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第158話 司祭の秘密

2巻発売まで、あと3日!

「チッ! 逃がしたか!?」


 忌々しげに吠えたのは、カラミティだった。

 翼を畳み、研究室に降り立つ。

 顔こそ綺麗だが、衣服がボロボロだ。

 胸の辺りがはだけ、ヴォルフとしては少々目のやり場に困る姿をしていた。


「照れてる場合ではありませんよ、ヴォルフ殿」


 目敏くヴォルフの仕草に気付いたのは、リンダである。

 ジト目でこの場で唯一の男を睨んだ。


 図星を突かれ、ヴォルフは「うっ」と言葉を詰まらせる。

 少々顔を赤くしながら、咳払いをした。


「カラミティ、どうしてここに?」


「うむ。ヴォルフよ。助けてほしい」


 カラミティは頭を下げた。


 ヴォルフは目を大きく開く。

 当然だ。

 子どもの頃、英雄譚の中で聞いた伝説の存在――【不死の中の不死(ブラッディ・ブラッド)】が、自分に頭を下げているのである。


 あの矜恃の高い王が……。


 それが何を意味するのかわからないヴォルフではなかった。


「ゼッペリンも、骸骨将軍も聖槍ロドロニスの傀儡となった。今、お主の他に頼れるものがおらん。頼む……」


「わかった、カラミティ。頭を上げてくれ。これは、お前たちだけの問題じゃない」


 そうだ。

 おそらく今日中にも、レクセニル王国の国民とドラ・アグマ王国の国民がぶつかり合うことになる。

 止めなければ、多くの血が流れることになるだろう。

 それだけは絶対に阻止しなければならない。


「意気込むのはいいのですが、一体どうやるんですか?」


 カラミティの渾身の懇願を聞いて、心を熱くしたヴォルフに、冷水を浴びせるかのように言葉が降ってくる。


 リンダである。


 この大事にあっても、少女は飄々としていた。

 そもそも――。


「リンダ、君は一体どうしてそんな平気なんだ?」


 レミニアが張った結界は破られた。

 Aランクのハシリーですら正気を失っている。

 そんな中、彼女だけが何事もなく立っていた。


「平気というほどではありません。多少は頭がチクチクしますよ」


「それでも――」


 ヴォルフは食い下がる。

 だが、意外な答えは意外な方向からやってきた。


「お前、さては聖人だな?」


 カラミティである。

 腕を組み、警戒するようにリンダを睨んだ。


 言葉を聞いて、首を傾げたのはヴォルフである。

 側のミケは昏倒するレミニアの頬をペロペロとなめていた。

 それでも起きない。

 かなり深く昏睡しているらしい。


 長い沈黙の後、リンダは口を開く。

 しかし、表情が変わることはなかった。


「そう疑われる根拠を示していただけますか、陛下」


「お前、ラムニラ教徒だろう。香の匂いと胸から下げている意匠でわかる。王宮にいて、ラムニラ教の敵であるヴォルフと仲よさげに話しているということは、聖槍の奪還をヴォルフ、もしくはそこで寝ている【大勇者(レジェンド)】に依頼したということは、容易に想像つく」


