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第204話 裸の聖女

 草葉を踏む音が森の中に響く。

 同時に世界の終焉すら予感させる激闘の音が遠ざかるのを感じた。

 ヴォルフは胸に少女を抱きかかえながら、時折後ろを振り返る。

 相棒のことが気がかりだったが、今は少女を安全な場所に送り届けることが先決であった。


 しかし、安全な場所といっても、ここは異世界である。

 勝手知ったるレクセニル王都でもなければ、ストラバールですらない。

 生態系すらわからず、いつ魔獣が目の前に襲いかかってくるかわからなかった。


 そんな時である。

 進行方向に黒いローブを来た集団が見えた。

 ヴォルフは手を挙げそうになったが、その首から提げているものを見て、すぐに思いとどまる。

 それはラーナール教団の意匠であった。


 ヴォルフは急ブレーキをかける。

 だが迂闊にも枯れた木の幹を踏んでしまった。

 パキッという音は、行く手にいるラーナール教団の耳に入ったらしい。

 ヴォルフと、その抱きかかえた少女を見つけ、「いたぞ!!」と大声を張り上げた。


 ヴォルフは転進する。

 相手の戦力、さらに周囲地形を把握できていない以上、余計な交戦は避けたいところである。

 それに少女の前で刃傷沙汰は避けたかった。


 戻れば、またミケと魔獣の戦場に突っ込むことになる。

 仕方なく、ヴォルフは右に逃げた。

 当然、相手は追いかけてくる。

 だが、ヴォルフの足に信者たちは全く追いつくことはできなかった。


「よし! これなら撒けるぞ」


「いえ……。止まってください」


 声を発したのは少女自身だ。

 それは彼女が発した初めてまともな言葉だった。

 少女はヴォルフを見ておらず、周囲に向けられている。

 先ほどの言葉は間違いなくヴォルフに向けられたのであろう。

 が、周りに対して(こいねが)うような響きを持っていた。


 ヴォルフは言われるまま足を止める。


 その瞬間だった。

 ずんと重たい音が森に響く。

 ふわりと草木が舞い、ヴォルフの衣服と髪を揺らした。


 さしもの【剣狼(ソード・ヴォルバリア)】も目を剥く。


 今、眼前にいるのは、先ほどの魔獣だった。

 一瞬、相棒の幻獣のことがちらつく。

 頭が沸騰しかけたが、よく見ると違う個体だった。

 先ほどよりも一回り小さい。

 魔獣の性質によって、個体が小さくなったという可能性はあるだろうが、魔獣からはミケの匂いも、焦げ臭い戦場の匂いもしなかった。


 しかし、小さいからといって、弱いとは限らない。


 そしてヴォルフはほんの刹那ではあったが、硬直してしまった。

 その隙を見逃すほど、異世界の魔獣は甘くない。

 獰猛な牙を剥きだし、鋭い爪が地面を掻く。

 高く跳躍すると、ヴォルフの方に襲いかかってきた。


「しまっ――――」


 一瞬の油断だった。

 しかし、魔獣の巨躯はヴォルフの頭を越えていく。

 ヴォルフはただただ少女をギュッと抱きしめ、その腹の底を見ていることしかできない。

 魔獣はそのまま森の中を風のように走っていく。

 狂信者の方へと襲いかかっていった。


 途端、激しい息づかいと悲鳴が聞こえてくる。


「はっ……。はっ……。ぎゃあああああ!!」


「魔獣様! お慈悲を! まだオレは――――」


 あっという間に、2人の胴を薙ぎ払う。

 その遺体を見て、他2人も狂ったように悲鳴を上げた。

 涙を流しながら、許しを請うが、魔獣はごふっと鼻息を荒くするだけだ。


 魔獣を信奉していても、魔獣が彼らに味方するとは限らない。

 狂信者の中には、魔獣に殺されることを望む者すらいるそうだが、やはり実情はこんなものだろう。


「すまん。ここで待っていてくれ」


「どうするのですか?」


 助けに行こうとすると、少女はヴォルフの袖を引っ張った。

 背格好が似ているからか。

 娘の姿と重なった。


「助けに行くんだ」


「無駄だと思いますが……」


「無駄って……。そんなのわからないだろ」


 ヴォルフは無理やり腕を引っ張り、少女から離れる。

 転進し、助けを請う信者たちの方へ向かった。

 もし、この場にミケがいれば『いつものお人好しが始まったにゃ』と、主を注意したことだろう。

 だが、小うるさい小姑のような相棒は今はいない。


 ヴォルフは颯爽と森の中を駆け抜け、信者と魔獣の前に躍り出た。


「逃げろ!!」


 残っている信者たちに警告する。

 一瞬、何を言われたかわからず呆然としていると、ヴォルフは叫んだ。


「逃げろ! 死にたいのか!!」


 その声は信者たちの頭に響く。

 ハッとなって意識を取り戻すと、悲鳴を上げながら森の中へと消えた。


