第152話 レミニアとママの秘密
急ぎお伝えすることがあり、緊急で更新しました。
後書きにてご確認ください。
「変わった人ですね」
王宮の中にある王立魔導研究所。
その一室にある研究室の中で、ハシリー・ウォードは呟いた。
自分の椅子に座り、書物を読みふけっている。
その言葉に反応したのは、部屋の主レミニアだ。
一旦王都に戻った【大勇者】は、ここのところずっと空を見続けている。
方角は東。
以前、この方向を見ることが出来なかったのだが、研究室を大改造した折に、場所を変えてもらったのだ。
いつもならニカラス村の方を見ている少女だったが、今日は違う。
今、父がいるドラ・アグマ王国を見つめていた。
そのレミニアが反応する。
くるりと赤髪を翻した。
「なんのこと?」
「レイルですよ。伝説の勇者」
「ああ……」
ハシリーが読んでいるのは、王に命ぜられて作ったレイル・ブルーホルドに関しての調査書の写しだ。
「こうして見ると、謎の多い勇者ですよ。出生地も曖昧ですし」
「それは仕方ないんじゃない?」
出生地が定まらないのは、過去の偉人にはよくあることだ。
レイルの生誕地といっておけば、珍しがって人が集まる。
騎士や冒険者を目指す卵にとって、巡礼スポットになるだろう。
「はい。ただ戸籍上の出生地でも彼については、曖昧なんですよ。そもそも両親が特定されていませんし」
「村での評判はどうだったの?」
「良かったみたいですね。人情味があって、優しくて、正義感が強い」
「まるでパパみたいね」
「そう言えば似てますね。冒険者として注目されたのも、冒険者としての適齢期を過ぎた頃ですし」
ただこの手の噂も当てにならない。
ガルベール全土で『勇者』として認知されている人間だ。
その性格が、粗忽で乱暴者と報告するものは少ないだろう。
200年も経っているのだ。
随分、美化されている可能性も十分にありうる。
「冒険者をする前は、何をしていたの?」
「木こりとありますね。これは間違いないようです」
「木こりか……」
「やはり信じがたいですね。冒険者でもなく、実戦経験もなかった人が、100万体以上の魔獣を屠った。夢みたいな出来事ですけど、ギルドの記録上に残っていることですからね。――ん? どうしました、レミニア」
ハシリーは書物から顔を上げた。
レミニアが難しそうな顔をしている。
ここのところ、ヴォルフを心配しすぎるあまり、全く仕事が手につかなくなった【大勇者】が、真剣な表情を浮かべていた。
「どうしました、レミニア?」
「冒険者でもなく、実戦経験もない――ちょっと気になるわね」
「僕にもわかるように話してくれませんか?」
ハシリーは説明を求める。
だが、帰ってきたのは質問だった。
「……ハシリー、レイルの生家ってどこにあるの?」
「割と近いですよ。王都の北方にある小さな村ですけど」
「わかったわ」
レミニアは身支度を始めた。
「ちょ! 今から行くんですか? 待機といわれているのに」
「レクセニルから出るわけじゃないわ。何かあれば、転送魔法ですっ飛んでこれるし、問題ないわよ」
ハシリーにコートを投げる。
そのままレミニアは、研究室を出て行った。
風のような速さに、秘書は唖然とする。
「ああ! もう! 相変わらずうちの【大勇者】様は!」
ガリガリと短めの髪を掻きむしる。
慌てて、レミニアの後を追うのだった。
◆◇◆◇◆
レイル・ブルーホルドの生家があるのは、王都北方。
レカンサという山麓にある村だった。
山に囲まれた土地で、冬は寒く、近くに大きな湖があるため雪が降り、王国の中でも屈指の豪雪地帯だった。
その特色を除けば、ニカラスと似たようなのんびりとした村だ。
老人が多く、若者が少ない。
田畑や牧畜が盛んなところも、よく似ていた。
レミニアとハシリーは、村人から直接レイルの伝承について聞いて回った。
報告書以上のことは出なかったが、総じて村人は感謝していた。
「レイル様がいなければ、村はなかった」
200年経った今でも、村人達は口を揃えてこう言った。
実は、初めて魔獣戦線が観測された土地は、この山を越えたところなのだ。
王国と隣国の国境付近。
そう。最初の魔獣戦線は、ここレクセニルで行われたのである。
近隣の領主から避難を指示された。
しかし、村にいるのはほとんど老人だ。
近くの街に避難するにしても、体力が続かない。
ほとんどの人間が村に残ったという。
ある時レイルはこう言った。
『オレがどうにかする』
そう言って、ふらりといなくなった。
数日後、彼は帰ってきた。
100万体の魔獣を屠るほど、強くなって……。
「強くなって戻ってきた時、うちのご先祖様はこう思ったそうです」
何かレイル・ブルーホルドが完成したような気がした、と……」
「完成した?」
「わしもよくわかりません。たぶん、本来の姿を取り戻したという意味だと思います。それほど、レイル様については謎なところが多いのです。一応、我が村はレイル様の生家となっていますが、彼がいつからこの村にいたのか誰も知らないのです。気がついたら、ここで木こりをしとったとです」
