第162話 幻獣と聖人
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「ちょっと嘘でしょ!!」
叫んだのは、サラードだった。
ヴォルフとカラミティが躍動する戦場から離れた平原。
そこにサラードの姿はあった。
彼女の周りはだだっ広い平原が広がっている。
しかし、少し距離が離れたところには森や山があり、逃げ込むことが可能だ。
サラードの得意技は転送魔法である。
それを存分に活かすための場所だった。
可能であれば、もう少し距離を取りたい。
だが、距離を取りすぎると、どうしても聖槍の効力が弱くなってしまう。
これがレクセニルとドラ・アグマ両者をぶつけるためのベストポジションなのだ。
くわえて周りには、山や森があるため音が反響しやすい。
音を聞き分けて、見つけるのは難しいはずだ。
そこまで考えて、サラードはこの場所を選んだのである。
しかし、それが水泡に帰そうとしている。
戦場を監視する使い魔から送られてくる映像を水晶に映しながら、サラードは驚いていた。
レクセニル王国とドラ・アグマ王国。
両者合わせて200万もの人数に膨れあがっていた。
これはサラードですら予想できなかったことだ。
それほど、聖槍ロドロニスの効力は大きなものなのだろう。
仮に、きちんとした持ち主――たとえば聖人が振れば、この音はストラバール全体に響かせることができるかもしれない。
なのに、その200万の人数に対して、たった2人の人物が、ぶつかり合うレクセニルとドラ・アグマを食い止めていた。
【剣狼】と称される男ヴォルフ・ミッドレス。
そして伝説の存在【不死の中の不死】カラミティ・エンド。
両者の強さは理解しているつもりだった。
だが、これ程とは……。
珍しくサラードの顔から笑みが消えていた。
「こうなったら、あれをやるしかないかな……」
サラードは聖槍ロドロニスを立てる。
再び振ろうとした時、声がサラードの耳朶を打った。
「見つけましたよ、サラード・キルヘル」
その瞬間、サラードの方に向かって矢が放たれる。
矢が当たる寸前で転送魔法を起動した。
近距離跳躍を成功させ、距離を取る。
だが、そこに――。
『にゃああああああ!!』
青白い落雷が落ちる。
間に合わない――。
そう悟ったサラードは聖槍を放り投げる。
それを避雷針として、なんとか事なきを得た。
再び聖槍ロドロニスは手元に戻ってくる。
サラードの前に現れたのは、ベリーショートの金髪のエルフ。
そして、青白い炎のように毛を逆立たせた幻獣だった。
前者は【聖人】リンダ・パッシー。
後者は【雷王】ミケである。
「あらあら。お早いご到着ね」
サラードはねっとりとした笑みを浮かべる。
だが、内心では焦っていた。
いつか発見されると思っていたが、それにしても早すぎたからである。
強がるサラードだが、その心の内はリンダに見透かされていた。
「上手く音を反射させる場所を見つけ、潜伏するつもりだったと思いますが、残念でしたね、サラード。【雷王】の耳を誤魔化すことができなかったようです」
『にゃ!!』
ミケは胸を張る。
「――というのは、嘘です」
だが、リンダは即座に訂正した。
ミケは『にゃにゃにゃにゃ!』と暴れ回ったが、リンダが言葉を撤回するつもりはなかった。
「落ち着いてください、ミケ。役に立たなかったとは言ってませんよ。ただあなたの耳がことごとくサラードの場所を外してしまったため、仕方なく私が知恵を絞り、こうやってサラードを見つけることができたのです。つまりは共同作業ということで手を打ちましょう」
『にゃにゃ!』
フォローになってない、とでも言っているのだろうか。
ミケは前肢で宙を掻いた。
聖槍、そしてラーナール教団の幹部。
それを前にしても、リンダはマイペースだった。
まるでコントのように展開されるミケとリンダのやりとりを、サラードは呆然と見ていることしかできない。
「まあ、つまり……。逆に考えたのですよ」
「逆? もったいぶらずに教えてくれないかな? サラちゃん、ちょっとわかんないんだけど……」
「こう考えたのです。あなたならどこへ潜伏するかをね」
「――――ッ!」
「レクセニル王国は広い。そして平原が広がっている。障害物がないため、音が広がりやすいが、反響がしにくい。だから、あなたは山や森の近くで反響する場所を選ぶ。そう考えたんです」
「へ、へぇ……。やるじゃない」
