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第20話 幻獣【雷王】

ツギクルブックスに登録してみました。

詳しくは下記バナーから。

 辿り着いたのはバルネンコの港だった。

 朝の一番忙しい時間帯なのだろう。

 漁師や、魚を買い付けにきた仲買人たちでごった返している。

 勢いのよい競りの声が響き、今日一番で港に付けた商船からは、人夫たちが商品を卸していた。


 残念ながら、ミケらしき姿はない。

 急に声が聞こえなくなったこともあって、位置の特定を困難なものにしていた。


 ふとヴォルフは首を伸ばす。

 煉瓦で出来た倉庫群が見えた。

 あまり人気がないように思う。

 もし、ミケが密売人に捕まったのなら、ああいうところにひとまず隠すかもしれない。


 特に確信的な理由もなく、ヴォルフは倉庫街へと走り出した。



 ◇◇◇◇◇



 ミケは倉庫に隠された鋼鉄の箱の中に閉じこめられていた。

 どうやら、幻獣や希少価値の高い動物を不法に売り買いする密売人に捕まったらしい。


 古くから商人たちが幅を利かせ、バルネンコは大きく発展してきた。

 だが、光があれば、また影も大きくなる。

 裏社会もまた街の発展と共に肥大していった。

 広い町だ。悪党が隠れる場所などどこにでもある。

 名の通ったものなら、役人にも顔が利くだろう。

 密売人を取り締まるべき人間が、取引相手だったなんてのは、この街ではよくある話だった。


 おそらく、ミケを掴まえたヤツらも、そういう一派だ。

 箱の外から聞こえる声に、幻獣はそうあたり(ヽヽヽ)を付けた。


 最初こそギャーギャーと喚いていたミケだったが、つと大人しくなった。


 こんな鉄箱など、ミケが本気になればいつでも破れる。

 でも、リンクスと呼ばれる幻獣の種は、実行しなかった。


「(これでいいかもにゃ……)」


 いっそこのまま次の主を密売人に見つけてもらうというのも、良いかもしれない。

 たとえ、獣とさかる(ヽヽヽ)のが趣味のど変態貴族だとしても、あの屋敷にいるよりは百倍増しだ。

 それにミケがいなくなれば、ミランダだってせいせいするはず。


 ミケは檻の中で丸まる。


「(悪りぃな、じぃさん……)」


 やがて目をつむり、希望も未来からも目を背けた。

 暗闇の世界の中で、ミケの意識が漂う。

 つと声が聞こえた。

 ミケの名を呼ぶ声だ。


 じいさんでもない。

 ミランダでもない。


「ミケ、聞こえているんだろ!!」


 ピクリと耳を立てる。

 わずかな光しか差し込まない、薄暗い鋼鉄の中で首を動かす。


 ヴォルフだ。


 最近、屋敷に住み着いた同居人。

 ミケを風呂に入れた張本人。


 さらに耳をそばだてる。

 ヴォルフの声とともに、激しく金属を叩く音が聞こえた。

 何度と戦場で聞いた音だ。

 すぐにヴォルフが戦っていることに気付く。

 相手はきっと密売人の組織だろう。


 何十人もの足音が聞こえる。

 対して、ヴォルフは1人だ。


「(あの唐変木は、頭のネジでも抜けてるのか?)」


 あり得ない。

 相手は50人以上もいるのだ。


 しかし、ヴォルフの声は今もなお遠くから聞こえてくる。

 激しい剣戟を響かせながら、奮戦していた。


「ミランダさんが待ってる。一緒に帰ろう。あの人はお前を憎んでなんかいない。むしろ家族だと思ってる。大切な家族だっていってる」


 うそだろ……。


「あの人にまた家族を失わせるつもりか! じいさんが亡くなった時、本当に悲しかったっていってたぞ。けど、お前がいたから生きて来られたって」


 うそだ……。


「はっきりしろ! お前! ミランダさんがちゃんと(ヽヽヽヽ)好きだろ!!」


 ヴォルフの絶叫がこだます。

 瞬間、ミケの脳裏に走馬燈のように記憶が蘇った。


 それは50年以上連れ添った主との別れだった。

 ミケが戻った時は、主は重傷を負っていた。

 ほぼ手遅れだった。

 魔獣たちが迫る中、息絶え絶えにこういった。


