第205話 第9階梯
五英傑とは、レクセニル王国が誇る英雄たちの総称である。
元々冒険者だった彼らは、国やギルドが瞠目するほどの戦果を上げたことによって、世界でも珍しいSランクだけのパーティーとなった。
その1人が【勇者】ルーファスであり、ヴォルフの弟子【破壊王】イーニャである。
彼らを語る上で外せないのは、ラルシェン王国北方で起こった魔獣戦線であろう。
そこで彼らは凄まじい戦果を上げ、世界を、さらには各国から集まった兵士達の命を救った。五英傑がいなければ、魔獣戦線は泥沼化し、世界人口は約半分にまで減少したという推測もなされている。
だが、彼らも無傷では済まなかった。
特に【軍師】ルネット・リーエルフォンの死。
そして突如として、戦場から姿を消し行方知れずになっていたのが、【聖女】と呼ばれ、多くの兵士の命を繋いだというエラルダ・マインカーラである。
「エラルダ! なんでお前がエミルリアにいるんだよ!」
「久方ぶりですね、イーニャさん。早速ですが、その可愛い耳と尻尾をモフモフさせてくれませんか?」
エラルダは無表情のままワキワキと手を動かす。
触るというよりは、何か飛びかかるという具合で迫ったが、すげなくイーニャに躱された。
「会って早々何をするんだよ! ここは感動の再会の場面だろ」
「すみません。おいし――失礼――懐かしさのあまりについ……」
今、おいしそうって言いかけた!!
ヴォルフとイーニャの思考が重なる。
一方、エラルダはジュルリと涎を飲み込む。
「ば、馬鹿野郎! 冗談言ってる場合じゃ」
「冗談ではありません。真実です。イーニャさんの尻尾はおいしそうです!!」
「「言い切った!!」」
師弟の声が重なる。
すると、イーニャはギュッと拳を握った。
「う~」と狼のように唸り、エラルダを睨み付ける。
「エラルダ! みんながどれだけ心配したと思ってるんだよ。あたいだって、ずっとお前のことを探して」
イーニャは潤んだ目を拭う。
行方不明になっていたかつての仲間を見つけたのだ。
喜びもひとしおといったところだろう。
そんな仲間の態度に感じ入ったのか。
エラルダはイーニャに近づき、踵を浮かして背伸びする。
いーこいーことばかりにイーニャの耳を撫でた。
「すみません、イーニャさん。ご心配をおかけしました。怒ってますよね。いきなり戦場からいなくなったのですから」
「ああ……。怒ってる。悪い子だな、エラルダは」
「すみません。じゃあ、エラルダは悪い子なので、脱ぎますね」
「「だから、なんで脱ぐ!!」」
再び師弟のツッコミが炸裂する。
なんの躊躇もなく脱ごうとしたエラルダをかろうじて引き留めた。
感動の再会がぶちこわしだ。
ヴォルフも湿っぽいのが好きというわけではない
が、自分がイーニャの立場だと思うと、なんか残念な気持ちになってくる。
「何故、お2人とも引き留めるのですか? エラルダの身体は貧相ですが、脱ぐと10人に1人ぐらいの男性から絶大な支持を――」
「やめろ、エラルダ。あと、その絶大な支持を受ける男には絶対に近づくな」
「か、変わった【聖女】様だな、イーニャ」
若いというのもそうだが、性格に難があるというか。
「変人」という言葉がピッタリと似合う聖女であった。
「エラルダの世話係が面白がって、変なことを吹き込んだんだよ」
「そ、それにしたって、ちょ、ちょっと常識から外れているというか」
「仕方ねぇよ。エラルダは元々孤児で、あたいたちが拾った時には、全く記憶がなかったんだからな」
「記憶喪失……?」
「ああ。それだ。そうだ。エラルダ、記憶は戻ったのか? あたいたちは、記憶が戻ったから自分の故郷に帰ったんじゃないかって思ってたんだけど」
