第170話 田舎の男
新章「聖軍出立編」の開幕です。
よろしくお願いします。
レクセニル王国王都に入る城門は、いつになく活気づいていた。
王都の中に入るため、商人や旅行者、あるいは冒険者が長蛇の列を作ることは普段からよくあることである。
しかし、今日はいつもと比べれば、3倍長い列を作っている。
武装をしているものも多い。
他国の紋章を付けた客車なども見られた。
長時間の待機にいらだっている。
いや、殺気すら感じられた。
それもそのはずである。
この中の大半が、レクセニル王国に仕官を願うため、やってきたものだからだ。
レクセニル王国でなされた聖戦宣言は、国内のみならず、広く他国にも及ぶ結果となった。
何せ200年ぶりの聖戦である。
通常の魔獣討伐とは違う。
名のある戦で活躍できれば、名が上がる。
国から公式に異名を授かることもできるかもしれない。
功名心が強い者たちが、レクセニル王国に殺到していたのだ。
またレクセニル王国側の理由もある。
数ヶ月前に起こった内乱によって、多くの兵や冒険者を無くし、くわえてラムニラ教司祭マノルフ・リュンクベリの暴走、そして今回の聖槍ロドロニスによる甚大な被害。
有り体に言えば、レクセニル王国は疲弊していた。
騎士団は無事だが、度重なる戦いや事件によって兵団や冒険者が疲弊していたのである。
こういった事情からレクセニル王国は募集範囲を他国にまで広げた。
『聖戦』という名前も手伝い、予想以上の人が集まり、制限を加えなければならないほどだった。
その列の横を通り過ぎていく一団がある。
黒い甲冑を身に纏い、大きな騎馬を乗りこなしていた。
なびく旗はレクセニル王国のものではない。
明らかに他国のもので、どこか異様だった。
城門にそのまま突っ込むのではないか、という勢いで駆けてくる。
慌てて門番たちが止めると、強く手綱を引き、馬を止めた。
「何者だ!?」
恰好こそ異様な集団であったが、相手の雰囲気に飲まれるほど、レクセニル王国の門番たちはおろかではない。
槍の切っ先を向け、少し恫喝するように声を荒らげた。
他国の騎士は下馬することも、兜を脱ぐこともない。
馬の上から門番たちを見下ろし、やや血走った眼を向けていた。
すると、兜のデザインが他と違う男が、門番の前に現れる。
おそらく指揮官だろう。
「我らはボロネー王国から来たボロネー騎士団だ。此度の聖戦にはせ参じた。門を開けられよ」
「合力感謝する。しかし、聖戦の参加者は多数。並んでお待ちいただきたい」
門番は最後尾に回れ、と槍で指示を出す。
長蛇の列は城壁をぐるりと囲み、その最後尾は全く見えない。
ボロネー騎士団の指揮官は、兜の向こうでカッと目を見開く。
「ふざけるな! 遠路はるばるお前たちの国のためにやってきたのだ。こんなに待っていられるか! 通せ!」
「我らの祖国のためにはせ参じたことには感謝する。しかし、遠路はるばるやってきたのは、あんたたちだけじゃない。ここに並んでいる者、みな同じだ。ルールはルール。守ってくれ」
「そうだ。そうだ」
「オレたちも待ってるんだ!」
「後ろへ回れ!!」
「調子に乗るな、田舎騎士団!」
騎士達に野次が向けられる。
殺気だっているのは、何もボロネー騎士団だけではないのだ。
対して、その指揮官はギッと睨む。
どこか悪魔じみた殺意を受けられ、野次が静まった。
みな顔を青くし、視線を背ける。
だが、それでも門番は堂々としていた。
よほど鍛えられているのか。
騒動に慣れているのかわからない。
ともかく一筋縄ではいかないと悟ったのだろう。
ボロネー騎士団の指揮官は、馬頭を返した。
その時である。
その脇をスタスタと男が1匹の猫を伴い歩いていく。
年は40といったところだろうか。
身体はずんぐりとしていて、濃いブロンドの髪を揺らし、城門へと近づいていく。
冒険者か、とボロネー騎士団指揮官は目を細めた。
その割には年を取っている。
だが、驚くべきことに、その腰に下げていたのは、ワヒトの刀だった。
