第196話 帝都の秘密
書籍の方もよろしくお願いします。
メカールを倒し、一行は先に進む。
しばらく歩くと光が見えてきた。
陽の光ではない。
「おそらく魔法光ですね」
アンリが推測する。
ヴォルフとイーニャもその言葉に同意した。
注意しながら光に向かって進むと、いよいよ開けた場所に出る。
「これは……」
ヴォルフは息を飲んだ。
そこは大きな地下空洞である。
バロシュトラス魔法帝国帝都の下――その帝都がすっぽり入るような巨大な空間が、眼前いっぱいに広がっていた。
しかし、ヴォルフが驚いたのはそこではない。
その空間の壁面に押し込まれるように存在する巨大な魔獣に、さしもの【剣狼】も戦慄せずにはいられなかった。
「アダマン…………ロール…………」
譬えるのであれば、それは亀であった。
だが、大きさは比較することすら難しい。
大柄なヴォルフすら顔を上げ、見上げなければならないほど超巨大な亀型の魔獣であった。
アダマンロール――
Sランク――災害級を誇る魔獣である。
世界最硬度といわれる甲羅を持つが、その動きは緩慢。
だが、問題は身じろぎだけで小規模な地震を起こすほどのパワーを持っていることである。
ヴォルフは冒険者に復帰したばかりの頃に、この世界最硬度を誇るアダマンロールを切ったことがある。
先日もレクセニル王国のアダマンロールの亜種を切ったところだ。
如何に災害級魔獣で硬度が高いといえど、動きが鈍ければ、今やヴォルフの敵ではない。
しかし――――。
「一体、いくついるでござるか?」
ヴォルフと同じく、エミリもまた無数のアダマンロールにおののく。
その硬さは刀匠であるエミリがもっとも知るところだ。
1匹、2匹――いや、10匹いたところで対応はできるだろう。
だが、一行の眼前にいたのは、手で数える事ができるようなレベルではない。
「おいおい……。冗談だろ……?」
「およそ5000……。いや、その倍はいるかもしれませんね」
「10000のアダマンロールやて……。あんたら、うちのことからかってるんやないやろね」
他の仲間たちも動揺を隠せない。
普段勇敢なミケですら呆然としていた。
ヴォルフはギュッと拳を締める。
「今は眠っているようだが……。仮にこのすべてのアダマンロールが起動すれば」
「帝都は壊滅するかもしれませんね」
「なるほど。【大英雄】ガーファリアが大人しいのは、そういうことか」
イーニャは苦虫をかみつぶしたような顔のまま頷いた。
「つまりは、人質を取られてるってことやね」
「それも帝都に住む国民全員の命……」
「ガーファリアが動けないわけだ。……あれで、あのおっさんは民想いだからな。国民を人質に取られては、ラーナール教団の言うことを聞くしかなかっただろう」
ガーファリアは世界の命運よりも、自国の民の命を慮った。
そういうことだ。
「ワヒトの時と逆だな」
ヴォルフがぽつりと呟く。
その言葉を聞いたエミリは、目を閉じ肯定した。
ワヒト王国の先代【剣聖】――つまりヒナミの父親は世界滅亡を阻止するために、自国の刀士を犠牲にした。ガーファリアは逆だ。世界滅亡よりも、自国の民の命を優先したのである。
どちらが正しく、どちらが間違っているかなどない。
共に同じ命を天秤にかけているのだ。
ガーファリアはそれをよしとした。
ただそれだけなのだ。
「どうする、師匠? 全部殺すか?」
「それが一番やろうけど……。現実的やないね」
「たとえ、1匹残っていただけでも、この地下は崩落する。そうすれば、帝都はそれだけでも崩壊するでしょう」
「しかし、このままでは帝都の民は……」
皆が沈思黙考する。
しかし、答えは出ない。
結局、危険、無謀という言葉が頭をよぎる。
すでにここにアダマンロールが配置されていることで詰んでいるのだ。
やがて乙女たちの目は、大きな背中を見ることになる。
1番前に立ち、10000匹のアダマンロールという現実から1歩も引くことなく、考える男の答えを待った。
そして、ヴォルフは宣言する。
「俺に1つ方法がある」
その言葉に、仲間たちは逆に驚いた。
「ホントか、師匠!」
「冗談でこんなことは言わないよ。それよりも、みんなに手伝ってほしい。ちょっとこれは、俺1人では難しんでな」
ヴォルフはややぎこちなくウィンクするのだった。
◆◇◆◇◆
ヴォルフたちが牢屋から消えて、3日が経とうとしていた。
ガーファリアはその報告をすでに受けていたが、特に捜索隊を組織することもなく放置していた。
現状、あの者たちを捕まえられる戦力は、自分を置いて他にはいない。
地下にはメカールがいるが、おそらくヴォルフであれば突破できるだろう。
10000匹におよぶアダマンロールの群れ。
1度、帝国内に侵入したラーナール教団の狂信者が合図をすれば、一斉に動きだし、この帝都を地の底へと沈める算段になっている。
いくらガーファリアがSランクで【大英雄】と呼ばれていようとも、この事態を覆すことはできなかった。
