表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

218/371

第194話 【大勇者】のくしゃみ

「さすがは、あたいの師匠だ!」

「まあ、これぐらいは当たり前やね」

「惚れ直したでござるよ、ヴォルフ殿」

「見事……。これ以上言う言葉は見つからぬ」

『さすがご主人様にゃ!!』


 薄暗い地下に、明るい歓声が響く。

 刀を収めたヴォルフは、ちょっと照れくさそうに癖毛を掻いた。


 だが――。



 くくく……



 かすかに笑い声が響く。

 一瞬気のせいかと思ったが違う。

 その場にいる誰もが反応していた。

 勝利に沸き、笑みを浮かべていた仲間たちに緊張が走る。

 各々自分の得物に手を伸ばした。


 最初に気付いたのは、ヴォルフだ。

 ふわりと雲が生まれるように、突如背後で殺気が沸き立つ。

 それは先ほどまで勇ましく戦っていたヴォルフの背筋すら、凍てつかせた。


 高速で踵を返す。

 同時に鞘の中で刃を走らせた。


 【居合い】!!


 ただの【居合い】ではない。

 腰を深く捻転し、威力・速度を上げたものだ。

 ヴォルフは敵を確認することなく斬りつけた。


 しかし、刀は空を掻く。

 否――集まってきた膨大な死霊たちを薙いだだけだ。


「なんや? 何が起こってるんや?」


「死霊です、クロエ殿。無数の死霊が集まってきているでござる」


「おいおい。うちの師匠にビビって逃げたんじゃねぇのかよ」


 見ていたヴォルフの仲間たちも慌てていた。

 イーニャの言う通り、メカールに憑き纏って(ヽヽヽヽヽ)いた死霊たちは、ヴォルフに恐れをなして逃げたはずである。

 だが、今また死霊は集まり始めていた。

 メカールが死んだというのにだ。


 だが、その答えを出すのに、さほど時間はかからなかった。

 回答したのは、アンリである。


「簡単です。ヴォルフよりも恐ろしく、力の強い宿主を見つけたからです」


 アンリは指差した。


 死霊が動き回る中心に、人影があった。

 まるで荒波に立つ1匹の海坊主のようである。

 死霊、そして内包される憎悪、嫉妬、不幸、哀切、欲望――負の感情を泥のように浴びた人間は、目だけを光らせ、ヴォルフたちを睨んでいた。


 やがて沖に上陸でもするかのように進んでくる。

 同時に暗い声を響かせた。


成った(ヽヽヽ)……」


「成った――だと……?」


「メカールの死霊術は完成したんだよ。くくく……」


 不気味な笑いを響かせる。

 もはや人の思考すらあるのかどうか怪しい。

 ただどうやらメカールであることは間違いないようだ。


「聞いたことがあります」


 アンリが神妙な顔で口を開く。


「死霊術とは、元は【蘇生】を魔法で再現しようとする試みが始まりだったと聞きます。死霊を操ったりするのは、その技術の中で生まれた副産物でしかないんです」


「ということは何か、アンリ? あいつはこの土壇場で、死霊術の悲願を叶えたってことか」


 イーニャの質問に、アンリはわずかに躊躇いながらも顎を縦に振った。


「ともかくどうするんや? 斬っても斬られへん。死んでも死なへん相手なんて、さすがのメーベルド刀術にもあらしまへんえ」


「くくく……。泣き、そして叫べ……。負の感情は我が死霊術の糧となる。さあ……。死してなお、恐ろしい我が死霊術……。存分に味わうといい」



 きゃはははははははははははははははははは!!



