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第179話 はじまりの出会い

 今から3年前……。


 ラームはレクセニル王国を訪れていた。

 名誉政策顧問として在籍するバロシュトラス魔法帝国の皇帝の名代としてだ。

 その頃、バロシュトラス魔法帝国は次の魔獣戦線に備えるため、各国と連携ができるように新たな軍事同盟の締結を働きかけていた。


 その目玉として、魔獣戦線に対する基金を募り、運用し、有事の際においてその基金から戦費を分配するというものである。

 これは魔獣戦線時の戦費負担を軽くするためだが、各国は渋った。


 1つに次に魔獣戦線が訪れる保証がないこと。

 2つに分配金に不公平が出ることである。


 それでもバロシュトラス魔法帝国は、難しい交渉を成し遂げた。

 最後に残ったのが、レクセニル王国である。


 当時のレクセニル王国は官吏による腐敗が進んでいた。

 王族の権力を封じ込め、やりたい放題していたのだ。


 そのような官吏がのさばるレクセニル王国は、当然基金の話を断った。

 王との直接面会も許されず、交渉が暗礁に乗り上げる最中、皇帝の名代として白羽の矢が立ったのは、ラームである。


 見た目通りの自由人であったラームだったが、縁のある皇帝の頼みとあって、名代の話を引き受け、レクセニル王国へとやってきたのだ。


 世界に名高い三賢者の1人。

 そしてバロシュトラス魔法帝国皇帝の名代とあっては、官吏達も無下にはできない。

 渋々、ムラド王との面会を認めた。


 交渉はすんなりとうまくいった。

 王錫権限による勅命によって、速やかに実行され、ラームの任務は終わった。


 朝早くに王宮を馬車で出発する。

 まだ人もまばらな大通りの眺めを、客車の窓から見ていると、突然馬車が止まった。

 御者と何かもめている。

 首を伸ばすと、紅の髪を靡かせた少女が馬車の前に立っていた。

 12、3歳といったところだろう。

 まだ可愛い盛りの美少女であった。


 ラームは少し興味を持った。

 別に少女の美しさに惚れたというわけではない。

 少女が何か得体の知れない雰囲気を持っていたからである。


 何か世界から隔絶されたような。

 1人違う空気を吸っているような。


 長く生きているが、こんな雰囲気を纏う人間は初めてだった。


「あなた……」


 御者は座っていた台から降りる。

 新米の魔導士で、ラームをレクセニル王国国境まで送るまでの案内人でもあった。

 名前をハシリー・ウォートと言っていた。


 そのボーイッシュな白い髪の新米魔導士を、ラームは制する。

 客車から出ると、少女の前に進み出た。


「わしに何か用か、お嬢ちゃん」


「あなたが三賢者のラーム?」


 子どもゆえの無知か。

 それとも天然なのか。

 名前に出すだけで、人々は言葉に敬意と畏怖を込めるのだが、少女の口調には全くそれがない。


 逆に見下されている感すらあった。


「如何にもそうじゃが……」


「世界で1番偉いのよね?」


「世界で1番かどうかわからんな」


「この国にいる学者よりは偉いんでしょ?」


 ラームはハシリーの方を向いた。

 そう言うからには、レクセニル王国の学者と会った可能性は高い。

 身内か何かだろうかと思い、目で尋ねるのだが、ハシリーは首と手を振って答えた。


 戸惑う空気にも、少女がめげる様子はない。

 すると、ラームに向かって本を差し出した。


「これが何かあなたには理解できる?」


「うん?」


 ラームは本に顔を近づける。

 何度か目を瞬かせ、その本を読み解く。

 やや古い文字が使われていた。

 さして珍しくもない。

 魔導書を読み解く魔導士なら、そこにいるハシリーでも読めるだろう。


 しかし、問題は内容であった。


 初めは子どもの出題と思って、舐めていた。

 学校の宿題程度のものだと……。

 だが、とんでもない。


 ラームはその内容にのめり込んで行った。

 ストラバールの森羅万象を知るラームが、その本の内容に驚きを持って接していた。

 明らかに顔を歪ませ、食い入るように読み込む。

 いつしか少女から本を取り上げ、一息で読み込んだ。

 本から顔を上げた時、ラームの顔はずっと水の中で息を止めていた潜水士のように疲弊していた。


「もしかして、【二重世界理論ダブル・ワールド・シナリオ】か……」


 ラームは思わず唸っていた。

 その反応を見て、少女は喜ぶわけでも、残念がるわけでもなかった。

 ただ「はあ……」と深く息を吐き、やや憤然として腕を組んだ。


「よかった。やっと話がわかる人間がいたわ」


「お嬢ちゃんはこの内容について理解しているのかい?」


