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第195話 死霊使いの最期

「調子に乗るな!!」


 メカールの絶叫が地下空洞に響いた。

 現れたのは、死霊を詰め込んだ無数の槍。

 いや、巨大な槌だ。


 1本だけではない。

 2、3本と増えていく。

 まるで多頭の竜のようにくねらせていた。


「これは耐えられないでしょ!?」


 メカールはまた叫ぶ。

 同時に槌を発射した。


 ヴォルフは構えを取る。

 高速で打ち出される死霊の槌を、刀で弾いた。


 だが、メカールの攻撃はそれだけではない。

 第2、第3の槌がヴォルフに襲いかかる。


「ぐぬっ!!」


 ヴォルフの顔が歪む。

 対応はできているが、その槌の圧力は半端なレベルではない。

 ヴォルフだからこそ受けて止めることができていた。

 仮に他の者であれば、(たちま)ち吹き飛んでいたことだろう。


「師匠!」

「ヴォルフはん!」

「ヴォルフ!」

「ヴォルフ様!」

『ご主人!!』


 ヴォルフの背中に控える仲間たちが悲鳴を上げる。


「来るな!」


 【カグヅチ】を振りながら、ヴォルフは叫ぶ。

 その間にも、メカールは死霊の槌を生成する。

 死霊だけに、その数はほぼ無限に近い。

 それにだ。


「生成速度が速い!」


 あれほどの死霊を制御するだけでも難しい。

 なのにメカールはその特性すら変化させて、放ってくる。

 並大抵の技量ではない。

 実戦の最中で、常に針の糸を通すような集中力が求められる。

 奇跡の御技だ。


 このままでは押し込まれる。

 その時だった。


『ご主人、足にゃ!!』


 相棒ミケの声が飛ぶ。

 だが、気付いた時には遅い。

 ヴォルフの足に死霊たちが取り憑こうとしていた。

 動きを止めようと、足下を押さえ、這うように上ってくる。

 すでに腰の辺りまで到達していた。


「くそ!!」


 槌に目がいき、肝心の足元への警戒がおろそかになっていた。

 いや、それほどメカールの攻撃は苛烈だったということだ。


 振り払おうとするが、無駄な努力だった。

 死霊はまるで泥と油を混ぜたように引っ付き、しかも重くのしかかる。

 いつしか腕にまで巻き付かれ、刀を振ることすら難しくなってきた。


「くそ! こんなの!!」


 魔力を上げて、聖属性の特性を高める。

 しかし、死霊の動きはわずかに鈍るだけだった。


「おいおい! よそ見をしていていいのか?」


 メカールが挑発する。

 ヴォルフが顔を上げた時、死霊の槌が竜のように顎門を開けていた。


「しま――――」


 気付いた時には遅い。

 ヴォルフはあっさりと飲み込まれる。

 一瞬にして死霊の渦の中に消えて行った。


「ヴォルフ!!」


 エミリが叫ぶ

 いの一番に走り出した。


「馬鹿!! エミリ、突出すんな!! くそ! アンリ! 援護だ」


「わかりました、イーニャさん!!」


「クロエはここに! あたいが助けに行く」


「うちは参戦せんでいいんか?」


「その目じゃ、この状況を立ち回るのは難しい」


「けど――」


 クロエが反論する前に、イーニャは飛び出す。

 イーニャは魔法戦士だ。

 使える魔法は限られているが、下級の浄化魔法ぐらいなら心得がある。

 それを鉄塊に宿す。

 振り回しながら、汚泥のように滴る死霊の地獄の中に突っ込んでいった。


 一方、先に飛び出したエミリは、刀を振るいながら、死霊に飲み込まれたヴォルフに近づこうとしている。


 エミリは刀にいつも清めの聖水をかけて、手入れしていた。

 自然と聖属性が付与された刀は、死霊を追い散らす。

 それでも、扇で小さな蠅を払うぐらいの効果しかない。

 自分を守るのに精一杯で、ついには死霊に取り囲まれてしまう。


 次第に視界が覆われ、死霊に包まれたヴォルフの姿すら見えなくなった。


「ヴォルフ!!」


 声を上げる。

 返事はない。

 届いているかどうかすらわからなかった。


 手を伸ばす。

 しかし、エミリは自問する。

 それはヴォルフに助けてと請うているのか、と。


「(違う!!)」


 エミリは力強く否定した。


「(拙者はヴォルフと物見遊山をしにきたのではない。世界の命運を背負ったヴォルフの背中を守るためにやってきたのでござるよ!!)」


 死霊に囲まれながら、エミリは固い意志を示す。

 それは彼女だけではない。


「師匠! 待ってろ! あたいが今――」

「ヴォルフはん……」

「ヴォルフ様、今私が――」

『ご主人を守るのは、あっちにゃああああああああ!』


 イーニャが!

 クロエが!

 アンリが!

 そして、ミケが!!


