冒険者ヴォルフの弟子
こちらは今年6月8、9日に開催された『わくわく梅小路フェス』で配布されたSSを、
改題、改訂したものになります。
これはまだヴォルフが現役の冒険者で、そのパーティーの中にイーニャ・ヴォルフォルンがいた時のお話である……。
地鳴りのような音がした。
瞬間、ストーンゴーレムに大きな鉄球が突き刺さる。
いや、鉄球というのも鉄球に無礼な言い方かもしれない。
ただただそれは、鉄の塊に鎖をつなげただけの不細工な武器だった。
だが、威力は見ての通りだ。
ストーンゴーレムの硬い胸板を突き破り、その核にヒビが入った。
瞬間、弾けるとストーンゴーレムは砂に変わる。
「すげぇ!」
「Cランクのストーンゴーレムを一撃で!」
脅威が去った。同時に、周りの仲間から称賛の声が上がる。
イーニャは慎ましげな胸を張った。
「へへ……。どうだ、師匠! 見てたか?」
すると、ピンと臙脂色の耳が伸びる頭に、こつんと拳骨が落ちる。
魔物の一撃の千分の一程度だったが、イーニャは思わず頭を抱えた。
「何するんだよ、師匠」
「イーニャ。言ったろ。突出するなって」
「ご、ごめん……。でも、やっつけたからいいだろ!」
「仲間はお前ほど強くないんだ。ストーンゴーレムが一体だったから良かったものの、複数いたらどうなっていたと思う。お前は良くても、仲間が危険にさらされるかもしれないんだぞ」
「う……。ごめん、師匠」
「わかったら、冒険者心得の復唱だ! ――迷ったら?」
「一目散に逃げろ」
「負けそうになったら?」
「とにかく逃げろ……」
「死にそうになったら?」
「絶対に逃げろ」
「よし! それだけは覚えておくんだぞ。この稼業は命あっての物種だからな」
「……うん」
「なんだ? まだ不服そうだな?」
ヴォルフはイーニャをジト目で睨む。慌ててイーニャは首を振った。
一方、仲間たちはヘラヘラと笑い、二人をからかう。
「でも、ヴォルフよ。イーニャ、強すぎるぜ。どっかもっとレベルの高いパーティーに移籍させたらどうなんだ?」
「え? いやだよ、あたいは師匠の側がいい」
そう言って、イーニャはヴォルフの腕を取る。
絶対に離れないとばかりに胸までくっつけた。
「俺もその方がいいと思うけどな、イーニャ」
「ダメ!」
「どうして?」
「だって――」
カッコいい師匠の側がいいんだもん。
…………。
仲間たちは一瞬呆気に取られると、プッと噴き出した。
「ヴォルフがカッコいいか?」
「四十になっても、おんなじ顔してそうなオッサン顔の男のどこがいいんだよ」
仲間たちは腹を抱えて笑う。
でも、イーニャは否定も肯定もしなかった。
何故なら、師匠のカッコよさは自分しか知らないものだからだ。
◆◇◆◇◆
時はさらに遡る。
イーニャが住んでいた村が魔獣に突然襲われた。
為す術なく仲間が殺され、そして両親の命が奪われた。
そしてまだ子どものイーニャにもまた魔獣の手が伸びる。
だが――。
ギィン、と硬質な音が響く。
イーニャの前に現れたのは、大きな背中だった。
魔獣の一撃を銅の剣で受け止めている。
紺碧の瞳をイーニャの方に向けながら、安心させるように冒険者は笑った。
「もう大丈夫だよ」
その冒険者はそう言ったものの、全然大丈夫じゃなかった。
Dランクの大型魔獣にその冒険者は大苦戦する。
きっと冒険者はあまり強くなかったのだろう。
それでも、小さいイーニャにとっては、まるで神と悪魔が戦っているような神々しさを感じた。
必死に戦う冒険者の姿を、イーニャもまた必死に目で追いかけた。
長い長い戦いだったのを覚えている。
冒険者は血まみれになりながら、イーニャに近づいてきた。
村の惨状と小さな獣人の女の子を見ながら、冒険者は目を細める。
すると、ギュッとイーニャを抱きしめた。
「ごめんな。俺がもっと早く着いていれば……。俺がもっと強かったら……」
そう言って男は何度も自分の無力を口にした。
けれど、イーニャは言った。
「ありがとう。あたいの勇者様」
「勇…………者……」
「うん。あたいはイーニャ。勇者様のお名前を聞かせて」
「俺は……」
ヴォルフ……。ニカラスのヴォルフだ。