ボロネー本国では家を売っても買えないほどの高価な代物だ。
冴えないアラフォー冒険者が、所持していることに違和感があった。
男は門番に紙を見せる。
門番は敬礼し、男はあっさりと王都の中に入城した。
ボロネー騎士団指揮官は、再び目を充血させる。
再び馬頭を返すと、門番に言い放った。
「貴様ぁ!! 見ていたぞ! なんだ、今のは! あんなロートル冒険者はあっさり入れるのに、何故我らを通さないのだ! ふざけるな!」
「いや、あの方は――――」
「言い訳などどうでもいい。我らボロネー騎士団を愚弄しているとしか思えん。全員、武装せよ!!」
指揮官の命令に、他の騎士たちも答えた。
槍、あるいは剣を握る。
殺気を漲らせた。
「「「「「うわぁあぁああぁぁああぁぁぁああぁぁぁ!!」」」」」
悲鳴が上がった。
一方、ボロネー騎士団と同じく不満を持っていた冒険者や他国の兵士たちは、やんややんやと騒ぎ立てた。
さすがに武器を向けられては、門番も黙っていない。
同じく武装すると、ボロネー騎士団と睨み合った。
「ん? 何かトラブルか?」
殺気が膨らむ城門前に、なんとものんびりした声が流れる。
先ほどの男だ。
やや癖っ毛の頭を掻きながら、こちらに戻ってくる。
猫も一緒だ。
めんどくさそうに顔を洗うと、その場に寝そべった。
「こちらの方々が――――」
門番は説明する。
ボロネー騎士団指揮官は目を細めた。
どうやら、男はレクセニル王国の関係者らしい。
実は身分が高い男なのか。
その割には、恰好が伴っていない。
高価そうなものといえば、腰に下げた刀ぐらいだろう。
どう考えても、田舎臭い芋冒険者にしか見えなかった。
男は指揮官の方を見る。
紺碧の瞳が兜の向こうの指揮官の目を射抜いた。
「門番も言ったと思うが、ルールはルールだ。収めてくれ」
「断る。こちらはもう引き下がれん! 我が国が侮辱されたのだ。謝ってもらわなければ、気がすまん」
「別にあんたらを侮辱するつもりなんて、これっぽっちもない。ただルールを守って欲しいと、お願いしただけだ」
「ならば我々を通せ。我らボロネー騎士団は由緒正しき国の騎士団だ。それを他国の騎士や冒険者と一緒にされては困る」
「それが愚弄していると?」
「そうだ」
指揮官は断言した。
すると、男は大きく息を吐き出す。
「貴様、また――」
「わかった」
「何がわかったというのだ?」
「あんたらの言い分はわかった。なら、こうしよう」
男は説明を始めた。
今レクセニル王国では、聖戦参加のための入隊試験が行われている。
相手は魔獣信奉者の集まりであるラーナール教団だ。
生半可な戦力を連れて行くわけにはいかない。
参加者の技量を計るため、審査が連日行われていた。
「もし、あんたが俺に勝てたら、ここを通ってもいい。さらにいうと、聖戦の参加も認めよう」
「お前に……」
「不服か?」
「また愚弄するか。貴様のような田舎の冒険者に、我らボロネー騎士団が後れを取るはずがなかろう」
「じゃあ、決まりだな。ルールはどちらかが『降参』というまででどうだ?」
「よかろう」
ボロネー騎士団指揮官は笑った。
「(田舎者め。目にものを見せてやるわ。まず舌を切って、『降参』といえなくしてやる)」
殺気を膨れあがらせる。
そうして指揮官は槍を構えた。
すると、男は刀も抜かず、パチパチと瞬きを繰り返す。
そして背後を指差した。
「なあ、戦うのはあんた1人か?」
「は? お前、何をいっているんだ?」
「なんだ、差しでやるのか。俺はてっきり全員とやるのかと思っていたんだが」
騎士団の数は20名。
すべてフルメイルである。
男はそんな騎士団と全員相手するつもりだったらしい。
「貴様……! また我らを愚弄するのか?」
「あ、いや……。すまん。馬鹿にするつもりはなかったんだ」
「問答無用! 我が槍で刺し貫いてやる!!」
指揮官は馬の腹を蹴る。
その勢いを利用し、男に向かって槍を突きだした。
気勢を発しながら、渾身の一撃を放つ。
ガキィンンンン!