「なるほど」


「加えて、聖槍の奪回を単なる司祭が請け負うはずがない。最終的に聖槍を持ち帰らなければならないのだ」


「あっ……」


 ヴォルフは声を上げた。


 カラミティが言わんとしていることがわかったからである。

 聖槍ロドロニスの力は凄まじい。

 触れるだけで【大勇者】が気を失うほどなのだ。


 たとえ、奪還したとしても、容易に持ち帰ることはできない。


 リンダはそれができる人間なのだ。


「しかし、聖人ってなんだ?」


「我と一緒よ」


「カラミティと一緒?」


 ヴォルフは眉を顰める。


「我の不死の能力は、いわば【神の悪戯】といわれている。人間に持ち得ないはずの能力を持って生まれた人間のことだ」


「リンダもその1人ということか?」


「我ほど大逸れてはおらんがな。大方、神器を代償無しに振るうことができるといったところであろう」


「さすがは、陛下。ご慧眼、感服いたします」


「褒めるな、聖人。そして、お前……。まだヴォルフに隠していることがあるであろう」


「俺に隠していること?」


「ラムニラ教にいる聖人が、単なる司祭なものか。貴様、ラムニラ教の大主祭なのではないか?」


「それって――」



「そうだ。こやつこそが、ラムニラ教のトップよ」



 ヴォルフは息を呑む。

 カラミティは目を細める。

 一方、リンダだけが表情を崩さなかった。


 だが、その無表情もようやく崩れる。

 はあ、とため息を漏らした。


「なんで今言っちゃいますかね。すべてが終わった後で『実はラムニラ教の大主祭でした』『な、なんだってぇぇぇええ!』と驚かすつもりだったのに。はあ……」


 もう1度、息を吐く。


 ヴォルフは恐る恐る尋ねた。


「本当なのか、リンダ?」


「ええ? 陛下の言う通りですよ。わたくしがラムニラ教大主祭リンダ・バッシーです。はいはい。崇め奉ってくれて結構ですよ」


 随分と投げやりだ。

 おそらく彼女自身、その身分に執着はないのだろう。

 願わくば捨て去りたいと思っているような節が、態度に出ていた。


「さて、どうでもいいネタばらしが終わったところで、どうしましょうか、この後?」


「それは我の台詞だ。ここにいる誰よりも、お前は聖槍に詳しいだろう」


 むっとカラミティは睨む。

 ふわりと殺気が膨らんだ。

 この事態になったのも、ラムニラ教が聖槍ロドロニスを奪われたことから端を発する。

 カラミティの背中から、敵意が渦巻くのも無理はない。


 だが、ヴォルフからすれば、リンダもまた被害者である。


 険悪になる空気を拡散させるように、ヴォルフが2人に割り込んだ。


「なあ、1つ訊いていいか? 触れるだけで大変なことになる聖槍ロドロニスを、サラードはどうやって触れているんだ?」


「その質問については簡単です」


 リンダは右手を掲げる。

 左手で右肘の辺りを握ると、ふんっと力を入れた。

 すると、スポッと右手が取れてしまう。


「義手か……」


 ヴォルフは驚く。

 しかも、高性能な魔導義手だ。

 人の意志に反応して動く。

 それ故に、弓をつがえることができたのだろう。


「サラードにやられたのか?」


 ヴォルフが尋ねると、リンダは頭を振った。


「いいえ。ですが、あなたもよく知る人物ですよ」


「まさかガダルフ……」


「さすがに三賢者の1人に不意を打たれてはどうしようもありませんでした。おそらく、わたくしの右手をサラードの手に移植したのでしょう」


 振り返ってみると、サラードの右手だけ異様な色をしていた。

 あれは、リンダの手だったのだ。


「さて、そろそろ答えろ、リンダ・パッシー。それとも、この事態の元凶となった罪、ここであがなうか?」


 カラミティはさらに殺気を燃え上がらせる。


 しかし【不死の中の不死】の殺気に周りの空気が汚染されても、リンダが恐怖に怯えることはなかった。


 ただ淡々と応える。


「残念ながら、聖槍ロドロニスをサラードの手から取り返す以外に方法はありません」


「この状況を沈める方法はないということか」


「これほど大規模にあの鐘を打ち鳴らされたことは、長いラムニラ教の歴史の中でも例を見ないことなのですよ。そもそもあのような方法で、聖槍を奪取することすら想定外だったのです」


「つまり、あの神器の力を抑えることはできないということだな」


「有り体に申し上げれば……」


「ふん」


 カラミティは翻る。

 穴の開いた壁から外へ出ようとした。


「カラミティ、どこへ行くつもりだ?」


「しれたこと、サラードを探す」


「では、お前の民はどうする?」


 今から探しにいったところで、すぐにサラードが見つかるとは思えない。

 手がかりすらないのである。

 状況を放っておけば、レクセニルとドラ・アグマの民がぶつかるだろう。

 血に染まる戦場が容易に想像できる。


 カラミティは何も言わなかった。

 ただ翼を広げる。

 背中越しに、牙を剥き出すカラミティの表情が見えた。


 諦めたのか。

 すでにただサラードに復讐することしか考えていないのか。

 それはわからない。


 しかし、ヴォルフは見逃さない。

 憤然としながらも、カラミティの目に涙が滲んでいることを。


 【剣狼(ソード・ヴォルバリア)】は口を開く。


「2人で止めよう」


「ふた、り……だと?」


「俺はレクセニルを、お前はドラ・アグマを止めるんだ」


「馬鹿か、お主! 雑兵とはいえ、相手は何万といるのだぞ」


「それでも、俺はやる。お前がやらないというなら、ドラ・アグマも俺が止めるが、それでもいいか?」


「ヴォルフ……」


 きょとんと驚いた表情は、700年生きるカラミティを、ただの小娘にさせていた。


 やがて腰に手を当てる。

 口を開き、大笑した。


「くはっはははははははははは!! まったく……。お主、相当な博打打ちよな」


「俺は博打を打つつもりはないよ。お前となら、10割かなうと思ってる」


「ふん。過大評価されたものだ。良かろう。お主の案、乗ろうではないか」


 ようやくいつものカラミティに戻る。

 一方、慌てたのはミケだった。


『おいおい、ご主人。2人が止めるのはいいが、サラードの方はどうするんだ?』


「大丈夫だ、ミケ。俺には優秀な相棒がいる。そうだろ?」


 ヴォルフは合図を送る。


 ミケはピンと尻尾と耳を逆立てた。

 やれやれ、という感じで身体を舐める。


『相棒使いの荒い、ご主人様だにゃ』


 にやりと笑う。

 そこに割って入ったのは、リンダである。


「何を話しているのか知りませんが、幻獣であるミケさんなら、音の出所を探知できるでしょう。鐘を定期的に鳴らさなければ、人々は操れません」


「だそうだ、ミケ。俺の代わりに、サラードをぶっ飛ばしてくれ」


『余裕だにゃ。【雷王(エレギル)】のミケ様の耳を舐めるにゃよ』


「頼りにしているぞ、相棒」


 ヴォルフはミケの頭をそっと撫でる。

 ミケはペロペロと主人の手の甲を舐め返した。


「そろそろ行くぞ、ヴォルフ」


「ああ! 行こう、カラミティ」


 翼を広げ、カラミティは宙に浮く。

 ヴォルフの方に手を伸ばした。

 がっしりと掴む。


 すると、カラミティは何かに気付いた。


「どうした?」


「いや……。ただ――――」



 ヤツの手をこんな風に握ったことはなかったな、と思っただけだ。


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