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第19話 おっさん、幻獣の話を聞く。

昨日、遅かったので今日は早めに投稿してみました。


 話は、ミランダがミケの部屋から出ていった後までさかのぼる。

 ミケと2人っきり(正確には1人と1匹)になったヴォルフは、ともかく頭に手を置いて、癖毛を掻いた。

 ぼんやりとミケを見つめる。


 ミケもまた興味津々――いや、やはりまだ警戒した様子で毛を逆立てていた。

 よく観察してみると、左右で目の色が違う。

 紫と緑。まるで宝石がはめ込まれているかのように綺麗だ。


「感心してる場合じゃないな。ともかく、掃除でもするか」


 あまり依頼者の住まいを評する言葉ではないのだが、我慢できないぐらい臭かった。

 そこかしこにミケが放った尿が木の床や壁に染みこんでいるらしい。

 加えて地下ということもあって、換気されず、汚臭が部屋を包んでいた。

 仕事でなければ、すぐにでも出ていきたいほどだ。

 冒険者が出ていったのは、においが原因ではないかと邪推してしまう。


「お前、よくこんな部屋に入られるよな。臭くないのか」


 さりげなく手を伸ばす。

 汚い部屋はともかく、さっきからミケのモフモフ具合が気になっていた。


「うるさいなあ。あっち(ヽヽヽ)だって、好き好んでこんな汚部屋にいるわけじゃないんだよ」


「うお! 喋った!?」


「ん? あんた、あっちの言葉がわかるのかい?」


 ヴォルフは頷く。

 この時は、まだミケが人間の言葉が話せる幻獣だと思っていた。


「そうかい。ちょうどいいや。あんた、あっちの話を聞いてくれないかい?」


「話?」


「あんた、屋敷に来る時見たんじゃないのかい? うちのばーさんが、男たちともめているのを……」


 ヴォルフは頷く。

 ミケはこんこんと喋り続けた。


 ミランダと揉めていたのは、国の役人だ。

 なんでもミケを国の方で保護したいらしい。

 幻獣は稀少だ。

 そして、大きな戦力(ヽヽヽヽヽ)になる。

 だから国はミランダに大金を払ってでも、ミケを戦力にしようとしていた。


「けど、あのばーさんは、頑なに首を縦に振ろうとしないんだ。国に喧嘩を売ってでも、あっちをここに留めておくつもりなのさ」


「愛猫が可愛いんだろ」


「違うね」


 ミケは首を振る。

 何かもの悲しい表情に変わった。


「可愛いなんて、これっぽっちも思ってないよ、あのばーさんは」


「どうしてそう思う?」


「ばーさんの夫は、あっちが殺したようなもんだからにゃ」


 ミランダの夫は、つい1年前まで現役の幻獣使いだったらしい。

 幻獣だけでなく、人からも信頼される人間で、あちこちの戦場を飛び回っていたそうだ。

 だが、寄る年波に勝てなかった。

 逆に長寿のミケは今が最盛期。

 後退する者と、前進を続ける者。

 次第に意見が噛み合わなくなった。


「結局、あっちが指示を無視して突貫した挙げ句、主を無防備にしてしまった。幻獣使いは幻獣がいなければ、ただの人……。教本の1ページ目に書いてるようなことを、あっちは忘れてたんだ――って、お前話を聞いてるか?」


 ヴォルフは淡々と掃除を始めていた。

 まず床を掃くと、今度は丁寧に水拭きを始める。

 床に染みついた小便を拭きながら、ヴォルフは「聞いてる」といった。


「俺は娘とは違って頭が良くないんだ。長話は苦手でな。……けど、そんな俺でもわかるぞ。お前がいってることはただの推測だ。そもそもお前が嫌いなら、とっとと追い出すはずだろ」


