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第153.5話 伝説と伝説の邂逅(後編)

過去の話はこれで終わりです。

 レイルは瞼を持ち上げる。

 視界に映ったのは、濃いめの木タイルが並ぶ天井だった。

 見知らぬ天井に戸惑っていると、横から声が聞こえる。


「起きたか……」


 視線だけを動かす。

 白髪(しらがみ)の男が傍らに座っていた。

 確かカラミティにゼッペリンと呼ばれていた秘書官だ。


 その男をぼうと見ながら、レイルは譫言のように呟く。


「俺は生きているのか?」


「ああ……。かろうじてな」


 確かにかろうじてだった。

 身体がバラバラになりそうなぐらい全身が痛い。

 カラミティの蹴りもそうだが、今頃になってレクセニルとドラ・アグマの国境付近から城まで這ってきたことによって、あちこち筋肉痛になっていた。


「俺は生きてていいのか? あんたたちの君主様をあんなに怒らせてしまったんだぞ?」


 思い出すだけでも身の毛がよだつ。

 【不死の中の不死(ブラッディ・ブラッド)】は本気で怒っていたのだ。

 だが、一方でひどく悲しんでいるように、レイルには見えた。


「陛下からは何も命令を受けていない」


「カラ――いや、その陛下は?」


「お前と会ってから自室に籠もっておられる。誰も通すなとお達しだ」


「そうか。なあ、なんであんたの陛下はあんなに怒ったんだ?」


 ゼッペリンはレイルが気付くまで読んでいた本を閉じた。


 狼のような鋭い瞳をレイルに投げる。

 やがて秘書官は、今日初めて出会った男に事情を話した。


 後年ゼッペリンはこの理由をこう述べている。



「似たような男を知っているからです……」




 ◆◇◆◇◆



 カラミティは羨ましかった。

 命をかけるということが。

 何かに命をかけられるということが。


 人間たちはカラミティに挑む時、いつもこう誓う。


『命を賭しても、と……』


 大半は虚言であることが多い。

 が、ごく稀に心の芯から思っているものがいる。

 総じてそういうものは強い。

 人間とは思えない力を引き出し、カラミティの力に抗する。

 彼女が闘争を好むのは、そうした好敵手と出会いたいがためだ。


 その人間の隠された力を見ながら、カラミティは羨ましく思った。

 それは欲しいと思っても、唯一彼女が手にできないものだからだ。


 自分がもっとも欲するものを、あの男は軽々と口にした。

 カラミティの怒りは、そういう単純でいて、人間には一生理解できないものだった。


 ベッドに寝転び、真っ黒な天蓋の影を見つめる。

 すると、ノックが鳴った。

 扉ではない。

 窓だ。


 ハッとカラミティは上体を起こす。

 気のせいかと思ったら違った。

 窓の外――正確にはバルコニーに続くガラス戸の向こうには、1人の男が立っていた。


「貴様……」


 カラミティはベッドから出る。

 大股で自室を横切ると、ガラス戸を開けた。

 雨は止んでいるが、湿り気を帯びたやや肌寒い風が室内に入ってくる。

 そして、その男もまたカラミティの部屋に入ろうとしていた。


「レイル・ブルーホルド……。貴様どうやって――」


 カラミティの私室は城の最上階にある。

 外からの侵入はまず難しい。


「これでも木こりでな。高いところに登るのは得意なんだ」


「高いところというレベルではないぞ」


 ……いや、それよりもだ。


 何故、このレイルがここに来たのかが問題だった。

 カラミティに痛めつけられ、さらに怒声を放たれたのだ。

 萎縮して顔も見られないはず。

 なのに、レイルは初めて出会った時と同じような瞳をして、不可侵ともいうべき君主の私室に現れた。


 すると、レイルは頭を下げる。


「すまない」


「なんのことだ……」


「あんたの気持ちも知らずに、俺は無責任なことを言ってしまった。本当にすまない」


「誰に聞いた? ま、聞かずともわかるが……。どうせゼッペリンであろう」


「…………」


「ふん。まあ、いい。用件はそれだけか」


 カラミティは1度開いた戸を閉めようとする。

 だが、レイルは「待った」をかけた。

 続けてこう言い放つ。


「カラミティ陛下、あんたは俺を初めて心配してくれた人だ。俺に死ぬなと言ってくれた」


「わ、私はお前の心配などしておらん」


 カラミティはプイッと顔を背ける。

 何故か頬が赤い。

 一方でレイルは言葉を続ける。


「あんたには耳の痛い話かも知れない。だが、俺はいつ死んでもいい人間だ。家族も恋人もいない。いるのは、村の人間と酒飲み友達だけだ。俺はそれでいいと思った。それは俺が望んだものだからだ」


