第185話 強者な女たち
お待たせしました。
レクセニル王国の西には、フィアルド山脈という山々が連なっている。
険峻な峰が連なる山は、西との交易を困難なものにしてきた。
近年は街道が整備されたものの、その道程は険しく、輓馬か人夫が荷物を背負って荷物を運ぶしかなかった。
その険しい街道を歩く、華やかな一団があった。
5人組に、猫が1匹。
しかも、男は1人で、後は女である。
どれも見目麗しい女ばかりで、通りすがった人夫が大事な品物を落としてしまうほどの魅力を秘めていた。
慣れた旅人でも、1時間も歩けば息を切らすというのに、黙々と坂路を登り、まるで教会学校の食堂のようにうるさい。
その内容もまた他愛のないものだった。
「ヴォルフはん、お疲れやありませんか?」
「あ! こら! クロエさん。接近しすぎでござる」
「あら? ごめんなさい。うち、目ぇ見えへんからようわからんねん」
「その割には、この前拙者と訓練した時、髪の毛1本分をギリギリで見切って、拙者の刀をかわしたでござろう? 本当は見えているのではござらんか?」
「はて? なんのことやろ?」
クロエはキョロキョロと辺りを見渡す。
その如何にも演技と思える雰囲気に、エミリは顔を赤くした。
「せやかて。エミリはんかて、ヴォルフはんにくっつき過ぎちゃいますか?」
「せ、拙者はヴォルフ殿の恋人ゆえ」
「ふーん。でも、まだ祝言もあげてないんやろ?」
「し、祝言!?」
「それにまだおぼこみたいやし。まだうちにもチャンスはあるんとちゃうかなあ。ねぇ、ヴォルフはん」
「あ、あ、ああああなただって、未亡人でしょ。クロエさん」
「そやけど。まあ、それはそれ。一生同じ人に添い遂げなあかん道理もないし。そやろ、ヴォルフはん?」
さりげない仕草で、クロエはヴォルフの腕を取る。
そのたわわな胸を押しつけた。
それを見て、エミリの顔はさらに赤くなる。
あーっと絶叫した。
「クロエさん、それ以上やると――」
「それ以上やると、なんや?」
2人は何も言わず、柄に手を伸ばす。
異様な戦意に慌てたのは、横で見ていたアンリだった。
「ふ、2人ともやめるのだ! 気持ちはわかるが……。い、イーニャ殿も何か言ってください」
「あん? どうでもいいだろ? 山を登り切る頃ぐらいには、大人しくなるさ」
「それさっきも言っていたが、2人とも全然疲れる様子がないぞ」
険しい山道を登れば、大人しくなると思っていたが、違った。
何かますます元気になっているような気がする。
「仕方ねぇだろ? ワヒト人は血の気が荒いって有名なんだから。所詮は、島国にいる蛮族なのさ」
「な! イーニャ殿! 今の発言は聞き捨てならぬ。ワヒトは礼節を重んじ――」
「うちはちゃうで。その血は引いてるだけさかい」
エミリとクロエはイーニャの方を向く。
刀はそれぞれの鞘に収まっていたが、抜き身のような殺気をイーニャに向かって放った。
「なんだ、お前ら? あたいとやろうってのか? 忘れたとは言わせねぇぞ。選抜戦であたいに負けたのを」
「あの時は後れを取りましたが……」
「せや。うちかてあのままやないで」
三者の殺気が膨れ上がる。
横で見ていたアンリは、慌てふためくしかなかった。
仕方ないとヴォルフも介入した時、5人と1匹の行く手を阻むものが現れる。
「お前ら、止まれ」
次々と両脇の崖の上から男たちが下りてくる。
山道は狭く、たちまち前後を塞がれた。
どうやら待ち伏せしていたらしい。
「山賊か……」
ボロ雑巾を被った方がマシという服に、垢だらけの肌と蓬髪。
武器の手入れもされておらず、中には酒臭い者すらいた。
絵に描いたようなザ・SANZOKUである。
