第184話 先陣を切る者たち
これにて『聖軍出立篇』が終了です。
「出て行かなくてよいのか、【大勇者】よ」
硬質な声が夜天の空気を振るわせたのは、【不死の中の不死】のカラミティ・エンドだった。
ドラゴンのように力強い翼を広げ、尖塔の1番高いところに座っている。
存分に月の光を浴び、闇の中で赤い目を光らせていた。
視線の先にいるのは、先ほどまで戦っていたヴォルフとツェヘスだ。
戦っている時は、他の者を寄せ付けない迫力と覇気を放っていた2人だが、今はもう収まっている。
声をかけるならば、今のうちだろう。
しかし、天真爛漫なカラミティが舞台上に降り立たなかったのは、側に【大勇者】レミニアがいたからである。
同じく尖塔の屋根に座り、やや浮かぬ顔でヴォルフを見つめていた。
「ヴォルフは腹を決めた。そうなれば、明日にはあやつは出発する。何か声を掛けるべきではないのか?」
「必要ないわ。わたしはいつもパパの側にいたし、王宮にいる時だって、ずっとパパとお喋りしていた。だから、もうわたしからはないわ」
「それでも、愛するもの同士、何か声をかけることはあろう」
レミニアは頭を振る。
ちょうど尖塔に風が吹き、その豊かな赤髪を揺らした。
「パパと喋る時、わたしにとっていつでも真剣勝負なの。余計な言葉は一切ない。伝えたいことはすべて伝えてきたわ。だから――」
「ふん。変わった娘よな。あの将軍に、ヴォルフを説得するよう頼んだのも、貴様なのだろ?」
「わたしが言っても、パパはきっとここに残るって言うと思ったから。ツェヘス将軍なら、きっとパパを説得してくれると思ったの。それに将軍には、貸しもあるしね」
「すべては、そなたの差配通りか。天才魔導士よ」
「わたしは天才でもなんでもない。ただの――――」
ヴォルフ・ミッドレスの娘よ。
夜風がその言葉をさらっていく。
やがてカラミティは尖塔の上で立ち上がった。
「我には家族と呼べるものがおらん。強いて言うなら、我が国民であろうが、お前とヴォルフの関係とは違うような気がする」
すると、わずかな音に気付いたのか。
ヴォルフが尖塔の上にいるカラミティと、レミニアを見つけた。
娘の姿を発見したヴォルフは、一瞬「あっ」と口を開ける。
だが、すぐに微笑み、レミニアの方に向かって手を振った。
それを見て、レミニアもまた手を振り返す。
満面の笑みを浮かべていた。
「言葉を尽くしたから、何も言わなくてもわかるのよ」
「ふむ。そういうものか」
「あなたも、いつかわかるんじゃない。レイルさんが帰ってくれば」
「なっ!」
カラミティの頬が赤くなる。
翼をばさりと動かし、その赤くなった頬を冷ますように夜気にさらした。
「ふん。そんなものかの……」
「ええ……。そんなものよ。ロジックじゃないもの。家族って」
本当に不思議……。
レミニアはそう最後に呟く。
天才をもってしても、自分とヴォルフの関係がわからない。
でも、自分とヴォルフのことはよくわかっている。
そんな奇妙な感覚が、2人の中にあった。
◆◇◆◇◆
そして、次の日。
聖戦の第一陣が出発しようとしていた。
作戦の要である第一陣のメンバーは、なんとたったの5名と1匹だ。
ヴォルフ・ミッドレス。
ミケ。
エミリ・ムローダ。
クロエ・メーベルド。
アンリ・ローグ・リファラス。
イーニャ・ヴォルフォルン。
以上が、陣容である。
「ものの見事に女性だらけなんだが……」
ヴォルフは若干5名と1匹のパーティーに引き気味だった。
レミニアから作戦概要を聞いていたから、知ってはいたのだが、何とも華やかなメンバーである。
「仕方ないだろ? あたいが選別して、ランク付けした上位5名を、師匠のお嬢ちゃんがそのまま師匠につけたんだから」
「上位5名か」
「ふふふ……。よろしゅう、ヴォルフはん」
クロエが微笑む一方。
「ほう……。良かったなあ。刀を鍛つ合間に訓練をしておいて」
