第181話 賢者の石の正体
ラーナール教団の目的が、レミニア・ミッドレスである。
それを聞いた時、ヴォルフは平静でいられなかった。
反射的に机を叩く。
顔を真っ赤にし、怒りを漲らせた。
ヴォルフは誰にでも優しい。
敵にすら情けをかけることがある。
故に、ラーナール教団の目的がカラミティだと聞いた時も、静かに怒りを漲らせた。
だが、娘のこととなれば用件は変わってくる。
ヴォルフ・ミッドレスにとって、レミニアは最愛の娘である。
目に入れたいぐらい可愛い愛娘だ。
それを悪の組織が狙っている。
どういう目的なのかはわからない。
だが、今までの行いから考えても、善行とは思えない。
ならば、見過ごすわけにはいかないだろう。
世界の果てまで追いかけ、駆逐するしかない。
「パパ、落ち着いて」
ひどく冷静なレミニアの声が議場に響く。
娘自ら諫められ、ヴォルフの怒りは少し冷める。
自分が狙われていると知りながら、時折笑顔すら浮かべるレミニアを見て、急に恥ずかしくなった。
「すまない、レミニア」
「いいのよ。パパは私のために怒ってるんだから。でも、少しだけ大人しくしててね」
「ああ。わかった」
ヴォルフはどかりと腰を掛けた。
冒険者に戻る前と比べて、大きく肥大した腕を組む。
じっとレミニアの方を見て、話に耳を傾けた。
ヴォルフの怒りによって、一時的に止まっていた進行が再開する。
すると、手を上げるものがいた。
長い白髪を蓄えた老人――大賢者ラームである。
「さてさて、【大勇者】よ。そろそろ教えてくれぬか。何故、お主とカラミティ・エンドが狙われているかを」
うん、と頷いたのは、出席者だ。
ラームの言う通り、その理由の説明がまだだった。
「うん。おじいちゃん、今からそれを説明するわ。まずラーナール教団の目的から整理しましょう」
ラーナール教団の目的は、世界をあるべき形に戻すというものだった。
すなわち、このストラバールと、もう1つの世界エミルリアの融合である。
そのためには、2つの世界を分断するエネルギー――『賢者の石』の力の解明が必須だった。
「おそらく、彼らはすでに『賢者の石』の解明を終えている。そして、すでにそれは第二段階に移行しているわ」
「それが『愚者の石』か」
ラームが答えると、レミニアは頷いた。
「そうよ。賢者の石が世界の分断を促す力なら、愚者の石は、世界を融合させる力よ」
「なあ、レミニア・ミッドレス」
声をかけたのは、カラミティだった。
背もたれに背中を預け、足と手を組んだ状態でレミニアに質問した。
「そもそも賢者の石とは、すでに自然物の中にあるものだ。対して、愚者の石はない。700年生きているが、そんなものがあるという話は聞いたことがない。つまりは、愚者の石は、完全なる人工物ということだ。違うか?」
「そうよ。その通りよ」
「2つの世界を分断する力を反転させる力など、現実問題としてできるものなのか?」
「不死の女王様の質問はもっともよ。正直に答えると、今の私にはできない」
レミニアがきっぱり言う。
天才にして、【大勇者】がそういうのだ。
議場の人間の中には、動揺する者もいた。
「だけど、あなたは見てきたでしょ。世界の聖遺物がその力を暴走させてきたのを……」
カラミティの眉が動く。
心無しか目が鋭くなった。
先の事件のことを思い出しているのだろう。
あの事件が拡大したのも、聖槍ロドロニスが暴走したからであった。
古いもので見れば、ラムニラ教司祭マノルフ・リュンクベリの暴走。
聖樹リヴァラスが呪いを受けたのも、関係があるだろう。
そしてヴォルフも深く関わったワヒトでの一件だ。
「おそらく、その事件の1つ1つは実験だったのではないかと、私は思ってるわ」
「確かにの。そして実験は事件が起こる度に大規模になっていることからも、その動きは明らかであろう」
ラームは感心した様子で、自分の長い髭を撫でた。
「そして、私の予想では次が本命だと思う」
「本物の愚者の石か……」
ざわり、と議場が騒がしくなる。
本物の愚者の石。
それがどれほどのものであるか、想像することは難しい。
だが、説明を聞く限り、完成すればこの世界を一瞬で消し飛ばすことができるほどのエネルギーを内包していることは間違いないであろうということだけはわかった。
皆が青い顔をする。
イーニャですら、息を呑み、顎に汗を垂らしていた。
ドンッ!!
