外伝 レミニアの背伸び
2巻特典の「レミニアとウェディングドレス」を改題したものです。
レミニアの背伸び
「――では、これで頼む」
ヴォルフは行商人に代金を渡した。
最近村を行き来するようになった若い女の行商人は、1つ2つと硬貨の数を数える。
ヴォルフの後ろには、鍋や包丁、鉄釘などの日用品が置かれていた。
「確かに……。いつもご利用ありがとうございます。これからもご贔屓に」
女行商人は丁寧に頭を下げる。
緩やかなウェーブがかかった黒髪が揺れた。
南方人らしい浅黒い肌。それが、やや猫目の瞳と相まって、どこかミステリアスな雰囲気がある行商人だった。
「……こ、こちらこそ。よろしく頼む」
ヴォルフが声を上擦らせる。
その様子を、横でやりとりを見ていた7歳の少女――レミニアは見逃さない。
やや鼻の下を伸ばしたヴォルフの方を見て、頬を膨らませた。
すると、ピトッと小さな胸をヴォルフの足に付ける。
ヴォルフは気付かなかったが、女行商人はその愛らしい嫉妬に目を細める。
やがてニコリと笑うと、荷台から1冊の本を取り出してきた。
「どうぞ……。こちらはサービスです」
それは絵が付いた本だった。
ストラバールでは珍しく、もちろん高価だ。
見たこともない絵の付いた本に、レミニアは興味を示す。
何も言わず、本を手にしてしまった。
「い、いいのか?」
「実は昔、私の祖父から誕生日祝いにいただいたものなんです」
「へぇ……。おじいさんは何を?」
「冒険者をやっていました」
こうして行商人は村から去って行った。
それをヴォルフとレミニアが見送る。
レミニアの胸には、絵本が抱かれていた。
女行商人のお古というのは少し気にくわなかったが、絵が付いた本というのは、なかなか興味深かった。
レミニアは早速、父の膝の上で本を読んでもらうことにした。
絵本の内容は割と平凡だ。
勇者が姫に恋をして、その姫が悪い魔女にさらわれて、最後は二人が結婚してハッピーエンド。
よくある英雄譚だが、それに絵が付いていると、とても臨場感があった。
一番のお気に入りは、絵本の最後に出てくるお姫様の衣装だ。
フリフリの付いた真っ白なドレスを見て、七歳の少女は胸をときめかせた。
ちらりと、ヴォルフの方を見る。
「(この服を着たら、パパ喜んでくれるかな)」
自分の事を大人に見てくれるだろうか。
そう思った時にはもう――レミニアは行動に移していた。
絵本を持って、村で一番織物が上手なお婆さんに会いに行く。
ウェディングドレスを作りたい、と絵本を見せた。
すると、お婆さんは「わははは」と抜けた歯を見せて笑う。
老婆が言うには、それっぽいものは作れるそうだ。
けれど、ウェディングドレスの白は普通の糸では出せないらしい。
その材料はお婆さんもわからないそうだ。
それでもいいかい?
