第187話 バロシュトラス魔法帝国
ちょっと更新が空いてしまって、申し訳ない。
「よし! こんなもんだろ!」
イーニャはパンと叩く。
その前には縄で縛られた残りの山賊が座っていた。
みな、大人しくしている。
逃亡する素振りすら見せない。
先ほど、ヴォルフがデーモンドラゴンを一刀両断するところを見ていたからか。
戦意は失われ、ただただ自分は殺されないことを祈り続けていた。
「こっちも終わったでござるよ」
イーニャと同じく捕縛作業をしていたエミリが、汗を拭う。
その横で岩に腰掛けたクロエが、申し訳なさそうに言った。
「堪忍な。うち、こんな目やさかい。細かい作業は得意やないねん」
「仕方ないでござるよ。気になさらずに」
エミリは首を振る。
一方、ヴォルフはエミリが弾いた【魔獣の銀紐】を見つめていた。
【鑑定】の魔法やスキルを持たないヴォルフでも、これが本物だということはわかる。あのデーモンドラゴンを操ったのだ。間違いないだろう。
「問題は、なんで山賊がこんな高価な魔導具を持っていたかだな」
1人呟く。
ミケとともに周囲の索敵していたイーニャが近づいてくる。
ヴォルフが持っている【魔獣の銀紐】をのぞき込むと、口を開いた。
「ここでは当たり前なんだよ」
「当たり前?」
「ああ。ほら……」
イーニャは崖の向こうを指差す。
崖に近づくと、思わずヴォルフは「おお」と歓声を上げた。
眼前に広がっていたのは、広い盆地にできた巨大な都市である。
高度の魔法建築でできた背の高い建物。
馬車を横に20台並べても、なお広い大通り。
レクセニル王国王都の優に3倍はありそうなのに、取り囲んだ城壁は高く、かつ綺麗だった。
巨大さだけでも息を呑む。
加えて、盆地にできたオアシスのように美しい都市であった。
「あれが……?」
「ああ。バロシュトラス魔法帝国の王都だ」
バロシュトラス魔法帝国。
ストラバールにおいて、その名を知らぬものはいないだろう。
経済、軍事、政治、その版図すべて№1を誇る魔法都市である。
名前の通り、魔法技術に秀でており、魔法を学ぶものであれば、誰しも国にある学舎の門を叩くほど発達している。
「イーニャは元々ここに留学していたんだよな」
「ああ。つっても、半年程度だがな」
イーニャは己を磨くために、戦士でありながら、操作系の魔法を習得するために、バロシュトラス魔法帝国に留学した。
レクセニル王国にも、魔法を教える学校はいくらでもある。
だが、あえて厳しい環境を選ぶことによって、自分を1から鍛え直したかったのだという。
「バロシュトラスの魔法技術の高さは、レクセニル王国とは比べものにならねぇ。山賊風情が【魔獣の銀紐】なんて魔導具を持っているのも、そのためさ」
「山賊が高度な魔導具を持つ国か……。確かにそれは厄介だな」
ヴォルフは眉を顰める。
その紺碧の眼には、眼下に広がるバロシュトラス魔法帝国王都が収まっていた。
ヴォルフがこうしてパーティーを組み、バロシュトラス魔法帝国にやってきたのには、理由がある。
聖戦のための助力を請いに来た――わけではなく、ここにラーナール教団の最大のアジトがあるとわかったからだ。
正確にいえば、限りなくその可能性が高いということだ。
イーニャはレクセニル王国国王ムラド陛下の密命を受けて、多くの国を渡り歩き、ラーナール教団のアジトの所在を探った。
だが、そのすべてがダミーであった。
ラーナール教団の首魁がいるアジトは、絶対にどこかにある。
必死に各国を渡り歩いたが、見つけることはできなかった。
そして、その最後の地がバロシュトラス魔法帝国というわけである。
単に消去法だが、実は以前からバロシュトラス魔法帝国内にラーナール教団の大規模なアジトがあることは指摘されていた。
国内でラーナール教団の大主教の姿が、幾度か発見されているからである。
しかし、噂はあってもラーナール教団のアジトはわからない。
むろんバロシュトラス魔法帝国も、魔獣信奉者の集まりであるラーナール教団とは敵対関係にあることから、国内の捜索はこれまで何度か行われてきた。
