第202話 異世界料理
軽く飯テロ回です。お気を付け下さい。
石床に硬い革靴を叩く音がして、男は目覚めた。
革張りの椅子には、木でもなければ、鉄でもない、正体不明の材質を使った格子が入り、男の体重を支えている。
やや落ちくぼんだ瞳の男は、見るからに疲れており、気色も悪い。
しかし、青紫色の瞳は炎のように揺れており、体つきもがっしりとしていた。
「ガズ猊下、ご報告します」
黒いラーナール教団の僧服を纏った男が膝を突く。
深々とガズという男に向かって頭を下げた。
「どうした? また脱走者か?」
「はい」
「全く……」
ガズは息を吐く。
やや背筋を伸ばし、椅子に深く座り直すと、革張りの椅子は軋みを上げた。
「このところ多いのではないか?」
「レクセニル王国を主とした聖戦の噂は、ラーナール教団にも広まっております。中には怖じ気づくものもいるでしょう」
「馬鹿者め……。ここがヤツらにバレることもなかろう。そもそも脱走者はどこへ逃げるというのだ。ここより他に安全な場所などないというのに」
「仰る通りかと」
「対処はしているのであろうな」
「すでにエラルダ様が向かっております」
「エラルダが……? あの娘にも困ったものだ。即刻呼び戻せ。エラルダの役目は、脱走者を捕まえることではない。あやつには、ラーナール――いや、この世界の未来を背負ってもらわねばならん」
「はっ!!」
男は大きく返事をし、再び靴音を鳴らしてその場を後にした。
ガズは大きく息を吐き出す。
虚ろな瞳を中空へと向けた。
「もうすぐだ……。もうすぐ我の願いが叶う……」
天使様……。
そう呟くと、ガズは再び瞼を閉じた。
◆◇◆◇◆
イーニャとミケを起こし、ヴォルフは深い森を進んでいた。
見たことのない大樹が生い茂っている。
どれも背が高く、巨大だ。
まるで一回り、自分たちが小さくなったような気さえする。
だが、一方で人の気配はない。
街や建物の痕跡すらなく、ヴォルフたちはしばらく闇雲に歩き回らねばならなかった。
「てっきりエミルリアにあるラーナール教団のアジトに続いていると思ったが……」
「これはあたいの推測だけど、座標がずれたんだろう。こればっかりはこっちのことはわかっていないとわかんねぇからな」
「じゃあ、俺たちは向こうのアジトから遠く離れた場所に転送されたということか?」
「その逆だってあり得るぜ、師匠。とにかくポジティブ思考だ。師匠の教え、第7条だ」
「俺、そんなことを言ってたか?」
ヴォルフは肩を竦める。
だが、今はイーニャの明るさは心強い。
本人からすれば、ヴォルフと一緒にいることが幸せなのだろう。
さっきから笑顔が絶えなかった。
つとヴォルフは足を止めた。
木の根本に茸のようなものが生えている。
当然ストラバールにあるどの図鑑にも載っていない品種だが、ヴォルフにはすぐにそれが食べられる品種であるとわかった。
1度匂いを嗅ぐ。
特に悪い匂いはしない。
試しにミケの前に差し出してみた。
「どうだ、ミケ?」
『うーん。匂いは悪く――――ってぇ、あっちは幻獣にゃ!! 犬みたいなことをさせるにゃ!!』
しゃあ、とミケは烈火の如く毛を逆立てた。
一方、ヴォルフは火を焚き始める。
串に刺して、茸を焼き始めた。
軽く焦げ目をつけたところで、火から離す。
茸はかすかに湯気をくねらせていた。
「師匠、本当に食べるのか?」
『お腹壊すぞ、ご主人』
1人と1匹は懐疑的だ。
少し心配そうにヴォルフを睨む。
しかし、ヴォルフは食べる気満々だった。
「大丈夫。それに当面の食糧は確保しなければならないだろう」
ヴォルフは「あーん」と口を開ける。
ついに茸を囓った。
「うーん……」
鼻から突き上げるような声を上げる。
口に入れた途端、広がったのは茸の独特の風味だ。
温かい土の匂いに似た風味が、懐かしさとともに、口の中に広がった。
程良い水分が含まれていて、噛んだ瞬間旨みがじんわりと滲んでいく。
ヴォルフは背嚢を一旦下ろし、中から魚醤を取り出した。
まだ熱々の茸を裏返し、傘の内側に数滴垂らす。
茸の匂いと一緒に、魚醤の香ばしい匂いが鼻をくすぐった。
堪らず一気に茸にかぶりつく。
「うまい!」
茸の旨みと、魚醤のしょっぱさがベストマッチだ。
ヴォルフは夢中で頬張り、柄の部分まで食べきる。
口元についた魚醤まで、ペロリとなめ取り、完食した。
「はあ、おいしかった」
満足そうにお腹をさする。
すると、イーニャとミケがヴォルフを見つめていた。
その瞳は七色に光り、口元には涎を垂らしている。
茸というよりは、ヴォルフ自体を食材と見立てているようだった。
「い、イーニャ……。ミケまで」
「し、師匠、あたいにも! あたいにも!!」
『魔鉱石以外には興味がないにゃが、ちょっとぐらいなら食べてやってもいいにゃ』
1人と1匹は興味津々だ。
よっぽどヴォルフの食べ姿がおいしそうに見えたのだろう。
「わかった。わかった。食べさせてやるから――――」
2人と1匹が茸を巡って大騒ぎになる中、声が聞こえた。
「きゃあああああ!!」
絹を裂くような声――。
悲鳴だ。
茸に色めきだっていた一行の顔つきが変わる。
「人の声だったな」
「ああ……」
『にゃ!』
瞬間、一行は弾かれるように走り出す。
それはこの世界に来て、初めての手がかりだった。
新作『「ククク……。ヤツは四天王の中でも最弱」という風評被害のせいで追放された死属性四天王は静かに過ごしたい』が第一部完結しました。
文庫本ぐらいの文量でサクッと読めますので、
週末のお供に是非お加え下さい。よろしくお願いします。








