第210話 仇敵再び
「1つ気になっていたんだけどよ」
ラーナール教団の本山へと向かう道すがら、唐突イーニャは口を開いた。
「ラーナール教団の中には、魔獣を操れる者がいるのか?」
イーニャは後ろ手に縄で縛られたバイックを見つめる。
多少従順にはなったが、バイックは今だ反抗的な感情が滲む目で睨み返してきた。
その反応を見ながら、答えたのはエラルダだった。
「あれは『片羽根』の能力です」
「さっきも似たようなことを言ってたな」
ヴォルフの言葉に1度頷き、エラルダは説明を続ける。
「前にこの世界には4つの生物がいたとお話ししましたね」
「魔獣、天上族、羽なし、その他の野生動物だな」
「はい。そうです。ですが、羽なしの中にもさらに2つ種族があります。1つが何の能力も持たない羽なし――つまり、集落にいた人たちがそうです。もう1つが――」
「片羽根か……」
エラルダは頷いた。
「片羽根は天上族から魔獣を操る能力を授かった元羽なしです」
「天上族から? その能力はどうやってもらうんだ?」
「無作為という風には聞いています。天上族は羽なしを蔑んでいました。能力や性格に興味もなかったんだと思います。その力を使い、魔獣を操って羽なしの減少を押さえる役目ができれば、誰でも良かったのかと」
天上族も随分と傲慢な種族だったらしい。
ヴォルフが出会ったレミニアの母は、唯一の例外だったのだろう。
『1つ気になっていたにゃが……。片羽根と、ロカロの魔獣使いの力はどう違うんにゃ?』
ミケの質問を、ヴォルフは翻訳する。
「私は魔獣使いの方をあまり知りません。1つ確かなことは、片羽根は魔獣との契約を必要としないことでしょう。力を振るうだけで、魔獣が命令通りに動いてくれるので」
『ふーん。じゃあ、あっちを操ることはできるのかにゃ?』
という質問に、エラルダは首を横に振った。
「出来ません。我々の力はある魔獣に限定されているので」
『なるほどにゃ。そいつを聞いて安心したにゃ』
ミケはホッと胸を撫で下ろす。
ヴォルフも安心した。
相棒が操られ、切り結ぶなんて事態は願い下げだからだ。
普段は喧嘩ばかりしているが、それは信頼関係があってのことだった。
さらにエラルダは説明を続ける。
「天上族がいなくなった後、この世界は片羽根が支配するようになりました。そして、そういった人間の集まりが――」
「ラーナール教団ってことか……」
エラルダは深く頷く。
同時にバイックの足が止まった。
「あれだ」と顎をしゃくる。
遠くの方に見えていたのは、巨大な神殿だった。
これまでエミルリアにはなかった作りだ。
どちらかと言えば、ストラバールにある城塞に近い。
どことなくラムニラ教の神殿に似ていた。
「警備は何人だ?」
ヴォルフはバイックに質問する。
すぐに白状することはなかったが、イーニャに脅されると、あっさりと内情を吐露した。
「片羽根が何人かいて、魔獣をうろつかせている」
ヴォルフはエラルダにも確認する。
普段はそうでもないのだが、どうやら間違いないらしい。
「あんたたちがこっちに来たことはわかってたからな。そのための用心だ」
「そう言うことか」
ヴォルフは改めてラーナール教団の巨大神殿を見つめる。
「師匠、あたいは陽動作戦を提案するよ」
「イーニャ……」
同じことはヴォルフも考えていた。
正面突破と行きたいところではあるが、敵の数がわからない以上、軽率な行動は取りにくい。
だが、陽動作戦となれば、誰かが敵を引きつけることになる。
そして今、このメンツの中でそれができるのは、イーニャだけだ。
「大丈夫だって、師匠。あたいがなんて言われているか、知ってるだろ」
イーニャは背負っている鉄塊を軽く振り回した。
最後に歯を見せて笑う。
危険ではあるが、今は作戦が優先される。
ここで確実に頭を叩いておかないと、敵がさらに深く潜伏して、聖戦が泥沼化することになるかもしれない。
レクセニル王国やバロシュトラス魔法帝国のように、大量の魔獣をけしかけることなど、片羽根たちには造作もないのだ。
「わかった。頼むぞ、弟子よ」
「任せてくれ」
2人は拳を合わせるのだった。
◆◇◆◇◆
ジュドオオオオオオオオオオオンンンンン!!
