第173話 師匠と弟子
おかげさまで40000pt突破しました!
気がつけば、1年半以上の月日が経ちましたが、大台に到達です。
ここまで読んでくれている方、ブクマ、評価、感想をいただいた方ありがとうございます。
若干、色々あってモチベーションが下がり気味ですが、
なんとか完走するように頑張りますので、
引き続きご声援のほどよろしくお願いしますm(_ _)m
話は少し数日前まで遡る。
聖戦の決行が決まり、ラーナール教団を討つという機運が高まる中、師匠と弟子は久しぶりの再会を果たしていた。
2人は王宮の廊下を歩いている。
大股で歩くイーニャを、ヴォルフが追いかける形で、赤い絨毯の上を進んでいた。
「久しぶりだな、イーニャ」
「ああ……」
「元気だったか?」
「ああ……」
「?」
久方ぶりの再会にもかかわらず、イーニャの態度はあまりに素っ気ない。
むしろ機嫌が悪いように思う。
耳と尻尾がピンと伸びていた。
イーニャが怒っている時の態度だ。
本人は感情を隠そうとしているようだが、根が正直な赤狼族の娘は、どうしても動作や表情に出てしまうのである。
「イーニャ! 何を怒ってるんだ?」
「別に……。あたいは怒ってない!」
「でもな……」
ヴォルフは「弱った」と頭を掻く。
こういう時のイーニャは、戦っている時以上に手強い。
「そうだ。久しぶりにお前の大好物のミルク粥を作ってやろうか? 砂糖もたっぷり入れてやろう」
ぴくん……。
イーニャの尻尾が反応する。
かすかに横に揺れた。
一瞬、立ち止まる。
が、すぐに前へと進み始めた。
効果は認められたが、ご飯で釣る作戦は失敗したらしい。
昔なら、この方法で1発だったのだが、どうやらイーニャも成長したようだ。
弟子の成長に、師匠であるヴォルフは思わず目を細めてしまった。
と、喜んでる場合ではない。
搦め手を突く作戦がダメなら、正面から向き合うしか、ヴォルフには残されていなかった。
「孤児院の時は世話になったな。治療のお礼がまだだったな。ありがとう、イーニャ。礼が遅くなってすまん」
「別に……。礼を言われるようなことでもねぇ。むしろ、あたいの方が謝るべきなんだ。師匠をゴタゴタに巻き込んじまった」
イーニャは形式的な謝罪をする。
だが、前を向いたイーニャが振り返ることはなかった。
「あれからどうしてたんだ?」
実は、あれからヴォルフは1度も孤児院を訪れていない。
反乱の混乱の後、復興の手伝いをしてから、すぐに騎士団の騎士団長代理の仕事を請け負ったため、それどころではなかったのだ。
「風の噂で聞いたが、孤児院の経営権を一旦国に預けたそうだな」
「ああ……。その後、正式なシスターも決まって、あたいはお役御免になった」
「そうか。孤児院の子どもたちは息災か?」
「最近、会ってないからわからねぇ。でも、国の補助金のおかげで、前よりは良い暮らしができてるはずだ」
「よかった」
「師匠がかけあってくれたんだろ。ありがとな」
今度はヴォルフに感謝の言葉をかける。
が、やはりイーニャが振り向くことはない。
長い廊下を、ずんずんと進んでいく。
「それで、お前はどうしていたんだ?」
「それからしばらくは、外国に行ってた。それから――――」
つとイーニャは立ち止まる。
ヴォルフも倣う。
【破壊王】という異名はついているが、イーニャの背中は決して大きくはない。
それでも、何かその小さな身体には、大きな使命が載っているように見えた。
「ムラド王から招集を受けたんだ。あんたが、レクセニル王国を出て行った後でな」
「ムラド王から?」
「ああ。王様直々の依頼があってな。それからずっとそのために、あちこちで動いていた」
「なんだ? その王の依頼というのは?」
「ラーナール教団のアジトの解明……」
「ラーナール教団のアジト!?」
ラーナール教団という存在は、世界的にも知られている。
だが、その主となるアジトがどこにあるかは、どの国も把握できていなかった。
巧妙に隠されていたからだ。
一説によれば、ラーナール教団とヴォルフが幾度か壊滅させた【灰食の熊殺し】とは密接につながっているため、その力を使い、アジトを転々と変えているのではないかと考えられてきた。
「そのアジトは本物なのか?」
「間違いねぇ。ラーナール教団のアジトは複数存在する。これまでその本丸は、場所を都度変えられてきたって思われてたけど、違うんだ」
「違う?」
「ああ。変えていたのはダミーのアジトだ。本丸のアジトは動かず、ずっとあったのさ」
「なるほど。それを見つけたのは、さすがだな、イーニャ」
「なあ、師匠。あたいからも聞いていいかい?」
すると、ようやくイーニャは振り返った。
機嫌は全く戻っていない。
むしろより怒っていた。
ビリビリと空気が震えている。
そんな中で、イーニャの檸檬色の瞳は、いつになく純粋な光を帯びていた。
「なんで……。なんで……いつもあたいに黙って出て行くんだ!」
「イーニャ……」
「1度目もそうだった。その後、再会した時に師匠はあたいに謝った。その時のことは許しても、2度目は……。なんで、あたいに頼らなかったんだ。あたいはそんなに頼りにならないのか?」
「そ、そんなことはないぞ。今だって、お前が聖戦に参加してくれることに、心強く……」
「だったら、師匠! あたいを試してくれ」
「試すって……。お前の力は十分――――ふごっ!」
いきなりヴォルフの顔に何かが当たった。
慌てて摘まみ上げると、それは手袋だ。
「い、イーニャ!?」
「だったら決闘だ。師匠!」
「決闘!」
「イーニャ・ヴォルホルンは、ヴォルフ・ミッドレスに決闘を求める!!」
王宮の廊下で、その声は高々と響き渡るのだった。