第192話 傀儡使い
書籍版も好評発売中です!
ヴォルフたちは帝宮の最深部と思われる場所に到達する。
そこは古い監獄だった。
格子が入った房が、いくつも並んでいる。
随分使われていないのだろう。
鉄の格子が錆びて、一部が切れ、天井と壁の隙間から植物の根が伸びて、床にまで届いていた。
むろん、罪人の姿はない。
「ここが帝宮の最深部でござるか?」
「なんもないようやけどね」
クロエは耳を澄ます。
しかし、特に異音は聞こえてこない。
「とりあえず壁をぶち抜いてみるか?」
物騒なことを言い出したのは、イーニャである。
得物の鉄の塊を、肩に担ぎ直した。
「待て待て。一応、ここは帝宮内だ。その一部を壊したら、それこそガーファリア陛下に怒られるぞ」
「ちぇっ!」
イーニャは軽く地面を蹴る。
埃が濛々と浮き上がると、自分の鼻の穴に直撃して、盛大にくしゃみを放った。
「ミケ、なんか手がかりになりそうな匂いは残ってるか?」
『うーん。なんもないにゃ――――って、あっちを猟犬みたいに扱うなし。あっちは、幻獣にゃ』
ニャアアアアアア! とミケは爪を立てて、怒りを露わにする。
「皆、ちょっと静かにしてくれ」
勇ましい声を上げて、集中したのはアンリだった。
細剣を掲げると、その先に魔力を集中させる。
呪文を詠唱し終えると、力強い言葉を放った。
すると、光が床を、壁を、天井を滑っていく。
地下の隅々まで行き渡っていった。
おそらく探索魔法の1つだろう。
魔法を展開する間、ずっと目を閉じていたアンリの目が開く。
刃の切っ先が、監獄のさらに奥の方を示した。
皆がぞろぞろと歩いて行くと、現れた行き止まりである。
ヴォルフは改めて辺りを見渡した
「何にもないな」
「おかしいですね。その奥から反応が――」
「ちょっと待て。こういうのは、どこかにスイッチみたいなものが……」
ヴォルフは手で慎重に、この先に行くギミックを探す。
だが――――。
ごうぅん!!
突然、壁が吹き飛ぶ。
パラパラと音を立てて現れたのは、松明も篝火もない暗い地下道だ。
ヴォルフは呆気に取られつつ、横を見る。
拳打を振るったイーニャが、何事もなかったかのように進もうとしていた。
「こら、イーニャ!! 勝手に壊すな」
「いいじゃんかよ。めんどくせぇ。師匠に任せてたら、陽が暮れちまう」
「うぐ……」
ヴォルフは口を噤んだ。
昔、イーニャと組んでいた時、似たようなことがあったのを思い出す。
あの時、本当に陽が暮れるまでヴォルフは探し、結局見つけられず、イーニャに壁を破壊するように命じたのだ。
冒険者時代のヴォルフのちょっとした恥ずかしいエピソードである。
「しかし、これは――」
アンリが息を飲めば、他の仲間たちも顔を曇らせた。
「嫌な気配やねぇ」
「この獣臭。おそらくダンジョンでござるな」
『帝宮の直下にダンジョンがあるのかにゃ』
「ともかく行ってみようぜ」
「ああ……。俺たちは前に進むしかない」
道は常に緩やかな下り坂だった。
どんどん下に向かっていく。
距離はすでに帝宮を出て、バロシュトラス魔法帝国の帝都の下まで伸びていた。
監獄とは違って、おそらく最近掘られたのだろう。
天井までの距離はさほどないが、道幅はなかなかに広い。
おそらく戦闘になったとしても、行動が制限されることはないだろう。
だが、肝心の魔獣の気配がない。
昔の遺跡には、ガーディルというCランクの魔獣がいるが、その姿や痕跡すら見つけることができなかった。
そして一行の前に突如として現れたのは、人だ。
まるで道化師のような左右非対称の服を纏い、顔にはハートと星のペインティングがされている。
随分と青白い肌をしているが、見開かれた紫色の瞳には強い生気を感じた。
道化師男はシルクハットを取り、一礼する。
「おやおや……。上の方の物音を聞きつけたのでやってきたのですが、まさかこんなにも大勢の人を迎え入れることになるとは……。このメカール、光栄の至りです」
「何者でござるか!?」
エミリが声を張った。
他の者はすでに臨戦態勢である。
それぞれの得物の柄に、手が置かれていた。
メカールと名乗った男は、警戒感を露わにするヴォルフたちを見ても、動じることはない。
さらに口端と瞳を歪め、笑みを浮かべた。
「メカールの名前はメカール・メーカル。見ての通りの道化師ですよ」
