第155話 はじまりの鐘の音
「というわけだ……」
ヴォルフは無事レクセニル王国に帰参した。
早速、王宮に登城し、カラミティに聞いた話を皆に聞かせる。
会議室には、ムラド王、ツェヘス将軍、レッセル大臣、リンダ、さらにレミニアとハシリーが加わった。
無事戻ってきた父にレミニアは当然のごとく飛びついた。
よっぽど心配だったのだろう。
今も父親の膝の上にちょこんと載り、会議に出席している。
秘書官ハシリーは上司を戒めるのだが、レミニアは頑として動こうとしない。
仕方ないので、このまま続けることになった。
「して、ヴォルフよ。カラミティ・エンドが我が国を侵略することはない、と考えて良いのか?」
ムラドは尋ねた。
ヴォルフは明確に否定しなかった。
カラミティはそう言わなかったからだ。
「カラミティの目的はレイルの行方です。その捜索に手を貸してやる必要はあると思います。ですが、ラーナール教団との関係を断った今、レクセニルに矛を向けることはないと思います」
「ひとまず安心といったところか」
ムラド王は胸を撫で下ろした。
安堵の雰囲気が会議室を包む。
その空気を打ち破ったのは、ツェヘス将軍だ。
「ともかく我々の当面の敵はラーナール教団でしょう」
「ヤツらの狙いは一体何なのでしょうか、リンダ殿?」
ムラド王はラムニラ教司祭リンダに尋ねた。
「2つ考えられます。1つはラーナール教団の人間と接触したことがあるヴォルフさん自身です。もう1つは――」
「わたしたちが研究してる【賢者の石】でしょうね」
レミニアの意見に、リンダはうんと頷く。
説明を続けた。
「ラーナール教団は魔獣信奉者の集まりです。魔獣戦線をほぼ1人の力で止めたヴォルフさん。そして魔獣発生の原因となっている異世界エミルリアとの接近を阻む力――【賢者の石】。2つが今、同じ国にあるのですから、レクセニルを狙うのは必定かと……」
リンダの話を聞きながら、レミニアは眉を動かす。
「随分と【賢者の石】に詳しいのね。あなた、本当に単なる司祭なの?」
「司祭でも勉強はしますよ。教義の中のことが、必ずしも真実ではないことぐらいわかっています」
「ふーん」
レミニアは目を細める。
明らかに疑いの目だった。
妙な雰囲気になるのを打ち破ったのは、ツェヘスだった。
「ともかく、そのサラードなるものを手配しよう。聖槍を持ち歩いている人物だ。それなりに目立つだろう」
「私も手伝いましょう。こういう時は信徒からの情報の方が早い場合がある」
「助かります」
ツェヘスとリンダは早速とばかりに、会議室を出て行った。
ムラド王はヴォルフに向き直る。
「ヴォルフ、此度もよくやってくれた。感謝する」
「お茶を飲みに行っただけです。多少手荒い歓迎は受けましたが。それでも、相棒が側にいてくれましたので。な、ミケ」
ヴォルフが相棒の名前を呼ぶ。
すると、【剣狼】の影がギュッと伸びた。
そこから銀毛の猫が現れる。
おお……、と思わずムラド王は唸った。
「どうやらわたしの魔法はカラミティに見破れなかったようね」
レミニアは息を吐く。
レミニアは今回潜入に当たり、ヴォルフだけでは危険だろうということで、ミケに姿を消す魔法を施していた。
しかも、1回だけではない。
魔力が切れるまで何回もだ。
つまりは、レミニアによるミケ専用の強化魔法だった。
『この魔法は便利だにゃ。でも、カラミティが気付かなかったかどうかは疑問だにゃ。何度か目が合ったし』
ミケは前肢をペロペロとなめながら言った。
「そうなのか。俺は気付かなかったが……」
『あっちよりも長生きしてる化け物だぜ。そう簡単には騙せないにゃ』
「と、ともかく……。レイル関連で進捗があります」
またしても手を挙げたのは、ハシリーだ。
「レイルは異世界人――つまりエミルリアの住人である可能性が出てきました」
「レイルが異世界人……」
ヴォルフは驚く。
ハシリーは一瞬レミニアの方を見た。
当の上司は澄ました表情で、父の膝の上で揺れている。
ここでレミニアが異世界人であることを告げれば、説明は難しくないだろう。
だが、上司からは硬く口止めされていた。
