第188話 おっさん、迷子になる
一体、どんな巨人を想定して作った城門なのだろうか。
巨大な鉄の両扉を見上げながら、ヴォルフはいよいよバロシュトラス魔法帝国の城門をくぐった。
飛び込んできたのは、大都市ならではの喧騒だ。
商人が声を張り上げる声、馬の蹄の音に、荷車が回る音。
遠くでは釘を叩く音が聞こえた。
音圧も凄い。
その熱狂的空気感はレクセニル王国以上だろう。
人、人、人。
物、物、物。
馬、馬、馬。
大通りの端にはいくつもの屋台が並び、新鮮な魚、肉、畑で収穫したばかりの野菜が並んでいた。
そして魔法帝国といえば、やはり発達した魔法技術だろう。
単なる屋台にも、高度な魔導具が並び、見たこともない魔導楽器で音を鳴らす大道芸もいる。
ふっと地面が影を滑った。
鳥かと思えば、空飛ぶ絨毯に乗った人で、ヴォルフは口を開いて驚く。
何もかもレクセニル王国とは違う。
これがストラバール№1といわれる強国――バロシュトラス魔法帝国帝都の姿であった。
「すごいな……」
ヴォルフは呆然と呟く。
若い時、初めてレクセニル王国の王都を見た時、それは感動したものだ。
が、バロシュトラス魔法帝国の帝都のインパクトは、それ以上であった。
「はあ……。どの建物も、我がワヒト王国のお城と同じぐらい髙いでござるよ」
「気になるわぁ、今ほど、目ぇが見えないことを口惜しいと思ったことはないわ」
エミリが騒げば、クロエも悔しそうに奥歯を噛む。
「あんまキョロキョロすんなよ。田舎者だと思われるぞ」
イーニャはスタスタと帝都の大通りを歩いて行く。
「ぬぅ! イーニャ殿! 今の言葉を聞き捨てなりません! ワヒト王国は1000年以上続く由緒正しき王政の……」
「はいはい。わかったわかった。――ったく、そういうすぐに田舎自慢するところが、田舎者だって言うのによ。なあ、アンリ。お姫様からも何か言ってやれよ」
「いや、それよりもイーニャ殿」
「なんだ?」
「ヴォルフ殿がいないでござるよ」
「え?」
4人の乙女は一斉に周囲を見渡した。
目で探したが、あのずんぐりとした大きな身体が視界に収まることはない。
クロエは耳で追跡したが、雑踏の音が大きくてわからなかった。
「ミケちゃんもいないでござる」
「あらあら。飼い主ともども、失踪ですか?」
「あ~~も~~!!」
イーニャは薄桃色のツインテールをガリガリと掻きむしった。
「どいつもこいつも、田舎者ばっかりだ!!」
バロシュトラス魔法帝国の帝都の中心で、叫ぶのだった。
◆◇◆◇◆
「弱ったな……」
ヴォルフは自分の濃いブロンドの髪を撫でる。
ちょっと屋台で珍しい魔草を覗いた一瞬だった。
気がつけば、エミリたちの姿が消えていた。
側についていたミケは「探しに行ってくる」といって、ふらりと空を飛んでいったが、この人混みである。
探し当てるのは簡単なことではない。
ヴォルフもレミニアによって強化された気配探知をフルに使ったが、この帝都は何かそういう探知系のスキルや魔法などを阻害するような仕掛けが施されているらしい。どうも要領を得なかった。
どうやら後はミケの鼻だけが頼りらしい。
とはいえ、行く先は一緒だ。
バロシュトラス魔法帝国の帝都の中心――帝宮ミカドである。
ヴォルフたちはバロシュトラス魔法帝国皇帝に会いに来たのだ。
いざとなれば、帝宮に集合すればいい。
「しかし、大きいな」
街道沿いに見た時にも思ったが、こうして近づいてみると、さらに大きく見える。
いくつもの尖塔が立つ帝宮ミカドだが、その大きな塔は空を衝かんばかりだった。
白亜の建物は、まるで神々が住む国を思わせる。
あれだけ大きく見えながら、まだ歩いて1日はかかるのだ。
その側にきたら、どれだけ大きく見えるか。
そもそも帝都自体が、常軌を逸する大きさであった。
「もし、そこのあなた……」
ひやりと手で頬を撫でられた――声に、そんな感覚を受けた。
殺気でもなければ、怒気でもない。
だが、振り返らないわけにはいかない。
そんな特異な空気を感じ、ヴォルフは振り返る。
ヴォルフが立っていたのは通りの真ん中だ。