 残ったのはヴォルフと魔獣だけである。


「ぐるるるるるる……」


 喉を鳴らして威嚇する。

 どうやらご馳走を逃し、怒っているようだ。


「悪いな。あんなヤツらでも、俺たちの同族なんだ。みすみす食われるのを見ているわけにはいかないんだ」


 ヴォルフは【カグヅチ】を鞘から抜く。

 魔獣の牙のように光るそれを見て、対面の魔獣は憎々しげに睨んだ。

 ようやくヴォルフを、本当の敵と認識したらしい。


 ヴォルフも呼吸を整える。

 改めて敵を睨めつけた。

 見たことのない種だが、先ほどとは違って一回り身体が小さい。

 そのためやや圧力にかける。

 おそらく先ほどよりも若い個体なのだろう。

 血気盛んだが、何かうちから迸るような不気味さはない。

 それに先ほど信者たちに襲いかかった速度からしても、最初に出会った個体の基本能力よりかなり劣っている。いや、あれが突出しすぎているのだろう。


 ギルドが示すランクでいえば、せいぜい(ヽヽヽヽ)Sランクといったところか。


 いける……。


 ヴォルフは最初から仕掛けた。

 異世界の地面を蹴り、目の前の魔獣に猛然とダッシュする。

 虚を突かれた魔獣は慌てて爪を振り上げた。


「遅い……」


 ヴォルフの声が冷たく響く。

 そして鋭い剣閃が、一太刀――魔獣の胴を裂いた。

 単なる一振りに見えるだろうが、そこにはヴォルフの鍛え抜いた身体と、技術の粋が込められ、魔獣を斬倒するのであった。


「ふう……」


 倒しても油断することなく、慎重に【カグヅチ】を収める。

 周りを見ると信者の影は消えていた。

 どうやら逃げ切ったようだ。


「しまったな」


 ヴォルフは頭を掻く。

 自分が促したことではあるが、この辺りについて尋ねてもよかったかもしれない。


「本当に斬ってしまわれるとは……」


 声が背後から聞こえて、ヴォルフは思わず身構えてしまう。

 先ほどの少女だった。


 随分と小柄な体型に、そばかすが残る丸い牧歌的な輪郭。

 くすんだブロンドのおさげ髪を揺らし、白い司祭服から露出した肌は、まだ陽に当たったことがないように白い。

 透明な水色の瞳はとても純粋でいて、少し目尻が垂れている所為か、どこか眠たげにも映る。

 事実、少女はどこか儚げで、生気に乏しい。

 生きようと言う気概すら感じられず、まるで人形のように森の中で立っていた。


「怪我はないか……」


「おかげさまで。この場合、お礼を言うべきなのでしょうね」


「いや、別に……。俺が勝手に……って、何をしているんだ」


 ヴォルフが喋っていると、少女はおもむろに纏っていた司祭服を脱ぎ出す。

 前で留めた釦を外し、上着を脱ぐと、今度は履いているスカートに手をかける。


「ちょちょちょちょっと!! ちょっと待って! 何をしているんだ、君は?」


「何って、お礼を……」


「お、お礼? 待て。お礼と服を脱ぐのとどう関係が……」


「男の人にお礼をする時は、裸を晒すのが一番だと――」


「誰から聞いたんだよ。た、頼む。これを着てくれ」


 ヴォルフは少女が脱ぎ散らかした上着をつまみあげ、なるべく彼女の方を見ないように差し出した。


「良いのですか? 裸を見なくても?」


「い、いいから。頼む」


「すみません。でも、私にあなたへ差し出すものは他には――」


「だからって、いきなり自分の身を捧げようとするな」


 ついヴォルフは声を荒らげてしまう。

 少女はびくっと肩を震わせた。

 少し強く言いすぎたかと思ったが、その時声が聞こえる。


「おーい、師匠!」


 イーニャだ。


「まずい! ともかく着て! 着てくれ、頼む」


 少女の腕を捕まえ、慌てて服を着させようとする。

 だが、タイミングがあまりに悪かった。


「師匠……。お前、何をやってんだよ」


 ジト目で睨むイーニャが立っていた。


「いくら恋人と別れたからって、いきなりそれはねぇだろ」


「ば、バカ! イーニャ、誤解するな。これはち、違うんだ。この子がだな」


「この子がなんて――――」


 何か言いかけたイーニャが絶句する。

 たちまちその顔は険しくなり、頭に付いた耳と尻尾をピンと立てた。

 唇を震わせ、名前を呟く。


「エラルダ……。エラルダじゃねぇか!?」


「…………イーニャ、さん?」


 少女もまたイーニャの声に反応する。


 訳がわからないのは、ヴォルフだけだ。


「お前ら、知り合いなのか?」


「ああ……。こいつはエラルダ」



 あたいたちの仲間――五英傑の1人【聖女】エラルダ・マインカーラだ。


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