第160話 懐かしき戦場
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読んで下さった方ありがとうございます!
まずヴォルフの前に立ちはだかったのは、2つの影だった。
1人はゆるやかな動きから槍を構える。
もう1人は長身で、厚めの手甲を付け、拳を胸の前まで上げてファイティングポーズを取った。
やはり両者とも瞳に生気がない。
だが、全身から放たれる殺気は、本物だった。
「ウィラス……。エルナンス……」
名前を呟く。
かつてヴォルフの同僚だった2人は、今まさに牙を剥こうとしていた。
がぁ、と獣のような声を上げる。
先に動いたのは、ウィラスだった。
槍の切っ先を向けたまま地面を蹴る。
ヴォルフに向かって戦車のように飛び込んできた。
「速いッ!!」
思わずヴォルフは唸る。
ウィラスが得意とする最短最速の直突き。
【蜻蛉突き】である。
かつてヴォルフが提案した騎士団内での順位戦。
その中で、幾度もヴォルフを苦しめた突きだ。
その名の通り、飛んでいる蜻蛉すら射貫く正確性と速さを持っていた。
しかも、ヴォルフが知っているものよりも、数段速い。
【剣狼】が驚くのも無理はなかった。
ウィラスの成長を肌で感じる。
レクセニル王国を離れて数十日。
ヴォルフがいた頃よりも、ウィラスは格段に強くなっていた。
おそらくお手本が良かったのだろう。
が――。
ヴォルフとて、ただ漫然と旅をしていたわけではない。
側面へ回避することは容易だ。
しかし、ヴォルフはあえて受けることを選択した。
抜刀する。
ウィラスの槍に刀を合わせた。
切っ先の方向を徐々に逸らす。
すると、弾いた。
ギィン!
激しい剣戟の音が響く。
ウィラスの渾身の一撃をヴォルフはしのぎきった。
さらに前へと進み、ウィラスの懐に潜り込んだ。
「悪いな、ウィラス。手合わせはまた今度だ」
今は眠ってくれ……。
願いとともに、ヴォルフが突き出したのは刀ではなく、拳だった。
吸い込まれるようにウィラスの鳩尾に向かっていく。
「――――ッ!」
ヴォルフの顔が歪む。
今まさに拳打を繰り出そうとしたその時、側面で殺気が膨れ上がった。
寸前のところで、ヴォルフは拳を引く。
そのタイミングは抜群だった。
拳が目の前を通り過ぎていったのだ。
もし、もう半歩踏み込んでいれば、【剣狼】の頬を貫いていただろう。
ヴォルフは1度身を引く。
のそりと、その巨体が揺れ、再び拳を構えた。
「エルナンスか」
ウィラスとの戦い。
そこに水を差したのは、エルナンスだった。
普段気弱な彼なら絶対にやらないだろう。
そもそも真剣勝負の場を荒らすようなことをする人間は、騎士団にはいない。
だが、ここは順位戦を繰り広げた王宮の中庭ではないのだ。
まして正気を失った騎士に、騎士道を求めるのは酷というものであろう。
ウィラスもまた槍を構え直す。
すると、今度は同時に襲いかかってきた。
再びウィラスの槍が伸びてくる。
今度はヴォルフは腰を捻り、かわした。
そこに遅れて、エルナンスの拳打が出現する。
ヴォルフは腰を曲げて、ギリギリを見切った。
エルナンスの攻撃は終わらない。
大振りの後、追い突きを放つ。
そこからコンパクトな連撃へとつなげた。
すべて急所だ。
たとえ意識を失っていても、鍛錬によって刻み込んだ動きは、早々なくなるものではない。
その動きを見て、ヴォルフは嬉しくなる。
思わずニヤけてしまった。
何故なら、エルナンスの今の動きは、ヴォルフが教えたものだからだ。
おそらく自分がいなくなった後も、何度も何度も砂袋に打ち込んでいたのだろう。 その努力の跡は拳でわかる。
拳闘士すらおののくほどの大きな拳ダコが、手甲の間から見えた。
細かった腕にも、しなやかな筋肉が宿っている。
その剛腕がヴォルフに襲いかかった。
まるで嵐のように渦を巻く。
ウィラスも負けていない。
エルナンスの攻撃に合わせて、直突きを放つ。
リハーサルでもしていたのか。
その連携は見事だった。
しかし、驚いてばかりもいられない。
もっと2人を見ていたいが、そうもいってられなかった。
「少し本気を出すぞ、2人とも」
瞬間、ヴォルフの雰囲気が変わる。
鞘から解き放たれた剛剣のように闘気が噴出した。
聖槍ロドロニスの影響下にあるはずのウィラスとエルナンスが、ぴくりと反応したような気がする。
構わずヴォルフは動いた。
1度、刀を収める。
すると――。
【無業】!
