第17話 対決! 娘vs姫
とうとうこの時がやってきたか……。
※ 長めなので、読む時はお気を付けください。
レクセニル王国はお祭り騒ぎになっていた。
北方の魔獣戦線が終結。今回も人類側の勝利に終わった。
一報は2日遅れで王国に知らされ、その10日後に戦勝祭が執り行われることが決まった。今日はその日である。
凱旋門から王宮に向けてのパレードが行われ、多くの将兵や目覚ましい活躍をした冒険者たちが練り歩く。
沿道からは惜しみない賞賛と拍手が送られ、窓からは大量の紙吹雪と女たちの投げキッスが舞った。
ムラド王直々に勝利宣言するとボルテージはさらに高まり、騒ぎは夜に行われた戦勝式典まで続いた。
城下がお祭りムードの一方、王宮は静かだった。
喜ぶ雰囲気はあるのだが、どちらかといえば街が騒がしすぎるのだ。
朝から戦勝式典の支度に追われている給仕たちにとっては、それどころではなかった。
給仕たちがパタパタと廊下を早歩きで行き交う中、不細工な靴音を響かせる少女がいた。
「まだ、ヒールになれないのですか?」
「う、うるさい! 誰よ、もう! こんな歩きにくい靴を作ったヤツは!!」
レミニアは泣き言を叫ぶ。
横でハシリーがやれやれと肩をすくめた。
後者は王国の士官に支給される正装を身に纏う一方、前者は青いカクテルドレスを着ている。
2度とドレスは着ないと誓ったレミニアだったが、「ドレスコードというのは、ドレスを着ないとダメという意味です」という虚言に、今この時も騙され続けている。
相変わらずヒールの靴に苦戦する田舎娘を見て、ちくりと胸は痛んだが、普段レミニアの無理を通す側からすれば、ちょうど良い意趣返しの機会だった。
それに――レミニアには軍服のような正装よりも、ドレスの方が似合っている。
口さえ閉じていれば、どこかの国のお姫様も顔負けの美貌を持つのだ。
着飾らなければもったいない。
会場の入口をくぐると、甘い香水の匂いが鼻を突く。
いつものことなのでハシリーは気にしなかったが、横のレミニアはあからさまに顔を歪めていた。
すでに式典会場は暖まっているらしい。
礼服、軍服、ドレス様々な衣装を着た人が立食形式のテーブルに集まり、酒や果実水を片手に談笑していた。
入ってきたレミニアを見て、皆の視線が止まる。
「あれが【大勇者】か」
「まだ子供ではないか」
「だが、あの者1人だけで、グランドドラゴンを討伐したのだぞ」
「え? 1人で?」
「化け物め」
「だが、5日もかかったというじゃないか」
「ツェヘス将軍ならもっと迅速に行ったんじゃないか」
見る目は冷ややかだ。
この国の中でレミニアの立場は微妙なところにある。
あまりに力が大きすぎる上に、若すぎるのだ。
その力が暴走したりしないだろうか。
漠然とした不安が、彼女の評判を下げていた。
グランドドラゴンの討伐によって、その評価を上げたかと思ったが、むしろ逆効果だったらしい。
「気にする必要はありませんよ、レミニア」
視線を向けるが、そこに件の人間はいない。
「ハシリー! これ! めっちゃ美味しいわよ!」
八面鳥の姿焼きを乱暴に掴み、こちらに手を振っている。
良くいえば天真爛漫、悪くいえば淑女としての嗜みを越えた行動に、ハシリーは顔を赤くする。冷たい視線が一層深く突き刺さった。
式典は滞りなく進んでいく。
来賓が代わる代わる壇上にあがり、粛々と祝意を述べていく。
退屈極まりなかったが、さすがにムラドが壇上にあがると、一同は背筋を伸ばした。
ダンスタイムが始まる。
レミニアとハシリーは端によって料理を摘みながら、貴族たちがダンスに興じる様を見つめていた。
「レミニア、あなたはもっとこう――。淑女としての心構えというものを学んだ方がいいと思いますよ」
「知らないわよ、そんなこと。パパは教えてくれなかったし。ラザイルのおじさんだって知らなかったわ」
「誰ですか、それは?」
「村で1番物知りなおじさん。鼠兎の簡単な取り方とか知っているの」
はあ……。
ハシリーは息を吐く。
仕方ないことではある。
つい先日まで彼女は、辺境の片田舎に住んでいたのだ。
「ほら、見て下さい。リファラス大公の息女が踊っていらっしゃいますよ」
ハシリーはホール中央を指さす。
豊かな金髪を揺らしながら、レミニアとそう変わらぬ歳の少女が踊っていた。
つとレミニアと目が合う。
すると、突然パートナーから離れると、お辞儀をしてダンスの輪から外れた。
こちらにやってくる。
「失礼。もしやレミニア様でいらっしゃいますか?」
「そうだけど……」
応じると、女性は目を輝かせた。