「……記憶、ですか?」
エラルダは逡巡した。
基本的に無表情な少女だが、態度には出やすいらしい。
何か言いにくいことでもあるのか。
それ以上、何も言わなかった。
その時である。
ヴォルフの強化された鼻とイーニャの鼻が、異臭を捕らえた。
後ろの茂みの方を振り返る。
「誰だ! 出てこいよ!!」
イーニャが叫んだ。
すると、現れたのは大きな銀毛の猫だった。
「ミケ!!」
ヴォルフは慌てて駆け寄る。
ミケはヴォルフの姿を見つけると、その場で横倒しに倒れた。
かなり手ひどくやられている。
こんなミケを見るのは初めてだ。
「えっと……。確かソーマもどきが……」
ヴォルフは道具袋を探す。
だが、これは人用にレミニアが作ったものだ。
果たして幻獣であるミケに効果があるかは、少し不安なところもあった。
ヴォルフが迷っていると、側で幽鬼のように白い手が伸びる。
エラルダだ。ミケに触ると、水色の瞳を閃かせた。
「任せて下さい」
エラルダは魔法を唱える。
【永遠の慈悲と奉仕を】
眩い光に包まれる。
ミケだけではない。
近くで見ていたヴォルフですら、飲み込まれそうな光だった。
「これは魔力か……」
ゾッとするほどの魔力量だった。
【大勇者】レミニアの父であるヴォルフは、ちょっとやそっとでは驚かない。
だが、今感じる魔力の流れは、レミニア――いや、もしかしたらそれ以上かもしれない。
「第9階梯魔法――【永遠の慈悲と奉仕を】。虫の息の病人や怪我人ですら、完全回復させるっていう再生魔法だ」
イーニャは説明する。
ヴォルフは息を呑んだ。
第9階梯魔法は、災害級といわれ、世界に重大な損害を与えるほどの威力を持つ魔法のことを指す。
レミニアはその1つ上――第10階梯の魔法・スキルを使用できる唯一の人間だ。
だが、あまりこうヴォルフとしては、自分の娘を色眼鏡で見たくはないが、レミニアは特別である。
レミニア以外に、第10階梯に肉薄する超高クラスの魔法を使える人物に初めて出会ったヴォルフは、称賛することすら忘れて、その魔法に見入る。
「ギルドの規定によれば、第9階梯の魔法、または相当するスキルを1個保有と、第8階梯の魔法、もしくはスキルを10個以上備えた者には、【大勇者】つまりSSランクの称号が与えられる」
「じゃあ、彼女は――――」
「残念だけど、エラルダは【永遠の慈悲と奉仕を】しか使えないんだ。何故かな……。ただ第9階梯の魔法を使えるってだけで、エラルダが凄い事は、師匠ならわかるだろ」
「ああ……」
そう。
それはつまり、エラルダもまた【大勇者】に近い、実力の持ち主であるということだ。
やがて光は止む。
「終わりましたよ」
エラルダは手を離す。
現れたのは、まるで洗い立てのシーツのような真っ新な銀毛を生やしたミケの姿だった。
『うにゃ……』
目を開ける。
くりくりと首を動かすと、ヴォルフと目があった。
その目にはすでに大量の涙が浮かんでいた。
「ミケ!!」
ヴォルフは思いっきり相棒を抱きしめる。
『にゃあああああああああ! 何するんだ、ご主人!! ひ、人前にゃ! それに今は昼にゃ!!』
「よかった! 本当に良かった!!」
ミケは必死に主人の腕から脱出しようと試みる。
だが、事如く失敗した。
今や膂力では、さしもの最強の【雷王】も抜け出せなくなっていた。
結局、ミケは諦める。
銀毛は恥ずかしさで真っ赤になっていた。
『ゼロスキルの料理番』のコミカライズ最新話が、ヤングエースUP様にて、
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