プロローグ Ⅵ(後編)
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「すごい……」
市民の避難を誘導しながら、エルナンスは呟いた。
大通りの奥の方。
1万の魔獣と対決する騎士団の姿があった。
数の上では不利。
しかし、騎士団たちは五英傑の1人イーニャの助力もあって、善戦していた。
街の中央から退路となっている南門にまで、全く魔獣が来ないのだ。
それはつまり、魔獣の動きを完全に止めていることを意味していた。
「うらららららら!!」
騎士団副長にして、普段一番槍を務めるウィラスが突っ込む。
押し寄せる魔獣の群れに楔を打ち込んだ。
一番槍こそイーニャに奪われたが、しっかり二番槍の仕事をこなす。
「突撃!」
ツェヘスは曲刀が付いた槍を掲げ、指示を出す。
群の中にできた深い楔に向かって、騎士団の騎馬が殺到した。
むろん、そこにツェヘスも突っ込んでいく。
「おおおおおおおおおお!!」
裂帛の気合いを吐き出す。
ぐるりと槍を回すと、熊型の魔獣の首を切り裂いた。
一気に10の魔獣が消滅する。
それを見て、ウィラスも躍動した。
戦場を駆けめぐり、次々と魔獣に穴を空ける。
その動きは鬼神じみていて、一瞬にして100の魔獣を屠った。
「敵は1万。こっちは700。1人20殺すればお釣りが来らあ」
楽勝だ、とばかりにウィラスは奮戦した。
「お兄様にばかり良い格好はさせないわよ」
ウィラスの戦いぶりに息を吐いたのは、アンリだった。
細剣を鞘から抜き放つと、兄と同じく魔獣の身体に穴を空けていく。
その背後をリーマットが守り、さらにダラスが援護した。
「こういう時こそ辺境騎士団『葵の蜻蛉』が力を見せる時だぞ、2人とも」
「はっ! アンリ様!」
「みなさん、燃えていますね」
やれやれ、と首を振りながらも、リーマットもまた戦果を上げていく。
アンリの言葉通り、『葵の蜻蛉』もまた騎士団の中で力を見せるのだった。
「うりゃあああああああああああああああああああ!!」
咆哮が轟いた。
あまりの大きさに、魔獣がおののいた程だ。
その魔獣たちが声が聞こえた方向を見上げる。
同時に、大きな影が魔獣を包んだ。
ずっっっんんんんんんんんんんん!!
騎士団が奮闘する戦地から少し離れた場所。
轟音とともに、大きな土煙が上がった。
爆裂系魔法でも放ったかのような大穴が空いている。
そこには200以上の魔獣の遺体が倒れていた。
「すげぇ……」
目を丸くしたのは、ちょうどその光景を見ていたマダローだった。
貴族の息子は、口を開けたまま固まっている。
その爆心地のような大穴の中心に現れたのは、イーニャだった。
「よっこらせっと……」
まるで老人のような言葉を呟く。
しかし、イーニャが大穴の中心から引き抜いたのは、鍬でも鋤でもでなかった。
それは大きな鉄の塊である。
武器――というにはあまりにぞんざいな作りをしており、ただ鉄塊に太い鎖が付いているだけだった。
だが、イーニャはこの武器と共に戦地を渡り、やがて五英傑の1人に選ばれ、そして【破壊王】という異名で呼ばれるようになったのだ。
そのイーニャからすれば、1万の魔獣など取るに足らない数だった。
魔獣戦線では、この10倍以上の敵と戦ったのだ。
それと比べれば、今回の魔獣侵攻は易いものであった。
次々と騎士団たちは魔獣を蹴散らしていく。
いよいよ全滅というところまで迫った時、騎士団の動きが止まった。
唐突に地鳴りが聞こえた。
かすかに微震を感じる。
地震かと思ったが違う。
確実に近づいて来ていた。
何かが来る……。
その認識が騎士団内の共通の理解となり、方陣を組んで周囲をよく見る。
突如――。
派手な音を立てて、街をぐるりと囲っていた城壁が崩れた。
乾いた石の煉瓦が落ちて、地面を抉る。
何事かと振り返った時、これまで意気揚々と奮戦していた騎士たちの顔が、一斉に青くなった。
息を呑む。
それは大きな甲羅を背負った地龍であった。
「まさか! アダマンロール!!」
Sランク――災害級魔獣アダマンロール。
その最大の特徴は、世界最硬度と言われる甲羅である。
加えてタフな魔獣で、あの甲羅を切り裂いた上で、ダメージを与えないと倒すことは不可能といわれている。
それを討伐できたものは、過去に3名しかいない。
「なんで! アダマンロールがここに!」
ウィラスは声を張り上げた。
アダマンロールは基本的に地中を移動する魔獣だ。
その動きは遅い。
年に数歩しか進めないはずである。
しかし、今の騎士団の前にいるアダマンロールは、確実に歩みを進めていた。
「へっ! 面白れぇ……」
息巻いたのはイーニャだった。
自分の背丈とほぼ同じぐらいの鉄塊を引きずりながら、アダマンロールに近づいていく。
「いっぺん、お前をぶっ潰してみたかったのよ!」
赤狼族の女はその身体能力を生かし、ダンッと地を蹴った。
その瞬間、鉄塊とともに飛び上がる。
空中で大きく鉄塊を振り回すと、アダマンロールに叩きつけた。
ギィンンンンンンンンン!!