今も多くの人が目の前を行き交っている。
たくさんの人間がいる中で、通りの端にあるうらぶれた酒場の軒下に、視線が吸い込まれていった。
そこにいたのは、フードを目深に被った女だ。
顔ははっきりと見えず、薄い唇と白い肌だけが窺える。
首から守護印がついたアクセサリーを下げ、不気味な雰囲気を漂わせていた。
ヴォルフはふらりと近づいていく。
おそらく占星術師だろう。
女の前には机が置かれ、ひどく濁った水晶が置かれている。
肌つやからして、若い女だろう。
しかし、漂ってくる雰囲気は老練な魔女を思わせる。
いずれにしろ、ただの占い師というわけではなさそうだ。
「俺を呼んだのか?」
ヴォルフが問いかけると、女はゆっくりと頷く。
そして――――。
「はい」
落ち着いた声で返事した。
「見た通りに、どこにでもいる街の占い師です。もし、良かったらいかがですか?」
「どこにでもいる――か?」
ただ者ではないことは、先刻承知だ。
そして相手が、武人ではないことも。
逃げるのは簡単だろうが、とにかく占ってもらうことにした。
「そうか。じゃあ、今俺は迷子でな。仲間の居場所を探してもらえると助かる」
「お仲間……。ふふふ、お安い御用ですよ」
「自信満々だな」
「はい。これでも的中率10割の人気占い師ですから」
それにしては、客がいない。
というか見向きもしていない様子だった。
まるで、占い師が見えていないようだ。
占い師は早速、占術を始める。
水晶に手を掲げ、猫をなでるようになで始めた。
やがて女は口を開く。
その囁き声は気持ち良く、まるで子守歌を聴いているかのようだった。
「なるほど。あなたはとても数奇な運命のもとに生まれたのですね」
「まあな」
ヴォルフは曖昧に返事をする。
占い師の常套句だ。
ヴォルフぐらいの歳となれば、1度や2度希有な経験をしている。
それを数奇と言われれば、「確かに」と納得してしまうのだ。
「あなたには娘さんがいますね」
これも常套句である。
ヴォルフぐらいになれば、娘か息子がいてもおかしくはない。
やれやれと占いに付き合っていると、次の言葉にヴォルフは凍り付いた。
「名前はレミニア・ミッドレス」
「――――ッ!!」
ヴォルフの頭に、けたたましく警報が鳴る。
自然と女から距離を取った。
手を柄の上に置き、警戒する。
いくら敏腕占い師でも、娘の名前を当てるのは至難の業だ。
それでも、いくつか方法は考えられる。
女がヴォルフのことを追跡し、その口から漏れた名前を娘の名前だと思ったのか。
しかし、これはすぐに可能性から外れる。
少なくともヴォルフは、この帝都に入ってから1度もレミニアの名前を口にしていない。それは仲間も同じだろう。
ならば、考えられる可能性は1つ。
最初からヴォルフのことを知っている――ということだ。
「(けど、この女……)」
ヴォルフは目を細める。
女のフードの奥の表情を探った。
すると、これまで淡々と占いを続けていた占い師の表情が曇る。
水晶に掲げた手の動きも止まった。
「どうしたんだ?」
「これは言っていいのかどうかわかりませんが……」
途端にきな臭くなる。
これも占い師の常套句である。
それっぽいことを言って、値段をつり上げるのだ。
だが、目の前にいる占い師からそんな雰囲気はない。
そもそもまだヴォルフは1銅貨も占い師に払っていなかった。
「ヴォルフ様……」
「な! なんで、あんた!? 俺の名前を知っているんだ? 娘の名前だって」
尋ねるが、占い師は答えない。
代わりに目深に被っていたフードが、はらりと開く。
現れたのは、小麦色の長い髪とぴょんと伸びた狐耳。
そして目の辺りに痛々しい傷を負った顔であった。
「あなたは、いつか最愛の娘を失うことになるでしょう」
――――ッ!!
その言葉は、今まで受けた強者たちの一撃よりも重く、ヴォルフの身体を貫くのだった。
小説家になろうで同じく連載しております
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