 それぞれがそれぞれのヴォルフへの想いを解き放つ。

 仲間たちの強い意志は、約束された奇跡を呼び起こす。


「なんだ?」


 初めに気付いたのは、エミリだった。

 いつの間にか自分の身体が黄金色に輝いていたのだ。

 それを見た瞬間、怯んだのは死霊の方だった。


 温かく、優しい光……。


 まるでぬるま湯に浸かったかのように、身体が弛緩していく。

 刹那、ぬるりと身体の中に凄まじい力がエミリの中に入り込んだ。


「これは、まさか――」


 エミリだけじゃない。

 イーニャ、クロエ、アンリ、ミケ――。

 ヴォルフの背中を守ると決めた乙女たちと、幻獣が、同時に光りを帯びていた。


 エミリは薄く微笑む。

 だが、すぐにその唇を真一文字に結んだ。


「はあああああああああああああああああああああああ!!」


 裂帛の気合い。

 1度納刀した刀を光の如く打ち払う。

 巨大な魔力光が閃くと、エミリの周囲にいた死霊をなぎ払った。


「エミリ! 無事か!?」


「大丈夫でござるよ、イーニャ殿」


「この力は一体なんなんだよ?」


「大丈夫でござる。これもまたヴォルフの力でござる」


「師匠の?」


「正確に言えば、ヴォルフに付いている勝利の女神でござるな」


 思い出すのは、ワヒト王国での戦いだ。

 これと同じことが、あの戦場でも起きた。

 ヴォルフが危機に陥った時の緊急回避。

 その強化の一部を周辺の強者に付与する強化魔法である。


「ご託はいいさかい」


 剣閃が唸る。

 イーニャたちの周囲にいた死霊が吹き飛ばされていった。

 側に立ったのはクロエである。


「早いところ、ヴォルフはんを助けましょ」


「ああ……」


 イーニャが鉄塊を握る。


「むろんでござる」


 エミリも再び刀を鞘に収め、腰を落とす。


「はい!」


 細剣を構え、アンリは呪文を唱えた。


死者にたむける聖歌セイクリッド・ブルーム


 浄化の光が空間全体を覆い付く。

 その眩い光は、ヴォルフに向けて放ったものとは比べものにならないほど、神々しい。

 一瞬にして、半数以上の死霊を吹き払った。

 地面を覆い、泥のようになっていた死霊すら消滅していく。


「これで動きやすくなったぜ!!」


 イーニャは大きく足を広げる。

 裂帛の気合いを吐き出すと、鉄塊を放った。

 死霊で覆い尽くされた空間に、一筋の道が浮かび上がる。

 その前にあったのは、ヴォルフが飲み込まれた死霊の群れだ。


「道は作ったぞ、お前ら!!」


 威勢のいいイーニャの言葉が響く。

 だが、その前に走る2つ人影があった。

 エミリとクロエである。


 イーニャが作った花道を、ワヒトの刀を持った可憐な女たちが駆け抜けていく。

 その速さは動き回る死霊よりも早い。

 一気にヴォルフが飲み込まれた死霊に近づく。

 間髪を容れずに己の鞘から刀を抜き放った。


 二対の刃が交錯する。

 光が漏れると、死霊たちが怨嗟の声を吐きながら飛び散った。


 汚泥のような死霊の群れから現れたのは、ヴォルフである。

 憔悴しきった雰囲気はない。

 むしろ溌剌としていた。

 仲間が助けてくれることを予期していたのか。

 【カグヅチ】の切っ先を天井に向かって掲げていた。


「ありがとう、みんな……」


 仲間に向かって労いの言葉をかける。

 その野太いアラフォー男の声を聞いて、女たちは華やいだ。


 ヴォルフは振り返らない。

 その背中を任せたとばかりに、己は前を走り続ける。