「うひょー! なんだよ、こりゃ」
「綺麗どころがよりどりみどりじゃねぇか」
「賊長、奴隷商に売るのはもったいねぇ」
「俺たちで遊びましょうぜ」
「てか、男1人に女が4人かよ」
「ハーレムか! ハーレム展開なのか!!」
「うらやましい……」
「へーい。ネエちゃんたち。そんなとぼけた顔の男よりも、オレたちと遊ぼうぜ」
思い思いに煽る。
下品な笑みを浮かべ、ギラギラした瞳を4人の女たちに向けた。
そこに山賊のリーダーらしき男が進み出る。
一行を舐めるように見据えると、自身も笑みを浮かべた。
「女は捕まえろ。丁重にな。男は殺せ。男は年を取り過ぎてるし、商人に買い叩かれるのがオチだ」
「賊長、猫は?」
「こんなデブ猫……。誰がいるんだよ。食ってもおいしくねぇぞ」
ははっ、と笑った時だった。
山賊のリーダーの頭上に落雷が落ちる。
一瞬にして、皮膚を黒焦げにすると、たちまち命を刈り取った。
ドサッと音を立て、リーダーは地面に伏す。
まさに刹那の出来事である。
山賊達は表情を変える間もない。
下品な笑みを浮かべたまま物言わぬ骸となったリーダーを見つめるしかなかった。
すると、鞘から刀が滑る音が聞こえる。
山賊に立ちはだかったのは、クロエだ。
「うちらの相手してくれるん? なら、相手してもらおうやないの」
戦意を漲らせれば、背後でも同じく鞘走りする音が聞こえた。
「今、ヴォルフ殿をとぼけた顔と言ったのは、どなたでござるか? 大人しくその素ッ首を差し出すでござるよ」
怒りを放つ。
「ちょうど暴れたいと思ってたところだ。相手としては物足りないが、この際贅沢は言わねぇ、付き合え、お前ら」
イーニャも巨大な鉄の塊を振り上げる。
「お前たち、山賊だな。この街道で悪事を働いていたのだろう。辺境の騎士団【葵の蜻蛉】の1人として、許すわけにはいかん」
横でアンリも細剣を抜いた。
戦意が高揚していく。
その様は山賊も敏感に察したらしい。
「へっ? どういうこと?」
「あ、ごめん。オレ今、腹が……」
「待て! ちょ!」
「いや、そのぉ……。俺は何も言ってないッスよ」
「え? 何? この強者感」
「おかしいなあ」
「なんでこうなった」
「にげろぉぉぉおおお!!」
山賊達は一目散に逃げる。
だが、それを逃すほど、ヴォルフが認めた女たちは甘くない。
まず一方の退路を塞いだのはミケだった。
デブ猫を揶揄された【雷王】は、いたくご立腹らしい。
『お前にゃあああああああ! 生きて帰れると思うにゃあ!!』
退路を阻まれた山賊は足を止める。
だが、それがダメだった。
山賊の合間を一瞬、風が吹き抜けていく。
気付いた時には、チィンと硬質な音を立て、鞘に刀が収まり、目の前に盲目の女刀士が立っていた。
途端、山賊の胸が開く。
赤い血を噴き出し、悲鳴も上げず地面に倒れる。
一方、エミリとアンリはその俊敏な脚力を生かす。
崖を走ると、あっという間に山賊の退路を塞いだ。
先ほどと同じく足を止めた山賊に降ってきたのは落雷ではない。
ただ鉄を固めただけの塊だった。
「ぎゃあああああああああああああ!!」
悲鳴を上げ、圧殺される。
幸運にも逃げ延びた山賊は、エミリとアンリの斬技の前に倒れた。
50はいたと思われる山賊が、一瞬にして討伐される。
「この旅程……。果たして俺の出番はあるのだろうか。なあ……」
ヴォルフは寂しそうに息を吐く。
抜きかけた【カグヅチ】に話しかけるのだった。
ちょっとずつペースを昔に戻しながら、
やっていこうと思います。
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