第161話 姫騎士再び
いよいよ発売日です!
『アラフォー冒険者、伝説になる』2巻よろしくお願いします。
ヴォルフがレクセニル王国の民を止めている間、この伝説もまた奮戦していた。
【不死の中の不死】カラミティである。
ヴォルフと比べれば容赦などない。
自国の民の間を突っ切り、拳打を繰り出している。
飾らずに答えるならば、まさに暴虐の限りを繰り出しているのだ。
戦闘が始まって、すでに数時間が経とうとしている。
その頃には、ドラ・アグマ王国の国民の3分の2が蹂躙されていた。
累々と横たわる死体の上に立っていたのは、カラミティだ。
朱に染まり、繰り出した拳から腐った肉の破片が垂れていた。
自国の民の肉である。
しかし、カラミティは牙を剥きだし、笑っていた。
戦闘に酔っていたのだ。
「もう終わりか?」
紅蓮に濡れた白い髪を揺らす。
カラミティが振り返ったその時、骨と肉が蟲のように蠢いた。
ゆらりと立ち上がり、次々と不死の軍勢が動き出す。
その中には、カラミティがもっとも信頼する部下が2人いた。
ゼッペリンと骸骨将軍である。
両者の再生が完了する。
各々同時に瞳を光らせた。
「くくく……。そうこなくてはな」
カラミティは拳を払う。
肉や骨片が地面に飛び散った。
「よいよい。もっと楽しませよ、者共よ。我はカラミティ・エンド。不死の王にして【不死の中の不死】なり。さあ、来るがよい」
くっははははははははははは!!
哄笑が響く。
まさしく伝説の名にふさわしい。
この世の悪と言えるような見事な大笑だった。
その響きは宣戦布告のように広がる。
そして同時に、それは合図でもあった。
ドラ・アグマ王国の不死たちが、カラミティに殺到する。
大きく手を広げたカラミティは、再び地獄の民を受け止めるべく構えるのだった。
◆◇◆◇◆
カラミティが躍動する一方で、ヴォルフは硬直していた。
彼の前に現れたのは、アンリ・ローグ・リファラス。
大公リファラス家の息女にして、王位継承権を持つお姫様である。
そして自ら創設した『葵の蜻蛉』という地方騎士団の団長でもあった。
その彼女が、軽装を纏い手に細剣を握って、ヴォルフの前に立ちはだかっている。
美しい容貌とは裏腹に、勇ましいことこの上ない。
纏う闘気も、他の騎士と比べても遜色はなかった。
けれど、ヴォルフは知っている。
アンリが剣を持たすにはもったいないほど、可愛い娘であること。
おてんばで、時々周りを困らせるほど行動力があること。
しかし、何よりも民に優しい姫君であること。
二回り違う年下の娘に対し、ヴォルフが心惹かれることはなかった――と断言することはできない。
きっと心の奥底では、アンリを好いていたのだろう。
だから、今は怖い。
彼女を傷つけるのが……。
故に、ヴォルフは立ち竦んでいたのである。
だが、言葉をかけたところでヴォルフの声は届かない。
それはアンリの目を見ればわかることだ。
綺麗な青い瞳が、夜の海のように暗く沈んでいる。
アンリの耳に届いているのは、断続的に響いてくる聖槍ロドロニスの鐘だけだった。
突然、曇りがちだった空に晴れ間が広がる。
陽光が射し込み、光の筋が大地を照らした。
その神々しい光景の中で、聖槍ロドロニスの鐘の音だけが響き渡る。
そして、それこそが戦いの合図であった。
「ぐあっ!」
聞いたこともないような気勢を吐き、アンリは走る。
身を低くしながら、ヴォルフに迫った。
勢いそのままに、直突きが襲いかかってくる。
「――――ッ!!」
ヴォルフはぐっと息を呑んだ。
不意に記憶にある映像と重なる。
それはウィラスの【蜻蛉突き】だった。
ヴォルフは横に逃げる。
そのまま地を蹴って、アンリを止めようと手を伸ばした。
だが、それよりも早く、アンリの横薙ぎが飛んでくる。
ヴォルフは身を屈めようと一瞬思ったが、それは難しい。
アンリはウィラスと違って、背が低い。
剣の軌道が元々低く、下をかいくぐるのは困難なのだ。
仕方なく、一旦後退する。
(厄介だな……)
ヴォルフは奥歯を噛んだ。
アンリが相手というのもあるが、やはり背の低い相手にはどうも苦手意識がある。
ワヒト王国の【剣聖】ヒナミ・オーダムよりは幾分マシなのだが、アンリとヒナミでは戦い方が違う。
ヒナミの刀は、その性格と同じく縦横無尽で、また天真爛漫だった。
あらゆる角度から刀を振るってくる。
幼い頃から背の高い相手と打ち合ってきたからだろう。
身長差をカバーするために、飛び技による打ち下ろしなどもあった。
それと比べて、アンリは武骨な騎士の剣である。
しっかりと大地に足を付け、剣を片手で持ち、半身に構える。
非常にオーソドックスな型だ。
故に守りが堅く、敵側は踏み込みにくい。
何よりも……。
「成長したな、アンリ」
「…………」
語りかけても、アンリが応じることはなかった。
そう。
強くなっている。
ニカラスにいた時よりも。
「そもそもこうして戦うのは、2度目だな」
アンリが初めてニカラスに来た時のことは、ヴォルフは今でも覚えている。
「正直、なんておてんばなお姫様だと初めは思ったが……。まさかこんなに長い付き合いになるとはな。今でも、信じられないよ」
「ぐぅ……。うぅぅぅぅう……」
突然、アンリは苦しみ出す。
頭を抱え、歯をむき出しうめき声を上げた。
彼女もまた何かと戦っているのだ。
「アンリとの出会いもまた剣だった。なら、彼女を救うのも、俺の剣だ」
ヴォルフは覚悟を決める。
鞘に収めていた刀を抜いた。
狼の牙のように刀身がヌラリと光る。
アンリを睨め付けた。
ヴォルフの闘気に反応したのだろう。
アンリからうめき声が止む。
細剣を構え、再びヴォルフと対峙した。
タッ!!