 復活を果たしたメカールの笑声が狂い咲く。


 地下に反響し、まるで空間そのものがメカールの口内のようであった。


 さしもの仲間たちに打つ手は無い……。

 ――かに見えた。


 ザッと石畳を蹴り、死霊術師として完成した(ヽヽヽヽ)メカールの前に立ちはだかったのは、やはりこの男だった。


「ヴォルフ・ミッドレス……」


 笑いを抑え、メカールは目を細めて警戒する。

 正気の薄れた瞳には、冴えない引退冒険者の顔が映っていた。


 ヴォルフは刀を返す。

 そして、その切っ先を慎重にメカールに向けた。

 背中から漏れる闘気に些かの衰えもない。

 紺碧の瞳は、如何に相手が禍々しく歪んでいても、濁ることはなかった。


「まだメカールと戦うの?」


「俺は不器用な男でな。相手に近づいて斬るぐらいしか能が無いんだ。たとえ、死霊であろうと、お前が死霊術を完成させようと、俺のやることはただ1つ――」



 斬る――――ただそれだけだ……。



 【カグヅチ】の刃が暗闇にあって雷光のように光る。

 だが、それを聞いても、メカールは1歩も退かない。

 それどころか口を開けて大笑いした。


「斬るだけか……。それは不便だな」


「確かに不便だな。だが、俺は悪くない。何も考えずに、お前に集中することができる」


「ふん! やれるものならやってみろ!!」


 メカールが手を振る。

 死霊が渦を巻きながら、ヴォルフに襲いかかった。

 竜巻の如く死霊が飛来する。

 それをヴォルフは宣言通り、切り裂いた。


『うおおおおおおおんんんんん!』


 死霊が真っ二つに切り裂かれる。

 どうやら死霊術が完成したといっても、ヴォルフの聖属性に抗えるわけではないらしい。


 ヴォルフは「よし」と小さく頷く。

 一方、メカールは「ちっ」と舌打ちした。

 すると、ヴォルフはアンリに向かって叫ぶ。


「アンリ! 俺に浄化の魔法をかけてくれ!」


「え? でも――」


「アンリ、言う通りにしてやれ」


「イーニャさん!」


「師匠には何か考えがあるのさ」


 イーニャはニヤリと笑う。

 その顔と、ヴォルフの自信に満ちた表情を見て、アンリは決断する。


死者にたむける聖歌セイクリッド・ブルーム


 呪文を詠唱し、浄化魔法を完成させる。

 放ったのは暴れ回る死霊の中心ではない。

 それを迎え討つ男の背中だった。


 浄化の光がヴォルフに集まる。


「ぐっ……。ぬぐぐぐぐ……」


 ヴォルフは悲鳴を上げる。

 その浄化魔法を一身に浴びた。

 浄化魔法は死霊だけではない。

 生きている者――人間にも効果がある魔法だ。

 死霊は魔導の世界では、肉体を失った精神体が観測できるほど魔素を帯びたものだと言われている。

 言わば、可視化された“心”そのものだと言い換えてもいい。


 そして浄化魔法とは、その“心”――精神を抉る魔法なのだ。


 邪な心があれば、それに反応して精神を戒める。

 そんな構造をした魔法であるが故、如何にヴォルフとてただではいられない。


 だが、ヴォルフはその力を手に持った刀に注いだ。


「【カグヅチ】が……」


 刀匠エミリが息を飲む。

 同じく横で見ていたイーニャも驚いていた。


「まさか……。受けた魔法を操作して、魔法剣にしたのかよ」


 それは魔法剣――あるいは魔法武器は、イーニャの得意技でもある。

 ヴォルフはおそらくそこから発想を得て、自分の刀を魔法武器化したのだろう。

 だが、強化や補助でもない魔法を武器化することは困難だ。

 そんな芸当をできるのは、かの【大勇者(レミニア)】ぐらいなものである。


 しかし、忘れてはならない。


 いまだヴォルフの身体には、【大勇者(レジェンド)】レミニアによる手厚い強化魔法が発動中である。


「なるほどねぇ……。あのお嬢ちゃん、ほんと過保護やわぁ。魔法制御をする補助魔法まで、完備してるなんてねぇ」


 目が見えなくとも、クロエにはヴォルフの身体に通った魔力の流れがきちんと確認できていた。

 それによれば、アンリから受けた浄化魔法はヴォルフの身体を通って、なるべく精神を痛めつけないようルートを辿り、【カグヅチ】へと注ぎ込まれていた。


 【大勇者(レジェンド)】レミニアは、この事態すら見越していたのである。



 ◆◇◆◇◆



「へっくし!!」


 レクセニル王国魔導研究所の一室で、レミニアは盛大にくしゃみをした。

 ずるっと鼻水を啜り、側にあったちり紙で鼻の周りを拭いた。

 若干ぼぅとしている【大勇者(レジェンド)】の姿を見て、心配そうに見つめたのは、ハシリーだった。


「ちょ! 大丈夫ですか? この大事に風邪なんて引かないでくださいよ」


「わかってるわよ。……これはきっと誰かがわたしを噂しているんだわ」


「噂って、誰ですか?」


「決まってるわ……」


「はいはい。ヴォルフさんですね」


「パパ……。一体、わたしの何を言ったのかなあ。わたしを褒めてくれたのかしら。帰ったら、絶対に聞くわ」


 目をキラキラさせながら、レミニアは窓の外を見る。

 はあ、とため息を吐いたのは、ハシリーだった。


(レミニア……。そっちは南……。ヴォルフさんが向かった先と真逆ですよ)


 肩を竦めるのだった。



 ◆◇◆◇◆



 黄金の光が闇を裂く。

 それはかつてレミニアがヴォルフの窮地を助けた時に送った聖剣の光と似ていた。 いや、それに匹敵していた。


「すごい! 私の浄化の魔法よりもさらにパワーアップしてる」


 ヴォルフの中には、魔法を増幅強化するための魔法も配備されている。

 アンリが放った浄化魔法の10倍以上の力を有していた。


 その力におののいたのは、メカールである。


「そ、そんな虚仮威し!!」


 メカールは死霊を操作する。

 先ほどよりも多く、さらに鋭くヴォルフに迫った。

 その数は万を超える。

 鬨の声にも似た声を上げ、床面を抉りながらヴォルフに襲いかかる。

 それは巨大な破城槌のようであった。


 対してヴォルフのやったことと言えばシンプルだ。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 上段から振り下ろし――――ッ!!