『ミケ、おらぁもうダメだ。おらを捨てて、いけ――』


『ダメだ、旦那! 主を捨てて逃げるなんて出来ないよ』


 主の衿を加え、引きずってでも移動しようとする。

 だが、ミケも限界だった。

 ここまでの戦いであまりに消耗しすぎた。

 幻獣としての本来の力も保てず、猫の姿でいるのがやっとだった。


『ミケ、おらぁ……。お前に最後の命令を下す』


『そんな不吉なこというなよ! ……最後といわず、何度だってあっちに命令してくれ!!』


『はは……。じゃじゃ猫が、そりゃ大盤振る舞いだな。……でも、いい。おらの願いはたった1つだ。よく聞いてくれ』


『ああ……。もちろんだ。もう絶対旦那のいうことを聞くから。だから、目を覚ましてくれよ!!』


 ミケは涙を溜めながら叫んだ。

 対して主は笑顔だった。

 腹が立つほど、安らかな表情だった。


 そしてたった一言――命令し(ねがっ)た。



 ミランダを頼む……。



 ミケは立ち上がる。

 ハッと息を吐き、自分を戒めるように後ろ足で自分の頭を掻いた。


「あっちはまた――主の命令に背くところだったよ」


 それがどんなに愚かしいことか、身を以てわかっていたはずなのに。


「まだ毛並みもピチピチなのにさ。あっちも耄碌したよ、旦那」


 すると、ミケの身体が突然光り出した。



 ◇◇◇◇◇



 倉庫街へと向かったヴォルフは、いきなり当たりを引いてしまった。

 たまたま声をかけた男が密売の構成員で、さらに取引の真っ最中。

 50人以上の男たちが、倉庫の影から現れ、「幻獣を探している」といってきた怪しい男に襲いかかった。


 話がうますぎる。

 これもレミニアの強化の賜物かと、娘に呪詛を吐いたほどだ。


 幸い構成員たちは、今のヴォルフの敵ではなかった。

 あっという間に半数を平らげる。


 その時、近くの倉庫が青白く輝いた。

 鋭い音を立てると、煉瓦の壁を吹き飛ばし、何かが飛び出てくる。

 ヴォルフと構成員たちが睨み合いを続ける戦場に転がった。

 ぷすぷすと燻っていたのは、鋼鉄の箱だった。

 まるで砲弾が中から飛び出してきたのかと思うほど、大きな穴が空いている。

 中身は空っぽだった。


 密売人たちは驚く。

 ヴォルフもまた言葉を失い、剣を止めた。


 ひたり……。


 倉庫からとてつもない気配を感じた。

 ヴォルフは瞬時に理解する。

 同じ気配を、数日前に感じたばかりだからだ。


 まだ砂煙が舞う倉庫から出てきたのは、人の丈ぐらいの大きな獣だった。

 白い剛毛の1本1本が、剣のように逆立っている。

 大きな流線型の体躯からは、常時雷がほとばしり続けていた。


 無造作に構成員の方に歩いていく。

 突如現れた自分たちと同じ身の丈の獣に、腰を引いた。

 すると、白獣は前足で地面を叩く。

 雷精の波が、地を這い、放射状に飛んでいき、構成員たちの身体を貫いた。


「ぐああああああ!!」


 断末魔の悲鳴が倉庫街に響く。

 逃げようとする者も、たちまち雷精の蔓に捕まった。


 次々と地面に倒れる。

 あっという間に、構成員たちを倒してしまった。


「もしかして、ミケなのか?」


 白い背中に話しかける。


 鋭く尖った瞳の色を見て、ヴォルフは気付いた。

 紫と緑――左右で違う異色の虹彩。


 その目が、こちらを指向する。


「大したことねぇなあ。あんた、こんなヤツらに手こずっていたのかにゃ?」


 どうやら、これがミケの本来の姿らしい。

 愛くるしい猫の姿も、もふもふの柔らかな毛もない。

 代わりに纏っていたのは、気高さだった。


「こいつらは大したことないさ」


 すると、ヴォルフとミケを目がけ2つの影が落ちてくる。


 奇妙な仮面を被り、全身を黒装束に覆った正体不明の人間が襲いかかってきた。

 恐らく、密売組織に雇われた用心棒だろう。

 下っ端の構成員とは訳が違う。

 両手に握った短刀の軌道、足の運び、体力――すべてB級相当だ。


 幻獣を前にして、怯むことはない。

 次々とミケの退路を断ち、攻撃を放ってくる。