耳をつんざくような音が、街に響き渡る。
あまりの音の響きに、騎士たちは耳を塞いだ。
だが、それは同時に鉄塊がアダマンロールを直撃したことを意味する。
凄まじい音を聞いて、「やったのでは?」と思いながら、騎士たちは顔を上げた。
ずんっと、音を立てて、イーニャと鉄塊は着地する。
すると、【破壊王】の顔は珍しく歪んだ。
「チッ!」
舌打ちしたイーニャの視線の先にいたのは、無傷のアダマンロールだった。
【破壊王】の渾身の一撃を受けても、少しも凹んでいない。
全くの無傷であった。
「かってぇえ!」
一方、イーニャは手を押さえる。
反発した振動によって、逆に軽い手傷を負わされていた。
「これは、まずいな……。大将!!」
「ああ……。仕方あるまい」
「よし! 全員退避だ」
「退避! しかし、お兄様。このままではアダマンロールに街が……。人々が住む街がなくなってしまいます」
「そんなことはわかってんだよ。けどな。【破壊王】の一撃で、ビクともしてないんだ。俺たちにはどうすることもできないんだよ」
「それでも、私は……」
アンリは細剣を構えた。
まるでアダマンロールに挑みかかるようにだ。
「馬鹿! やめろ、アンリ! 退け!!」
「退きません! ここに民衆の生活があるならば、私は守ります。それが私の騎士道です」
「一丁前の口を利きやがって! 死んだらどうしようもないだろ! 一旦退いて、対策を考えるって言ってんだよ!!」
「今ここで退けば、私の騎士としての魂が死にます」
「かあ! もう! 相変わらず頑固だな、お前は! そもそもお前はお姫様なんだぞ」
「関係ありません!」
その時だった。
どすんっと轟音が鳴り響く。
気が付けば、アダマンロールがアンリの前まで迫っていた。
「あ…………」
その絶望的な大きさに、さしものアンリも意識を失いそうになる。
居すくみ、完全に身体が動かなくなっていた。
「ダラス! リーマット!! アンリを連れて逃げろ!」
ウィラスは指示を出す。
なんとかアンリを連れて逃げることになったが、このままでは街が破壊されるのは目に見えていた。
忸怩たる思いは、アンリだけではない。
ウィラスや、民の避難を指示していたマダローやエルナンスも同じ思いだった。
「くそ! ここにルーハスがいれば……」
イーニャも拳を地面に叩きつける。
とぼとぼと撤退を始めた。
アンリはダラスとリーマットに抱えられながら、アダマンロールによって破壊されていく街を見つめる。
その哀れな姿を見て、心優しい王女は涙を流した。
すると、視界が涙でぼやける中、1人の男の影が映る。
騎士団が撤退する中、その男だけが逆方向に歩いていた。
ゆっくりと確実に街の中で暴れるアダマンロールに近づいていく。
その広い背中には見覚えがあった。
「まさか――――」
アンリは息を呑む。
その言葉がまるで合図だったかのように男は、弾かれるように飛び出した。
風――いや、1匹の狼のように戦場を駆ける。
途中、残っていた魔獣が男の進路を塞いだ。
すると、獰猛な狼は牙を抜く。
鞘から抜きはなった瞬間、すでに魔獣は切り裂かれていた。
噴き出した血が、男の通った道を濡らす。
まさしく血路であった。
そしてとうとう男は、アダマンロールの前に躍り出る。
災害級魔獣にして、世界最硬度を誇る魔獣。
しかし、それを前にしても、男は笑っていた。
「久しぶりだな」
声をかけると、速度を緩めることなく、アダマンロールに向かっていった。
「あれは――――」
その瞬間、アンリは見た。
黄金色に染まる道を……。
瞬間、鋭い音が響き渡る。
街中で傍若無人に暴れ回っていたアダマンロールの動きが、ふと止まった。
すると、ゴンッと音を立て、甲羅がずれる。
まるで鍋蓋が落ちるように地面に激突すると、同時にアダマンロールは絶命していた。
「斬った……」
「アダマンロールを」
「すげぇ」
「さすが!」
「ふん!」
騎士団たちの表情はそれぞれだ。
ただ驚くもの、称賛するもの、鼻息を荒くするもの。
その中で、アンリの顔だけは特異であった。
こちらに向かってくる影を見て、泣いていたのだ。
一見、それは冒険者にしては老いた男だった。
人の良さそうな四角い顔。
優しげな紺碧の瞳。
腰に差した刀の柄の拵えは、見事な模様をしていた。
「ヴォルフ様……」
アンリが声を絞り出す。
すると、ヴォルフは癖毛の頭を掻いた。
「すまん。遅れた……」
「なにやってんだよ、ヴォルフ」
「遅いぞ、師匠」
「ケッ! これだから田舎者は」
「待ってましたよ、ヴォルフさん」
「ふん!」
それぞれ思い思いのことを口にする。
すると、ヴォルフはアンリの前に立った。
「お怪我がありませんか、アンリ姫」
アンリはまた泣きそうになった。
ごしごしと涙を拭く。
「お待ちしていましたわ、ヴォルフ司令官!」
これでもかというほど、アンリは満面の笑みを浮かべるのだった。
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