第151話 お茶会
「あはははははは……」
華やかともいえる笑声が、部屋を包む。
ベルベットのカーテンが囲んだシックな色合いの部屋。
落ち着いており、上品な魅力があった。
そこに咲いた白い花――カラミティ・エンドは、革張りのソファに腰掛け、大口を開けて笑っている。
危なくティーカップから、紅茶がこぼれるところだった。
いや、実際こぼれていた。
薄いガラスで出来たテーブルに、点々と紅茶がこぼれる。
まるで赤い血のようだ。
ヴォルフはふんと鼻息を荒くしながら、紅茶を拭った。
カラミティの従者でもなんでもないのだが、他に人がいない。
彼女の秘書だというゼッペリンという不死者もいなかった。
ドラ・アグマ王国君主自ら、人払いを望んだのだ。
といっても、扉の向こうに2つの気配を感じる。
じっと息を潜めているが、ヴォルフの探知能力は伊達ではない。
おそらくゼッペリンと、もう1人は骸骨将軍だろう。
将軍はヴォルフに真っ二つにされたものの、もう復活していた。
視線をカラミティに戻す。
ようやく笑気が薄れつつあった。
片方でティーカップに指をかけ、片方で涙を拭う。
その表情は、700年生きている伝説とは思えない。
レミニアと同じ10代少女にしか見えなかった。
「まさか知らずに戦っていたとはな。我はてっきりお主が、我を喜ばせるためにわざわざあの舞台に立ったものだと思っていたぞ。ぷく……。くはははは……」
また笑い出す。
見かねたヴォルフは布巾を畳むと、カラミティを睨んだ。
「笑い事じゃないぞ」
「だが、良かったではないか」
「どこが良かったんだ」
「あの者たちはお主の強さを知った。これで、この城に滞在したとしても、お主の命を狙うものはいまいて」
「さりげなく不吉なことを言うなよ。俺はお前とお茶をしにきただけだぞ」
ようやく落ち着いたところで、ヴォルフはティーカップに指をかけた。
鼻を近づける。
良い茶葉の匂いがした。
少なくとも毒は入っていないらしい。
口を付ける。
うまい……。
苦みの中に、上質な甘みがある。
温度もちょうどいい。
運動した後の身体を温め、冷えた内臓をほぐしてくれるような感覚がある。
てっきり真っ赤な鮮血でも飲まされるのかと思ったが、伝説の舌は他の人間とそう変わらないものらしい。
「ところでさっきの台詞は俺の聞き間違いか? 滞在という言葉が聞こえたのだが」
「なんだ? 泊まっていかないのか?」
「大事なことなので、2回いうぞ。俺はお前とお茶をしにきただけだ」
「連れないことをいうなよ。お主とて、なんの利もなく我に会いに来たわけではあるまい」
ヴォルフは慎重にティーカップを置いた。
返答を返すのに、少し間を置く。
カラミティの言うとおりだ。
確かにヴォルフは目的があって、ここに来た。
聖槍ロドロニスの奪還。
そしてレクセニル王国への度々の侵攻を辞めるよう忠告するために。
国王や、ヴォルフに聖槍の奪還を依頼した司祭リンダにとって、それが悲願であろう。
けれど【剣狼】からすれば、それはあくまで建前でしかない。
「確かに……。お前に言いたいことは色々ある」
「で――あろうな」
「だが、俺がここに来たのは、カラミティ――」
お前を救うためだ。
「――――ッ!」
再びティーカップに伸ばそうとした手を、カラミティは止める。
細い眉をピクリと持ち上げた。
顔を上げると、そこには真剣な眼差しを送るアラフォーの男が座っている。
すると、カラミティはプッと吹きだした。
また軽やかな声が、ベルベットに包まれた部屋に響き渡る。
「何を言うかと思えば……」
「誤魔化すなよ、カラミティ」
「なに?」
「俺にはわかる。あんたは死にたいんじゃない。そして誰かに殺してほしくて、戦いを望んでいるわけじゃない」
ヴォルフにはどうしても理解できないことがあった。
カラミティの望みは己の“死”だ。
それを聞いて、人は納得する。
長く生きていれば、当然かも知れない。
生に飽きているのだと……。
何故だ……?