「おい! 大丈夫か、ミケ」


 ヴォルフは鋼の剣で用心棒の短刀を受け止めた。


 いくら幻獣といえど、ミケは戦いから1年以上離れている。

 獣にブランクの概念があるとは考えにくいが、黒装束たちはウォーミングアップとしては些か手強い。


「はっ! あっちの心配より、あんたの心配をしな」


 鼻先の前に雷を集束させる。

 襲いかかる黒装束に放った。

 寸前のところ避けられる。

 ミケは「チッ」と舌を打った。


「おい。冒険者、こいつら倒していいんだにゃ」


「まあ、生きて捕まえるのがベストだろうが……。こういう手合いは、手心は加えると、後でどんな報復があるかわからん」


「なら、あっちに命令しろ」


「命令?」


「幻獣ってのは、本来生き死にも、善も悪も興味はないんだにゃ。永遠(まぼろし)の存在だからな。だから、幻獣使い(あるじ)に決めてもらうんだ。今、それを委ねていいのは、ヴォルフ――あんただけとあっちの魂は判断した」


「俺を主として認めると?」


「勘違いすんなし! あっちの主は――。まあ、そんなことはどうでもいい。で、どうすんだ?」


「わかった。命令しよう」


 ヴォルフは深く頷く。

 一瞬、ミケが笑ったような気がした。


 すると、低く姿勢を取る。

 同時にうなり声を上げると、全身が青白く光り始めた。

 ラップ音が弾け、ミケの周りに雷がほとばりはじめる。

 その姿はもはや巨大な雷神だった。


 さすがの用心棒も戦く。

 仮面の奥からくぐもった声が聞こえた。


「貴様、まさか――【雷王(エレギル)】か」


「あっちの懐かしい名前を知ってるなんて、ちょっとくすぐったいねぇ」


「え、エレギル!!」


 思わず叫んだ。

 【雷王(エレギル)】はヴォルフでも知っている伝説の幻獣の綽名だ。

 史上もっとも魔獣を倒した幻獣として有名だった。


「ミケがあの【雷王】だなんて……」


「どうしたい、ヴォルフ。とっとと命令しろよ」


 ヴォルフは気を取り直す。

 手をかざした。


「【雷王】ミケよ! こいつらを殲滅すること――」



 許可する!!



 弾丸――いや、それ以上の速さでミケが飛ぶ。

 まず1人目の用心棒に襲いかかった。

 あまりの速さに、回避も出来ない。そのまま雷が牙を剥いたかのようだった。


 気付けば、男の半身は蒸発していた。


「うわあああああ!!」


 半狂乱になって、残った用心棒が逃げる。

 だが、1度スイッチが入った雷獣が、そう簡単に獲物を逃がすわけがなかった。

 全速力で逃げる用心棒に対し、あっさりと前に回り込む。

 恐怖を呷るように前足で地面を掻くと、行った――!


 光の弾が男に襲いかかる。


 次の瞬間、用心棒たちの姿はこの世から消えていた。


「強い……」


 さしものヴォルフも息を飲む。

 明らかにその強さは、彼が経験した中で最上級のものだった。


 次第にミケの逆立った毛が倒れていく。

 ヴォルフの近くに来た時には、すでに波斯猫に戻っていた。


 開口一番こう言い放つ。


「あんたに1ついっておく」


「なんだ? まだなんかあるのか?」


「あっちはミランダが好きなんかじゃない」


「はあ……」


「持ってくる餌はまずい。床に小便するとすぐ怒る。何かと風呂に入れたがる」


 ミケは顔を上げる。

 その視線の先には、坂の上にあるミランダの屋敷があった。


「それでも、あっちはミランダが大好き(ヽヽヽ)だ」


 肩を竦めつつ、ヴォルフは口角を上げた。

 九つの尻尾がひらりと揺れる。

 もふもふの尻を見せつけつつ、家路を歩き始めた。


18000pt突破!

2万まであと少し!

ブクマ・評価いただいた方ありがとうございます。

引き続き更新しますので、がんばるぞい!


明日で【冒険者始動篇】ラストです。

少し遅れると思いますが、夜までには投稿しますので今しばらくお待ち下さいm(_ _)m

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