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第177話 敗北の意味

前回の更新で、総計200部を達成しておりました。

ここまでお読みいただきありがとうございます。

引き続き拙作を楽しんでいただければ幸いです!

 直撃(もろ)だった。


 ヴォルフの前に踊り出たイーニャの肩に、【剣狼(ソード・ヴォルバリア)】の牙が大きく食い込む。

 その皮膚を切り裂くことはなく、血しぶきがほとばしることもない。

 峰打ちである。


 だが、確実にイーニャの鎖骨を折る。

 さらに斬撃の衝撃は凄まじく、前に出たイーニャは吹き飛ばされた。

 そのまま石舞台を滑り、場外へと突き落とされる。

 観客の前でようやく止まるという威力だった。


「「「おお……」」」


 やや控えめな歓声が上がる。

 勝敗が着いたことよりも、ヴォルフが放った連撃に、皆が驚いていた。

 集まった強者たちも息を呑む。


 決してイーニャが弱いというわけではなかった。

 膂力では互角以上の強さを見せ、経験値という差も圧倒していた。

 加えて、あの大きな鉄塊を自在に動かす魔法(わざ)

 ここに集まった強者の中で、アレに対応できるものは、ごくわずかだろう。


 それでも、ヴォルフは勝った。


 いや、誰もが彼が勝つと思っていた。

 ルーハスを打倒し、【剣聖】を破り、伝説の【不死の中の不死(ブラッディ・ブラッド)】すら圧倒した。

 それは予想屋が示した下馬評からも明らかだろう。


 だが、いざ戦ってみると展開は違った。

 イーニャが圧倒し、【破壊王】の力を見せつけた。

 戦いの中盤まで見れば、誰しもイーニャが勝つと思っただろう。


 それでも結局、下馬評が覆らなかった。


 何度もいうが、イーニャは弱くない。

 ただヴォルフがこの戦いの中で、また恐ろしいほど成長したのだ。


「ここにいたんですか、レミニア。探しましたよ」


 しん、と静まる中、少年のような美声が聞こえる。

 観戦していたレミニアに近づいてきたのは、秘書のハシリーだった。

 何かの実験をしていたのか。

 実験用の白い法衣を身に纏っている。


「実験の途中なのに……。ん? ああ。ヴォルフさんの試合、今日だったんですね。ヴォルフさんが勝ったんですか?」


「ええ……。でも――――」


「でも?」


「また1つ強くなっちゃったわ、パパ」


「え?」


「行きましょう」


「ヴォルフさんを労ってあげないのですか?」


 ハシリーからすれば、レミニアの選択は驚天動地の答えだった。


 レミニアにとって、ヴォルフは何よりも優先する。

 世界の滅びを選ぶか、それとも父を選ぶかといえば、迷いなく後者と答えるだろう。

 それほどレミニアにとって、ヴォルフは絶対的な存在なのだ。


 その彼女が、ヴォルフを労うことなく、この場を後にしようとしている。

 ハシリーが知るレミニアであれば、すっ飛んでいって、ヴォルフの首に手を回して甘えるのに……。


「(もしかして、親離れ……?)」


 ハシリーは首を傾ける。

 それは通常の親子関係ならあり得ることだ。

 しかし、果たしてミッドレス親子に関して起こるものなのだろうか。


「うかうかしてられないわね」


「何か言いましたか?」


「早く賢者の石を解明しないとねって言ったのよ」


「だったら実験途中に抜け出さないでくださいよ」


 ハシリーはレミニアを追いかけるのだった。




「勝負あり」


 稀代の名勝負の決着。

 しかし、興奮する様子もなく、ただ淡々と捌いたツェヘスは、ゆっくりと手を上げた。


 その手をまだ振り切った構えのまま固まるヴォルフの方へ向けられる。


「勝者、ヴォルフ・ミッドレス」


 名前を告げた。

