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第174話 【剣狼】VS【破壊王】

 レクセニル王国を3度救った英雄――【剣狼(ソード・ヴォルバリア)】ヴォルフ・ミッドレス。


 対するは、五英傑【破壊王】イーニャ・ヴォルホルン。


 その2人が決闘する――という話は、瞬く間に王宮内に広まった。

 ヴォルフとイーニャが知らないところで、人が動き、決闘場所がしつらえられる。

 場所は以前、ヴォルフが騎士団の順位戦を行っていた王宮の中庭だ。


 ヴォルフが去って以降、騎士団の順位戦はこれまで行われてこなかった。


 それがツェヘスが戻ったことによるところも大きいが、やはりラムニラ教支部を騎士団が急襲した事実は重く、派手なイベントごとが避けられてきた。


 しかし、その濡れ衣は晴れ、晴れて騎士団――いや、聖戦を盛り上げるための戦勝祭として、執り行われることになったのである。


 このことに戸惑ったのは、ヴォルフだった。

 頭を掻きながら、集まった観客をぐるりと見直す。

 すでに、ヴォルフは石舞台に立ち、その周りを観客が埋め尽くすという構図が出来上がっていた。

 早くもクライマックスかと思うほど、大盛り上がりだ。


 それほど、この中庭で行われる戦いの復活を望んでいたのだろう。

 【剣狼】vs【破壊王】というベストマッチであれば、尚更だ。


 観客の中には、すでに聖戦に参加表明した強者(つわもの)たちの姿もあった。


 微笑みを浮かべ、石舞台中央に熱視線を送っている。

 中には、観客の熱狂的な声に当てられ、今にも戦場に乱入せんと気を巡らしているものもいた。


 これ幸いなのは、ドラ・アグマ王国の女王カラミティがいないことだろう。

 現在、聖戦の準備のために帰国している彼女がこれを見れば、たちまち決闘は()闘になっていたかもしれない。


「兄様、どう思いますか? この勝負?」


 横で気を張る騎士団副長ウィラスに尋ねたのは、妹のアンリである。

 ここのところ仲睦まじい様子を目撃されるリファラス家の兄妹もまた、石舞台に熱い視線を向けている。

 まだまだ血の気の多いウィラスなどは、気を巡らす1人だ。


 戦いたくてうずうずしているのだろう。

 胸の前で組んだ腕をほどけば、たちまち石舞台へと突撃していきそうだった。


「ヴォッさん――――って、言いたいところだが、わかんねぇぞ。【破壊王】も強いからな」


「何度か同じ戦場を戦ったことがあるんですよね」


「ああ。……特に北方で起きた魔獣戦線の時は、凄かったな」


 ウィラスの目に今でも焼き付いているのは、イーニャの凄まじい膂力だ。

 あの重そうな鉄塊を、まるでお手玉のように振り回しながら、魔獣の群れに突っ込んでいく姿は圧巻だった。

 イーニャの通った地面は血に染まり、敵味方問わず、おののいたものである。


「可愛い顔をしてるが、あれで修羅場の経験数はヴォッさんよりも上だ。純粋な力っていう点でも、五分か若干ヴォッさんの方が下だとオレは見てる」


 イーニャは赤狼族という獣人である。

 確かにヴォルフの膂力も凄まじい。

 しかし、ウィラスから見て、1歩及ばないと考えていた。


「そうなると、互いの技術ですか?」


「それも違うな」


「え?」


「確かに技術っていう点では、イーニャはヴォッさんより後れを取っている。けどな、アンリ。多少不利な点があっても、実力が拮抗している点があれば、後は気持ちの問題だ」


「勝ちたい、という気持ちですね」


「ああ……」


「ならば、私はヴォルフさんにかけます」


「ふっ……。お前は最初からヴォッさんだろ?」


 ウィラスは鼻で笑う。

 その横でアンリは指を組み、祈りを捧げた。


 すると、ワッと一際歓声が起こる。


