第183話 【剣狼】vs【猛将】
更新が遅れてすみませんでした。
この2人の戦いをきちんと描きたかった。
【剣狼】ヴォルフ・ミッドレス。
レクセニル王国の猛将グラーフ・ツェヘス。
2人が立っていたのは、人気のない闘技場だった。
かつてここでヴォルフは騎士団副官ウィラス・ローグ・リファラスと汗を流し、つい先日弟子であるイーニャと互いの得物をぶつけ合った場所である。
すでに先日の激闘の後はなく、タイルは貼り替えられていた。
今は静かに月光を受け、冷たく硬質な姿をさらすのみである。
その舞台に、2人のアラフォーが上った。
拍手はなく、熱狂的な歓声もない。
しかし、纏う空気は緊迫した戦場そのものだった。
2人の手には木剣が握られている。
如何に互いが真剣であろうとも、許可されていない決闘で刃引きされていない武器を使うわけにはいかない。殺人となんら変わらないのだ。
だが、両者の実力からいえば、木剣も十分凶器である。
まともに受ければ、骨だけではすまない。
いくら回復魔法の精度が進化している昨今でも、身体の一部が機能不全に陥る可能性すらある。
それほど危険な存在なのだ、両者は。
「本当によろしいですね」
ツェヘスと向かい合ったヴォルフは尋ねる。
自分たちが危険であると知った上での忠告だ。
それにヴォルフはこの質問を何度も行っていた。
だが、ツェヘスは――。
「一向に構わぬ」
と切り捨てた。
そして早々構えを取る。
腰を極端に落とし、木剣を頭の上で掲げた。
切っ先を相手へと向ける。
まるで槍を構えているかのようだった。
ヴォルフは少し息を吐く。
ため息というよりは、覚悟を決めるためでもあった。
これ以上の問答は無用と察し、ヴォルフもまた木剣を正中に構える。
審判もなければ、始まりのかけ声もない。
ただ悪戯なつむじ風が木葉を巻き上げるのみである。
ふわり、と舞い上がり、やがて両者の間に落ちてきた。
1枚の落ち葉が、両者の視界を遮る。
『『タッ!』』
両者は同時に動いた。
足音が重なり、お互い相手に向かって突進していく。
【剣狼】vsレクセニルの猛将。
誰もが見たいと思うベストバウトは静かに始まった。
……そして、その終わりは一瞬であった。
「ぬぐっ!!」
お互いが交錯する。
声を上げたのはツェヘスであった。
ヴォルフの倍ほどの巨体が崩れ、ついに膝をつく。
ツェヘスは額を押さえていた。
血が噴き出し、補修された石舞台に点々と血の跡を綴る。
ヴォルフは振り返らなかった。
無傷である。
その胴に一太刀も入っていない。
終わってみれば、完勝であった。
考えてみれば、当然である。
ヴォルフの実力は、すでにSSランクに近づきつつある。
だが、ツェヘスはSランクどころか、まだAランクの上位判定が精々であった。
いくらレクセニル王国の象徴的な武将といえど、残酷なまでに格が違っていた。
「ふっ……」
ヴォルフは息を払う。
【剣狼】もまた勝負が付いたと確信した。
残るのは空しさだけである。
一体、何のための立ち合いだったのか。
できれば、もっと心が整った時に、試合をしたかった。
そんな些細な願いが、頭の中によぎる。
やがて木剣を収め、振り返る。
瞬間、月光を背にし、ヴォルフの前に猛獣が現れた。
否――猛獣ではない。
顔を朱に染めたツェヘスであった。
「おおおおおおおおおおおおおお!!」
【剣狼】のお株を奪うような吠声だった。
大上段から思いっきり振り下げる。
ヴォルフは驚いたが、冷静だった。
いや、むしろ落胆したといっていい。
完全に虚を突きながらも、ツェヘスの動きが緩慢が過ぎて、対応するのに十分な時間があったからだ。
ヴォルフは1度収めた木剣を解き放つ。
【無業】
攻めの【無業】ではない。
守りの【無業】である。
最速にして、最短の動きで、ヴォルフはツェヘスの強襲を防ぐ。
カンッ!
乾いた音が鳴った。
衝撃波が石舞台を滑る。
木葉が舞い散り、王宮のガラスを揺らした。
「何故です、閣下!? 勝負はついたはず」
ヴォルフは諫めようとする。
しかし、ツェヘスの目は本気だった。
顔は血まみれになり、鬼の形相である。
猛将と言うよりは、1匹の物の怪のようだった。
ツェヘスが返したのは、荒い息と木剣だけだ。
大きな身体を小さく動かし、側面に移動する。
再び木剣を薙ぐ。
「鋭い!!」
初撃よりも遥かに速い一撃に、ヴォルフは瞠目する。
だが、あっさりと受けた。体勢も崩れることはない。
グラーフ・ツェヘスという男は、決して人を背後から襲うことのない武将だと思っていた。
けれども、先ほどの一撃は違う。
明らかにヴォルフを狙っていた。
憤りよりも、迷いの方が大きかった。
何故、と自問し、心を泡立たせながらも、ヴォルフはツェヘスの一撃一撃を受け止める。
「ぐっ!!」
重い。
鋭さが増し、剣に体重が乗ってきた。
――最初が本気でなかった?