すると、メカールは手を広げた。
何もない手をパンと叩くと、魔法を使っていないのに一輪の花が現れる。
簡単な手品だった。
だが、単なる道化師がこんな場所にいるはずがない。
そもそもメーカルからは、腐った肉の臭い――血臭が漂ってきていた。
「まさかメカールって、死霊使いのメカールか?」
尋ねたのは、イーニャである。
鎖を握り、相手を射貫くように睨んだ。
「知ってるのか、イーニャ」
「ギルドでは有名な殺し屋です、ヴォルフ殿」
どうやらアンリも、目の前の男の素性を知っているらしい。
その言葉に、イーニャは頷いた。
「そうだ。死霊使いでありながら、初めてSランク相当の実力を認められた胸くそ悪い快楽殺人者さ」
「Sランク!!」
さすがの【剣狼】ヴォルフも、声を上げずにはいられなかった。
Sランク――つまり、イーニャたち五英傑に匹敵するほどの力を持つということだ。
そもそもSランクはレベル7以上の魔法を2つ保有して、初めて認められる。
レベル7の魔法は『勇者級』と呼ばれ、Aランク魔獣を殲滅できるほどの大出力魔法のことを指す。
つまり、メカールはそんな恐ろしい魔法を保有しているということだ。
「今まで、各国の要人の死の4割は、こいつが関与してるって話だ。そもそも目撃者も全部含めて殺すから、探して捕まえようにも誰も顔を知らないんだよ」
イーニャは汗を滲ませる。
相手の力量を敏感に察知しているのだろう。
魔獣でもなければ、名の知れた騎士でもない。
本物の殺意と実力を秘め、人間を殺すことに特化した生き物なのである。
さすがの【破壊王】も緊張せざる得なかった。
『なんだって、そんなヤツがこんな地下にいるにゃ?』
「詮索は後回しだ。そんな危険なヤツなら、見過ごすことはできない。やるぞ、みんな!」
「「「「おう!!」」」」
乙女たちの声が揃う。
ミケも雷獣に変化し、臨戦態勢を整えた。
戦意が高揚させるヴォルフたちに対し、メカールはひどく残念そうな表情を浮かべる。
「おお、残念……。依頼とは言え、暗い穴蔵でずっと待ちぼうけをしていて、ようやく巡り会えた千載一遇のチャンスだというのに。これがイチゴイチエというのでしょうか」
「何を言ってるでござるか」
エミリは刀を抜いた。
「ですが、メカールは悲しくありません。あなたたちはメカールの手で永遠の存在となる。殺しても、壊しても、悲しむこともない、愛することすらない、煩わしい人間関係もない――もはや天国――いや、地獄ですぞ!!」
朗々と紡いだ今の言葉が呪文だったのだろうか。
メカールが突如掲げた手が光を帯びる。
魔法帝国で短期間学んだイーニャにも聞き覚えがない。
おそらくメカールの独自魔法なのだろう。
ふわりと床、壁、天井が光を帯びる。
次の瞬間、人の手が現れた。
手だけではない。
足、腰、頭――部位は様々だ。
共通しているのは、そのすべてに肉がないことだった。
「スケルトン召喚か……」
「数が多いでござるよ」
「嫌やわぁ。骨の鳴る音って、うち嫌いやねん」
『好き嫌い言ってる場合かにゃ』
「私に任せて下さい!!」
前に出たのは、アンリだ。
呪文を紡ぎ、魔力を放った。
『死者にたむける聖歌』
神々しい光が、アンリの掲げた細剣から放たれる。
真っ白な聖なる輝きが、行く手を遮るスケルトンに襲いかかった。
スケルトンたちは、声なき悲鳴を上げる。
狭い空間の中で、その光を受けることしかできなかった。
アンリが使ったのは、浄化系の魔法だ。
スケルトンやアンデッド系の魔獣に効果があり、さまよえる魂を昇華することができる。
探索魔法に浄化魔法。
アンリが大活躍だった。
頼もしいパーティー唯一の魔導士の後ろ姿を見ながら、ヴォルフは目を細めた。
やがて光が収縮する。
スケルトンのほとんどが消し飛んでいた。
それでもアンリは油断しない。
目尻を釣り上げ、魔導士にして、騎士、そして一国の姫は、Sランクの死霊使いに向き直った。
「さあ、お前の番だぞ、『傀儡使い』!」
勇ましい声を響かせるのだった。
週末、家でお過ごしの方へ。
是非、延野作品を見ていって下さい。
目次画面に戻り、作者の名前をクリックしたマイページには、
作者がこれまで書いた作品が出てきます。
割と長めで、様々なジャンルの作品を書いております。
暇つぶしにはもってこいなので是非ご活用下さい。