好奇に踊る自分の心を落ち着かせるように胸に手を置くと、ドレスの裾を掴みお辞儀する。典雅な挨拶だった。浮かべる微笑も、花園の薔薇が一斉に開花したかのように華やかだ。
「失礼しました。わたしくリファラス大公家の息女アンリと申します」
「は、はあ……」
「実は、お父上のヴォルフ様から手紙を預かってまして」
「パパから!!」
天井のシャンデリアに突き刺さるのではないかという勢いで、レミニアは立ち上がる。
アンリは大きな胸の谷間に隠していた手紙を取り出した。
横でハシリーが羨望の眼差しで見つめている。
アンリから手紙を受け取ったレミニアは、断りもせず封を切る。
玩具を買ってもらった子供のように目を輝かせ、父直筆の手紙を黙読し始めた。
「失礼、アンリ姫。ぼくはハシリー・ウォート。レミニアの秘書官をしております。以後をお見知りおきを」
ハシリーはレミニアに代わって貴族式の挨拶を交わす。
そして言葉を続けた。
「出来れば、ヴォルフ殿と出会った経緯を確認したいのですが」
「ええ! 喜んで!」
心底嬉しそうにアンリは馴れ初めを話しはじめる。
部下とのいざこざがきっかけで出会い、姫自身も剣を交え、挙げ句ドラゴンを一緒に討伐したという。
話を聞きながら、ハシリーは徐々に凍り付いていった。
父親に対して熱烈な保護欲を持つレミニアが聞けば、「なに、わたしのパパに危ないことさせてんのよ!」と怒り狂っただろう。
しかし、当の本人は絶賛父の手紙を堪能中だ。まるで聞こえていないらしい。
短い文面を何度も見返し、アンリの香水がついているであろう手紙を、「パパの匂いがする」と言い張って、耳を真っ赤にし酔いしれていた。
はっきり言って、変態にしか見えない。
「アンリ姫……。姫の目から見て、ヴォルフ殿はどのような方ですか?」
「ヴォルフ様はとてもお強い方です」
まるで恋する乙女のように夜空を眺める。
いや、ようにではなく、実際惚れているのだろう。
強い者に惚れ込むというアンリの悪癖は、社交界では有名な話だ。
「でしょ!」
急にレミニアが話に混ざる。
「パパはとっても強いの!」
「(どの口がいうのだろうか?)」
ハシリーは半ば呆れていた。
おそらくヴォルフがBクラスのアンリを圧倒したのも、ドラゴンを倒す事ができたのも、レミニアの強化魔法によるところだろう。
一体、この事実を今ここでどれほどの人間が認識しているのか。
せめて本人がその気にならないことを祈るばかりだ。
「ええ……。それに私を(ドラゴンから)助けてくれた時のヴォルフ様はとっても格好良かったです。持つ剣までキラキラと光っておりました」
「(あの時かぁぁぁぁぁあああああ!!)」
ハシリーは反射的に顔を覆った。
過保護な娘の世迷い言だと思ってたら、ピンポイントでヴォルフを支援していたらしい。
「そう。パパが武器を持つとキラキラ光るのよ」
「(お前も、なに適当なことをいってるんだよ!)」
ツッコミ不在のまま2人の話は続く。
この場にいない男の話を中心に、噛み合ってるようで何か噛み合っていない会話が続いて行く。
唯一、一致を見たのはヴォルフがたまに下着を替えず過ごしていることぐらいだった。
仲睦まじく話していた2人だったが、友情の崩壊は意外と早くやってきた。
「はあ……。ヴォルフ様とお付き合い出来ればどれほど幸せか」
「ダメよ。パパと結婚するのは、わたしなんだから」
「レミニア様とヴォルフ様は親子ではないですか」
「愛さえあれば、大丈夫。そもそもね。あんたみたいなどこの馬の骨ともわからない娘と、わたしのパパが釣り合うわけないでしょ!」
「な、何をいうのです! そっちこそ、父子の関係にありながら、永遠のちぎりを望むなど。汚らわしい!!」
「なんですって!」
「やりますか?」
「ちょ! レミニア! 姫まで!!」
にわかにパーティー会場が騒がしくなる。
多くの貴族や家臣が、レミニアとアンリの喧嘩に注目を集め始めた。
そして、何故か腕相撲で勝負を決することとなる。
テーブルの1つが空けられ、レミニアとアンリは向かい合った。
余興に飢えていたギャラリーは、2人を取り囲む。
勇ましい少女の決闘を囃し立て、角の方では密かに賭が行われていた。
「れ、レミニア! もうやめてください!」
「そういうのは向こうにいってちょうだい!」
ハシリーの制止を振り切り、レミニアは青いドレスの袖をまくる。
一方、アンリサイドもまた慌てていた。
特に娘と一緒に参加した父ヘイリルは、顔を真っ青にしている。今にも卒倒してしまいそうだった。
「アンリ! お前は何をしているんだ」
