第169話 聖軍総司令官ヴォルフ
『不死の王篇』最終回です!
聖軍――――。
その名前は、200年に起こった魔獣戦線に端を発する。
レクセニル王国北方で起こった最初の魔獣戦線では、各国の足並みが乱れた。
当時は魔獣戦線の恐ろしさ、その性質に対して無知であったため、他国はレクセニル王国が対処すべきと考えていたからだ。
その後魔獣戦線は拡大し、レクセニル王国は窮地に立たされた。
近隣諸国にも影響が出始めた頃になって、他国もようやく重い腰を上げる。
それでも領土内に入ってきた魔獣にしか対処しないため、散発的な戦闘を繰り返すだけで、あまり効果がない。
レクセニル王国の当時の王は、諸外国に救援を要請したが、反応は冷ややかなものだった。
なぜならば、今や魔獣を倒すため一致団結している人類だが、この頃は各地で国同士が争いをしていたからである。
その一方で魔獣戦線は拡大の一途を辿っていた。
レイルの登場によって、その進行速度は鈍りつつあったものの、効果的な手は打てない。
単純にレクセニル単独では、戦力が足りなかったのである。
困っていたレクセニル王国に手を差しだしたのが、当時のラムニラ教大司祭だった。
この頃はまだ小さな宗教組織ではあったが、国の代表者の中には信者が多く、各国とのパイプを持っていたのである。
『無辜の命が今、レクセニル王国で奪われている。そもそもラムニラの教えとは何か。善行の積み重ねである。国を守り、世界を守れば、聖天ラムニラは必ず応えてくれるでしょう』
当時の大真司祭の呼びかけによって、ようやく人類は1つにまとまる。
ラムニラ教が中心となり、各国の兵力を束ね、さらに【勇者】レイル・ブルーホルドを総司令官とし、魔獣戦線を打ち破った。
人類が結集した初めての軍隊――それが聖軍なのである。
聖軍はそれ以後、人類連合軍として名前を改められた。
ラムニラ教はこの件をきっかけに急速に拡大。
レクセニル王国は、大恩のあるラムニラ教を国教としたことで、さらに飛躍していった。
そして、その聖軍以来、2度目の発議が行われた。
目的は世界で暗躍するラーナール教団の解体と、なんらかの繋がりがある三賢者の1人ガダルフを打倒することである。
さらに、レイル以来の総司令官に選ばれたのが、【剣狼】ヴォルフ・ミッドレスだった。
しかし、ヴォルフは戸惑っていた。
果たして自分にそんな大命が果たせるのかどうか。
冒険者に戻ると決意した時以上に、ヴォルフは迷っていた。
顔を上げると、司祭服に身を包んだリンダと視線が合う。
「何故、俺なんだ?」
「お主にしかできないことだからだ」
答えたのは、ムラド王だった。
「謙虚なお前のことだ。戸惑うのも無理はない。だが、余はお主にやってほしい。お主とラーナール教団とは浅からぬ因縁がある。1番の被害者といっても良いであろう。何より、その被害者たるお主を救おうとするものがおる。ほれ――」
ムラド王の視線が、ヴォルフの背後に向けられる。
同時に鉄靴の音が聞こえた。
ヴォルフの方へ近づいてくる。
「師匠は色んな人間を救ってきた。だから、今度はあたいがあんたを救う番なんだ」
聞き覚えのある声が、ヴォルフの耳をくすぐる。
後ろを振り返った。
そこに立っていたのは、獣人の女性だった。
檸檬色の瞳に、丸い黒鼻。
薄い桃色の髪を二つに分け、その間から臙脂色の耳が覗いている。
一見してまるで子どものように背が低いのだが、その小さな身体は重そうな鎧に覆われていた。
「い、イーニャ!!」
赤狼族の戦士にして、ルーハスと同じ五英傑の1人。
【破壊王】にして、ヴォルフのかつての仲間。
イーニャ・ヴォルホルンが立っていた。
その勇ましい姿に、他の諸侯や家臣も驚く。
ルーハスの革命後、五英傑の名前は1度は地に落ちた。
しかし、いまだそのビッグネームは健在のようである。
「イーニャ、どうしてここへ!?」