そして、その上司が説明を引き継ぐ。
「そう仮定するなら、説明もつくと思うわ。レイルが今、ストラバールにいない理由が……」
ヴォルフはカラミティとの会話を思い出していた。
カラミティと眷属は何か見えない糸のようなもので繋がっている。
だが、その糸が途中でプツリと切れているような感覚があると……。
「その感覚の遮断が、レイルがエミルリアに戻ったことによって起こっているものだとしたら……」
レミニアが提唱する【二重世界理論】によれば、ストラバールとエミルリアの間には、とても大きなエネルギーがあるらしい。
それが2つの世界を引き離しているのだそうだ。
そのエネルギーが壁となり、レイルとカラミティの共感現象を妨げている可能性が高い――とレミニアは説明した。
「じゃあ、レイルは生きているのか?」
「可能性は高いわね。彼が不死の眷属となっているならば」
「そうか。俺はまたドラ・アグマ王国に行って来るよ」
「ええ! パパ、帰ったばっかりなのに!?」
「今の話をカラミティに聞かせてやりたい。たぶん、レイルはあいつにとって生きる希望みたいなものだと思う。きっと生きている可能性が高いと聞けば、あいつも安心するだろう……」
「…………」
すると、レミニアはヴォルフをジト目でじっと睨んだ。
ついでに口を尖らせる。
明らかに娘は拗ねていた。
「ねぇ。パパ……」
「な、なんだ?」
「もしかして、カラミティに惚れたってことないよね」
「な! そんなわけ――」
「だって、カラミティって絶世の美女でしょ?」
「ま、まあ、そうだが」
「ああ! なんか今、顔が赤くなった!」
「なってない! 断じてない!」
「ふんだ! エミリって女に言いつけてやるもん」
「ちょ! レミニア、それはやめてくれ!」
「ついでにアンリって女にも話してやるわ」
ぶー、とレミニアは完全に怒っていた。
それでも父親の膝から折りようとはしない。
プラプラと足を動かし、ヴォルフを立ち上がらせないようにしていた。
一方ヴォルフは必死になって娘をあやす。
まるで赤子の頃に戻ったようだ。
【剣狼】にとってはピンチだが、他から見れば微笑ましい光景だった。
ムラド王は声を上げて笑う。
涙すら浮かんでいた。
ずっと緊張が続いていたのだ。
一段落したことによって、ようやく自然な表情を浮かべていた。
それは王だけではない。
ヴォルフが出ていった後、少しギクシャクしていた王宮内あるいは国そのものの空気が変わったような気がした。
改めて、ヴォルフの存在に、皆が注目するのだった。
◆◇◆◇◆
「さてと……。この辺りでいいかな」
サラードがやってきたのは、ちょうどレクセニル王国とドラ・アグマ王国の国境付近だった。
そこにはちょうど小高い山があり、サラードはその山頂に立っている。
ぐるりと周りを見渡す。
レクセニル王国は平原。
ドラ・アグマ王国は森。
その国境線ははっきりとしていた。
サラードはずっと担いでいた棺のような筺を下ろす。
蓋を開けると、白い靄のようなものが溢れてきた。
魔力だ。
可視化するほど濃縮された魔力。
中に入っているもののことを考えれば当然ともいえる。
サラードは薄く微笑む。
浅黄色の目に映ったのは、槍だった。
いや、槍と称するには些かおかしな形状をしている。
長い柄があり、確かに先端に刃もある。
だが、パッと見た時1番目に映るのは、人の顔ぐらいある大きな鐘だった。
サラードは右手を伸ばす。
その手もまた異様だった。
手首から先と腕の色が全然違うのだ。
手首と腕の間には、糸というよりは釘のようなものが刺さっている。
相反する特性を、無理矢理くっつけたような痕があった。
いよいよ聖槍ロドロニスの柄を握る。
ジュッ……。
鋭い音を鳴らした。
一瞬、サラードの顔が歪む。
しかし、すぐに笑みを浮かべると、聖槍を持ち上げた。
天高らかに突き上げ、やがて聖槍を振る。
ごぉぉぉおぉぉおぉおぉおぉおぉおぉおぉおおおおお!!
鐘の大音が響き渡る。
それは空気を震わせ、大地に伝播していった。
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