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第153話 伝説と伝説の邂逅(前編)

おかげさまでPVが1000万件、評価者数1000件越えておりました。

読んでいただいた方、評価していただいた方。

本当にありがとうございます。

 カラミティは初めてその男の名を聞いた場所は、自室だった。

 良い(ヽヽ)天気だったと覚えている

 稲光が閃き、大地を薙ぎ払わんと風が荒れ狂う。

 窓に叩きつける雨は、オーケストラのようであった。


 天然の楽団の演奏を聴きながら、カップの中の紅茶を飲む。

 何の味もしない。

 いや、味はするのだ。

 だが500年、何千種類という茶葉を浴びるように飲んできた。

 そして飽きた。

 舌に味を感じても、心に味を感じないのであれば意味がないのだ。


 カラミティはこの繰り返しだった。

 人や動物とは違い、茶はそのすべてが死滅しない限りは、半永久的に飲めるものだ。


 しかし、飲む方の心は違う。

 最初は「甘露」と興奮しても、やはり純真な心は腐っていく。

 いくら不老で不死であっても、心が死んでいくことは止められないのだ。


 人に伝説と畏怖される【不死の中の不死(ブラッディ・ブラッド)】。

 しかし、実態は無力感に苛まれる1人のちっぽけな存在でしかなかった。


 カップを置き、窓外に顔を向ける。

 ガラス窓に映った己の目の下には、薄く隈が出来ていた。

 最近、体調が優れない。

 いや、最近ではない。

 50年、……いや、100年前からだったように思う。


 そんな時間から、カラミティはこの世のことに飽きていた


 コンコン……。


 直後、ノックが鳴り響く。

 カラミティは眉を顰めた。

 おそらくゼッペリンだろう。


 何か珍しい茶菓子でも手に入ったのだろうか。

 そんな軽い期待をしながら「入れ」と威厳ある声を響かせた。


「失礼します」


 恭しく一礼して入ってきたのは、やはりゼッペリンだった。

 一瞬、開いた扉からは外の喧騒が聞こえてきた。

 どうやら秘書は、茶菓子ではなくトラブルを持ってきたらしい。


「どうした? 外が騒がしいようだが」


「恐れ入ります、陛下」


「で? 何用だ? 我の至福の(ヽヽヽ)時間を割くほどの事態。よほどのことなのであろうな」


「陛下に会いたいと申す者がおりまして」


 次の瞬間、カラミティはカップを投げつけた。

 ゼッペリンの鼻頭に当たり砕け散ると、盛大に残っていた紅茶を被る。

 それでも秘書官は眉1つ動かさなかった。


 カラミティは反省することも謝ることもない。

 ただ憤った。


「我に会いたい? 我はこの国の王だぞ。いくら我が国民に寛容とはいえ、アポもなしに会えると思うておるのか」


「仰る通りかと」


「ならば何故、ここに来た、ゼッペリン」


「それが……。人間なのです、陛下」


「人間?」


「はい。名をレイル・ブルーホルドと名乗り、陛下にお目通りを願っております」


「レイル…………。ブルーホルド…………」


 聞き覚えのない名前に、その時のカラミティは眉を顰めるのみだった。



 ◆◇◆◇◆



 別に人間が珍しいというわけではない。

 ドラ・アグマ王国には年間で200人ほどの人間がやってくる。

 そのほとんどが冒険者だ。


 かの伝説【不死の中の不死(ブラッディ・ブラッド)】を倒し、名を上げようという輩は、枚挙に暇がない。


 そしてそのほとんどが、その姿を見ることなく、領地に飲み込まれていく。

 運良く城に入れたとしても、城にいる骸骨将軍やゼッペリン以上の手練れが現れることはなかった。


 ゼッペリンによれば、その男は突然城の前に現れたのだという。


 城門前でカラミティに会わせてほしいと大声で怒鳴っていたところを、警邏のスケルトン兵に見つかった。


 抵抗することもなく、あっさり捕まったというが、カラミティに会わせてほしいの一点張りだという。


 そのまま殺すのは簡単だ。

 実際にそうしようと、スケルトン兵は槍を振り上げたらしい。

 だが、偶然にもゼッペリンの目に止まり、命を長らえた。


 いくつかの幸運に恵まれ、彼の望み通り、カラミティの前に引き立てられるという運びになったのだ。


「何故、望みを叶えてやったのだ、ゼッペリン?」


「男の望みを叶えたわけではありません。陛下の望みにマッチするかと思いまして」


「はっ! 確かに……。部屋で茶を飲んでいるよりは幾分マシであろうな」


 洗練されてはいないが、君主に対する気遣いとしては悪くない。


 かような男かはわからぬが、じっくり弄ぶのも良かろう。


(久しく拷問をしていなかったな。たまには、錆びた器具を動かしてやるのも一興か)