 ようやく対戦者イーニャが、ヴォルフの前に現れたのだ。




 石舞台に上がったイーニャは、完全な戦闘態勢だった。

 防具を纏い、あの鉄塊に鎖が付いた不恰好な武具を肩に担ぐようにして持っている。


 薄桃色の髪を揺らし、黒鼻を上げた。

 檸檬色の瞳が、ヴォルフを貫く。

 その視線を受け、ヴォルフは緩んでいた顎に力を入れた。


「イーニャ、本気か」


「当たり前だ。決闘だかんな」


「そうか」


 真剣な弟子に対して、師匠たるヴォルフは何か気乗りしない様子だった。


 木剣を使った模擬戦ならまだしも、イーニャは真剣勝負を望んでいる。

 イーニャが強いとわかっていても、やはり元師匠としては1歩引いてみてしまう。

 傷つけたくない。

 そんな親心が、脳裏をよぎっていた。


 それでも、決まってしまったからには、存分に力を振るわなければならない。


 イーニャの真剣な気持ちと怒りを受け止めるためにも、この戦いは必要だとヴォルフは判断していた。


 すると、また歓声が沸く。

 ムラド王と王妃リーエルが現れたのだ。

 テラスから顔を出し、石舞台の2人を高い所から見つめていた。


 ヴォルフとイーニャは揃って頭を下げる。

 ムラド王は軽く頷き、久々に大勢の前に姿を現したリーエル王妃は、手を振って歓声に応えていた。


 いよいよ審判が登場する。

 ツェヘスだ。

 巨躯をのそりと動かし、ヴォルフとイーニャのちょうど中間に立った。


 各々を睨めつける。

 その迫力たるは、今から戦う両者に引けを取らなかった。


「降参、もしくは致命傷を負わせた方が勝ちだ」


 シンプルにルール説明をする。

 石舞台の側には、救護班が待機しており、怪我を負った者を治療する万全の準備が整っていた。


 ルールを聞き、ヴォルフとイーニャは頷く。

 むろん会場のボルテージは最高潮にまで高まっていた。


「はじめ!!」


 ツェヘスの野太い声が空気を震わせる。


 直後、大きく振りかぶったのは、イーニャだ。

 ぐるりと鉄塊を一回転させると、ヴォルフの方へ放った。

 魔法でできた火の玉のように飛んでくる。


「速っ!!」


 驚きながらも、ヴォルフは冷静に回避する。

 反撃をしようと、地を蹴った。

 一気にイーニャとの間合いを詰めようと試みる。


「(あれほど大きな鉄塊だ。1度、引き戻して攻撃の態勢を作るには時間がかかるはず)」


 その間接敵し、イーニャを制すればいい。

 それでこの戦いは終わりだ。

 勝利への方程式が、ヴォルフの頭の中で組み上がる。


 だが――――。


「ヴォルフ様、危ない!!」


 ふと場外からアンリの声が聞こえた。

 何かと思ったその時、後ろから衝撃を受ける。

 全身がバラバラになりそうな感覚に、さしもの【剣狼】も目を回した。


「な、なにぃ!!」


 半分意識を飛ばしながらも、ヴォルフは倒れる直前に、それを見た。


 鉄塊だ。

 イーニャが投げた鉄塊が戻ってきて、ヴォルフを背後から襲ったのである。


 イーニャが鎖を引っ張ると、戻ってきた鉄塊に、ヴォルフが被弾したのだ。

 むろん、偶然ではない。

 イーニャは狙っていたのだろう。


 ヴォルフは吹き飛ばされる。

 石舞台の上をゴロゴロと転がった。


「なにやってんだよ、ヴォッさん!」


 頭をガリガリと苛立たしげに掻いたのは、ウィラスだった。


 その側近くで、音だけを頼りに戦況を聞いていたクロエは微笑む。

 横にいた妹のクラーラも「大丈夫かな」と心配気味だった。


「あらあら……。ちょっとヴォルフさんは心が整ってない様子やね」


「どういうこと、お姉ちゃん?」


「簡単に言うたら、真剣味がないってことや」


「ヴォルフは戦いたくないってこと?」