「積もる話は後だ。師匠に会いたいのは、あたいだけじゃないんだぜ」
「え?」
すると、続々と謁見の間に人が入ってきた。
先頭を歩いていたのは、男女一組の騎士だ。
その胸には、ラムニラ教の意匠が輝いている。
「ヴォルフさん!」
「アローラ!」
近寄ってきたのは、ラムニラ教の宣教騎士アローラ・ファルダーネだった。
その側には、もう1人の宣教騎士リック・スタッタラッパが控える。
2人とも元気そうだ。
「微力ながら馳せ参じました。是非ヴォルフさんの聖軍にお加えください」
アローラは頭を下げる。
その様子を横で見ていたリックは面白くないらしい。
懇願する上司に対して、リックは少々声を荒げた。
「アローラ様が頭を下げているのだ。今さら総司令官を降りるとは言わないだろうな、ヴォルフ・ミッドレス……さん」
リックの声は徐々にトーンダウンする。
出会った頃の調子に合わせ、激励をしようとしたのだが、うまくいかなかったらしい。
「やっほー! ヴォルフのおじさん!」
次いで明るい声が謁見の間に響く。
タタタタッ、と赤絨毯の上を走ってきたのは、薄い黒髪の少女だった。
「クラーラ……! 君がここにいるってことは?」
「なんや……。エラい騒がしいところですな」
瞼を閉じ、仕込み杖を付いて現れたのはクロエだった。
ワヒトの着物を着た女性が、絨毯の上を歩いてくる。
月のように白い肌をさらし、ヴォルフの方に近づいてきた。
「お姉ちゃん、ヴォルフのおじさんはここだよ」
すると、ぴたりとクロエは止まった。
密着するわけでもない。
数歩まだ離れている。
だが、ヴォルフは気付いた。
そこから向こうが、クロエのキルゾーンであることを。
「クラーラ、言わんでもわかるよ。目ぇ見えなくてもわかるさかい。そこにいるのは鬼や」
「お、鬼……」
「随分と強くなりはったんやねぇ。今度立ち合ったら、素っ首が飛ばされてしまうわ」
「さあ、どうでしょう? クロエさんだって、決して刀を握るのをやめていないのでしょう?」
「あら、やだ。わかりますぅ?」
「剣気が隠せてませんよ」
「なんだ、クロエ。思ったよりもやる気満々じゃないか」
豪快な声が響く。
現れたのは、着物を着崩した女だった。
はだけた胸元からクロエに負けないほどの色香を振りまいている。
しかし、その腰には二丁の銃が収められていた。
ハイ・ローの【妓王】マイア・レイフォンだ。
「マイアさんまで」
「うちらも参加するよ。どうやら、うちらと縄張り争いをした【灰食の熊殺し】と、ラーナール教団とは繋がりがあるらしいからね。それに国に恩を売っておけば、ハイ・ローの自治を認めてくれるかもしれないし」
「そ、そんなこと一言も……」
慌てたのは大臣レッセルだ。
「いいじゃないか。戦力がほしいんだろ。うちの組員――じゃなかった――乗組員は使えるヤツらばかりだぜ」
マイアは色香と一緒に、ウィンクを送る。
レッセルはすっかりほだされた様子だった。
顔を赤くし、胸に手を当てる。
まるで思春期の男の子みたいだった。
「ほう……。よもや妾たち以外で、帯刀してるものがおるとはな」
「え? 帯刀?」
「わからぬか」
「拙者には……」
「あの杖は仕込み杖よ。中に直刀が仕込まれておる」
さらによく聞いた声が近づいてくる。
「ヒナミ! エミリ!」
「うむ。約束通り来てやったぞ、ヴォルフ。感謝し、咽び泣き喚くがよい」
ワヒト王国の現王にして、【剣聖】ヒナミ・オーダムが参上する。
そして――――。
「ヴォルフ殿」
頬を染めたのは、エミリだった。
ヴォルフの顔も赤くなる。
ヒナミと同じく元気そうだ。
言葉はいらないとばかりに、2人は視線を交わした。
「むろん、我が国も聖軍に加わるつもりだ」
賛同したのは、カラミティだった。
薄く微笑む。
すると、今度は警護に当たる騎士たちが、鉄靴を鳴らし、直立する。
声が響いた。
