第191話 牢屋の中の会話
ガシャリ……。
冷たく硬質な金属音が響いた。
ヴォルフの前で、狭い独居房の扉が閉まる。
ついでにミケも投げ入れられた。
「あっ……」
ここまで連れてきてくれた衛兵に話を聞こうとしたが、すぐに独居房の鍵をかけ、その場を後にした。
『げぇ! くせぇ!!』
ミケが悲鳴を上げる。
仕切りに鼻の頭を掻いた。
それもそのはず独居房の奥には、便所があり、異様な匂いを放っていたのだ。
ミケは独居房の扉にしがみつく。
格子が入った小窓だけが、外と繋がる唯一の脱出路だった。
『ふん! ミケ様をあなどったにゃ! これぐらい幻獣のあっちなら』
ミケは自分の顔を無理矢理格子に押し込む。
「おいおい。無理するなよ、ミケ。抜けなくなるぞ」
『黙ってみてるにゃ、ご主人。主が困ってる時に、活躍するのが幻獣の役目にゃ』
ヴォルフにたしなめられてもミケは引かない。
やがて、スポンという感じで顔が抜けた。
『おお! やったにゃ!』
これにはヴォルフは驚く。
思わず拍手を送ってしまった。
まさかミケのようなデブ――もとい幻獣が、その狭い格子を抜けられると思っていなかったのだ。
『見てろ、ご主人。ここから出てやるにゃ』
今度は身体を入れようとする。
元来、猫は自分の顔が入るところなら、どこでも入ることができると言われている。
だが、ミケは幻獣だ。
その理論が通じるかどうかは少し怪しいところではあった。
『ぬぬ? ふぐぐぅうぅぅぅうぅううううううう!!』
突如、ミケは苦しみ出す。
今度は押しても引いても、顔が抜けなくなってしまったのだ。
「ほら、言わんこっちゃない」
やれやれ、とヴォルフは首を振る。
少し期待したが、所詮はミケは、ミケらしい。
若干魔石太りした大きなお尻を掴むと、一気にこちらへ引き戻した。
スポンッと気持ちのいい音を立て、ミケの頭が抜ける。
勢い余って、ヴォルフまで転んでしまった。
ゴオォン、と大鐘をついたような音が独居房に響き渡る。
「いててて……」
ヴォルフは癖毛を掻く。
鍛え上げた身体と、娘の強化魔法でダメージこそ皆無なのだが、痛いものは痛い。
『何をやってんだよ、師匠』
『すごい音でござったが、大丈夫でござるか、ヴォルフ殿』
『あはははは……。ホンマ楽しいお方やな』
『クロエ殿、笑い事ではないですよ』
近くから仲間たちの声が聞こえる。
どうやら、随分近くに纏められたらしい。
「皆、無事か?」
『ああ……。問題ないぜ』
『拙者も。ピンピンしてるでござるよ』
『うちも大丈夫。ちょっと鼻声になるのは、許してや』
『まさか魔法帝国に到着早々、牢屋に入れられるとは』
最後、アンリががっくりと肩を落とすのが目に見えるようだった。
「すまない。こんなことになってしまって」
『別に師匠の責任じゃねぇよ。ガーファリア陛下の頭が硬いだけさ』
イーニャが憤るのが、少し距離が離れていても手に取るようにわかる。
『あたいが帝国で武者修行していた頃とは別人だ。昔はもっと自由奔放つーか。開放的つーかよ。あんな態度じゃ、うちの国にラーナール教団のアジトがあるって言ってるのと一緒だぜ、ありゃ』
「ああ。そうだな。事実、この国のどこかにアジトがあるんだろう。だけど、陛下には言い出せない何か理由があったんじゃないかな」
『まーたご主人のお節介癖が出たにゃ』
ミケは耳の裏を掻いて、ため息を吐く。
一方クロエはヴォルフの意見を擁護した。
『ヴォルフはんの考えはおそらく間違ってないえ』
『そういうからには、何か根拠があるのでござるな、クロエ殿』
『巧妙に隠してたけど、うちの心眼は誤魔化せへんよ。間違いないわ。あの王様は、何かを隠してはる』
『何かというのは?』
尋ねたのは、アンリだ。
だが、クロエにもそこまではわからなかった。
ヴォルフが発言する。
「それを俺たちで見つけろってことじゃないのか?」
『つまりこういうことですか、ヴォルフ殿。ガーファリア陛下には、理由を明かせない理由があった、と――』
アンリの推理に、イーニャが食ってかかる。
『理由を明かせない理由? あの超絶上から目線の王様に、そんな日和った理由があるのか』
『そんなん人間わからへんえ……。例えば、何か脅されているとか』
『脅迫? ガーヴァリア陛下を? それこそあり得ねぇよ』
独居房の中で、イーニャは首と手を振る。
「いずれにしても確かめなければならないだろう」
ヴォルフは独居房の中ですっくと立ち上がった。
扉の前で構える。
大きく息を吸い込んだ。
そして拳を扉に突き出した。
ゴシャアアアアアアアア!!
盛大に鉄の扉が独居房で跳ね回った。
くの字に曲がった分厚い鉄扉が、悶絶する人間のように揺れる。
ヴォルフは「ふー」と息を吐いた。
側で『さすがご主人様にゃ』とミケが讃える。
すると――。
カチャリ……。
一斉に周囲の独居房の扉が開いた。
現れたのは、イーニャ、エミリ、クロエ、アンリの4人だ。
まるで鍵が開いていたかのようにすんなりと独居房から出てくる。
「もしかして、鍵……開いてた?」
「おいおい、師匠。ガキじゃねぇんだ。施錠されてるかどうかぐらい確かめろよ」
「せ、拙者はカッコいいと思ったでござるよ、ヴォルフ殿」
「くくく……。あはははははは!!」
「だから、笑いすぎですよ、クロエ殿。ぷくく」
…………。
ヴォルフの顔が真っ赤になる。
反論する言葉も見当たらず、ただ頭を掻くことしかできなかった。
5人と1匹は独居房が並ぶ部屋を出る。
そこには監視官も衛兵もいなかった。
あったのは、細長い籠に入ったそれぞれの得物と、書き置きである。
「ガーファリアからだ。『秘密を暴いてみせろ』だってさ。なんだよ。直接言えばいいのに。水くせぇなあ」
イーニャはやれやれと首を振りながら、少し嬉しそうだった。
すると、もう1枚書き置きがあることに気付く。
「えっと……。『ヴォルフ、後で独居房の扉の代金を請求するから覚悟しろ』だってさ、師匠」
「なんでそんなことまで見通してるんだ、あの人は」
ハッサルに占ってもらったのか。
それとも、それすら見通していたのか。
いずれにしても、いまだガーファリアの底が知れない。
少なくとも、今まで出会ってきたどんな君主よりも、器がデカいように思えた。
それぞれの得物を確認し、装備する。
とりあえず地下房を出ようとするが、地上には監視の衛兵がウヨウヨしていた。
突破することは難しくないが、騒ぎが広まるのは目に見えている。
それにヴォルフたちが脱出すると見抜いていたのだ。
わざわざ騒ぎをデカくするようなことはしないだろう。
「つまり、地上には秘密がないってことだな」
「地上にないんやったら、答えは1つやねぇ」
クロエは薄く微笑む。
自然と皆の視線が、下を向いた。
「おそらく地下だ。この城の地下に何か秘密が隠されているんだ」
そして、ヴォルフたちは地下へと潜っていった。
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