 ツェヘスの声は水を打ったような静けさの会場に、1つの波紋を投げる。

 それは大きな波となって、石舞台にたたずむ勝者の耳朶を撃ち抜いた。


「「「「うぉおおおぉぉぉおぉおぉおぉおぉおぉおぉ!!」」」」


 数拍遅れ、怒号のような歓声が沸き上がる。

 得も言えぬ興奮が、腹からこみ上げ、ひたすら観衆達は声を出し続けた。

 万雷の拍手が叩かれ、指笛が鳴り響く。


 一方、ヴォルフは勝者を告げられ、ようやく息を継いだ。

 サッと刃を振り、【カグヅチ】を鞘に納刀する。

 歓声に応えることはない。

 少し早足に石舞台を横切り、場外へと落ちたイーニャに駆け寄った。


「イーニャ、大丈夫か?」


 すでに医療班がイーニャの周りを囲んでいる。

 肩を中心に、回復魔法が施されていた。


 本人も意識があるらしい。

 大きな影に気付くと、イーニャは怒るわけでも、悲しむわけでもない。

 どこか誇るように、ヴォルフに微笑みかけていた。


「これぐらいかすり傷だよ、師匠」


「すまん。手加減ができなかった」


「馬鹿!」


「――――!!」


「手加減なんてしてたら、怒鳴り付けてたところだ!」


「す、すまん……」


「相変わらずだな、師匠は。あんたは優しすぎる。世話焼きすぎるんだよ。おかげで国まで出て行くことになって。周りがどれだけ心配したか知ってるか?」


「うっ――――」


 それを言われたら立つ瀬がない。

 それにしても、イーニャはよく喋る。

 負けた分をやり返すように、ヴォルフを詰問した。


「でも、良かったよ」


「何がだ?」


「本気の師匠と戦えて……」


「イーニャ、お前。そのために決闘なんて言い始めたのか?」


「当たり前だ。そうじゃなかったら、師匠は本気であたいと戦ってくれなかっただろ?」


「……ま、まあ。それはそうだが――」


 はっきり言うと、イーニャとは戦いたくなかった。

 冒険者時代は、自分の子ども同然に世話をしてきたのだ。

 レミニアと戦うのと同じぐらい、やりにくい戦いだった。


 もっと言えば、最初の直撃を受けるまで、ヴォルフはどこかで油断をしていた。


 戦う気になれなかったのである。


 それでも、最終的に全力を出した。

 いや、出さされたのだ。

 それほど、イーニャは強かった。

 つまり、そういうことである。


「そうか。あたいは強かったか……」


「ああ。やばかったよ」


「師匠にそこまで言わせれば、鍛えた甲斐があったよ」


 イーニャは空を見上げる。

 王宮の中庭にできた真四角な空。

 まるで敗者を慰めるように、気持ちのいい青色が広がっている。


「師匠……。あたいと孤児院で会った時のことを覚えているか?」


「ん? ああ……。忘れもしないよ。お前のシスター姿が意外と様になっていたのをな」


「う、うるさい! …………ルーハスとの戦いを覚えてるか?」


「…………ああ」


 忘れるはずもない。

 ヴォルフがレミニアの力を付け、冒険者となってから初めての敗戦だったのだ。

 あの時のルーハスの斬撃は、今でも脳裏に焼き付いて離れない。


「師匠はあの時、負けたけど……。あたいは師匠がもっと強くなると思った」


「そうなのか?」


「ああ……。ルーハス戦で見たあの奇妙な動きを見た時からな」


「奇妙な動き……?」


 おそらくだが、『黄金の道』のことを言っているのだろうか。

 自分というか、自分の神経が世界と交わる感覚。

 すべてのことを予想し、踏み出す1歩にすら、万の意味があるような……。

 あの輝ける瞬間――。


 そう言えば、最近あの感覚を感じたことはない。


 小さく開く(ヽヽ)ことはあるが、自分がどこまで広がっていくような感覚はなかった。


 あのヒナミと対峙した時ですらなかったのだ。