いや、違う。
あの初撃は間違いなく、グラーフ・ツェヘスの最高の一振りだった。
そもそも手加減ということ自体が、ツェヘスらしくないと思った。
――成長している? いや、そうじゃない……。
俺が弱くなっているんだ……。
ツェヘスの猛攻。
そこに込められた信念の一撃。
技も膂力もヴォルフが上だ。
しかし、心は違う。
この戦いに掛けるツェヘスの魂。意志。
その重さが、木剣に宿っているのだ。
ガキィン!!
木剣とは思えない硬質な音が鳴る。
すると、弾かれたのはヴォルフだった。
とうとうヴォルフの防御が、ツェヘスに突破されたのである。
だが――――。
ツェヘスの動きが止まった。
それもそのはずである。
ツェヘスが握った木剣が、折れていたからだ。
闇雲に剣を振るったことが、逆に徒となってしまった。
しかし、ツェヘスの戦意は落ちない。
その鋭い三白眼はヴォルフを睨んだままである。
そして舞台上では寡黙だった男が、ついに口を開いた。
「俺はお前が羨ましい……」
「閣下が……。俺を…………?」
すると、ツェヘスは折れた木剣を見つめる。
すでに赤く染まり、月光を受けて炎のように揺らめいていた。
「レクセニル王国の猛将だと讃えられ、騎士の鑑と祭り上げられ、しかし蓋を開けてみれば、40の男だ。国を守るため、騎士団を率いるものの責務を全うするため、俺は剣を振り続けた。しかし、結局お前やお前の娘を超えることはできなかった」
「閣下……」
「笑え、ヴォルフ。そんな男が、この国を守っているのだ」
ヴォルフは大きく頭を振った。
「俺はあなたを尊敬している! 同じ年でありながら、その責務から逃げず、常に高みを目指し、訓練を欠かさぬあなたを――――」
「嬉しいことを言ってくれるな。しかし、やはり限界だ。ここが潮時だ。……本来であれば、聖戦の指揮官は俺でなければならなかったはず。だが、ムラド王はお前を選んだ。嫉妬で言っているのではない。お前が選ばれて当然だと俺は言っている。実力差は目に見えている。心の整わぬお前にすら、勝てぬのだから……」
まるで遺言のような響きであった。
気がつけば、ヴォルフの肌に鳥肌が立っている。
心が寒いのは、決して気温のせいではない。
今、目の前にいるのは、ツェヘスではない。
レミニアを拾う前のヴォルフであった。
故にわかるのだ。
痛いほど、ツェヘスの気持ちが理解できるのだ。
それは自分も通った道だから。
「今一度、ヴォルフ――お前に願う。どうか与えられた役目を真っ当してほしい」
「――――ッ!」
「貴様ら親子の絆の深さを理解などできない。それでも、俺にも子がいるからわかる。肉親を心配する気持ちはわかる。不安だと思うだろう。だが、曲げて願う。……この作戦において、お前しか適任者はいない。どうか先頭に立ち、この世界の危機を救ってくれ。この通りだ」
ツェヘスはいよいよ膝をつく。
頭から血を滴らせながら、その額をまだ戦いの熱が残る石舞台に擦り付けた。
その目を見張る光景に、ヴォルフはふと理解する。
――そうか。何かを捨てて戦うのは、俺だけではないのか。
この国を憂うツェヘスも同様。
他国から派遣されてきたもの達も一緒だ。
彼らにも、本当に守りたいものがあったはずである。
家族、恋人、主人、あるいは王。
それを捨て、皆この聖戦に集まってきた。
この世界の窮地を知ってである。
ヴォルフだけではない。
皆、守りたいものあるからこそ、守りたいものを置いてきたのだ。
恥ずかしい!
今すぐ己を罰したい。
これでは駄々をこねた子どもと一緒ではないか。
ヴォルフは己を戒め、そしてようやくツェヘスに向き直った。
「閣下、顔をお上げください」
ツェヘスは言われた通りに顔を上げた。
三白眼がヴォルフを睨む。
血に染まっているからか、余計凄みが増したような気がした。
「1つ約束してくれませんか?」
「なんだ?」
「あなたには、一生グラーフ・ツェヘスでいてほしいのです」
「…………あいわかった。……ふん。元よりそのつもりだ」
ようやくツェヘスは立ち上がる。
ぐらついた身体を、ヴォルフが支えた。
「厄介ですな、年というのは。身体は衰えてくるのに、やたらと守るものだけは多くなる」
「ふん。それをお前が言うのか。お前が守るべきは――」
「そう。娘だけです。でも、娘がいるこの国も、そしてストラバールも守らなければならない。そうでなければ意味がない。多分、それが――」
伝説に至る道……。
そして、それこそがレミニアの勇者だと思うから。
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