第200話 可愛い娘を呼んでみた
この感じ久しぶりw
なりそこない――。
それは魔獣と人間を掛け合わせた合成獣である。
魔獣と人間は異なる生物だ。
本来混じり合うことは難しく、生命を維持することすら難しい。
しかし、【大勇者】レミニアの推論によれば、強烈な引き合う力を持つ愚者の石であれば、可能だという。
結果的に生み出された合成獣は魔獣とも人間とも違う――第三の生命として生み出された。
魔獣でも人間でもない。
それ故に、なりそこないといわれたのである。
その力は圧倒的であった。
Aランクの冒険者では手も足も出ず、Sランクといわれる冒険者でやっとというところである。
しかし、今のヴォルフにとって取るに足らない相手だった。
影が伸びる。
それは光と似た速さで、ヴォルフに襲いかかった。
だが、【剣狼】が歩む速度は全く衰えることはない。
槍のように突き出されたなりそこないの一部をギリギリで見切り、小刻みに進路を変えて、すべて回避していく。
気が付けば、その大きな巨躯の懐にヴォルフは潜り込んでいた。
愛刀【カグヅチ】に手を掛ける。
最速最短の抜刀術が闇の中で閃いた。
シャンンンンンン!!
なりそこないの巨体を斜めに切り裂く。
黒い血が噴きだし、声なき悲鳴が暗闇に響いた。
しばらくして、その身体は急速にしぼみ、闇に溶けるように消滅していく。
「よし……」
ヴォルフは刀を鞘に収める。
ふっと息を吐いた。
他に敵意は感じない。
意外とあっさりと敵アジトを制圧した。
元々わかっていたが、教祖といった首謀者の姿はない。
いたのは、数名の信者と魔獣、2体のなりそこないだけだった。
すでに1体は倒し、残りも仕留めた。
ヴォルフの強さは以前より高まっている。
なりそこないですら敵ではない。
そんな誇らしげな背中を見て、エミリは頬を染める。
「さすがでござるな、ヴォルフ」
「…………」
「ヴォルフ?」
「うん? ああ、なんだ、エミリ?」
「いや、何かヴォルフがぼうっとしていたから。気になったでござるよ。戦場の真ん中で考えごととは珍しいでござるな」
「ああ、いや……」
ヴォルフは癖毛を掻いて誤魔化した。
一瞬、自分の胸に往来した気持ちを静かに心の中に収める。
ヴォルフは前を向き、アジトの奥へと向かった。
アジトの奥にあったのは、大規模な魔導機具だった。
中央には複雑な呪字と印が込められた魔法陣。
そこからミスリル線が伸び、周囲の魔導機具につなげられていた。
「どうだ、アンリ?」
ヴォルフは魔導機具を眺めているアンリに尋ねる。
すると、アンリは首を振った。
「すみません。私にもさっぱり。この魔導機具は専門の研究者でなければ、動作させるのは難しいかと」
「ダメだ、あたいにもわかんねぇ」
同じく機具を眺めていたイーニャが手を上げる。
比較的魔法に明るい2人がダメなのだ。
他に機具の使い方に心当たりがあるものはいなかった。
強くなったヴォルフも、イーニャと同じくお手上げだ。
いくら娘でも、魔導知識の強化はしなかったようである。
「信者を見つけて、締め上げたらどうですか?」
「いや、ダメでござるよ。軽く見回ったでござるが、ほとんどのものが毒を飲んで死んでいたでござる」
「それに末端の信者が知っている可能性も低いしな」
うーん……。
ここに来て、いきなり手がなくなる。
だが、間違いなくこの装置こそが異世界エミルリアに渡る装置なのだろう。
レミニアの故郷。
そして、あの謎の女がいた世界だ。
「レミニアならわかるだろうか?」
ヴォルフはぽつりと呟く。
反応したのはアンリだ。
「レミニアさんならおそらく。専門ですから、的確な助言が得られるかと」
「おいおい。今からレクセニル王国に戻って、娘をここに連れてくるのかよ、師匠。もう作戦は始まってる。時間はないんだぜ」
ラーナール教団一斉摘発。
その時間は刻々と近づいてきていた。
そろそろ各地に散った勇士たちが準備をしている頃だろう。
「心配するな。多分、レクセニル王国に戻らなくても、レミニアに機具の使い方を教わることはできると思う」
「どうやんだよ」
「そうです、ヴォルフ様。ここからレクセニル王国はかなりの距離です。遠話魔法でも届きませんよ」
皆が否定する。
しかし、ヴォルフには確信があった。
「みんな、耳を塞いでいてくれ」
ヴォルフが頼むと、他の者たちは言われた通りにする。
ミケもぺたりと耳を頭に押し付けた。