「止めないでください、お父様。これはさけられぬ女の戦いなのです!」
レミニアと同じく綺麗な二の腕を出す。
どこからともなく立ち会い人が現れ、テーブルに置かれた2人の腕のポジションを決める。
互いに顔をつきあわせるように睨み合った。
「心配しないで。魔法は使わないから」
「私も……。こんな小さな少女に本気を出すなんて、騎士道精神に反します」
「な! いったわね、この泥棒猫!!」
「お黙りなさい、このチビ!」
2人の雰囲気は、戦う前から一触即発だ。
ハシリーは匙を投げた。
ヘイリルは祈るように手を組んでいる。
「準備……」
立ち会い人の声がかかる。
「開戦!!」
始まった。
腕は動かない。
2人とも力を込めていないわけではない。
顔を歪め、息を止めている。
全くの互角なのだ。
「な、なかなかやるじゃない」
「ふ、ふん。それで本気か? 私はまだ、ち……力を出せるぞ」
好勝負だった。
さらに会場のボルテージが上がる。
羊の皮を脱ぎ去り、高貴な人間たちは海賊のように声を上げた。
ハシリーにも自然と力が入る。
一方、ヘイリルはとうとう卒倒し、お付きの人間に運ばれていった。
「くぅ…………。うん、あ、はあ…………」
「ぐっ! はあはあ……。ふぅんん、ああ……」
騒然とした中で、少女2人の嬌声にも似た喘ぎ声が響く。
「こ、これでどぉッ……。……いっちゃえば、お姫様」
「なんの……。あ、あなたこそ……。はあはあ……。楽になりなさい」
「ひぎぃ! あ、ちょ…………くるし……」
「あははぁぁぁぁああんん! もう限……か…………ぃ」
乱れた言葉に、見てるこっちが恥ずかしくなる。
一部の貴族は声を殺し、聞き入っていた。
「あぁぁぁあああんん! もうだめぇぇぇぇえええ!(※ 腕相撲です)」
「はうぅぅぅぅうう……。私も、もう……らめぇぇぇ(※ 腕相撲です)」
派手な音が会場に響いた。
遅れて「おお!」と観衆がどよめく。
レミニアとアンリは手を繋いだまま倒れていた。
あまりに激しい戦いだったからだろうか。
テーブルの方が根を上げ、支柱からぽっきりと折れていた。
「お姫様にしてはやるじゃない。根性だけは認めてあげるわ。……パパは渡さないけど」
「さすがヴォルフ様の娘様。なかなかのお力をお持ちのようですね。……でも、ヴォルフ様は私のものです」
「なんですって!!」
「なにをぉ!!」
「何を騒いでおる」
睨み合う狂犬2人の頭上に、声が降ってきた。
見ると、貴賓席からムラド王が騒ぎを見つめている。
慌てて、一同は平伏した。
レミニアとアンリも、居住まいを正し、頭を垂れる。
王はそれ以上何もいわず、奥へと引き返していく。
すっかり冷めてしまった会場に、再び緩やかなダンス曲がかかると、集まっていた観衆は、またお喋りをはじめた。
ハシリーはホッと胸を撫でる。
助かったというより、収拾が付かなくなった場をムラド王自ら諫めてくれたのだろう。王に近しいものに聞くと、本来はユニークな方なのだという。もしかしたら、こっそりどこかで見ていたのかもしれない。
「手紙……。確かにお渡ししましたよ」
アンリは金髪を軽く整えながら、顔を上げる。
「そのことについては感謝するわ。ありがと」
「戦勝式典が終わったら、ニカラスに戻ります。もし、お父上に手紙をしたためるのでしたら、なるべく早く私のところにもってきなさい」
「え? もしかして届けてくれるの?」
「あなたのためではありません。ヴォルフ様のためです。では――」
最後はまた綺麗なお辞儀をし、アンリはさがっていった。
「(色々あったけど、レミニアのことを認めてくれたのかな……)」
何せ大公家の息女だ。後で何をいわれるかわからない。
ハシリーとしてはそう願わずにはいられなかった。
「ハシリー……」
「なんですか、レミニア」
「あのお姫様が好きそうなお花を贈ってあげて」
ちょっと驚いた。
そういう気遣いは出来るらしい。
「かしこまりました」
「あと……」
「はい?」
「ごめん……。いつも迷惑ばかりかけて」
なんとも無愛想な謝罪の言葉が飛び出る。
ハシリーは懐から櫛を取り出すと、そっと呟いた。
「気にしてませんよ」
少女の乱れた赤い髪を梳くのだった。
前話よりブクマ・評価いただいた方ありがとうございます。
おかげさまで総ポイント数が15000ptを越えました。
ひとえに皆様の応援のおかげだと思っております。
ありがとうございます。
明日からは新章になります。
現在、その序章となる話が構想段階にありまして、
鋭意制作中です。明日中にはお届けできると思いますので、
今しばらくお待ち下さい。