「長老さん、レイルが木を切っていた場所ってどの辺り?」
長老に教えてもらうと、レミニアは早速山の中に入っていった。
ほとんど獣道といっても差し支えない山道を登りながら、ハシリーは尋ねる。
「そろそろ教えてくれませんか? レミニアの目的を。父上と似ているレイルに興味を持った――そんな安直な考えじゃないですよね?」
「確信が持てたら話して上げる」
突然、レミニアは探知の魔法を放つ。
明らかに何かを探していた。
何度かため息を吐きながら、ハシリーは上司に付き合う。
やがて、【大勇者】は「見つけた」と鋭い声を上げた。
道を外れ、茂みを掻き分けながら山を登る。
しばらくして、ぴたりと足を止めた。
「ここが目的地ですか?」
ハシリーは周りを見渡す。
が、何か変わったところはない。
木々が伸び、草花が生い茂っている。
大量の落ち葉が地面に敷き詰められていた。
当然、人の気配も痕跡もない。
「何もないですよ」
「まだまだね、ハシリー。魔力を感知してみなさい」
ちょっとムッとしてから、秘書官は心を落ち着けた。
集中し、周囲の魔力を読み取る。
「あ……」
顔を上げた。
見たが、そこにあるのは草葉だけだ。
だが、確かにある。
巨大な魔力の痕跡が……。
「何なんですか、これ……」
かなり大規模な魔法を行使しない限り、ここまで魔力が定着することはない。
しかも、かなり魔力の痕跡は古い。
鑑定の自信はないが、数百年単位のものだ。
「わからないわ」
レミニアは【大勇者】であり、そして天才だ。
その彼女でもわからないというのは、よっぽどの事なのだろう。
「でも、レミニア……。ここに来たってことは、何か確信があって見つけたってことですよね」
「まあね」
「何なんですか?」
「レイルの経歴が、ある人と似ていると思ったのよ。だから、もしかしてその人のところにもあるんじゃないかなって思っただけ……」
「ある人……」
「わたしのママよ」
「レミニアのお母さんですか……!」
ハシリーにも覚えがあった。
レミニアの経歴を調べた時に、彼女の母親について調査したからだ。
だが、結局誰なのかわからなかった。
レミニアの母親は優秀な論文を多く残している。
自国他国、国立私立問わず、あらゆる研究機関に照会したが、それでも特徴と一致する人間を突き止められなかった。
正直、ヴォルフの妄想だと思ったことすらあったのだが、そんな嘘を吐くような人間には見えない。
結局「不詳」と経歴には書かれていた。
言われてみれば確かに似ている。
出生や両親が不明な点も。
「わたしね。何度かパパとママがあった場所を調査しているの。そこにもあったのよね。大きな魔力の残滓が……」
ハシリーは息を呑む。
何故か手が震えていた。
それはとんでもない点と点を結ぶ――線のような気がしたからだ。
「やっぱり、わたしの推論は当たっているかもしれないわね」
「レミニアの推論?」
すると、レミニアはニコリと笑った。
少し血の気の引いた秘書官を安心させるためだ。
「ハシリー、今はまだ他言無用でお願いするわ。パパにもね」
「わかりました」
「恐らくだけど、レイルもわたしのママも、この世界の人間じゃないわ」
「え……」
「向こう側の世界――つまりエミルリアの住人だと思う」
「な、なんですって!!」
「でも、つじつまは合うでしょ? この世界にいない人間。彼らが住んでいる場所の近くにあった大規模魔法の痕跡……。おそらくこれは、エミルリアから来るための転送魔法だと思うわ」
ハシリーはすぐに飲み込めなかった。
レミニアの発想はあまりに飛躍しすぎて、理解ができない――というよりは、単純に信じることが難しかった。
そもそもエミルリアは、魔獣の世界だ。
そこに知的生命体が生きているとは考えられない。
しかし、レミニアの言うとおり、辻褄が合う部分はある。
「じゃあ……」
するとハシリーはある考えに取り憑かれた。
仮にレミニアの母親がエミルリアの住人だとするならば……。
「レミニアはエミルリア人……」
呟くと、レミニアは笑う。
少し自嘲気味にだ。
「そういうことになるわね」
ハシリーは何も言えなかった。
2人は王都に無言のまま帰還するのだった。
明日6月8日に京都市の梅小路公園で行われる
『わくわく梅小路フェス2019』に急遽参加することとなりました。
そこでは著書などを販売させていく予定でして、
些少ではありますが、『アラフォー冒険者、伝説になる』1巻も販売させていただきます。
訪れた方にフェス限定のSSを付けさせていただく予定なので、どうぞお近くの方は是非遊びに来てください。
そして……!
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早売りの書店様ではすでに店頭に並んでいるようです。
土日のお供にいかがでしょうか?
こちらもよろしくお願いします。
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