鋭い金属音が鳴り響いた。
「なっ――――!」
指揮官は目を広げる。
気が付けば、己の槍が弾かれていた。
それだけではない。
その衝撃を持って、吹き飛ばされていたのである。
宙を舞いながら、指揮官は見ていた。
男はただ立っていたのだ。
抜刀もせず、ただ仁王立ちしていた。
地面に叩きつけられる。
砂煙が上がった。
ボロネー騎士団はおろか、周囲も息を呑む。
門番たちも沈黙し、その魔法のような出来事におののいていた。
一瞬のことだった。
指揮官が男の方に突っ込んだと思ったら、いきなり弾き飛ばされたのである。
「どうどう……」
みなが驚く一方、男はさも当然という顔をしていた。
主がいなくなった騎馬の頭を撫でている。
指揮官にしか懐かないはずの騎馬は、まるで猫のように男に甘えていた。
「な、何をした? き、貴様! 魔導士か!?」
「ん? 別に特別なことはしてないぞ。刀を抜いて、槍を払って、鞘に収めただけだ」
「は、はあ……。ふ、ふざけるな!!」
指揮官は立ち上がった。
その瞬間である。
こぉん、と音がした。
指揮官が着ていた鎧に亀裂が入る。
刹那、鎧は吹き飛んでいた。
それどころか、中の下着すら縦に裂ける。
「「「「きゃああああああああ!!」」」」
女性の悲鳴が上がる。
仕方ないだろう。
いきなり全裸のボロネー指揮官が現れたのだから。
「な、なんじゃこりゃあああああああ!!」
指揮官も露わになった己の身体を見る。
絶叫が城門を貫いた。
すると、ドッと笑いが起こる。
列に並んでいた冒険者や他国の兵士たちは、ゲラゲラと笑った。
「ぎゃははははは!」
「なんだ、あれ?」
「こんなところでストリップか」
「誰得なんだよ、それ」
「騎士団ってのは、そういうことも生業にしてるのかよ」
「ボロネー騎士団だけに、ってか?」
大騒ぎだ。
中には腹を抱えて笑っている人間もいる。
一方、男は頭を掻きながら、「すまん」と謝った。
「一応手加減はしたんだがな。刀を振った時の衝撃波で鎧を粉々にしちまったらしい。まあ、戦いの中での不慮の事故だ。賠償とかは勘弁してくれ」
「ふ、振った時の衝撃だと……」
「鎧があって良かったな。そうじゃなけりゃ、あんた。バラバラになってたかもしれないぞ」
「バラバラ……」
「さあ、どうする? まだやるか?」
「え?」
すると、男は初めて刀を抜いた。
ギラリと輝く。
獰猛な狼の牙のように見える。
うっすらと漂い始めた男の殺気を感じ、指揮官はようやく己の分際に気付いた。
この男が飛んでもなく強いこと。
そして、田舎者は自分の方であったこと。
「降参しないということは、まだ戦う意志があるということだな」
男が1歩踏み出す。
たったそれだけのことだったが、それがとどめになった。
「ま、待って!! 私の! 私の負けでいい!!」
悲鳴じみた声を上げ、指揮官は裸のまま手を挙げて降参するのだった。
またつまらぬ者を切ってしまった……。