「な、ななななななななななななんなんなんなんだよおおお!!」


 絶叫したメカールだった。

 自分は死して死霊使いとして体現し、死すら超えた存在となった。

 もはや、それは神にも等しいだろう。


 なのに、何故だ!?


「なんで、お前らは神であるメカールを恐れないんだよおおおおお!!」


 メカールの周りに、さらに死霊が渦を巻く。

 その数は万どころか億を超えていた。

 視界が死霊で埋め尽くされる。

 だが、ヴォルフは引かない。


 恐れなどない。


 仮にあるとすれば、それは今退く恐れだろう。


 弱気になってなどいけない。

 自分には仲間がいる。

 愛する人がいる。

 そして最愛の娘がいる。


 彼ら彼女らが自分の背中を押してくれる限り、止まるわけにはいかない。

 絶対にだ。


「ミケ!!」


 最後に相棒の名前を呼ぶ。

 ミケはその声の期待に応えた。

 青白い獣に変身する。

 死霊と暗闇が埋め尽くす中を疾走し、ヴォルフの側へと馳せ参じた。


『ご主人、どうする?』


「ミケ! 俺を守ってくれ」


 その言葉を聞いた時、ミケはニィと牙を見せた。


『当たり前にゃああああああああ!!』


 雷獣の槌が放たれる。

 周囲の死霊を一瞬にして刈り尽くした。

 さらにその力はヴォルフの身体に注がれる。


 【雷獣(らいじゅう)(まと)い】!


 【剣狼(ソード・ヴォルバリア)】ヴォルフ。

 そして【雷王(エレギル)】ミケ。

 ともに最強に近い存在の合技が、死霊の中を駆け抜けていく。

 いや、もはや喰らい、鯨飲するが如くであった。


 そして、それはついに届く。


「え?」


 気付けば、メカールの前に青白い炎を纏った雷神が立っていた。


「これで終わりだ、メカール……」


 静かに死を宣告する。

 メカールの前に、刀を握った死神が突如出現した。


「ぎゃあああああああああああ!!」


 悲鳴を上げたが、もう遅い。

 青白い(かま)を振り上げた次の瞬間、メカールは何千という回数で斬られる。

 あまりに早い剣閃は光となり、星の爆発を見るかのようだった。


 その光に、周囲の死霊たちも飲み込まれていく。

 闇は飲まれ、ただ光だけが空間を埋め尽くす。


 ――。


 ――。


 ――やがて、暗い闇が戻ってくる。


 光は収縮し、残ったのは刀を握ったヴォルフと、雷獣と化したミケだけだった。


「終わった、か……」


 声を漏らしたのは、イーニャだった。

 よく目をこらして、周囲を見つめる。

 死霊の破片すらない。

 むろん、メカールの気配も魔力の残滓も消滅していた。


 ふう、と息を吐いたのは、アンリである。


「メカール消滅を確認」


「今度こそやね。もう変な音は聞こえんよ」


「やったでござるか」


 気が抜けたエミリは、刀を杖代わりにして凭れる。

 倒れるこそなかったが、さすがに疲れの色が見えていた。

 すでに強化の光は消えている。


「みんな、ありがとう」


 ヴォルフはようやく振り返る。

 自分を信じ、絶望することなく闘った女たちを労う。


「そいつはこっちの台詞だぜ、師匠」

「ヴォルフはんがおるから、うちらは戦える」

「付いていく時から、この程度の戦場は覚悟していたでござる」

「礼には及びません。進みましょう、ヴォルフ様」


「ああ。そうだな、アンリ!」


 ヴォルフはミケをひと撫でする。

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