「負い目だろ、旦那の……。仕方なく飼ってんのさ。それか、あえて側において復讐しようとしているのかもしれない。来るなら来いってんだ。いつでも受けて立ってやるよ」


 ヴォルフは雑巾を持ったまま深くため息を吐く。

 どう見たって、反抗期の子供にしか見えない。


「お前さあ。幻獣なんだろ? 俺より年食ってるんだ。もうちょい大人になれよ」


「うるせぇよ、おっさん」


「だったら、お前が出ていったらどうなんだ?」


「それが出来たら、苦労しねぇよ……」


 急に猫の振りをして、口ごもる。

 そんなミケの首を無造作に掴み、釣り上げた。


「ちょっ! 離せよ! 今度は何をしようってんだい?」


「お前を風呂に入れる」


「はあ!?」


「今、気付いたが、臭いの元凶はお前そのものだ。だから、風呂に入れる」


「待て待て待て!! あっちは風呂が大の苦手なんだ。あんた、いい加減にしないと食っちまうぞ」


 ミケは前足を伸ばし、ヴォルフを引っ掻こうとする。

 だが、あっさりかわされた。

 それどころか4本の足を掴み、半ば宙づり状態にする。


「てめぇ、離せ!」


 もがくがびくともしない。

 幻獣リンクスは他の幻獣と比べれば力は弱い。だが、人間より弱いことはない。 にも関わらず、ミケはヴォルフにまさに(ヽヽヽ)手も足も出せなかった。


「(こいつ、どんだけ力を持ってんだよ!!)」


 普通の人間の力ではない。

 もはや魔獣だ。


 ヴォルフは鼻歌をふんふんと歌いながら、風呂場の方へと向かうのだった。



 ◇◇◇◇◇



 レミニアは研究室の窓を開けた。

 おもむろに空気を吸い込み、一気に声とともに吐き出した。



「ぱぁぁぁぁぱぁぁぁぁぁあああ! げんきぃぃぃぃいいいいい!!!!」



 レミニアの渾身の声が、王宮はおろか遠く城下の方まで響き渡る。

 遠くの通りを歩いていた馬が反応し、主の意に反して首をくるくると動かしているのが見えた。


「ちょちょちょちょ! レミニア、何をやっているんですか?」


「いや……。こうやって大声で叫んだら、パパが気付くかなって」


 すると、また大きく息を吸う。



「ごはんたべてるぅぅぅぅぅぅぅううううう!!!!」



 また大声を上げる。

 きっと悲鳴か何かと勘違いしたのだろう。

 下を見ると、衛兵たちが集まり始めていた。

 ハシリーは慌てて窓を閉める。


「ちょっと! やめてくださいよ。いい近所迷惑ならぬ、王宮迷惑ですよ。そもそもニカラスまでどんだけ距離があると思ってるんですか? 聞こえるわけないでしょ!」


「そんなのわからないわよ。今の(ヽヽ)パパなら聞こえると思うわ」


「い、いま!? 今の(ヽヽ)っていいましたね。まさか――」


「バッチリ強化済みよ。これでいつでもわたしの声を聞くことが出来るわ」


 どう偉いでしょ、と大きな胸を反った。

 なまじ小さい体躯ゆえ、魚の大きさを自慢するガキ大将にしか見えない。


 ハシリーはわざとらしく咳をする。


「あなたが凄い魔導士であることは認めます」


「うんうん」


「でも、1つ言わせてください」


「なーに、ハシリー」


「ニカラスは逆方向ですよ」


「…………」


 今日も、レミニアの研究室は平和だった。



 ◇◇◇◇◇



 どうやらヴォルフはミランダに気に入られたらしい。


 掃除や洗濯はそつなくこなすし、時々振る舞う田舎料理もなかなかのものだ。

 埃だらけで、足の踏み場もなかった倉庫も片付けられ、ヴォルフが来てからというもの、明らかに屋敷は綺麗になっていった。


 ミランダの突然の要望にも文句をいうことなく、こなしてみせている。

 1つ難点を挙げるなら、下着を替えないということだろう。


「そうかい。あんたも娘と離れて暮らしてるんだね」


 最近のミランダは、明らかに楽しそうだ。

 食卓であんなに笑っている彼女を見るのは、久々だ。

 まだ旦那が生きていた頃以来かもしれない。

 ちょうど親子ほどの年の差なので、話の馬が会うのだろう。


 今日も、ヴォルフが作った夕食で舌鼓を打ちながら、ミランダとお喋りをしている。その様子をそっとミケは、扉の隙間から見ていた。


 チッと舌打ちする。


「(なんだいなんだい。楽しそうにしやがって。こっちの気も知らないでさ)」


 つと暗い廊下で立ち止まる。


