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第203話 因縁の相手

 声のもとへと、ヴォルフ、ミケ、イーニャは駆ける。

 こうして走っている間にも、森の中の木々が倒れる音が聞こえた。

 同時に断続的な震動と共に、何か巨大なものの足音が森を震わせている。


「ミケ! イーニャ! 準備だけはしておけよ。戦闘になるぞ」


『おうよ、ご主人!』


「わかった、師匠」


 ミケは青白い雷獣へと変化し、イーニャも走りながら鉄塊に付いた鎖に魔力を込める。


 すると、鼻に血臭が纏わり付く。

 直後、ヴォルフたち一行の前に現れたのは、男たちの死体だった。

 あまりにも無惨であった。

 1人は胴を断ち切られ、もう1人は頭を潰されている。

 全身がぺしゃんこになっているものもいた。

 当然、絶命している。かろうじて顔が残っている男の表情には、苦悶が浮かんでいた。


 気になったのは、服装だ。

 お馴染みの黒いローブに、ラーナール教団の意匠が離れたところに落ちていた。

 教団の信者であることは間違いないようである。


「当たりだな、師匠」


「ああ……」


 どうやら、異世界エミルリアにラーナール教団の本拠があるようだ。

 そうでなくても、これでなんらかの関わりがあることだけは証明された。


『ご主人、これ全員男だぜ』


 ミケには男と女かを臭いで判別することができるらしい。

 全身が潰されて、性別すらわかりにくい遺体もどうやら男のようである。


「どっかにまだ死体があるのか? それとも?」


「生き残っているというなら、そいつは重要な情報源になる」


 探そう……。


 皆の意見が一致した時、収まっていた震動が起こる。

 やはり何か巨大な生物が近くにいるらしい。


「魔獣かな、師匠」


 ちらりとイーニャは男たちの遺体を改めて検分する。

 およそ人間の所業とは思えない、圧倒的暴力であった。

 胴を分断された遺体も、薄い鋭利な刃物などではなく、まるで巨大な爪のようなもので切り裂かれていた。


「だろうな……」


 さしもの【剣狼(ソード・ヴォルバリア)】ヴォルフも、喉を鳴らす。

 異世界で初めて遭遇する魔獣である。

 このエミルリアの魔獣が何らかの自然現象によって、ストラバールに出現していることだけはわかっている。

 それでも、緊張せずにはいられなかった。


「行こう!!」


 それでもヴォルフは、速度を緩めたりしない。

 自信を持って2人に背中を見せて、走り出した。


『なあ、ご主人!』


 走りながら、珍しくミケはヴォルフに話しかけた。


『今まで不安にさせると思っていってこなかったんだけどよ』


「なんだ、ミケ? なんか言い方が縁起でもないぞ」


『とりあえず聞けにゃ。実は、このエミルリア? ……ともかくこの異世界に来てから、あっちはずっと違和感を抱いていたにゃ』


「違和感? どういうことだ?」


『単刀直入に言うにゃよ』



 あっちは1度、この世界に来てる……。



 ヴォルフはそれを聞いて言葉を失った。

 何か反論じみた言葉をいえず、相棒ミケの次の言葉を待つ。


『前のご主人と組んでた時にゃ』


 ミケは上を向く。

 ストラバールの樹木よりも遥かに太く逞しい木々に囲まれた森を見つめた。


『あの時、あっちはロカロのじいさんを――』


「師匠!!」


 イーニャは指を差す。


 前方に巨大な魔獣らしき影があった。

 肌は漆黒、獅子や虎に類するような姿をしている。

 赤い鬣が顎の下まで覆い、さらに首から尾の近くまで続いていた。

 それはまるで炎が燃えさかっているかのように勇ましい。

 虹彩のない瞳は、黄斑のように黄色く濁っていた。


「なんだ、あいつは……」


 ストラバールでは見たことがない魔獣だ。

 昔ヴォルフが苦戦した魔獣ベイウルフにも似ているような気がするが、大きさが段違いだった。

 側の樹木が、観賞用に見えるほど小さく見える。


 いや、それ以上に謎の魔獣から溢れる圧が凄い。


 ストラバールの最強の魔獣といえば、グランドドラゴンが真っ先に想起されるが、あれが子どもに見えるほどだった。


 そんな感想をいだいたのは、ヴォルフだけではないのだろう。

 側にいた【破壊王】イーニャですら、目の前の謎の魔獣を見て、竦んでいた。


 だが、1人――いや、1匹だけは違う。


 青白い炎のような雷精を激しく帯雷(ヽヽ)させると、【雷王(エレギル)】ミケは吠えた。



『見つけたにゃああああああああああ!!』



 瞬間、ミケはヴォルフの視界から消えていた。

 イーニャは見失ったが、ヴォルフだけはその動きについていく。

 怒れる【雷王(エレギル)】となったミケは、一瞬にして謎の魔獣の上を取っていた。


 見たことのないミケの怒り――。


 その強い感情に、ヴォルフは逆に動揺する。

 直後、思い出す。

 ミケの元主人であり、【雷獣使い(エレム)】と呼ばれた最強の幻獣使いロカロ・ヴィストとの別れの話を……。