だが、その類い稀な魔法技術を持ってしても、大きなアジトを見つけることができず、帝国内にラーナール教団のアジトはないと結論づけていた。
そのバロシュトラス魔法帝国の結論に疑問をもったのは、【大勇者】にして、ヴォルフの娘レミニアである。
実は、ストラバールの中で他国の調査を拒んでいるのは、バロシュトラス魔法帝国だけだ。
自分の国の魔法技術以上の探索方法がないと下に見ているからである。
『ラーナール教団の大規模なアジトがあるのは、ほぼ間違いないといっていいわ。にも関わらず、バロシュトラス魔法帝国の技術を持ってしても見つけられなかったことを考えると、向こうが嘘を吐いている可能性が高いわね』
レミニアはこう話し、バロシュトラス魔法帝国を疑う。
いくら帝国の技術が世界一でも【大勇者】の目を誤魔化すことはできない。
だが、国が一国を疑う。
しかも相手はストラバール最強の国家だ。
事を荒立てるわけにはいかない。
そこでレミニアは、聖戦指揮官の父親をムラド王の名代とし、さらにバロシュトラス魔法帝国に詳しいイーニャを付けて派遣し、少数精鋭のパーティーを組ませたのである。
そして、この最強のパーティーで最大規模のラーナール教団のアジトを急襲し、さらに各国にあるラーナール教団のアジトも一斉に襲う手はずになっている。
日時は決まっており、ヴォルフ達はそれまでにバロシュトラス魔法帝国内にあるラーナール教団のアジトを見つけなければならない。
世界規模の大奇襲作戦。
それがレミニアが立てた対ラーナール教団の殲滅作戦だった。
「しかし、驚いたよ」
ヴォルフは凝り固まった体内の空気をほぐすように、息を吐いた。
振り返り、山賊にかけた縄のチェックを行っていたアンリを見つめる。
「まさかアンリ姫が魔法を使えるとは」
「ああ。拙者も驚いたでござる。それにあれは、第7階梯以上の魔法だったはずでは?」
「さっきは助かったよ、アンリはん」
ヴォルフやエミリ、クロエから称賛を受ける。
すると、アンリの顔はたちまち赤くなった。
そして横に伸びた耳を照れくさそうに触る。
「元々私の母は純血種のエルフでな。私はハーフエルフなのだ」
「なるほど。それ故に、魔法適性が高かったのでござるな」
「なのに、なんで騎士を目指しはったん」
「アンリ姫はグラーフ殿に憧れて、騎士になったんでしたよね」
ヴォルフは目を細める。
アンリはこくりと顔を動かした。
「なんやアンリはん。他にも好いてる男がおるんやないの」
「そ、それは昔のことで……」
「でも、確かにグラーフはんもいい男やしなあ」
「ツェヘス将軍も妻子がある方ですよ、クロエさん!!」
アンリはたしなめる。
クロエはぺろりと舌を出した。
「でも、あの状況でよくやってくれたな、アンリ」
ヴォルフの手が自然と伸びていった。
アンリの金髪をわしゃわしゃと撫でる。
少しくすぐったそうにすると、むくっと膨れていたアンリの顔はようやく元に戻った。
「やっと呼んでくれましたね」
「な、何が?」
「この旅が始まってから、ずっと『アンリ姫』って呼んでいたんですよ」
「あ……。それはすまない、アンリ姫」
「ほら。また……」
「いや、なんか慣れないんだよ」
ヴォルフは自分の癖毛を撫でる。
アンリはクツクツと肩を振るわせた。
実にお姫様っぽく上品だ。
「ヴォルフ様は、相変わらずヴォルフ様ですね」
顔を綻ばせる。
両者はじっと見つめた。
じぃ――――。
何やら視線を感じる。
横を向くと、クロエとエミリがじっと見つめていた。
「いいどすなあ。頭なでなで」
「拙者も頑張ったのに……」
アンリの機嫌が直ったと思ったら、今度はクロエとエミリが不機嫌になる。
「わかったわかった。クロエも、エミリもよくやったよ」
「なんか投げやりやわぁ」
「ヴォルフ殿、頭なでなでは?」
再び女たちは、ギャアギャアと騒ぎ出した。
その光景を見て、イーニャは手で顔を覆う。
捕まった山賊たちは、羨ましげに見つめていた
3人の美女に囲まれるアラフォーの冒険者を……。
おかげさまで『ゼロスキルの料理番』がコミックスに
重版がかかりました。
月末前後には店頭に並ぶ予定です。
よろしくお願いします。