障りな音を立てて、青白い光がミケの頭上に収縮していった。
『行くにゃよ! ご主人!!』
「応!!」
ヴォルフは走りながら刀をかざす。
そこにミケは雷精の力を叩きつけた。
景色が真っ白に染まる。
その中で、1匹の銀狼が走った。
青白い炎を纏いながら……。
「おおおおおおおおおおおおお!!」
裂帛の気合いを吐き出す。
ジフもただじっと見ていたわけではなかった。
特大の殺意を感知し、突撃してきたヴォルフの斬撃を寸前のところでかわす。
「ぬぐっ!!」
ヴォルフは歯を食いしばった。
制御するといったものの、すぐにできるものではない
ヴォルフは足と手で床を削りながら、制動をかける。
刹那動きを止めたところを、ジフは見逃さない。
雷獣の力を纏い、荒々しく立ち回るヴォルフと違って、軽快に動き回る。
すると、一気に距離を詰めてきた。
ギィン!!
ジフの頭上に雷撃が落とされる。
だが、ジフの動きはやはり速い。
そして敏感だ。
頭上で魔力の収束を感じた時には、横に避けていた。
『今にゃ! ご主人!!』
ミケは叫ぶ。
相棒に言われる前に、雷精を帯びたヴォルフが動いていた。
雷の力で辺りを吹き飛ばしながら、ヴォルフは走る。
回避したほんのわずかな間、動きを止めたジフに襲いかかった。
一瞬にして間合いを詰める。
今度はうまくジフの前で止まることができた。
初めて魔獣の王の前に踊り出る。
その時には刀を袈裟に切り下ろしていた。
ブボボボボボッッッッッ!!
ただ斬っただけなのに、空間に裂け目ができたような激しい音が鳴り響く。
雷獣纏い+ヴォルフの渾身の袈裟斬り。
たったそれだけで、世界が震えたのだ。
だが――――。
「くっ!!」
ジフはかわしていた。
わずかにその体毛を切っただけだ。
『がああああああああああああ!!』
ジフは猛る。
大きく前肢を上げて、ヴォルフに襲いかかった。
そこに再びミケが雷撃を叩き落とす。
ヴォルフの前で光が明滅した。
タイミングを見計らい、ヴォルフは1度下がる。
「ミケ、助かった!!」
『あいつ、さらに速くなってにゃいか?』
「今のは俺のミスだ」
『ミス?』
制動をかけたまでは良かった。
だが、間合いの手前だった。
あと1歩、いや半歩前だったら、捉えることができたはずだ。
「失敗したが、悪くない。このまま攻撃を続けよう、ミケ」
『応!! ご主人!!』
2人は気を引き締め、再びジフと相対するのだった。
激戦必至です!