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第208話 この世界の正義

体調不良で1週お休みを取らせていただきました。

 エラルダはようやく重い口を開く。

 それはエミルリアという世界についてだった。


 エミルリアには大きく分けて4つの生物がいた。

 1つは魔獣――この世界では聖獣と崇め奉られている獣。

 2つ目は滅びてしまった羽ありこと――天上族。

 3つ目は羽なし――ストラバールでいう人間。

 そしてその他の動植物や昆虫たちだ。


 最初、このエミルリアの支配者は天上族だった。

 何不自由なく暮らしていた。

 だが、ある時天上族の中に羽を持たずに生まれるものが現れる。

 「羽なし」と呼ばれる彼らは、天上族の社会から追放されて、地上で暮らすことを強要された。


 だが、羽なしはとてもしぶとい生き物だった。

 元は天上族から生まれたのだ。

 翼が生えていない以外、そっくりであったから当然であった。

 次第に羽なしは増殖し、本来支配者側であった天上族に反旗を翻すようになる。


 天上族は羽なしが増えることを恐れた。

 そこで彼らを殺すための獣を生み出した。

 それが聖獣である。

 彼らの力は圧倒的だった。

 羽なしを食いまくり、減らしていった。


 やがて羽なしたちは降伏する。

 天上族に2度と逆らわないことを誓わされ、反抗する心すら奪われ、自分たちが聖獣の餌であると強く認識するようになった。

 聖獣の餌になれば、天上族に生まれ変わることができる。

 そんな迷信すら生まれた。


 一方、地上に放たれた魔獣は羽なしを食い続けた。

 やがて「羽なし」がほとんどいなくなってしまうと、今度は聖獣が暴走してしまった。聖獣の魔力が増幅し、エミルリアを越えてストラバールにまで影響が出る結果となる。


「それが200年前の魔獣の大出現期です」


「レイルが活躍した魔獣戦線だな?」


 ヴォルフが確認すると、エラルダは頷いた。


「この出来事は、天上族にとっても予想外でした。ですが、さらに予想外だったのは、すでに天上族ですらエミルリアに溢れた聖獣たちを、駆除できない状態に陥っていたことです」


 聖獣を駆除するためには、今起こっている魔力暴走を止めるしかなかった。


 そこで天上族の中で意見が2つに割れた。

 1つは多くの「羽なし」が住むというストラバールとエミルリアを繋げ、聖獣に餌を与えて、魔力暴走を抑えた後に魔獣を駆除するやり方。

 2つめは全くの逆で、ストラバールとエミルリアを完全に切り離し、魔獣をエミルリアに封じ込めること。ちなみにこの方法を取った場合、高確率で天上族もまた滅びると言われていた。