 そんなことを考えながら、カラミティは玉座に着く。

 ゼッペリンが合図を送ると、スケルトン兵たちは縄で縛った男を連れてきた。

 カラミティの前で跪かせる。

 抵抗することはなく、大人しく頭を垂れた。


 カラミティは眉を顰める。


 目の前にいるのは、随分と年を取った男だったからだ。

 いや、「随分」とはいったが、おそらく4、50歳といったところだろう。

 人参のような赤い髪に、顎の周りを覆う同色の髭。

 鉤鼻で、目はギョロリとして大きい。

 体つきこそがっしりとしているが、およそ戦士や騎士といった類には見えなかった。


 着ているものも、一般的な布の服。

 聞けば、武器となるようなものは、一切身につけていなかったという。


 ドラ・アグマ王国に来る人間のほとんどが若い冒険者だ。

 また時折、人間から供物として差し出されることもあるのだが、その時も若い男が選ばれる。

 【不死の中の不死(ブラッディ・ブラッド)】は、若い男の生き血が好きだと、人間の間では考えられているからだ。


 カラミティの中で、勝手に若い男だと思っていたので、こんなおっさん(ヽヽヽヽ)が来るとは思わなかった。


 すでに来るんじゃなかった感を漂わせながら、声をかける。


「面を上げよ」


 男は言われたまま顔を上げる。


 思わず「ほう」と呟いた。

 どこからどう見ても壮年の男性だ。

 しかし、濃い緑色の瞳は年を感じさせず、強く純粋に光っていた。


 長く生きているとわかるが、老いはまず人の目の光りからやってくる。

 ここが燻ると、人間は一気にふけていくものだ。

 例外は不老不死であるカラミティぐらいだろう。


 少なくともレイルという男の瞳は悪くない。

 髭を剃り、髪を整えれば、存外いい男なのかもしれない。


「レイルというそうだな?」


 レイルは黙って頷いた。


「まず問おう……。どうやってここまで来た。聞けば丸腰だったそうではないか?」


「丸腰だったのは敵意がないことを示すため。どうやって来たかは這ってだ」


「這う?」


 確かにレイルの服はひどく汚れていた。

 腹や胸の辺りは特にだ。

 一部は破け、袖口は完全になくなっていた。


「具体的な距離は?」


「レクセニル王国との国境からここまで……」


 にわかに信じられない話だ。

 だが、レイルの姿がすべてを物語っていた。


「では、本題に入ろう。レイル・ブルーホルド。そなたは何故、我に請願しに来たのだ。聞けば、そなた。レクセニル王国の住民で、北部出身だそうではないか。何故、そんな遠方からやってきた」