「すでにあの一行は、この事実を知った頃合いだろう。何も動きがないところを見ると、ヤツらとて対処できなかったと見える」
当然だ。
この【大英雄】ですら、及びも着かなかったのだ。
今頃は地下を脱出し、自力で国内を走り回って、ラーナール教団のアジトを探し回っているかもしれない。
「ガーファリア様……」
「なんだ、大臣?」
執務をしていたガーファリアを遮ったのは、バロシュトラス帝国の大臣であった。
白髪にやや曲がった腰、垂れた頬をした大臣は、薄気味悪い瞳を光らせる。
「よろしかったのですか?」
「何がだ、大臣?」
「牢屋から出て行った者たちの話でございます。ヤツらを捨て置けば、いずれバロシュトラスに災いが起きるかと……」
「それはどうだろうか。何も起こらないかもしれぬし、幸運を授けてくれるかもしれぬぞ。女神のような女子たちを侍らしているのだからな」
「君主として、彼らを捨て置くと……」
「くどいぞ、大臣」
ガーファリアは目を細める。
執務机の向こうから、少し殺意を滲ませた。
しかし、それ以上にガーファリアに対して敵意を向けたのは、大臣である。
怪しい瞳をさらに禍々しく光らせる。
やがて、1つの魔導具を掲げた。
「【魔獣の銀紐】か……」
「その通り。とはいえ、これは本物ではありませんがね。しかし、贋作とてその効力は本物と変わりませぬ。これを作ったのは、あのガダルフ様です」
「なるほど……。国境付近に潜伏する山賊どもが、【魔獣の銀紐】を持っているという報告は聞いているが……。ガダルフめ。そいつらを使って実験したのか。相変わらず、実験が好きなヤツだな」
ガーファリアは顎を撫でながら、感心する。
1人よそ事を考える皇帝に対し、大臣はさらに【魔獣の銀紐】を突きつけた。
「感心してる場合ではないはずです。これを一度起動させれば、この帝都は一瞬にして地中に沈むことになるでしょう」
「貴様、ラーナール教団の狂信者だったのか。よもや国の中枢にすら蔓延っていたとはな。俺の目も少々曇っていたらしい。年は取りたくないものだ」
「黙れ!!」
「ふん……。帝都が滅べば、お前も死ぬことになるぞ。わかっているのか?」
「構わぬ。我らラーナール教団が信奉するのは、君主でもなければ、救世主でもない。魔獣様たちだ……!」
大臣の顔が狂気に満ちていく。
眼窩が凹んだように瞳が黒くなり、怪しい光に満ちていった。
「我らの足下には魔獣様たちがいる。ずっと眠っているのだ。なんとおいたわしい……。陽の光を浴びることなく地中に埋められているのだ。私には聞こえる。魔獣様たちの怒りが! 早く暴れたいと……。人間を食いたいと」
再び大臣は【魔獣の銀紐】を掲げた。
指先をプルプルさせる。
魔導具を起動させれば、たちまちアダマンロールは目覚めるだろう。
その時が、バロシュトラス魔法帝国の最後の日となる。
「押したい! 私は解放したいのだ! 魔獣様たちを! そのためなら、私は自分の命さえ惜しくない」
「お前にも家族がいるはずだろ」
「そんなものはおらんよ。すべて魔獣様に捧げた……」
「狂気だな」
ガーファリアは肩を竦めた。
もはや目の前の老人を説得する言葉を、如何な【大英雄】とて持ち合わせてはいなかった。
「さあ……。今すぐ! 今すぐです!! ヤツらの捜索の下知を!!」
「何を慌てている、大臣。そんなにヤツらが怖いか」
「黙れ!! さあ、命令しろ! 部下に――――」
「その必要はない!!」
どこからともなく声が聞こえた。
大臣にはわからなかったのだろう。
「誰だ?」と執務室の中で喚き散らす。
だが、ガーファリアにはわかっていた。
慌てることなく、座っていた椅子に深く座り直す。
その瞬間だった。
シャン!!
鋭い音を立てて、執務室の窓硝子が割れた。
同時に数人の曲者たちが、皇帝の執務室に侵入する。
その姿を見て、大臣は叫声を上げ、指差した。
「ふん……。随分と遅い登場ではないか、ヴォルフよ」
執務室に現れたのは、ヴォルフ――そして見目麗しき4人の乙女と、1匹の猫だった。
「すみません、陛下。遅かりし、といったところでしょうか?」
「あと1滴注げば、水が溢れるといった頃合いだ。して――。我が執務室を窓を破って、派手に演出してみせたのだ。首尾の方はうまくいったと考えて良いのだな」
「はい。まずはあれをご覧下さい」
ヴォルフが指差したのは、先ほど入ってきた窓の外だった。
ガーファリアはすぐに気付く。
目を細め、窓外を見やった。
外にあったのは、白い煙だった。
それも1つではない。
4つ、いや7つか――。
帝都のあちこちから上がっている。
すると、ガーファリアはやや憤慨気味にヴォルフに尋ねた。
「ヴォルフ、何をした?!」
「ご心配なく、ガーファリア陛下」
ミッドレス流の害虫駆除方法ですよ。
ヴォルフは珍しくニヤリと笑うのだった。
『最強暗殺者の弟子』という新作を投稿しました。
ただ今毎日投稿の最中なので、是非チェックして下さい。
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