「この議論をきっかけに天上族が2つに割れました」


「それでどっちが勝ったんだ?」


「勝ったのは2つの世界を切り離すことを主張した天上族だと聞いています。ですが、その戦いはとても苛烈で結局天上族は滅びた、と……」


「だが、まだエミルリアとストラバールは引き離されていない」


「そうです。むしろお互いの世界は近づいています。おかげで、こちらの聖獣は随分と大人しくなりましたが……」


「その天上族の意志を引き継いでいるのが、ラーナール教団か」


「はい……。その通りです」


 ヴォルフは息を吐いた。

 信じがたい話だ。

 だが、エラルダが嘘を付いているようには見えなかった。

 それに実はヴォルフには1つ引っかかっていることがある。


「なあ、エラルダ……。天上族というのは、とても強い種族だったのか」


「私が生まれた時には、彼らはもういませんでした。ですが、仮に彼らの個々の強さを冒険者のランクで表すならば、S……いや、SSランク以上と呼べるでしょう」


「羽なしはどうだ?」


「彼らは普通の人間と変わりません」


「なら、天上族から生まれた羽なしはどうだ?」


「第一世代の羽なしですか……? 確証はありませんが、天上族の血を色濃く受け継いでいるのであれば、天上族と同等の力を持っていてもおかしくないでしょう」


「なるほどな」


「??」


 その時、ヴォルフの頭の中でずっと引っかかっていた答えが、ついに見つかる。 思わず遠くを眺めた。

 その視線の先に映っていたのは、エミルリアの夜空であったが、ヴォルフの目にはレクセニル王国王都の近くにある山の風景が映っていた。


「そうか。そういうことだったんだな」


 あの時(ヽヽヽ)気が動転して、気付くのが遅れた。

 いや、彼女を(ヽヽヽ)助けようとするあまり、他の事に目がいかず、側に置かれていたあの赤ん坊(ヽヽヽヽヽ)のせいで目に入らなかったのだ。


 だが落ち着いて、もう16年前になろうとしている時のことを思い出すと、必ずその違和感は記憶の残滓として残っていた。


 16年前――。

 ヴォルフはいつも通り薬草取りのクエストに出かけた。

 自分しか知らない薬草の群生地で、ふと声が聞こえた。


 ――その子をお願いします。


 導かれるようにしてやって来た先にいたのが、あの女と赤ん坊だった。

 ヴォルフは女に赤ん坊を頼まれ、そして女は永い眠りに就いた。

 その死に様は忘れもしない。


 そして俯瞰で彼女を見た時、ヴォルフは気付いたのだ。



 あの女の背中から鮮血の付いた白い翼が伸びていたことを……。



 何かの見間違いだと思っていた。

 でも、違うのだ。

 エラルダの話を聞いて、ヴォルフは確信した。


「彼女はきっと天上族だったんだ」


「ヴォルフさん?」


 そしてヴォルフは16年前に出会った天上族の女の話をした。

 黙って話を聞いていたエラルダは、再び口を開く。


「おそらくそれは最後の天上族の片割れでしょう。戦闘はとても激しかったと聞いています。まさかストラバールにまで飛んでいたとは知りませんでしたが……」


「じゃあ、レミニアは……」


「間違いなく第1世代の羽なしかと」


 それならレミニアの力の強さも納得ができる。


 よもやエミルリアに来て、16年抱えていた謎がこうもあっさりと解けるとは思えなかった。

 そして、ヴォルフは1つ勝手に確信することにした。


 それはレミニアの母親は、おそらくエミルリアとストラバールを切り離そうとした側の天上族だということだ。


 彼女が残したメモには、賢者の石(エクサリー)のことが書かれていた。

 そのことから考えても間違いないだろう。


「(良かった……)」


 ヴォルフはホッと胸を撫で下ろす。

 レミニアの母親が諦めなければならなかったことを、今子どものレミニアが引き継ぎ奮闘している。

 そして自分もまたレミニアの母親の意志を継ぎ、活動している。


 彼女が死んでも、その意志を正確に受け継げなくても……。


 その意志は続いている。

 助けることはできなかったが、自分はこうして彼女の意志を継げていることに、ヴォルフは密かに歓喜する。


 そして【剣狼(ソード・ヴォルバリア)】の瞳に、熱い涙が浮かぶのであった。



 ◆◇◆◇◆



 エミルリアの料理は、ヴォルフたちの口にあっていた。

 見た目はストラバールでよく見る茸や山菜を入れた煮込み料理だ。

 味付けは醤油だろうか。

 やや癖のある味だが、すっきりとした味わいでおいしい。

 久方ぶりのまともな食事に、イーニャは何度もおかわりしていた。


「まあまあ、いい食べっぷりだこと……」


 家を貸してくれた老婆は、顔面をくしゃくしゃにしながら笑った。

 だが、その笑顔はヴォルフに向けられた時になくなる。


「どうした、大きいの。食べないのかい?」


 すると、ヴォルフは首を振る。


「ご老人……。やはり、あなた方の施しを受けるわけにはいきません」


「何故?」


 老婦人は尋ねた。

 思いもかけない台詞に、イーニャとミケは煮込み料理が入った椀を持ったまま固まる。

 一方、エラルダはずずっと音を立てて汁を啜った。


 ヴォルフは重い口を開く。


「俺の考えは、あなた方と違いすぎる。むしろ敵対する側にあるのかもしれない。だけど、あなたに疎まれようとも、ここから追い出される覚悟で、俺は言いたい。いや、言わなければならない」



 人間は、命は、何かの餌になるために生まれてきたわけじゃない……。



 静まり返る。

 エラルダの動きも止まった。

 真剣な表情を浮かべるヴォルフに視線を向ける。


 ヴォルフは真っ向から向き合おうとしていた。

 この世界の常識に。

 エミルリアの正義に。

 納得できないからこそ立ち向かおうと決めたのだ。


 だが、老婦人の返答はあっさりとしたものだった。


「だったら、食べな。あんたの前にあるのは、餌なんかじゃない。あたしが作った料理さ。餌なんかじゃない」


「しかし、ご老人」


「あんたの言いたいことはわかるよ」


 老婦人は椅子に腰掛ける。

 背もたれに深く身体を預けながら、遠くを見つめた。


「あたしはね。1度餌になることを拒んだことがある。たった1度だけね。それがあたしの最後のチャンスだった。だから、今この歳になっても生きている」


 それから老婦人はずっと考えていた。

 果たして羽なしは今のままでいいのか、と。

 ただ聖獣に食べられる餌のままでいいのか、と――。


「だけど、答えはでなかった。そりゃそうさ。この世界では、それ以上に正しい回答はないのだから」


「だったら、生きればいい。聖獣のためではなく、誰かのためではなく、あなた自身のために生きていればいい」


「それはできないよ、この世界では」


「この世界が間違ってる。いや、それが悪だというなら、あなたがあなたの正義を為そうというなら、俺は――俺はあんたを守ってみせる! 絶対に! だから、生きて欲しい。あんただけじゃない。俺たちを温かく迎えてくれたこの集落にいるすべての人々を」


 老婦人は首を振る。


「ありがとう。その一言だけでも嬉しい。だけど、悪を為そうとするのはあたしだけじゃない。みんなが愛するのは、正義なんだよ」


 あんた、と老婦人は優しくヴォルフに語りかける。


「でも、嬉しいよ。頑張っておくれ。あたしの正義の味方……」


 老婦人は笑う。

 そして揺り椅子に揺られ、寝入ってしまった。


「師匠……」


「わかっているんだ、俺だって。この人たちもまた常識と非常識、正義と悪の狭間で揺れていることは……。それでも、俺は守りたかった。馬鹿だと罵られようとも。お節介だといわれようとも」


 ヴォルフは天井を見上げる。


「まだまだ……。俺はまだまだ弱い」


 珍しく【剣狼(ソード・ヴォルバリア)】は弱音を吐露する。


 そして次の日、ヴォルフは椀を綺麗に磨き、老婦人が起きる前に、集落を後にするのだった。


しばらく辛い展開が続きますが、引き続きよろしくお願いします。

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