そう尋ねられたが、レミニアはすぐに頭を振った。
ダメだ。この白じゃなければ、意味がない。
いきなり躓いてしまった。
けど、レミニアはくじけない。
というより、障害とすら考えていなかった。
家に帰って、ママが残した遺稿を紐解く。
そこにはたくさんの魔獣についての説明が書かれていた。
七歳にして、読破し、暗記しているレミニアには、この白に心当たりがあったのだ。
「あった!」
思わず遺稿を掲げて唸った。
側で夏用の藁靴を編んでいたヴォルフがピクリと肩を振るわせる。
「どうしたの?」と質問されたが、レミニアは遺稿と絵本を隠してしまった。
できれば、ヴォルフには知られたくない。
小さな少女は企んでいた……。
翌朝――。
レミニアはそっと村を出た。
目的ものは村の外にあるからだ。
ヴォルフは今日一日中、作付けだといっていた。
つまり、家には夕方まで戻ってこない。
それまでに家に帰れば問題ないはずだ。
レミニアは初級の風属性魔法を使う。
うまく制御をし、身体が浮き上がった。
さらに魔力を込めた瞬間、砲弾のように飛び上がる。
森や川、山が一つの視界に収まるほどの高度まで上昇する。
村がまるで蟻の巣のように小さく見えた。
「待っててね、パパ」
手を振って、レミニアは旅立った。
レミニアの目的は、ガロスパイダーという魔獣だった。
巨大な蜘蛛の魔獣で、ランクはB。肉食でとても凶暴である。
だが、その蜘蛛の巣に使われる糸は非常に美しく、そして真っ白だ。
その糸ならば、ウェディングドレスを作ることができると、レミニアは考えていた。
レミニアは早速巣を見つける。
しかもガロスパイダーは不在のようだ。
「わあ……!」
思わず歓声を上げてしまうほど、綺麗な糸だった。
その糸を使って、あのウェディングドレスを着る自分の姿を思い浮かべ、頬を緩める。
だが、陶酔している時間はない。
まごまごしていると、ガロスパイダーがやってくるかもしれないからだ。
レミニアは急ぎ巣を回収する。
けれど、彼女は天才的な才能を持つが、まだまだ子どもだ。
小さな身体で肉体労働はなかなか難しい。
1度に回収できる量が少ないのだ。
そんなことをしている内に、陽が傾いてきた。
やがてレミニアは獣臭に気付く。
後ろで赤い目を光らせた巨大蜘蛛が、大きな牙をガチガチと動かしていた。
口から涎のような体液が滴っている。
その様を見て、普通の子どもなら腰を抜かしていただろう。
だが、そこは未来の【大勇者】である。
腰に手を当て、まるで待ち合わせの時間に遅れてきた恋人のように叱りつけた。
「もう出てきたの? もうちょっと眠っていなさいよ」
『ぐおおおおおおおお!』
「あっそ! やる気満々ってわけね。あなたの巣を壊したことは謝るけど、タダで喰わせるつもりはないわ」
ガロスパイダーは十本の足を動かし、レミニアの方に迫ってきた。
レミニアは慌てない。
やれやれ、と首を振り、魔法を放った。
【氷烈弾】!
それは初級の魔法だった。
見習いの魔導士が1年ぐらいの修行の末、やっと習得するような魔法だ。
そんな魔法を7歳のレミニアが使えることは十分非凡である。
だが、それだけでは後に【大勇者】と呼ばれる少女としては些か不充分だ。
故にこの後、彼女は【大勇者】の片鱗を見せる。
10本の足をガタガタと動かし、迫っていたガロスパイダーの動きが止まった。
レミニアの初級魔法が、Bランクの魔獣をたちまち凍てつかせてしまう。
一瞬にして、ガロスパイダーの氷像ができあがった。
初級魔法でBランクの魔獣を倒す。
わかるものが見れば、それこそ腰を抜かしただろう。
「ふん」
レミニアは振り返る。
初級魔法でBランクの魔獣を倒したのに、その功績を誇ることすらしなかった。
糸を巻き取ると、再び風属性の魔法を使って空に消えるのだった。
ヴォルフは落ち着かなかった。
レミニアが夕飯ギリギリに帰ってきた日からずっと作業を続けている。
天井から茣蓙を下ろし、その作業風景を見せないようにしていた。
どうやら村に唯一ある織機を使って、服を作っているらしい。
一度、見ようとしたが……。
「服ができるまで、中をのぞいちゃだめだからね」
釘を刺された。
だが、ある時娘の声が響く。
「パパ……。いいよ」
ヴォルフはつり下がった茣蓙を手で払う。
思わず息を呑んだ。
白いドレスを着たレミニアが立っていた。
あの絵本の中で見たお姫様そっくりだ。
「どう……?」
手に花束を持ったレミニアは微笑み、その場で一回転する。
すると、呆気に取られていたヴォルフは、思わず「くぅ」と泣き始めた。
わんわんと大声を上げる。
予想外の反応を見て、レミニアは慌て、パパを慰めた。
いつか娘が結婚する時を想像し、大泣きするヴォルフであった。
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(リンク間違っていたので、貼り直しました)
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