最短最速の抜刀が空気を切る。
その瞬間、ウィラスの槍の先が吹き飛んでいた。
一瞬、槍使いは怯む。
その好機をヴォルフは見逃さない。
一気に懐に潜り込んだ。
あまりの速さに、側のエルナンスは全く反応できていなかった。
エルナンスの邪魔はない。
今度こそ、ヴォルフの拳打はウィラスの鳩尾を捉える。
「ぐぅ……。お……」
呻きと吐瀉物をまき散らしながら、ウィラスは崩れ落ちた。
「まずは1人……」
すぐさまヴォルフはエルナンスの方へ体勢を向ける。
本能的に危機を悟ったのか、エルナンスは腕を上げてガードした。
ヴォルフは閂を壊すようなイメージで、拳を振るう。
心の中で少し教え子に謝る。
拳を振るった。
だが――。
背後で殺気が膨れ上がる。
何もない空間から飛び出してきたのは、ナイフだ。
ヴォルフは反転して、刀でナイフを叩き落とした。
「マダロー、さすがに3度はないぞ」
注意したが、【霧隠れ】のマントから現れた騎士の青年は何も返答しない。
ただぐっと歯をむき出しながら、ヴォルフに襲いかかってきた。
エルナンスとともに、ヴォルフを挟撃する。
やや戦術が違うが、それはヴォルフがレクセニル王国を出る前に行われた伝説の100番勝負を思わせた。
あの時、虚を突いたマダローは、エルナンスと協力し、ヴォルフに一矢報いることに成功したのだ。
だが、あの時とは違う。
今回のマダローの戦術は雑すぎた。
二番煎じどころか三番煎じである。
何よりも、ヴォルフが強くなりすぎていた。
パシィィイイイ!
鋭い鞭のような音を戦場に鳴り響かせる。
ヴォルフは一旦刀を地面に突き刺すと、2人の攻撃を受け止めていた。
エルナンスとマダローの顔が歪む。
ヴォルフは笑っていた。
「またやろう。今度は、あの中庭でな!」
ハッ!!
気合い一閃する。
その瞬間、2人は見えない何かに押された。
衝撃が襲いかかり、大砲の弾のように飛んでいく。
何度か地面に跳ねた後、昏倒した。
ヴォルフは心音を確認する。
生きていた。
激しいツェヘスの訓練を受けた2人である。
さほど心配はしていなかったが、ヴォルフは胸を撫で下ろす。
が――。
「やれやれ……。手加減というのも難しいな」
いまだ【剣狼】は、力の1割も出していなかった。
頭を掻きながら、次なる相手に備える。
その時【剣狼】の前に立ちはだかったものを見て、ヴォルフは一瞬呆然と立ちすくんだ。
1度、手で顔を覆う。
現実を否定してから、再び前を向いた。
きっちりと真ん中で分けた金髪。
南海を思わせるような透き通った青い瞳。
肢体こそ細いが、軽装の胸当てに大きな胸が収まっている。
ウィラスたちと同様生気は薄い。
まるでヴォルフのことを見ていないように思えた。
だが、その少女は細剣を抜く。
本物とも、偽物とも区別がつかない殺気を漲らせた。
「そうか。あなたもいたのだな」
アンリ・ローグ・リファラス……。
2巻ですが、すでに店頭に並び始めているところもあるようです(公式曰く)。
もし良ければ、学校・会社帰りに書店を覗いてみてください。
よろしくお願いします!!