第168話 同盟締結
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それはレクセニル国民としては悪夢だったのだろう。
気がつけば、荒野に寝そべっていたのだ。
不意に意識を失った国民の記憶にあったのは、頭を叩かれたような大声だけ。
ある者に至っては気がつかないうちに、攻撃された痣が残っていた。
ずっと走り通しだったのだ。
足や腰に負荷がかかり、いつの間にか骨折していた者も少なくない。
しかし、国民が全滅するのではないか、という危機に対して、この程度で済んだことは僥倖といえるだろう。
そして、『レクセニル騒乱』という名前が付いた事件から7日後。
ヴォルフの姿は王宮の広間にあった。
いつもなら、その功績を称えられる場所ではあるのだが、今日の主役はヴォルフではない。
【剣狼】も今日ばかりは、端役に回らなければならない理由があった。
主役1人が前に進み出る。
時間は夕方だったが、大窓にはカーテンが引かれていた。
いつもよりも薄暗い王宮の広間に、繊細な足音が響き渡る。
白い――まるで骨のような髪が揺れていた。
正対するような真っ黒なワインドレスを翻し、赤い唇はわずかに微笑んでいる。
葡萄酒を注いだような眼球は、目の前の玉座に向けられていた。
「おお……」
諸侯や貴族たちがどよめく。
ヴォルフにとって馴染みの顔ではあるのだが、この時初めて顔を見る者もいた。
そう。
彼女こそが生ける伝説。
【不死の中の不死】にして、ドラ・アグマ王国女王。
カラミティ・エンドである。
そしてもう1人の主役が現れた。
レクセニル王国第25代国王ムラド・セルゼビア・レクセニルである。
玉座の下でカラミティを待ちかまえていた。
まず手を差し出したのは、カラミティからだった。
ムラド王としっかりと握手する。
互いに優しく微笑みかけた。
2人は下手に控え、並び立つ。
すると、進行役を務める大臣レッセルが、大きな声を発した。
「これより調印式を始める。まず初めにカラミティ・エンド陛下より」
「うむ」
カラミティが動く。
玉座の下に設置された椅子に座った。
机の上には、条文が書かれた条約書が置かれている。
羽ペンを持つと、白い髪を耳に掻き上げた。
カラミティの様子をみな、固唾を呑んで見守る。
空気が張りつめる中、耳が痛くなるような静寂が広間を包んだ。
サラサラと、カラミティがサインをする音だけが響く。
さらに秘書であるゼッペリンの手伝いの下、国璽を条約書に押印した。
調印式は厳かに続く。
次に座ったのは、ムラド王である。
再びサインの音だけが響いた。
こちらもレッセルの手伝いの下、国璽を押す。
そして3人目の主役が現れた。
白絹の長い司祭服を纏った妙齢の女である。
ヴォルフは一瞬誰だかわからなかった。
横に立ち、ヴォルフと同じく調印式に参加したレミニアにはわかったらしい。
「うまく化けたわね。あの聖人」
ニヤリと笑う。
それはリンダ・パッシーだった。
朱色の入った狐目に、白い肌。
ショートの金髪は、今や司祭帽の中に隠れている。
やや小ぶりのエルフ耳が見えていなければ、わからなかったかもしれない。
冒険者のような装備をしていた時の面影は、まるでなかった。
今にも後光が差しそうな雰囲気を放ち、粛々と前に進み出る。
ラムニラ教の教主の出現。
いくつかの家臣たちが膝を突く。
よくラムニラ教徒たちがする所作を繰り返した。
かくいうムラド王もその1人である。
側のカラミティは、リンダの姿を見て、笑いを堪えていた。
対称的な2人の王を横目に見ながら、リンダは席につく。
王たちと同じくサインをし、ラムニラ教の印を押した。
すると、自ら条約書を持ち上げる。
机の前に出て、高々と掲げ、そして奏上した。
「ここにレクセニル王国、ドラ・アグマ王国の同盟が結ばれたことを、仲介役であるラムニラ教大真司祭リンダ・パッシーが確認した。2つの国は長い間争ってきたが、この同盟により互いの国の関係が良好となることを切に願う」
凛とその声が余韻を残し、広がる。
その瞬間、万雷の拍手が広間に鳴り響いた。
ヴォルフのすぐ側では骸骨将軍が骨を鳴らし、喜んでいる。
ゼッペリンやグラーフなど、相争ったものたちも、同じ方向を向いて手を叩いた。
ヴォルフもレミニアとともに、この歴史的な同盟に拍手を送るのであった。
◆◇◆◇◆
同盟の話を持ち出したのは、実はリンダだった。
ドラ・アグマ王国が侵攻したことにより、レクセニル王国の中には反感感情が高まっている。
だが、同時にドラ・アグマとレクセニルは、聖槍ロドロニスに踊らされた被害者である。
共感するものも多い。
