第197話 幼き勇者の弱点
ヤングエースUP様にて『ゼロスキルの料理番』のコミカライズ最新話が更新されました。
ぱりぱりの骨せんべいをどうかご堪能下さい。
是非応援の方もよろしくお願いします。
それは10年ほど前に遡る。
ヴォルフの娘――レミニアがまだ幼かった頃だ。
後に【大勇者】と呼ばれる少女は、5歳の時には勇敢な少女であったのだが、1つだけ苦手なものがあった。
「きゃあああああああああ!!」
突然、荒ら屋のミッドレス家に悲鳴が響き渡る。
食事の支度をしていたヴォルフは居間を覗き込んだ。
藁床の上で、レミニアが尻餅をついている。
いつもは自信満々で、笑みの絶えない娘の顔が青ざめさせているのを見て、ヴォルフはただ事ではないと慌てて駆け寄った。
「どうした、レミニア?」
「出たの?」
「出た?」
その動揺っぷりに、初めは魔獣か何かだと思った。
ヴォルフは持っていたお鍋の蓋を盾にして、辺りを警戒する。
しかし、魔獣らしき影は見えない。
すると、レミニアは指を差して金切り声を上げた。
「パパ! 上よ!!」
「上?」
「柱よ、柱!!」
自分は柱から目をそらして、指を差す。
ヴォルフは目を凝らした。
黒いシミのようなものが柱を伝っている。
否――違う。
シミではない。
虫だ。
「なんだ、黒虫か……」
ヴォルフはやれやれと肩を竦める。
鍋の蓋から家にあった木刀にスイッチし、握る。
触覚を小刻みに動かす黒虫に向かって、木刀をヒットさせた。
「うぇえ!」
思わずレミニアは変な声を上げた。
ぐしゃぐしゃになった黒虫を、さらに気味悪そうに見つめている。
たまたまEランクのゾンビに遭遇した時も、眉1つ動かさないぐらい強靱な心臓の持ち主なのに、こと黒虫となるとレミニアの表情は一変した。
ヴォルフはくすりと笑う。
「本当にレミニアは黒虫が苦手なんだね」
「だって、あいつら気持ち悪いんだもん」
気持ちはわからないわけがない。
似たような虫がいくらでもいるのだが、黒虫だけは何か得体のしれない雰囲気を持っている。
実際作物を食ったりするし、病気の原因にもなる。
それならイナゴや蝙蝠の方がよっぽど脅威なのだが、ここまで嫌われる昆虫も珍しい。
「ねぇ、パパ……。なんか最近、黒虫が多くない。一昨日も壁に貼り付いていたよ」
「確かになあ。じゃあ、害虫駆除しようか」
「パパってそんなことできるの?」
ぴきぃん、という感じでレミニアは目を光らせる。
同時に黒虫を前にして青ざめさせていた表情も、一気に輝いた。
「ああ。任せておけ」
期待に満ちた娘の前で、ヴォルフは少し得意げに胸を張った。
翌日――。
ヴォルフは自分の家を密閉しはじめた。
窓に板を打ち、隙間に目張りをする。
結構時間がかかるので、村の人間にも手伝ってもらった。
さらに薬研を使って、何やら挽き始める。
数種類の薬草を混ぜたものを団子状にした。
それに火を付け、密閉した家の中に何個も投げ入れる。
最後に家の扉を閉めて、その周りを目張りした。
「これでいいだろう……」
ヴォルフは汗を拭う。
「これで黒虫、死ぬの?」
ちょっと小首を傾げ、レミニアは尋ねた。
「ああ。今、入れたのは害虫駆除用の薬だ。あの匂いを嗅いだら、いくら黒虫でもイチコロだよ」
「すごい! パパ、すごい!!」
レミニアは一際目を輝かせる。
黒虫を一瞬で駆除する父親に賛辞を送った。
ヴォルフは1冊の本を見せる。
それは例の女からもらったものだ。
「レミニアのママが書いてあった方法のアレンジだよ。本来は魔獣を倒すもののようだけどね」
「へぇ……。パパって魔法のことはわからないのに、薬のこととかだとすごくなるよね。【竜睡薬】もすぐに作っちゃったし」
「魔法はわからないけど、薬のことはちょっとだけわかるからね」
「ママの薬をアレンジするなんて、やっぱパパは天才だわ」
「いや……。ただ材料がないだけだよ。どの材料もAランクやBランクの魔獣の一部だったりするから。でも、低ランクの魔獣でも虫ぐらいなら倒せるんじゃないかと思っただけだよ」
「その発想が凄いのよ、パパ!」
レミニアはヴォルフの広い背中に貼り付く。
頭の方まで上ってくると、その癖毛をわしゃわしゃと撫で回すのだった。
◆◇◆◇◆
そして、もう10年前のヴォルフではない。
今、ヴォルフの手にはAランクやBランクの魔獣を倒す力がある。
故にレミニアの母親が残した書物に書かれていた、魔獣駆除の薬を作ることができたのだ。
「そんな馬鹿な!! 信じられるものか!!」
声を荒らげたのは横で話を聞いていた大臣――いや、ラーナール教団の狂信者だった。
「アダマンロール様だぞ! 災害級魔獣様だぞ! それが1万もいるのだ!! それを薬だけで殺せると思っているのか!!!」
「ならば、やってみるがいい」
挑発したのはヴォルフではなく、ガーファリアだ。