 ミケが先走った挙げ句、主人を失った悲しい出来事を。


 そして、今まさにそのことが体現されようとしていた。


『にゃああああああああああ!!』


 ミケが暗雲を森に呼び込む。

 雷精が集まり、ミケの鼻先に集まり始めた。

 薄暗い洞窟のような森の中が、白く染まる。


『食らえにゃああああああああああ!!』


 ミケは絶叫する。

 超特大の雷が謎の魔獣に落とされた。

 両耳を突き刺すような音に、ヴォルフは顔をしかめる。

 威力、そして規模――どれをとっても、ミケの攻撃の中で最大級だった。


 雷精が四方八方に飛び散る。

 まるで避雷針のように近くの樹木に真っ直ぐ向かい、雷圧が天に昇っていった。

 樹木を雷の剣で切ったようになると、真っ二つに割れる。

 そのまま巨大樹が地上の方へと傾いてきた。


 凄まじい雷流の音が周囲の音をすべてかき消す。

 その中で、レミニアによって強化されたヴォルフの耳は再び悲鳴を捉えていた。


 声の出所を探ると、少女が地面にお尻を付けたまま固まっていた。

 その視線の先にあるのは、今まさにゆっくりと倒れようとしている巨木だ。

 少女は顔を強ばらせ、ただ見ている。

 足を動かそうにもうまく力が入らないようだった。

 完全に居すくんでいる。


「まずい!!」


 ヴォルフは駆け出す。

 ミケのことも気になるが、今は救助が先だ。

 相手が狂信者であろうと命は命――。

 それにエミルリアに来て、初めて見つけた手がかりを見逃す訳にはいかない。


 ヴォルフは全速力で駆ける。

 風のように疾駆すると、少女の側で膝を突いた。


「ほへ……」


 彼女がヴォルフを視界に入れたのは、ほんの一瞬であっただろう。

 何か間抜けな言葉しか出てこない。

 ヴォルフは有無も言わさず、少女を抱き上げる。

 お姫様抱っこだ。


 そのまま地面を抉り飛ばし、再加速する。

 巨樹の影が迫る中、ヴォルフと少女はなんとか脱出した。


 倒木から逃れると、轟音が鳴り響く。

 ヴォルフは「ふぅ」と息を吐いた。

 間一髪だ。

 少女も無事である。


 だが、戦闘は続いていた。

 ミケの初撃を、あの謎の魔獣が耐えきったのだ。


『ぐおおおおおおおおおおおおお!!』


 野太い吠声が森に響き渡った。

 ミケのものではない。

 あの謎の魔獣が吠えたのだ。


『ニャアアアアアアアアア!!』


 ミケも負けじと吠声を上げる。

 さらに雷精を集め、牙を剥きだし謎の魔獣に襲いかかった。

 速度で攪乱するが、謎の魔獣はミケの動きを捉えることができているらしい。


「なんてヤツだ」


 ミケが本気になれば、その速度は光に近い。

 なのに、謎の魔獣は捕捉できているのだ。

 ストラバールにはいなかった強敵である。


 それにまだある。


 ミケの第2撃目が振り下ろされた。

 雷撃が天地を貫く。

 だが、完全に不意打ちの初撃は逃げられなかったが、2撃目はきっちり躱してきた。

 気が付けば、かなり遠くの方まで飛び退さっている。


「動きが軽い……。あの巨体で――――」


 魔獣というのは、大きくなればなるほど、動きが鈍くなる。

 ある一定の体重になると、身体を支える筋肉だけで手一杯になるからだ。


 だが、謎の魔獣は違う。

 あれ程の大きさにもかかわらず、かなり俊敏である。

 それほどの筋力を持ち合わせているのだろう。

 だとしたら、その一撃を受けるのは危険だ。


「――――ッ!!」


 ヴォルフの頭の中に、まざまざとラーナール教団の信者たちの哀れな死に様が思い浮かぶ。


「(どうする?)」


 とにかく今は敵の分析を悠長にしている場合ではない。

 ミケは完全に我を忘れている。

 現在、危険なのは謎の魔獣ではなく、ミケの方だ。

 雷精を広範囲に放ち、謎の魔獣の速度に対応しようとしている。


 このままではヴォルフはともかく、今腕の中に抱いている少女にすら危害を加えかねない。


「イーニャ! 一旦退却だ!!」


 ヴォルフは大声を上げて、イーニャに知らせる。


「退却はいいけど、師匠の猫はどうするんだ?」


「今のミケは暴走している。正直、俺でも制御不能だ。1度戦場から離れて、少女を安全な場所まで移動させる」


 ミケのことは心配だが、今はそれが最善だと考えた。

 口惜しいことではあるが、ヴォルフはぐっと堪える。

 その心中を、イーニャも察してくれたのだろう。


「了解だ、師匠。――うわっと!!」


 イーニャの前に、ミケの雷精が飛んでくる。

 今、ここで呑気に集合して逃げるわけにはいかないようだ。


「後で合流しよう。合流地点は、俺たちが最初に到着した場所だ」


「わかった! 師匠、気を付けろよ!!」


「イーニャもな」


 師と弟子は互いに背を向ける。

 白と黒が混じり合い、異形の生物が激闘を繰り広げる戦場から、離脱していった。


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