「でも、残念でしたね。レクセニルという土地は、平原だらけで。山や森に囲まれた場所といえば、自ずと絞り込まれる。あとは、この【雷王】のスピードならば造作もないことでした。あなたを発見できたのは、まあそんなところです」
『にゃ!』
再びミケは胸を張った。
それを見て、サラードはまた笑う。
「羨ましいわぁ。聖人と幻獣の厚い友情が生んだ成果というわけね」
「強がるのは、やめておきなさい。さあ、聖槍ロドロニスを返すのです」
「リンダちゃん、何か忘れていないかしら? 私のと・く・い・わ・ざ・!」
サラードは消える。
転送魔法だ。
とにかくリンダたちから距離を取ろうとした。
だが――。
突然、転送魔法が切れる。
使用者の意に反してだ。
何か壁のようなものにぶつかり、サラードは地面に落ちた。
「ちょっともう! なによぉ!!」
顔を上げた。
そこに合ったのは光の壁だった。
「な! 結界?」
サラードは悲鳴を上げる。
「その通りです」
後ろを振り返る。
そこにリンダが立っていた。
転送魔法を使ったのに、いくらも距離を取れていなかったのだ。
「転送魔法を得意とするあなたに、何の策もなしに近付くわけがないでしょ」
「いつの間に結界を――――あ!」
サラードはようやく気付く。
それは矢だった。
サラードに向かって、リンダが最初に放った矢である。
矢尻の先には魔石が埋め込まれていた。
結界を張るために使う結界石だ。
地面に埋め込むだけで結界ができる便利な魔石で、冒険者必携のアイテムだった。
結界は魔物が通れない壁を作ることはおろか魔法の攻撃にも対応する。
逆にいえば、内からの魔法効果も通さなくなるのだ。
その中で転送魔法を使えば、ご覧の通り、サラードのように結界に阻まれることになる。
「もう! ぷんぷん! 怒っちゃうぞ! ――こんな結界!!」
サラードは聖槍を振り上げた。
結界を壊すつもりだ。
魔石よりも、聖槍ロドロニスは遙かに上位の魔導具である。
振れば、あっさり潰すことができるだろう。
「遅いですよ」
リンダの忠告が聞こえる。
瞬間、サラードにミケの雷が落とされた。
直撃――は免れる。
寸前、聖槍を盾にしたのだ。
だが、サラードの動きが止まる。
リンダは矢を放つと、サラードの肩口を射抜いた。
「ぐあ!!」
サラードの悲鳴が聞こえる。
しかも、リンダは鏃の先に麻痺性の毒を仕込まれていた。
どんどん身体が動かなくなるのを、サラードは感じる。
意識も朦朧としてきた。
とうとう崩れ落ちる……。
その時だった。
「ふざけるな!!」
サラードは吠えた。
魔法を詠唱する。
風属性の魔法だ。
リンダとミケは思わず構える。
「まだ戦うのですか。その身体で――」
リンダは驚いた様子だった。
しかし、サラードが魔法を向けたのは、目の前の敵ではない。
自分に向けてだ。
ジャッ!!
鮮血が飛ぶ。
その瞬間、鈍色の空に1本の腕が舞い上がった。
くるくると回り、緑の草葉に落ちる。
血が蜜のように広がっていった。
サラードは肩口からドボドボと血を垂らしながら、荒い息を吐く。
激痛で脳味噌が吹き飛びそうだった。
それでも、彼女にはやらなければならないことがあった。
たとえ、この身が朽ち果てようともだ……。
「そうまでして、この状況を作りだそうとしているのは何故ですか? あなたの狙いはなんなのですか、サラード」
「ふふふ……」
サラードは悪魔的に笑う。
残った手で口元を拭った。
べったりと鮮血が付着する。
まるで悪魔のようだった。
「簡単よ、リンダちゃん。すべては愛するガダルフ様のため。あの方の崇高な目的のためなら、この命など惜しくないわ」
すると、サラードは再び聖槍ロドロニスを握る。
横薙ぎに振るい、あっさりと結界を壊した。
『にゃああああああ!!』
ミケは雷を放つ。
だが、1歩遅かった。
サラード・キルヘルの姿は、煙のように消えていた。
1年という長いスパンがかかりましたが、
ようやく皆様に2巻をお届けすることができました。
諸般の事情がありましたが、こうやってWebの連載を続け、
2巻につながったのは、ひとえに読者の皆様のおかげです。
作者としては、さらに続巻を伸ばして、
多くの人にヴォルフ・ミッドレスを知ってもらいたいと思っています。
今後のWeb連載を続けるモチベーションという意味でも、
続巻を続けるのは重要な意味があります。
どうか次も出すためにも、皆様のお力をいただきたく、
『アラフォー冒険者、伝説になる』2巻をよろしくお願いしますm(_ _)m