執務室の椅子に深く腰掛け、まるで戦況を望む司令官のように構えている。
その一国の皇帝とは思えぬ反応に、大臣は激怒した。
「貴様……! 正気か!!」
「無論だ。酔狂でこんなことは言わぬ」
「このロートル冒険者を信じるというのか?」
「信じるというのは少し違う」
「なに?」
「そいつは正直者よ。馬鹿がつくぐらいにな。嘘は吐かぬ。吐けぬのだ」
ガーファリアは肘掛けに肘をおろし、頬杖までついて余裕を見せる。
その口元には笑みすら浮かんでいた。
国家の分水嶺にありながら、ガーファリアはむしろ楽しんでいるように見える。
その強心臓に、思わずヴォルフの方が喉を鳴らす程であった。
「ならば、本当に起動してしまっても良いのだな」
「構わぬ……」
「く……!! おい!! 冒険者!! 貴様のせいで国が滅ぶのかもしれないのだぞ!! 良いのか!!」
視線の先を変え、大臣はヴォルフに矛先を変える。
対してヴォルフは肩を竦めて呆れるだけだ。
今、その国を滅ぼそうとしているのは、目の前の狂信者である。
その人間が国の滅亡を心配するなど、滑稽としか思えなかった。
「俺はあんたの上司でも、教祖様でもない。そしてここにはあんたを縛る者は何もない。あんたがそうしたいのならば、そうすればいい」
「ふん。そこの冒険者の言う通りだ。お前がそうしたいと思うならば、そうしろ。お前の信奉する者の許しが必要というなら、我は慈悲深い皇帝――この場で待ってやってもいい。だが覚えておくがいい、狂信者よ。お前の手には、バロシュトラス魔法帝国帝都100万人の命を奪う力があるということを!」
ガーファリアは声のトーンを上げる。
まさしく強国の君主らしい台詞であった。
その脅迫とも取れる言葉に、大臣は1歩後ずさる。
皺が刻まれた額からは、汗が流れていた。
顔も青ざめており、もはやどちらが相手を脅しているかわからない。
それでも大臣は強がる。
「お、おのれ!! 脅しに屈せぬ! やってやる! 本当にやってやるぞ!!」
「構わぬ。押せ」
「お前がそう望むのであれば」
前に【大英雄】。
後ろには【剣狼】。
虎や竜が可愛く見えるほどの強者に挟まれた大臣は、今にも憤死するのではないかと思うほど、みるみる顔色が悪くなっていく。
やがて縋るように己の手に握られた【魔獣の銀紐】を抱え込んだ。
「くそおおおおおおおおおおおお!!」
大臣は叫ぶ。
次の瞬間、【魔獣の銀紐】を起動させた。
魔力光が部屋に満ち、そのまま窓外へと溢れ出る。
【魔獣の銀紐】は完璧に起動した。
しかし――――。
何も起こらなかった。
凄まじい地震が起こることも、建物が崩れることもない。
窓外に広がっていたのは、先ほどと変わらない。
白い煙がたなびく、騒然とした帝都の姿であった。
「馬鹿な……。本当に……本当に……アダマンロール様を――!!」
大臣はぺたりと尻餅をつく。
その姿を見て、「ふぅ」と小さく息を吐いたのはガーファリアだった。
「どうやら賭けは我の勝ちだったようだな」
ガーファリアは立ち上がる。
その手にはいつの間にか魔法剣が握られていた。
「覚悟はよいな、狂信者!!」
「だ、黙れ! 覚悟をするのは、お前らの方だ!!」
大臣は激昂しながら、懐から何やら取り出す。
それは黒光りに光る宝石であった。
迷うことなく口に含む。
瞬間、大臣の姿が変貌した。
ぐるりと身体がねじ曲がり、黒い霧のようなものが噴出する。
大臣の肉体は刹那にして滅び、巨大な影が2人の前に立ちはだかった。
「あれは――――」
「なりそこない、か」
ヴォルフとガーファリアが同時に眉を顰める。
ヴォルフやレミニア、あるいは魔獣戦線の強者たちの前に現れた正体不明の存在。
魔獣でもなければ、人間や獣人でもない。
故になりそこないと呼称されていた。
「最後は魔獣でも、人間でもない者となるか」
その影が伸びる。
そこら中の書類や書物を吹き飛ばしながら、2人に迫った。
Bランクの冒険者程度なら、一瞬にして首を飛ばされていただろう。
しかし、ここにいるのは普通の強者ではない。
ストラバールにおいて、【大勇者】の次席を担う2人なのだ。
ガーファリアは相手の攻撃を避けながら、机をなぎ払う。
一直線に走れるように足場をならした。
一方、ヴォルフもまた刀に手を掛け、攻撃を見切りつつ腰をかがめる。
タンッ!!
世界2位の実力者2人が、同時に床を蹴った。
舞い散る書類の破片――その中を突き進む。
2本の剣閃がなりそこないとなった大臣を切り裂いた。
「ぎゃあああああああああああ!!」
苦悶の悲鳴が皇帝の私室に響き渡る。
やがて、影は大気に溶け込むように消えていく。
まさに一瞬の出来事であった。
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