「当たり前よ。だから、その危険性を教えるために、王都に来たっていうのに……。みんな絵空事だといって、理解しようともしないのよ」


「それは……」


 仕方ないことかもしれない。


 二重世界理論ダブル・ワールド・シナリオは、学説の中でも超直近に発表された新しいものだ。

 その内容は、ストラバールとその存在を証明するための観測世界が、この世にはあるという理論である。

 2つの世界は、元は1つの世界であったが、【賢者の石(エクサリー)】の力によって引き離されたと考えられていた。


 問題は、ストラバールと少女の本の中でも言及されている観測世界エミルリアの距離が、近年近づいているということだ。


 もし、2つの世界が重なりあえば……その結果はまだ定かではない。

 両方の観測世界を失えば、自然に消滅するというものもいるし、元の世界に戻ると主張する学者もいる。


 いずれにしても、世界の形が変わることは間違いなかった。


 実は、今回の基金にしても、バロシュトラス魔法帝国には裏の目的があった。

 仮に二重世界理論ダブル・ワールド・シナリオが正しかった場合を考え、想定される厄災の被害に対して備えるためでもあったのだ。


「お嬢ちゃん……。この本を見せて、わしに何をさせたいのじゃ?」


「別に……。ただわたしは警告しただけ。世界が危ないよってね。この本が欲しいなら上げるわ。家に原本があるし」


「お嬢ちゃんの家は?」


「ニカラスよ」


「ニカラス? 随分遠いところから来たのじゃな」


「知ってるの? 随分、田舎よ?」


「森に囲まれたいいところじゃ。わき水がうまかったのを覚えておるの」


「へぇ……。それは知らなかったわ」


「のう、お嬢ちゃん。お主は何か他に目的があってここに来たのではないか? 本の内容を読ませるだけなら、人づてに送れば良いだろう。何もお嬢ちゃんが直接届けることはない」


「あら、さすがは賢者ね。他の人間とはひと味違うわ」


「ほほほ……。照れるの」


 ラームは白髭を撫でた。


「確かに目的はあったんだけどね。この国では無理だわ。さりとて、この国から出るわけにもいかないし」


「それは何故じゃ?」


「パパがいるからね」


「お主の父親のことじゃ。さぞかし優秀なのであろう」


「そうなの!!」


 少女はいきなり太陽のように輝いた。

 本の内容や、二重世界理論ダブル・ワールド・シナリオについて語る時は、とても面倒くさそうにしていたのに、父親のこととなると、途端饒舌に話を始めた。

 よくそれほど舌が回るものだ、と感心したほどである。


 少女ののろけは、陽が昇り、大通りに人が溢れかえっても続いた。


「でね、パパわね」


「わ、わかった。お主の父親のことはよくわかったぞ」


「ええ? 嘘よ。まだこれは序文ぐらいよ」


 冗談には聞こえなかった。

 放っておいたら、本当に明日の朝まで父の優秀さを語り尽くしただろう。


「して――。お主の本当の目的とはなんだ?」


「ああ。そういえば、そんな話をしていたんだったわね」


 少女の顔から光輝が失われていく。

 本当にわかりやすい娘だった。


「わたしの目的は、【賢者の石(エクサリー)】の開発よ」


「やはり、そうであったか」


 2つの世界の接近を正常に戻すためには、【賢者の石(エクサリー)】を人工的に作るしかない。

 それは世界の危機を知る者たちが出した見解と一致していた。


「でも、無理ね。少なくとも、この国では【賢者の石(エクサリー)】は作れない」


「ほう……。ならば、わしがお膳立てしてやれば、【賢者の石(エクサリー)】を作ることはできるか?」


「お膳立て?」


「必要な器材、研究費をお主に預ければ、【賢者の石(エクサリー)】ができるのかと、聞いておる」


「できるわ」


 少女ははっきりと言い切った。

 そこに迷いも、不安もない。

 将来のリスクに対する恐怖すらないだろう。


 紫色の瞳を燃え上がらせ、少女は手を腰に当て、すでに成熟を始めている大きな胸を反らした。


「良かろう……。ハシリーくん」


「は、はい!」


「馬車を王宮に戻してくれ」


「どうされるおつもりですか、ラーム様?」


「もう1度、直接ムラド王に掛け合う。お嬢ちゃん……」


 そこでラームは言葉を止めた。


 思えば、名前をまだ聞いていなかったのである。


「お嬢ちゃん、名前は?」


「ん? まだ言ってなかったっけ?」


 とぼけた感じで確認する。

 ようやく年相応の少女の表情を見られたような気がした。


「わたしの名前はレミニア。レミニア・ミッドレスよ」


 こうして、三賢者の1人ラームと、後に【大勇者(レジェンド)】と呼ばれる少女は、運命の出会いを果たしたのである。


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