机を叩く音に、騒がしかった議場は水打ったように静かになる。
発生源はヴォルフであった。
怒りによって、また机を叩いたのかといえば、そうではない。
座っていたアラフォーの冒険者は、実に冷静なままであった。
「愚者の石のことはわかった。完成すれば、世界的な危機であることもな。だが、俺にとっても、もっとも重要なのはなんでラーナール教団が、うちの娘を狙っているかということだ」
怒りをギュッと抑え込み、ヴォルフは狼のように唸った。
ヴォルフにとって、娘は絶対。
それは何よりも優先する。
たとえ、世界の危機であろうと、娘の命を1番に考える。
世界を救うのは、娘を救うついでなのだ、ヴォルフにとって。
ただ聖戦の総司令官としては、不用意な発言であった。
ヴォルフとレミニアの仲を知らない人間たちにとっては、呆れる発言だ。
だが、知っている者には、いつものことであった。
「パパ……。そういうのは、私の前だけにして。みんなびっくりするでしょ」
ヴォルフがああ言えば、「パパ」と言って隙あらば抱きつきに行く娘も、今日ばかりは大人の対応だ。
しっかりと議場の進行役を務め、父親を諫めた。
「でも、パパの言うことはもっともね。まだ私は自分とカラミティが狙われている訳を喋っていないわ」
「うむ。その口ぶり……。【大勇者】よ。お主、愚者の石はともかく、賢者の石の正体がわかっておるな」
ラームはレミニアに迫る。
議場もまた動揺した。
とうとう【大勇者】が賢者の石について突き止めたのだ。
やがて静かになる。
レミニアの次の言葉を、固唾を呑み待った。
「賢者の石の正体は、実はずっと前からわかっていたわ。あれは巨大な魔力の塊よ」
「巨大な」
「魔力の」
「塊……」
議場に揃った戦士や諸侯たちが息を呑む。
少し高いところから見守るムラドも「むむむ」と眉を動かした。
再び質問したのは、ラームだった。
「しからば、お主……。それがわかっておきながら、何を研究しておった」
「賢者の石とママが名付けたのは、高い魔力の塊をさすのではないの。その高い魔力の塊を、収める器のことを差し示していたのよ」
レミニアは、彼女の母が残した遺稿を掲げながら説明する。
「ストラバールと第二世界エミルリアを分断し、高魔力を何千年と維持するためには、どうしても器が必要なの。でも、そんな魔力を封じ込めておく器なんて、早々ないわ。入れた瞬間、弾け飛んでしまうからね」
「聖樹リヴァラス、ワヒト王国にある勾玉、聖槍ロドロニスか。ふむ。確かに……。一連の事件の流れを追うと、向こうもその器とやらで、困っていたと見えるな」
「ええ……。その結果から考えて、私は1つの結論に辿り着いた。魔力を封じ込めていく、1番最適な器を……」
ヴォルフはすっくと立ち上がった。
娘が何を言いたいのか。
何を答えるのか。
難しい話であったが、ヴォルフにはすぐ理解できてしまった。
ある意味、当然であろう。
何せそれはレミニアの事だからである。
「まさか……。レミニア……。それって…………」
戸惑う父の表情を見ながら、レミニアは神妙に頷いた。
「そう。賢者の石にとって、1番の器は人間よ。そして、もっともそれに適しているのは――」
巨大な魔力をうちに秘めているものなのよ。
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