「あれを見た時さ」


 イーニャは続ける。


「あたいも、もっと強くなりたいって思ったんだ」


「お前は十分強いだろ?」


 すると、イーニャは首を振った。


「あたいは慢心していたんだ。五英傑だの、【破壊王】だの、英雄だのおだてられて、いい気になってた。自分が本当にやらなくちゃならないことを見失ってた」


「それが、強くなりたい――か?」


 イーニャは頷く。


「あの後、色々あってさ。訳がわかんなくなって、馬鹿もした……。でも、一旦落ち着いた時に、師匠とルーハスの戦いが頭の中によぎったんだ。あたいも、あんな風に強くなりたいって」


「だから、お前は帝国で武者修行していたんだな」


「ああ……。師匠のおかげだ」


「俺は何も……」


「あたいの気持ちを思い出させてくれた。やっぱ師匠は師匠だよ。お互いどんな立場になっても、師匠はあたいの師匠なんだ」


 イーニャの話を聞き、ヴォルフの胸が熱くなった。

 少し目頭を押さえる。


 あの敗戦の時の悔しさを思い出すと、今でも泣きそうになってしまう。


 だが、決してヴォルフにとって意味のない敗戦ではなかった。

 「強くなりたい」という気持ちが、年老いても消えず、再確認することができたからだ。


 そしてどうやら、あの敗戦はイーニャにとっても意味があることだったらしい。


 負けは決して褒められることでもない。

 それでも、他人の誰かの心を救うことができたなら、意味があったのだろう。

 身内であれば、尚更だ。


「よっ!」


 回復魔法の処置が済むと、イーニャは立ち上がった。


 すると、拍手が叩かれる。

 温かな――夏に振る小雨のように優しい拍手だった。


「イーニャ!!」

「すごかったぞ!」

「さすがは五英傑だ!」

「【破壊王】の力、見せてもらったぞ」

「感動した!」

「次は負けるな!」


 労いの言葉をかけられる。


 ルーハスが起こした反乱以後。

 五英傑という名前は、決して良い意味で使われなくなった。


 だが、イーニャの戦いは観客の認識を180度返すに足る名勝負だったと言わざるを得なかった。


「そうだな。たとえ敗者となっても、意味がないことなどないんだ」


 イーニャと戦うことに乗り気でなかったヴォルフも、今では戦ってよかったと感じていた。


「ヴォルフ・ミッドレス」


 声をかけたのは、1つ上のテラスで観戦していたムラド王だった。

 座していた椅子から立ち上がり、小さく手を叩いている。

 その姿を見て、皆が一斉に静まった。

 ムラド王の言葉に耳を傾ける。


「今回も良い戦いであった」


「ありがとうございます」


 ヴォルフは膝を折る。

 ムラド王の言葉を慎んで受け取った。


「そして、イーニャ・ヴォルホルンよ」


「はっ!」


 イーニャもまた師匠同様に膝を折り、頭を垂れた。

 さすがの【破壊王】も、本物の王の前では緊張するらしい。

 やや声が上擦っている。


「五英傑の名前にふさわしい戦いぶりだった」


「ありがとうございます」


「お主たちには様々な苦難があったことを余は知っている。それでも、慢心せず、野に下るわけでもなく、よくぞ己を鍛え上げた」


「も、もったいないお言葉です」


「お主たちがレクセニル王国を守り、人類に与えた恩恵を我は忘れてはおらん。これからも、人類とこのストラバール、そしてヴォルフのことを頼む」


「はっ!」


 イーニャは立ち上がると、ピンと背筋と尻尾を立てる。

 胸に手を当て、最敬礼した。


 その姿勢を見て、再び拍手が鳴り響く。


 誇らしげな弟子の姿を見て、師匠であるヴォルフも嬉しくなるのだった。


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