「ぼくたちも頑張ります」
「ケッ! お前以外に、こんなアクの強い連中、誰が指揮するんだよ」
「口は悪いが、マダローの言う通りだ。ヴォっさん以外にいねぇよ」
「エルナンス、マダロー、ウィラス……」
かつて苦楽を共にした騎士達が、ヴォルフの背中を押す。
「心配するな。サポートはする。だが、そろそろお前が前に出てもいいはずだ。そのために、ヴォルフ・ミッドレスよ。牙を磨いてきたのだろう」
さらに言葉をかけたのは、レクセニル王国の猛将ツェヘスだ。
「私もヴォルフ殿と一緒に戦います」
凜と声が響く。
列から1歩進み出たのは、アンリだった。
隣には父ヘイリルがいたが、娘の堅い決心を見て取り、何も言わなかった。
ただヴォルフの方を見て、大公ヘイリル・ローグ・リファラスは頭を下げる。
娘をよろしく頼むということだろう。
さらにアンリの側で、ダラスとリーマットが膝を折っていた。
その横にはヴォルフの相棒も足を揃えて座っている。
ミケはただ『にゃあああああ!』と嘶き、参加する意志を示した。
そして、最後に明るい髪を乱し、1人の少女がヴォルフの前に進み出る。
紫水晶のような瞳を持ち上げ、ヴォルフと視線を交わした。
娘レミニアだ。
何を言いたいのか、ヴォルフにはわかった。
実の娘なのだ。
手に取るようにわかる。
ヴォルフは頭を掻く。
少々照れくさそうに笑った。
「俺はレミニアがふさわしいと思うのだが……」
言葉を聞いて、レミニアは首を振る。
「確かにパパはまだわたしにまだ及ばない。けれど、わたしを助けることができるのは、パパだけよ……。だけど、パパには、パパを助けようと手を差し伸べる人がこんなにも大勢いるの。わたしはパパにやってほしい。聖軍総司令官――――ううん。冒険者ヴォルフとして……」
――――ッ!!
ヴォルフは思わず息を呑んだ。
これまでレミニアは、ヴォルフが危険な目に遭うことに否定的だった。
だから、ヴォルフを守るために、強化の魔法を施した。
皮肉なことに、それがヴォルフの人生と運命を変え、そして今世界を救うために歩き出そうとしている。
だが、今のレミニアの一言は違う。
今、ヴォルフがやろうとしていることに対し、背中を押し、応援しようとしている。
何より初めて認めてくれたのだ。
父が今、冒険者であることを……。
「わたしが言えることは、2つだけよ」
頑張って、パパ。
そして、2人でニカラスに帰ろうね。
ヴォルフの身体が震えた。
全身に力が入る。
闘志が湧き出てきた。
今すぐにでも、どこかへ駆け出したいぐらいだ。
レミニアの言葉はヴォルフを奮い立たせた。
ヴォルフはリンダに向き直る。
そして膝を折った。
「聖軍総司令官の任、お受けいたします」
その瞬間、声援が送られた。
拍手が鳴り響き、指笛が鳴る。
どこからかファンファーレが流れた。
その側にやってきたのは、エミリだ。
長袋から黒鉄の鞘に入った刀を取り出す。
「ヴォルフ殿、新しい刀でござる」
ヴォルフは鞘から刀を抜いた。
眩い白銀の刃に、目を細める。
その紋様は炎のように乱れ、まるでそれそのものを握っているかのようだった。
「名を【カグヅチ】としました。今世において、この刀以上のものはないと、豪語させていただくでござるよ」
「ああ……。見事な刀だ。ありがとう、エミリ」
「微力ながら、拙者もお供させてもらうでござる」
エミリもまた膝を折り、頭を垂れた。
ヴォルフは刀を掲げた。
「誓おう! 必ずラーナール教団を壊滅させ、賢者ガダルフの野望を打ち砕くと」
おおおおおおおおおおおおおおおおお!!
一層の声援が送られる。
ここに聖軍総司令官ヴォルフ・ミッドレスが誕生するのであった。
これにて第5章『伝説の帰還』および『不死の王篇』は終了となります。
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