爆音が響いたのは、ラーナール教団本山である東側だった。
同時に濛々と白煙が上がっている。
直ちに教団の片羽根たちは、魔獣とともに現場に向かった。
神殿を囲む城壁が、まるで爆薬でも使ったかのように吹き飛んでいる。
しかし火薬を使ったような匂いはしない。
代わりに立っていたのは、小柄な赤狼族の少女だった。
「よう。お前ら……」
イーニャは歯をむき出し笑う。
どん、と落ちて地面にめり込んだのは、巨大な鉄塊だ。
相当重たいことは印象としてわかる。
潰されれば、一溜まりもない。
鉄塊で分厚い城壁を破ったことは、誰の目にも明らかだった。
だが、顔面蒼白になる片羽根の一方、魔獣たちは勇敢だ。
うなり声を上げて、突然襲ってきた不審者を吠え立てる。
その勇ましい声を聞いて、片羽根たちの心理状態は幾分和らいだ。
「やる気はあるみたいだな。ほら、来いよ。片羽根だろうと、魔獣だろうと、あたいがぶっ潰す! 五英傑『破壊王』のイーニャ様がな!!」
鉄塊を振り回す。
思いっきり勢いを付けると、周囲を囲む魔獣たちを薙ぎ払った。
◆◇◆◇◆
どん、という爆音が再び轟いた。
かすかに悲鳴が聞こえる。
時を同じくして、神殿からドンドン信者や片羽根が出てきて、音が聞こえる方に走っていった。
どうやらイーニャの方はうまくいってるらしい。
「(あまり無理はするなよ、イーニャ)」
弟子の無事を祈りながら、ヴォルフ、ミケ、そしてエラルダは進む。
ここからはエラルダが道案内だ。
「こっちです」
ヴォルフはバイックから奪った黒ローブを着て、エラルダに付いていく。
ローブの下にはミケもいて、若干がに股で歩くことになった。
陽動作戦は成功だ。
騒ぎのせいで、信者が少ない。
変装をしなくても良かったほどだった。
「ここです」
エラルダは大きな扉の前で立ち止まる。
如何にも、という雰囲気を醸していた。
ヴォルフは頷き、力の限り扉を蹴り飛ばす。
前に進むと、そこは謁見の間のような広い空間だった。
窓はなく、青白い魔法灯が部屋を照らしているが、せいぜい足元が見えるという程度だ。
ヴォルフとミケは警戒しながら進む。
現れたのは少し高い位置にある椅子だ。
はっきり言えば、玉座だった。
そこに1人の人物が座っていることに気付く。
薄暗く、首から上が見えない。
だが、ただならぬ気配を放っていた。
「現れたか、ヴォルフ・ミッドレス」
男の声が響く。
玉座からだ。
「何者だ、あんた?」
「名乗る前に、お前を試させてもらう」
「試す?」
ヴォルフが質問する前に、玉座の男は動いていた。
手をさっと動かす。
その瞬間、片羽根の力が解放された。
赤黒い光が、謁見の間と目される部屋に広がる。
瞬間、横の壁が吹き飛んだ。
ヴォルフは飛んできた瓦礫からエラルダを守る。
同時にミケは唸り上げた。
『お前は!?』
ミケは歯をむき出す。
そして青白い雷精の光を炎のように逆立たせた。
ヴォルフも息を飲む。
外の光が差し込むとともに現れたのは、1頭の魔獣だ。
巨大な獅子とも虎とも言えるような魔獣であった。
ミケの元契約者――ロカロを殺したと目される魔獣が突如出現したのだ。
ミケの雷精がバリバリと音を立てる。
再び出会った仇敵を前にして、猛っていた。
「落ち着け、ミケ……」
『にゃにゃ!!』
ヴォルフはミケの尻尾を足で踏む。
思いも寄らない味方の奇襲に、ミケは思わず変な声を上げた。
「お前が熱くなるのはわかる。けど、忘れるな、ミケ。今の相棒は俺だ」
『……ご主人』
「何か間違ったことを言っているか?」
ヴォルフが問うと、ミケは首を振った。
『ごめん……。ご主人。あっちはまた――』
すると、今度はミケの背を撫でる。
笑顔を相棒に見せると、ヴォルフは首を振った。
「あまり思い詰めるな。俺たちは俺たちのやり方がある。ロカロとお前にも、固有のやり方があったようにな」
ミケは頷いた。
再び現れた魔獣を見上げる。
そこにもう怒りはない。
戦いに集中し、己の役目を思い出した雷獣の姿があった。
ヴォルフもまた鞘からカグヅチを抜く。
相棒に見せた笑顔は消え、口を真一文字に結んだ。
「相棒の仇なら、俺の仇でもある」
『お前がどうしてここにいるのか知らねぇけどにゃ!』
「俺たちが……」
『あっちたちが……』
『「勝つ――!」』
心を通わせた1人と1匹の声が揃う。
ついにロカロの仇討ちが始まるのだった。