「貴様、何を言って――」


「そんな俺に、あんたは死ぬなと言った。死がもったいないと言った。その意味合いはきっとあんたと俺とでは違うだろう。でも、そんなものはどうでもいい。あんたは不死で、俺は人間なのだから違って当然なんだ」


「…………」


「俺はそんなあんたに報いたい。あんたを守るために眷属になりたい。あんたを殺すものから守りたい。あんたを絶対死なせない力がほしいんだ」


「ふざけるな。死を望む我を、死から守るというのか」



「あんたは俺の命の恩人だ。俺にとっては、この世でもっとも大切な女性なんだ!!」


 一陣の風が吹く。

 カラミティの白い髪が揺れた。

 その双眸は大きく見開かれている。

 長い【不死の中の不死(ブラッディ・ブラッド)】の歴史の中で、ここまで動揺したことは記憶にない。


 不死で、不老で、闘争を好み、紅茶の味もわからなくなり、すべてに飽いた娘であっても、今――レイルが言った言葉の意味と重みを知らないカラミティではなかった。


 カラミティは今一度、レイルの瞳を見る。

 最初に出会った時と変わらぬ純粋な(まなこ)


「(もしや――いや、間違いなくこの男……。自分が言った言葉の意味と重みを知らずに言っている)」


 そしてそれが、カラミティの心にどれだけ深く手を伸ばしたのか、気付いていない様子だった。


「ふふふ……」


 自然と笑声が漏れる。

 そっと自分の胸を押さえた。


「よもや我にまだこんな気持ちが残っているとはな」


 いつ以来だろうか。

 ああ……そうだ。

 昔、まだ生きることの怖さを知らない折り、1人の少年が白い花輪を持って、告白してきた以来か。


「レイルよ」


 不意にカラミティはレイルの手を引いた。

 手を背中に回すと、その後頭部を無理矢理傾ける。

 完全に無防備になった首筋に向かって、カラミティは大きく口を開けた。

 白い牙が月光に閃く。


 くちゅ……。


 雨に濡れたバルコニーに、その音が静かに響いた。

 雲間から覗く月の光を受けて、キラキラと輝く。

 湖面の上で、まるで接吻をしているように綺麗な光景だった。


 それは一瞬のことだった。

 カラミティはレイルの首筋を噛んでいる。

 吸っているように見えるが違う。

 己の力をレイルに分け与えているのだ。


 やがてカラミティは牙を引き抜いた。

 同時に、レイルの目の色が変わる。

 濃い緑色が、カラミティと同じく赤へと変色した。


 レイルは手を掲げる。

 何か戸惑うような仕草を見せると、カラミティの方を向いた。


「カラミティ、これは――」


 すると、カラミティの体勢が崩れる。

 地面に倒れそうになるのを、レイルは間一髪受け止めた。

 男の胸に抱かれながら、カラミティは荒く息をする。

 額には玉のような汗が浮かび、瞼が閉じかかっていた。


「だ、大丈夫か、カラミティ!」


「心配するな。眷属にする時は、いつもこうなのだ」


「いつもって……」


 眷属にするということは、人間を捨て去り、別の生物に入れ替えるということだ。

 それはまさに神の所業に等しい。

 つまり、大量の魔力を消費するということなのである


「これでお前は我が眷属だ。その力を持って、どこへでも行くがよい。その力であれば、魔獣など恐れるに足りぬであろう」


「し、しかし俺はあんたを――」


 守る、と言いかけたレイルを、カラミティはその唇に指を押し当て止めた。

 そして「ふふ……」と鼻で笑う。


「貴様に守ってもらわなくとも、我には多くの兵士がおる。それだけで十分だ」


「じゃあ、俺はあんたに何を報えばいい!」



「我を殺す方法を探せ……」



「――――ッ!!」


 レイルの顔が強張るのが見えた。

 一方、カラミティはころころとまた笑う。


「そんな顔をするなよ、レイル。貴様が我を絶対に守るというならば、貴様は我を殺せる唯一無二の眷属になれ。これは我の望みを否定するお主の罰だ」


「あんたを殺す眷属……」


「我はこれから眠りに入る。長い長い眠りになるだろう。それが永劫になるのかどうかは、お主次第だ。約束だ、レイル。我を殺せる方法を見つけて……くれ……」


 そう言い残し、カラミティは深い深い眠りについたのだった。


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