 たったそれだけだ。

 それだけで、死霊による破城槌を粉々に粉砕してしまった。

 何万という死霊を一瞬にして浄化したのだ。


「な、なんだとッッッッ!!」


 いよいよメカールの表情も厳しくなる。

 そしてヴォルフもまた油断しない。


「悪かったな、死霊使い……。俺1人なら負けていたかもしれない。だが、俺は1人で戦っていないんだ」


 そう。

 ヴォルフには仲間がいる。

 そして、自分を心配し、寄り添い続けてくれた娘がいる。


 【剣狼(ソード・ヴォルバリア)】は、これまで決して1人では無かった。


 親子で戦い続け、そして伝説の扉を開こうとしていた。


この形、なんか懐かしい……。


書籍版の方もよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9月12発売発売! オリジナル漫画原作『おっさん勇者は鍛冶屋でスローライフはじめました』単行本4巻発売!
引退したおっさん勇者の幸せスローライフ続編!! 詳細はこちらをクリック

DhP_nWwU8AA7_OY.jpg:large



8月25日!ブレイブ文庫様より第2巻発売です!!
↓※タイトルをクリックすると、公式に飛びます↓
『魔王様は回復魔術を極めたい~その聖女、世界最強につき~』第2巻
DhP_nWwU8AA7_OY.jpg:large


『アラフォー冒険者、伝説になる』コミックス9巻 5月15日発売!
70万部突破! 最強娘に強化された最強パパの成り上がりの詳細はこちらをクリック

DhP_nWwU8AA7_OY.jpg:large



コミカライズ10巻5月9日発売です!
↓※タイトルをクリックすると、販売ページに飛ぶことが出来ます↓
『「ククク……。奴は四天王の中でも最弱」と解雇された俺、なぜか勇者と聖女の師匠になる10』
DhP_nWwU8AA7_OY.jpg:large


最新小説! グラストNOVELS様より第1巻が4月25日発売!
↓※表紙をクリックすると、公式に飛びます↓
『獣王陛下のちいさな料理番~役立たずと言われた第七王子、ギフト【料理】でもふもふたちと最強国家をつくりあげる~』書籍1巻
DhP_nWwU8AA7_OY.jpg:large


シリーズ大重版中! 第6巻が3月18日発売!
↓※タイトルをクリックすると、公式に飛びます↓
『公爵家の料理番様~300年生きる小さな料理人~』単行本6巻
DhP_nWwU8AA7_OY.jpg:large


『魔物を狩るなと言われた最強ハンター、料理ギルドに転職する』
コミックス最終巻10月25日発売
↓↓表紙をクリックすると、Amazonに行けます↓↓
DhP_nWwU8AA7_OY.jpg:large



6月14日!サーガフォレスト様より発売です!!
↓※タイトルをクリックすると、公式に飛びます↓
『ハズレスキル『おもいだす』で記憶を取り戻した大賢者~現代知識と最強魔法の融合で、異世界を無双する~』第1巻
DhP_nWwU8AA7_OY.jpg:large


『劣等職の最強賢者』コミックス5巻 5月17日発売!
飽くなき強さを追い求める男の、異世界バトルファンタジーついにフィナーレ!詳細はこちらをクリック

DhP_nWwU8AA7_OY.jpg:large





今回も全編書き下ろしです。WEB版にはないユランとの出会いを追加
↓※タイトルをクリックすると、公式に飛びます↓
『公爵家の料理番様~300年生きる小さな料理人~』待望の第2巻
DhP_nWwU8AA7_OY.jpg:large


好評発売中!Webから大幅に改稿しました。
↓※タイトルをクリックすると、アース・スター ルナの公式ページに飛ぶことが出来ます↓
『王宮錬金術師の私は、隣国の王子に拾われる ~調理魔導具でもふもふおいしい時短レシピ~』
DhP_nWwU8AA7_OY.jpg:large




アラフォー冒険者、伝説になる 書籍版も好評発売中!
シリーズ最クライマックス【伝説】vs【勇者】の詳細はこちらをクリック


DhP_nWwU8AA7_OY.jpg:large



ツギクルバナー

小説家になろう 勝手にランキング
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