 窓の方を向き、死者が住まうという言い伝えがある衛星レクを見上げた。


「もういいだろ、じいさん。あんたの奥さんは、もうあっちがいなくても寂しくないんだとよ」


 レクに向かって囁きかける。

 しかし、応答するものはいない。

 ただ闇が横たわるだけだった。


 ミケは回れ右をする。

 真っ直ぐ屋敷の入口を目指し、猫ドアをくぐり抜けて外に出た。


「(さよなら……。ばーさん)」


 潮の匂いを含む夜風が、ミケの大毛を揺らす。

 ゆっくりと港の方へ歩いていった。


 しばらく歩いていると、道ばたに石のようなものが目の前に転がる。

 ミケは一目見てそれが、魔力を帯びた石――魔鉱だと気付いた。

 魔力の摂取を必要とする幻獣(ミケ)にとって、魔鉱は重要な栄養源の1つだからだ。


 ぐぅ……。


 数時間前にご飯は食べたばかりだったが、久しぶりの魔鉱を前にして、本能が素直な気持ちを代弁した。

 拾い食いは御法度と躾られているが、屋敷を出て、自由を満喫しようという気持ちが、判断を鈍らせる。


 パチィ!


 触った瞬間、光が弾けた。

 強いショックが身体を駆けめぐる。


「(しまった! 罠……にゃ……)」


 意識が揺らぐ。

 ブラックアウトする視界の中で、見たこともない男たちの笑顔だけが、妙に網膜に焼き付いた。



 ◇◇◇◇◇



 ミケがいないと最初に気付いたのは、ミランダだった。

 朝食の仕度をする前に、様子を見に行ったのだ。

 ところが、屋敷のどこにもいない。

 ヴォルフを呼び、辺りを探させたが、猫の毛1本見当たらなかった。


「ど、どうしましょ。あの子、もしかして攫われたんじゃ」


 幻獣がほしいのは、何も国だけではない。

 不法に幻獣を入手し、裏世界で売りさばくブローカーはごまんといる。

 ミランダの心配はもっともだった。


「ともかく落ち着いてください。ミケは俺が責任を持って探します」


「お願いよ、ヴォルフ。あの子を助けてあげて。あの子はね。1匹にしちゃいけないんだよ」


 哀願するミランダの横で、ヴォルフは胸を撫で下ろした。


「よかった」


「よかないよ! 何をいってんだい!」


 泣いていたかと思えば、今度は杖を振り上げる。


「失礼しました。……ミランダさんは、ミケが好きなんですね」


「当たり前さ。あの子はね。旦那が残してくれたたった1つの遺品なんだ」


 ミランダの夫は、魔獣に丸ごと食われてしまったため、遺骨も遺品もない。

 生前、手に入れた武具や防具は残っているそうだが、戦場から引き揚げることができたのは、ミケだけだった。


「あの子はあたしの家族も同然だ。たとえ、猫であろうと。幻獣であろうとね」


 胸が痛いほど、ミランダのいうことが理解できた。

 ヴォルフもまた人を亡くしている。

 たった一瞬の邂逅ではあったが、今もなお深く心の中に息づく存在。

 レミニアを残して死んでしまった謎の女だ。

 そしてミランダにとってミケであるように、ヴォルフにとってレミニアは、女と繋がる唯一の絆だった。


 ヴォルフはミランダの両手を握る。

 老婆の頬が赤くなったような気がした。


「それ……。もしミケが帰ってきたらいってあげてください」


「???」


「たぶん、すごく喜ぶと思うので」


「わ、わかった。だけど、どうやってあの子を探すんだい?」


 ヴォルフは口元に指を当てる。

 静かにするように指示を出すと、自分はそっと耳をそばだてた。


 実は前々から、耳を澄ますとかなりの範囲の音を拾えることは知っていた。

 こんなことをした主犯はわかっている。

 大方、耳を強化させることによって、魔獣の発見を速めようと考えたのだろう。


「(全くあの子は……。至れり尽くせりだな)」


 おかげで捜し物が早く見つかりそうだ。

 ミケは幻獣。

 人とも獣とも違う啼き声を上げる。

 見つけるのに、そう苦労はなかった。


 ヴォルフは姿勢を崩す。


「ちょっと行って来ます。ミランダさんは、朝食でも作って待っててください」


「あ! ちょっ――」


 ミランダの制止も聞かず、ヴォルフは屋敷から出て、風のように石畳を駆け抜けていった。


明日もこの時間に投稿します。



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