エミリはホッと胸を撫で下ろす。
「ヴォルフ殿、よろしくお願いします」
礼儀正しいアンリは頭を下げた。
ヴォルフは少し首を傾げる。
エミリ、クロエは納得だ。
彼女たちは強い。
エミリはあれで五英傑に誘われるほどの実力者だし、クロエはヴォルフに1本取るほどの実力を秘めている。
レミニアに、【大勇者】級の強さと言わしめたイーニャも、文句ないだろう。
が――。
「どうされた、ヴォルフ殿」
ヴォルフに見つめられ、きょとんとしたのはアンリだった。
「(なんでアンリ姫なんだ? てっきりヒナミ姫辺りが一緒に来るかと思ったが)」
首を捻る。
その疑問に答えたのは、イーニャだった。
「心配するな、アンリ姫はめちゃくちゃ強くなってるぜ」
「え? そうなのか?」
「あたいがしごいたからな。いや、このお姫様。王女にしておくには、もったいないぐらいの才能だ。伸び代でいやあ、この中で一番かもな」
「本当か……」
「ヴォルフ殿!」
ピシャリとアンリは声を掛ける。
思わずヴォルフは背筋を伸ばしてしまった。
付き合いは、イーニャを除いてこの中で一番長いのだが、どうもアンリに会った時から気後れしてしまう。
それは彼女が王族だという以上に、何かあるような気がした。
「この中で、私が一番劣っているのはわかっている。それでも、どうか私を戦列に加えてほしい」
「大公もムラド王も、アンリ姫が付いていくのを認めている。それだけ、アンリ姫は本気なんだよ、師匠」
ばん、とイーニャはヴォルフの背中を叩いた。
荒々しい【破壊王】の激励に、ヴォルフは思わずつんのめる。
すると、アンリの顔が真っ正面にあった。
ヴォルフはアンリの整った顔を見て、耳まで赤くなる。
髪を掻きながら、照れ隠しすると、パンと頬を叩いて表情を引き締めた。
「加えるも何も、外すつもりなんてないですよ。一生懸命守らせてもらいます、アンリ姫」
そういうと、アンリは頭を振った。
真剣な目で、ヴォルフを睨む。
「いえ。守らなくても結構。私はレクセニル王国の姫君ではなく、一介の騎士ゆえ」
「しかし――」
「逆にあなたを守ってみせます、ヴォルフ総司令官殿。あなたの伴侶にはなれないかもしれませんが、どうかあなたの右手としてお使いください」
アンリは胸に手を置き、誓約した。
その姿を見て、仲間たちもニヤリと笑う。
「おやおや……。エミリはん、大丈夫か? ライバル出現え」
「うー……。頑張ります!」
「アンリが右手なら、あたいは師匠の背中を守る」
「じゃあ、私は左手にしようかな」
『ご主人を守るのは、あっちにゃああああああああああ!!』
最後にミケが吠える。
その凄まじさに、一同は呆気に取られた。
「こりゃなかなか……」
「師匠を独り占めするのは難しいな」
「私は負けないでござる!」
それぞれ決意を露わにする(別の意味で)
そして、ヴォルフはアンリに向き直った。
「アンリ、よろしく頼む」
ヴォルフはアンリの右手を握った。
その彼女の言葉を認めるようにだ。
アンリの顔が綻ぶ。
顔を輝かせ、姫騎士は「はい!」と大きく返事した。
沿道の民衆に手を振りながら、第一陣が王都の大通りを抜けていく。
やがて正門に来た時、ヴォルフの前にレミニアが立ちはだかった。
ヴォルフは馬を引き、レミニアに向かって微笑む。
「行ってくるよ、レミニア」
「うん。いってらっしゃい、パパ!!」
それだけを言って、ミッドレス親子は別れた。
2人が振り返ることはない。
しかし、その目にはお互い1粒の涙が光っていた。
ここまでお読みいただありがとうございます。
次章は『魔法帝国篇』を予定しております。
ただ大変申し訳ないのですが、
最近ちょっとモチベーションが下がることがおきまして、
筆が全然のらないというか、動かない状況です。
誠に申し訳ありませんが、年内はお休みさせていただきます。
ご理解いただきますようよろしくお願いしますm(_ _)m