いっそのこと同盟を結んではどうかという話になったのだ。
互いの王は悩んだ。
どちらも家臣から反対を受けたからである。
悩んだ挙げ句、未来志向の王たちは、手を握ることを選択した。
しかも、カラミティは驚くべき提案をする。
侵攻の際、被害を被った民に対して、賠償させてほしいといってきたのだ。
その上で、同盟を結びたいと譲歩案を持ちかけたのである。
この申し出には、ムラドはおろかヴォルフですら目を丸めた。
後に聞いた話だが、秘書ゼッペリンも驚いたらしい。
だが、彼はこう言った。
「そもそもカラミティ様は人間だ。そして、そもそもお優しい方なのだ」
戦場ではあんなに苛烈に戦う【不死の中の不死】を指差して、「お優しい」とはとても思えない。
しかし、わからないわけでもない。
何故ならカラミティは部下から絶対的な信頼を得ている。
その好戦的で、苛烈な性格に陶酔するものもいるようだが、そもそも民想いでなければ、君主は務まらない。
皆が見えない部分で、「お優しい」を発揮してるのではないか、とヴォルフは思った。
この提案に、同盟に反対していた家臣たちは一気に静まり返る。
侵攻の被害の賠償が、一番のネックだったからだ。
その後、ラムニラ教が仲立ちとなり、同盟はトントン拍子に進んでいった。
そして今日、歴史的に初となるレクセニル王国とドラ・アグマ王国の同盟が結ばれたというわけである。
ただし同盟は軍事上だけである。
通商や渡航に関しては、基本的に同盟締結後依然と変わらない。
人間と不死。
さすがに文化が違いすぎるからだ。
だが、種族の違いを越えて、いつか完全な同盟が結ばれる。
ヴォルフはそう願わずにはいられなかった。
◆◇◆◇◆
調印式も終わり、次はいよいよヴォルフの番となった。
名前を呼ばれ、【剣狼】は膝を折る。
階段の上には2つの玉座が置かれ、ムラドとカラミティが座った。
カラミティはいつも通りゆったりと腰を下ろし、足を組む。
そのなまめかし白い足に、家臣たちが唾を呑む音が聞こえてきた。
一方、ムラドは浅く座り、手を肘掛けに下ろす。
やや身を乗り出すような姿勢で、ヴォルフを労った。
「今回もよくやってくれた我が【剣狼】よ。そして改めて言おう。よくぞレクセニルに戻ってきてくれた。余は……余は…………」
ムラド王は涙を流した。
それほど、ムラド王にとってヴォルフは重要な存在であり、心の支えでもあるのだろう。
少々ナーバスになってしまった王の後を引き継いだのは、リンダだった。
「ヴォルフ・ミッドレス殿。此度は聖槍ロドロニスを取り返していただき誠に感謝申し上げます」
ラムニラ教大真司祭は頭を下げる。
一瞬、広間がどよめいた。
それは珍しいことだったからだ。
「あなたのこれまでの行い、そしてカラミティ陛下を、身を挺して助けたその精神。感服致しました。その善行を見て、私はあなたが元司祭マノルフ・リュンクベリを殺害していないという結論に至りました」
「待ってくれ、リンダ。俺は――――」
「はい。あなたの言いたいことはわかります。ですが、騎士団などから聞き込みを行い、そして私自身ヴォルフ・ミッドレスという男を見て、マノルフは殺害されたのではなく、レクセニルを守るために致し方なく退治されたと解釈しました。よって、我々ラムニラ教は、あなたとの誤解を解き、一層の関係を構築したいと思っております」
「一層の関係を構築って……。俺をラムニラ教徒にでもするのか?」
ヴォルフは胸のラムニラ教の象徴を触る。
宣教騎士アローラにもらったものだが、ラムニラ教に入信したわけではない。
「それはそれで構いません。ですが、あなたにはもう少し働いてもらいたいのです」
すると、リンダは皆の前に進み出た。
錫杖をジャラリと鳴らす。
まるで空気が浄化されていくように響きが広がっていく。
皆が襟を正し、大真司祭リンダを見つめた。
「私はラムニラ教教主として、今回のラーナール教団の行いを看過できないと感じました。よってここに宣言いたします」
ラムニラ教はラーナール教団を打倒するため、ストラバール全土に聖軍を要請いたします。
おおっ、と再び場内はざわついた。
一方、当のヴォルフは「聖軍」という聞き慣れない言葉に首を傾げる。
リンダの言葉は続いた。
「そして、その聖軍の総司令官をこのヴォルフ・ミッドレスにお任せしたい!!」
おおおおおおおおおおおおおおおおおお!!
さらに場内は盛り上がった。
ただヴォルフだけが惚けている。
「お、俺ぇ!!?」
やがて自分を指差し、素っ頓狂な声を上げるのだった。
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