「さあ……。何か迷いがあるってことやろ。けど――――」


 クロエは慎重に耳をそば立てる。


「(正直、今のヴォルフさんやったら、楽勝やと思ってたけど、案外対戦相手も強いわ。五英傑やそうやけど、ここまで強いとは予想外やった)」


 基本的に被弾はヴォルフのミスだろう。

 しかし、ウィラスがあらかじめ宣言していた通り、イーニャの膂力は脅威だった。

 そしてウィラスは彼女の技術面を減点としたが、今の初撃は明らかに(わざ)だ。


 イーニャは初撃をかわされる前提で鉄塊を放ったのだろう。

 ヴォルフがすぐに距離を詰めてくることを予想し、鉄塊を引いたのだ。


 決して猪武者などではない。

 出鱈目に鉄塊を投げているように見えて、きちんとイーニャは戦術を立てていたのだ。


 クロエだけではない。

 審判を務めるツェヘスも、イーニャを見る目を180度変え、その一挙手一投足をつぶさに捉えようと、目を光らせていた。


 一方、ヴォルフはかろうじて意識の消失から免れていた。

 レミニアの【気絶耐性】の強化魔法のおかげで、事なきを得る。

 もし、それがなかったら、戦況が完全にイーニャの方に向いていたかもしれない。


 ヴォルフは被弾したものの、やはり乗り気ではなかった。

 晴れない心を抱えながら、ヴォルフは立ち上がる。


 やはりイーニャとはあまり戦いたくはない。


 ヴォルフにとっては、彼女は弟子であり、可愛い妹分でもあり、そして娘のような存在でもあるからだ。


 はっきり言えば、レミニアに手を上げるにも等しい。


 それ故に、どうしても戦意を高めることができなかった。


 ヴォルフは新たな刀【カグヅチ】を構える。

 しかし、持ち主の心と同じく、新しい【剣狼】の牙の輝きは、この時くすんで見えた。


 どうする……。


 このままでは本当に……。


 そう思った時、盛り上がる歓声の中で、一際大きな声が聞こえた。


「パパぁぁぁあああああ! 頑張ってぇぇぇぇえええ!!」


 声を捉えた時、ヴォルフはぐるりと首を動かした。

 そして一発で目の焦点を合わせる。

 観客に混じって、紅蓮の髪を垂らした小柄な少女が声を張り上げていた。


 レミニアである。


「どこ見てんだよ!!」


 戦場でよそ見をしたヴォルフに向かって、イーニャは激昂する。

 その怒りが込められた鉄塊が、砲弾の如く発射された。

 高速で飛来したその瞬間――――。


 バチィン!!


 鋭い音が鳴った。

 観客達は思わず目を背ける。

 鉄塊を受けて、一瞬ヴォルフの肉体が飛び散ったのだと思った。


 しかし、事実は違う。


「なっ!?」


 息を呑んだのは、イーニャだった。


 大きな鉄塊の横から顔が現れる。

 人の良さそうな四角い輪郭をしていたが、その紺碧の瞳は炎のように揺らめいていた。


 ヴォルフは全くの無傷だ。

 その手はそっとイーニャが放った鉄塊に置かれている。

 受け止めたのだ。

 高速で打ち出された巨大な鉄塊。

 それも片手1つで。


 ゾッとするほどの膂力に、会場内はしぃんと静まり返る。


 一方、イーニャの口元に笑みを浮かんだ。


「やっとやる気がでたかい、師匠?」


「ああ……。悪いが、イーニャ。この勝負勝たせてもらうぞ」


「へぇ……。さっきまでやる気がなかった癖に、随分な心境の変化じゃないか」


「そうだ。なにせ……」



 娘が見ている前だからな。



 イーニャが自分の娘だとか、怒らせてしまったとか、ごちゃごちゃした理由は、ヴォルフの頭から吹き飛んでいた。


 レミニアが見てる。


 ただそれだけで、ヴォルフには十分だった。


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