第178話 懐かしい再会
今日の王宮は一際賑わっていた。
王宮の門から内部まで、長蛇の列ができあがっている。
それも、香水が香る貴婦人や貴族の列などではない。
全くの逆である。
列を作っていたのは、武骨な鎧や武器を纏った強者たちだった。
全員があの【破壊王】イーニャが選んだ精鋭たちだ。
本日、ついにレクセニル王国王宮では、ラーナール教団を討つための第一回目の作戦会議が行われようとしていた。
そのため、各国から集った騎士団の長、あるいは有名なパーティーのリーダーがここに集結していたのである。
今はその王宮前では、武器の預かりと、魔法によるボディチェックが行われていた。
そして、彼の王の姿もそこにあった。
「久しいな、ヴォルフ」
聖戦に加わるため、遠路はるばるやってきた各国の騎士や冒険者たちを迎えるため、玄関口に立っていたヴォルフに声をかけたのは、カラミティだった。
彼女が統治するドラ・アグマ王国は、レクセニル王国と国境を接しているとはいえ、決して近いわけではない。
それでも、【不死の中の不死】と呼ばれるカラミティは、日差しの中にあっても溌剌としていた。
「カラミティ……。元気だったか」
「ふむ。元気だったが、少々残念な知らせがあってな。若干しょんぼりしているところだ」
「何かあったのか?」
「それは――――」
カラミティは視線を移す。
ヴォルフの腕を取り、頬を膨らませるレミニアを見つめた。
彼女もまた各国の武将達と挨拶をかわすために、ヴォルフとともに立っていたのだ。
実は、レミニアは今回の作戦の立案者である。
レミニアは【大勇者】という力を持つ前に、天才的な発想を持つ少女だ。
戦略・戦術という面でも、造詣が深い。
何より、レミニアを推したのは、かの猛将グラーフ・ツェヘスだった。
以前、レミニアはツェヘスと戦っている。
その対応能力は目を見張るものがあった。
そのため、ツェヘスが推挙したのだ。
レミニアとしても、千載一遇の好機だった。
何せ聖戦の司令官は、父ヴォルフなのだ。
そのヴォルフを保護するための作戦を立てることができる。
たとえ、賢者の石の研究が忙しかろうと、レミニアにとっては絶好の機会だったのだ。
敵のすべての情報と、イーニャが揃えた戦力をすべて把握すると、レミニアはたった1日で作戦を取り決めてしまった。
こうして今日、予定よりも数日早く、作戦会議が始まったというわけである。
「それは追々お前も知ることになるだろう。……それよりもヴォルフよ。我がいない間に、随分面白いことをしていたそうではないか」
すると、カラミティはレミニアが掴んでいない方のヴォルフの腕を取った。
しかもレミニアのように甘えるわけではない。
そのまま腕を引っこ抜くのではないかと思うほど、強く力を入れる。
ヴォルフは思わず顔を歪めた。
「か、カラミティ……」
「そこにいる五英傑と真剣でやり合ったそうだな」
カラミティのワインレッドの瞳が、ヴォルフの隣を向く。
すでに、その視線を受け止めるべく、準備をしていたのは、そのイーニャだった。
ヴォルフやレミニアと同じく、来てくれた強者達を歓待していたのだ。
「ど、どこから、それを――」
「かかか……。ドラ・アグマ王国の諜報能力を舐めるなよ。各国の財政状況から、お前の下着の色までわかっておるぞ」
「そ、それは末恐ろしいな」
「まあ、良い。今度は我の番だからな。最近、政務ばかりで身体が鈍っておるのだ。付き合えよ」
「わかった。今度な――」
絶対だぞ、と子どもみたいな台詞を残し、カラミティは遠ざかっていく。
それを見て、イーニャは笑った。
「にひひひ……。あれがカラミティ・エンドか。相変わらず変わった女に気に入られるんだな」
「それをお前が言うのかよ」
ヴォルフは肩を落とす。
その横で、レミニアがふくれっ面を依然としてヴォルフに向けていた。
「パパ、また鼻の下を伸ばしていたでしょ」
「え?」
「むぅ……」
レミニアは頬を膨らませる。
先ほどのカラミティとのやりとりを指摘しているのだろう。
ヴォルフからすれば、そんなことはない。
精々片方の腕の皮を伸ばされたことぐらいだ。
しかし、ヴォルフはレミニアの父である。
不機嫌な時のレミニアの対処法をよく心得ていた。
「仕方ないだろ、綺麗な女の子が横にいるんだから」
レミニアの赤い髪を撫でる。
途端、娘の顔が輝いた。
「ホント?」
「パパがウソをついたことなんてあったかい」
「うん。いっぱい!」
満面の笑顔で言われた。
ヴォルフの顔が固まる。
「そ、そう言われると傷つくな。でも、レミニアのことでウソはついたことがないはずだよ」
「…………確かに。そうかもしれない」
レミニアは完全に機嫌を取り戻す。
横で小躍りするほどだ。
その無邪気な少女と、それを満足そうに見つめる中年冒険者を見て、イーニャは肩を竦める。
「まるで、結婚詐欺師とその被害者みたいだな」
「イーニャ、聞こえてるぜ」
「うん? あたいは何も言ってないぜ」
そっぽを向き、イーニャはとぼけた。
父と娘、師匠と弟子のコンビが、盛り上がっていた時、ヴォルフはしわがれた声を聞く。
それは聞き覚えのある声だった。
「やれやれ……。両手に花で羨ましい限りだのぅ」
「え?」
ヴォルフは反射的に振り返った。
紺碧の目に映ったのは、1人の老人だった。
すり切れた三角帽に、襤褸と見間違うほどの黒糸のローブ。
樫の木で作った杖を握り、伸び放題の白髪をまるで外套のように翻している。
その白髪の奥からは、活力ある瞳が輝いていた。
「じ、じいさん!」
と言ってから、ヴォルフは気付いた。
思えば、名前を知らなかった。
聞く前に、いずこかへと消えてしまったからだ。
「わはははは……。まさかあの時、困惑の渦中にいた冒険者が、よもや聖戦の指揮官になろうとはな、ヴォルフ・ミッドレスよ」
「俺のことを覚えているのか……」
そう。
ヴォルフはこの老人のことを知っていた。
今では遠い昔のことのように思うが、あの時の出会いははっきりと覚えている。
ヴォルフが「100人斬り」という異名を持つようになった【灰食の熊殺し】との戦い。
その渦中で出会ったのが、今ヴォルフの目の前にいる老人だった。
「な、なんで……じいさんがこんなところにいるんだ?」
「それはわたしが聞きたいわ、パパ」
今度、レミニアがヴォルフに尋ねる。
心底不思議そうな表情で、娘は父を見つめていた。
「どうして知ってるの、このおじいさんのこと」
「レミニアも知っているのか?」
「そりゃ知ってるわよ。だって、このおじいさんが、わたしをレクセニル王国の魔導研究所に推挙してくれたんだから」
「え? じいさんが??」
ヴォルフはますます混乱した。
ただ者ではないことはわかっていた。
だが、レミニアが世話になっていたとは……。
予想の斜め上を行く展開に、さしもの【剣狼】も慌てふためく。
一旦心を落ち着けるため、1度深呼吸をした。
「じいさん、あんたは一体何者なんだ?」
「ふぉふぉふぉ……。そうじゃの。そろそろ名乗っても良かろう」
わしの名前はラーム。三賢者の1人じゃ。
「さ、三賢者!!」
ヴォルフは思わず素っ頓狂な声を上げるのだった。
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