両者同時に、地を蹴る。
それは一瞬の出来事だった。
風が渦巻く。
気がつけば、ヴォルフとアンリの立ち位置は逆転していた。
明るくなった空に何かが飛んでいる。
回転しながら、地面に降りてくると、レクセニル王国の大地に突き刺さった。
細い刃だった。
アンリのものだ。
その切っ先が折れて、地面に突き立っていた。
ヴォルフはくるりと翻る。
まだアンリの意識はあった。
ヴォルフと同じく反転する。
剣が折れても、その闘気に衰えはない。
だが、凶器がなくなった今、アンリに近付くことは容易になった。
ヴォルフが再びアンリに向かおうというその時だ。
【雷銃一閃】!
雷精を帯びた魔法の弾がヴォルフに襲いかかる。
ヴォルフは慌てて後ろに飛んだ。
着弾した第4階梯の雷属性魔法が地面を抉る。
爆煙がヴォルフの視界を隠した。
その時、煙から影が見えた。
恐ろしい速さで、ヴォルフに猛追してきたのは、狐目の青年リーマットである。
アンリのお付きの騎士だ。
リーマットは突きを繰り出す。
ヴォルフは刀で捌くが、リーマットはさらに連撃を加える。
早すぎて、剣の切っ先が幾重にも見えるほどだった。
だが、ヴォルフはそのことごとくを弾く。
【捌き】という技術である。
リーマットが得意としていた防御術だ。
「あんたにも感謝しているよ、リーマット。あんたの【捌き】を見ていなかったら、俺はおそらくここにはいなかっただろう」
ヴォルフが思い出していたのは、対ルーハス戦だった。
あの時、ルーハスの剣をかいくぐるために、ヴォルフはリーマットが得意としていた【捌き】を使った。
1度でも見ていなかったら、ヴォルフの言うとおり、娘の前で敗北していただろう。
「結局、あんたとの決着がまだだったな。意識を失っているところで悪いが、これで決着とさせてもらうぞ」
ヴォルフは大きくリーマットの剣を弾く。
体勢が崩れたところに、すかさず潜り込んだ。
ぐっと握り込んだ拳を鳩尾に入れる。
「ぐはっ!」
吐瀉物を吐きながら呻くと、リーマットは地面に伏す。
まずは1人……。
しかし、ヴォルフの動きは止まらない。
魔力を感知すると、その場を離れた。
【風成るものの戯刃】!
予想通り、魔法が放たれる。
風の刃がヴォルフがいた地点に突き刺さった。
横にスライドしながら、ヴォルフは魔導士の存在を認める。
やや年老いたエルフだった。
ダラス・マーガン。
リーマットと同じくアンリに付く騎士の1人だ。
ヴォルフはダラスによる魔法の攻撃をかわしながら、確実に距離を埋めていく。
やがて、己のキルゾーンにダラスを誘い込む。
「そういえば、あんたのおかげだったんだよな、ダラス。あんたが、俺に宿った力を気付かせてくれたんだ」
「…………」
「今度、酒でも飲もう。家族の話でも聞かせてくれ」
リーマットと同じく、ダラスもまたヴォルフの拳に沈む。
次いで――。
「はあああああああっっっっ!!」
気勢を吐いたのは、アンリだった。
ヴォルフの背後から襲いかかる。
その攻撃をあっさりとかわした。
そしてヴォルフはアンリの背後へと回り込んだ。
「すまんな、アンリ。今度、ちゃんと謝るよ」
すべてを込めて、ヴォルフはアンリに謝った。
トンッ!
軽く首筋をつく。
その瞬間、アンリの意識が途切れる。
崩れ落ちる前に、ヴォルフはアンリを支えた。
優しく丁寧に地面へと下ろす。
「お姫様を寝かせるには、ちょっと硬いベッドだが、少し辛抱してくれ。すぐに終わらせてみせるからな」
再びヴォルフは刀を構えた。
まだまだ人が群がってくる。
兵士、あるいは騎士。
強さに自信があるものが、ヴォルフを目指して殺到した。
「来い!!」
【剣狼】は広いレクセニル草原の上で吠えるのだった。
2巻には、SSを書き下ろさせていただきました。
帯びに付いているQRコードから読むことができますので、
書籍を手に入れて、是非読んで見て下さい。
『アラフォー冒険者、伝説になる』2巻発売中です!