ヴォルフはアジトの入口の方を向く。
やがて大きく息を吸い込んだ。
「れぇぇぇみぃぃぃいいにぃぃいぃああああああああ!!」
そのままアジトが吹き飛びそうな声で、レミニアを呼ぶ。
どうやら大声まで強化されているらしい。
バロシュトラス魔法帝国の帝都で永眠させたアダマンロールが、ショックで蘇りそうな声だった。
パラパラと洞窟の天井から砕けた岩の欠片が落ちてくる。
ヴォルフはしばし仁王立つ。
反応を待った。
「おいおい、師匠。あれでレミニアの嬢ちゃんを呼んだとかいわないよな」
「あははは……。ヴォルフ様。いくらあのファザ――じゃなかった――賢い娘さんでも、さすがにここからでは、ヴォルフ様の声は届かないかと」
皆が口々に疑問を呈する。
しかし、ヴォルフは動かない。
しばし己の声がレミニアの耳に届くのを待った。
なかなか返答が来ない。
さすがに無理だと諦めかけたその時だった。
『やっほー! どうしたの、パパ?』
突然、レミニアの声が洞窟に響き渡る。
「これは?」
「え? 遠話? そんな! 届くはずが!!」
『遠話? ふん。そんな庶民じみた魔法を、わたしが使うわけないでしょ、アンリ姫』
「私の声が聞こえて」
『ばっちり聞こえてるわよ。姿はわからないけど』
よく聞くと、その声の発信源はヴォルフだった。
アンリたちに背を向けて立っているため、まるでヴォルフがレミニアの声真似をしているように聞こえる。
『パパ……。ちょっと後ろ向いて』
レミニアの言う通り、ヴォルフは後ろを向いた。
アンリたちに背を向けていたヴォルフは半回転する。
身体の前面を、アンリたちに見せた。
「「「「――――ッ!!」」」」
4人の乙女は一斉に驚く。
ヴォルフの顔を一斉に覗き込んだ。
「なななななななな!! なんですか、それは!!」
アンリは素っ頓狂な声を上げる。
それもそのはずである。
あろうことかヴォルフの左目に、目の中に入るぐらいの小さなレミニアがいたのだ。
ヴォルフもまた戸惑っていた。
視界の中に、小さなレミニアらしき影が見えていたからだ。
「れ、レミニア、これは?」
『ん? これね? わたしの意識の一部を、パパの中に刷り込んでおいたのよ』
「れ、レミニアの意識の一部!?」
『魂って言い換えてもいいかしら。まあ、難しい話はまた今度聞かせてあげる。簡単に言うと、精霊と契約するのと一緒よ。精霊使いは意識の中で精霊を飼っていて、魂で繋がっている。だから、わたしの一部を精霊化して、パパの魂に括り付けておいたってわけ』
「自分の魂を精霊化……」
「高度な技をそんなあっさり……」
パーティーの中では、比較的魔法に明るいイーニャとアンリが愕然とする。
おそらくバロシュトラス魔法帝国の魔法研究権威すらたまげるような歴史的偉業だろう。
人間を精霊化することすら難しい技術なのに、魂の一部を精霊化するなんて途方もない技術である。
魂はケーキのようにナイフで簡単に切れるものではないからだ。
「じゃあ、レミニア。ずっと俺たちの行動を見ていたのか?」
『ああ。それは心配しないで。キーがないと動かないようになってるから』
「キーって」
『本体が覚醒を促す魔法を使わないと、わたしは動けないってこと。魂の量が少ないから、常時稼働させておくことは難しいの』
「本体って……。じゃあ、まさか――」
ごくりとイーニャは息を飲んだ。
本体――つまりレクセニル王国で待機しているレミニアが、その魔法を起動させない限り、このチビレミニアは動かないということだ。
それは1つの奇跡を示していた。
「じゃあ、俺の声はレミニアに届いたんだな」
『当たり前でしょ。パパの声なら、世界の果てにいたって聞こえるわ』
「「「「な、なんて地獄耳……」」」」
アンリたちはまたしても愕然とする。
ここにいる誰よりも、深くヴォルフのことを愛するレミニアに、感服するより他なかった。
「ところで、なんで目に宿ってるんだ、レミニア」
『目に入れても痛くないほどかわいいって言うじゃない』
「それだけ?」
『そ、それだけよ』
「ふふふ……。やっぱ俺の娘は可愛いな」
『でしょでしょ』
「だが、今度は別のところにしてくれ。目玉の中じゃ、頭だって撫でられないぞ」
『あ゛あ゛! そうだった! 盲点だったわ!!』
ヴォルフの目の中にいるレミニアは、ガチで凹み始めるのだった。
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