何故、人はそれで理解できるのだ。
生きることに飽きる人間などいるだろうか。
飽きたからといって、死を望む人間など本当にいるのだろうか。
ヴォルフには到底理解できない。
若く、冒険者だった時、ヴォルフは幼い頃思い描いていた冒険者像とはかけ離れた生活をしていた。
いつものように薬草を採り、時々魔獣を狩ったりしていた。
無為で空虚な人生だったと思う。
そんな時ですら、ヴォルフは死を望まなかった。
「死を望むものなどいない。たとえ、不死であろうと……」
そうだ。
だったら、死を望まないのに死んでいった人たちが可哀想だ。
ヴォルフの脳裏にちらつく。
あの山で出会った女の顔が……。
いつの間にかカラミティの笑声が消えていた。
ただ絡めたティーカップを持ち上げ、少し冷めてしまった紅茶を飲む。
カップを置き、今一度ヴォルフに向き直った時、カラミティはこれまでにない柔和な笑顔で、こう言った。
「やはり似ているな」
「似ている? 誰にだ?」
「お前も知っておろう。お主たちが、伝説と称す男の名前よ」
「まさか……」
レイル・ブルーホルド……。
「ああ。そっくりだ」
「気になってはいたが、あんたとレイルはどういう関係なんだ」
彼が消息不明になって200年。
それほどの月日が経ったにも関わらず、カラミティはレイルに執着している。
その関係は、単に真祖と勇者というわけではないだろう。
「有り体にいえば、主人と従者だ」
「主人と……従者!? ちょっと待ってくれ。じゃあ、レイルは……」
「そうだ。レイル・ブルーホルドは、我が洗礼を受け入れた眷属よ」
「1つ確認したい。あんたの洗礼とやらを受け入れると、どうなるんだ」
「我と同等とまでは行かぬが、人間の限界程度なら軽々と越える力を手に入れることが出来る」
「な――。じゃあ……」
レイル・ブルーホルドが打ち立てた数々の伝説。
それは、カラミティの眷属になったから。
言ってみればそれは、ヴォルフにとってレミニアのような関係だったのかもしれない。
45歳という遅咲きながら冒険者となり、約100万体以上の魔獣を屠り、1度目の魔獣戦線を退けた英雄。
それがカラミティによる強化だと考えるなら、辻褄も合う。
だが、にわかに信じがたい話だ。
「な、なあ、カラミティ。洗礼というのは?」
「我が血を受け入れることだ」
「そんなにお前は、気安く人に血を与えているのか?」
「我を低能な吸血鬼どもと一緒にするな。我の血は高貴なものぞ。易々と人にやるものか。生涯において、我の洗礼を受けたのは、2人しかおらん。レイルと、部屋の外におるゼッペリンぐらいなものだ」
「そ、そうか。じゃあ、なんでお前はレイルに血を与えたんだ」
「なんでだと思う?」
「………………好き、だったとか?」
「――――ぷっ」
カラミティは再び吹きだした。
身体をくの字に曲げ、笑い転げる。
馬鹿にされているような気がした。
ヴォルフはレミニアのように頬を膨らませる。
は~あ、といいながら、カラミティは涙を拭った。
「正直にいうと、我にもわからぬ。200年前の話だ。よくも覚えておらんからな」
「レイルはどんな人間だった」
「言ったであろう。お主とよく似ている。お節介なヤツだった」
「話をしてくれないか?」
「さして面白い話ではないぞ」
カラミティは冷めたカップを手に取る。
薄く笑みを浮かべ、昔を懐かしむように200年前の出来事を語り始めた。
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6月10日までなので、ふるってご参加ください。
よろしくお願いします。
また2巻からイラストレーター様が変更になります。
『普通のおっさんだけど、神さまからもらった能力で異世界を旅してくる。疲れたら転移魔法で自宅に帰る。』シリーズでお馴染みの吉武様に描いていただきました。
近日発表されるイラストを是非ご確認ください!