「難しい理由などない。陛下、我が村をそして我が友人を助けていただきたい」


 ただそう言って、レイルは頭を下げる。


 その頭の裏を見ながら、カラミティは笑った。


「助ける? 何か考え違いをしていないか。そなたは我の領民でもなんでもない。助けがほしくば、自国の王に嘆願すれば良かろう」


「おそらく、それは無理でしょう」


 レクセニル王国の北方。

 つまりレイルが住んでいた村の近くに大量の魔獣が発生した。

 王国は今、その対処に追われている。

 兵士は使い尽くされ、近隣の国に助命を請うほど異常な事態に陥っていた。


 後に“魔獣戦線”と名付けられる人類と魔獣の大戦である。


 レイルも真っ先に国に対して、助命を請うた。

 しかし、国は拒否した。

 小さな村を救うほどの戦力がないからだ。

 しかも国は兵力が足りないため、農兵をかき集めようとしている。


 実際、レイルの友人も戦場に借り出されていったのだという。


「俺は、俺を受け入れてくれた村を救いたい。俺を友人だと言ってくれた友達を救いたいんだ。どうか、カラミティ陛下。我々の村を救って欲しい」


 再びレイルは頭を下げるのだった。



 ◆◇◆◇◆



 渾身の直訴を聞いてもカラミティには何も感じられない。

 自分の前で命乞いをする人間とそう変わらぬ表情で、男を見下していた。

 カラミティは足を組み替える。


「ゼッペリン……」


「はっ」


「我に黙っていたな。魔獣の大群という話。今初めて聞いたぞ」


「我が国に害はないと考えましたので」


「嘘が下手だな、我が秘書よ。聞けば、我がすっ飛んでいくとでも思ったのだろう」


 ゼッペリンは頭を下げる。

 どうやらその通りだったらしい。

 主の嗜好を秘書官はよく心得ている。


 闘争は唯一カラミティが心躍る瞬間だ。

 戦っている時だけ、己が“生きている”ということを忘れさせてくれる。

 もし戦場がドラ・アグマ王国内にあれば、カラミティは今すぐすっ飛んでいっただろう。


「無用な気遣いだ。たとえ知ったとしても、国外まで出かけたりはしない。それに魔獣は好かん。ヤツらは味気がない」


 魔獣はこの頃から徐々にストラバールに出現した新種の生物だ。

 その実態は全くわかっていない。

 カラミティも何度か遭遇している。

 彼女の所感としては、通常生物よりも魔力を保有しているだけで、結局獣となんら大差はない、というものだった。


 それに魔獣の体液は往々にして臭い。

 人間の血の匂いには慣れたが、魔獣の血は1000年経ったところで慣れそうになかった。

 やはり戦さとは、知能あるものとでなければ面白くない。


 カラミティはレイルに向き直った。


「して……。具体的にお前は我に何をしてほしい。我に兵を出せというのか。それとも自ら指揮し、兵を貸せというのか?」


「それが出来れば有り難い……」


「馬鹿を申せ。我が兵を他国に入れることになる。……まあ、我は構わぬが、人間共が大騒ぎするぞ」


「心得ている」


「では、何を望む」


「俺をあんたの眷属に加えて欲しい」


「何……」


「あんたの眷属になれば、俺のような年齢の男でも、万の軍勢すら退ける力を授けられると聞いた。どうか――」


 カラミティは目を細める。

 それは軽蔑の眼差しであった。


 500年という歴史の中で、カラミティにこう請う輩はいなかったわけではない。

 彼女の美貌を崇拝し、眷属に自ら推挙するもの。

 ただ力を得たいもの。

 それは様々だ。


 だが、ひとまとめにいうなら、己の願望を叶えるためだけである。

 そこにカラミティのメリットはない。

 人間たちは、カラミティがみだりに眷属を増やすものだと考えているようだが、とんでもない勘違いだ。


 眷属とは、そうほいほい作れるようなものでも、便利な使い魔でもないのだ。


「眷属になるということはどういうことかわかるか?」


 レイルは首を振った。


「簡単だ。人間を捨てるということだ。一生我という獄に繋がれ、我と共に死なずに生きるということだ」


「そうですか」


 レイルは他人事のように息を吐く。

 そして言葉を続けた。


「元より俺は命を捨てる覚悟でここに来た」


 するとカラミティはすっくと立ち上がった。

 つかつかとレイルに近付いていく。

 「良い覚悟」だといって頭を撫で回す――そんな顔をしていなかった。


 容貌に浮かんでいたのは憤怒だ。


「愚か者!!」


 カラミティは蹴り上げた。

 その鋭い蹴りはレイルの腹に突き刺さる。

 それだけに留まらない。

 成人の男性が軽々と浮き上がり、そのまま壁に激突した。


 レイルは倒れる。

 意識はあった。

 思いの外頑丈な身体らしい。


 カラミティはその今にも意識が途切れそうな男の襟首を掴み、持ち上げる。

 虎のように激しく怒りを露わにしながら、カラミティは吠えた。


「我の前で軽々しく命を捨てるなどと言うでない。我が……。我がそれをどれほど渇望しているか! お主にわからんであろう!!」


「――――ッ!」


「死ぬな、レイル。我は許さぬ。死ぬことも、人間をやめることも。お主に死はもったいない」


 レイルは大きく見開く。

 だが、限界だったらしい。

 その瞼は閉じていった。


「ふん!」


 カラミティは鼻息を荒くすると、踵を返す。

 そのまま王の間を後にした。


長くなったので、前後編に分けます。


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