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第148話 伝説の誘い

 十六夜を背に、白い髪が揺れていた。

 影にありながら、そのワインレッドの瞳は怪しく光っている。

 細身に、そして魅力的な身体。

 英雄譚に出てくるサキュバスのようでありながら、ヴォルフはつい呟いた。


「綺麗だ……」


 素直な感想だった。

 恋人と呼べる人間がいて、可愛い娘がいて、それでもヴォルフは口にせざる得なかった。


 唐突な称賛に戸惑ったのは、カラミティも一緒である。

 一瞬、ぴくりと眉を動かす。

 その無垢な顔は、よほど伝説と呼ばれる存在から外れていた。


 やがてカラミティは笑い始める。

 身体をくの字に曲げ、軽やかな笑声を響かせた。


「再会して、すぐにその言葉とはな。称賛には慣れてはいるが、よもやこの場面で聞くとは思わなかった。よほど腹が据わっていると見える」


「すまん。根が正直なのだ」


 あっけらかんとヴォルフは言った。

 【剣狼(ソード・ヴォルバリア)】は嘘をつけない。

 剣の腕は確かでも、その点についてはストラバールで1番下手くそなのだ。


 その返しすら、カラミティの腹を刺激したらしい。

 笑気を思う存分吐き出す。

 ここが敵中であることなどお構いなしだ。


 このままではカラミティの笑顔を見るだけになる。

 そう危惧したヴォルフは、話を続けた。


「何をしにきた? どうやら1人のようだが?」


「ああ。1人だ。もっとも今頃、我が王宮はひっくり返っておるだろうがな」


「何も言わずに来たのか?」


「むしろ問うが、我の外出に部下の許可が必要なのか?」


 ヴォルフは思わず額を押さえた。

 ほとんど会話らしい会話もしたことがないが、あのカラミティの秘書――ゼッペリンに思わず同情する。


 ともかく本物らしい。

 数合打ち合っただけだが、カラミティならそう答えるだろうと思った。


「さて、ヴォルフ・ミッドレスよ。お主は聞いたな、我に。何をしに来たか、と」


「ああ……」


「我はそなたを誘いにきた?」


「誘い? 俺に仲間になれとでも?」


「ふむ。それもなかなか魅惑的な響きだ。だが、有り体に言おう」



 我はそなたに興味がある……。



「は?」


「故に、そなたを我が茶会に招きたい」


「茶会? それは俺1人か?」


「そう。誘うのはお主だけだ」


「なんで俺だけ?」


「何度もいわせるな。そなたに興味があるからだ」


 どうも要領が得ない。

 ヴォルフは頭を掻いた。


 【剣狼(ソード・ヴォルバリア)】といえど、男の端くれである。

 美人に興味があるといわれて、悪い気はしない。

 それも伝説の存在【不死の中の不死(ブラッディ・ブラッド)】だ。

 ヴォルフとて興味がないといえば、嘘になる。

 たとえ、レクセニルを侵犯した国の首魁だとしてもだ。


 それにどうもヴォルフは、この目の前の少女が憎めないでいた。


 確かにカラミティはレクセニルからすれば、大悪人だ。

 恩人であるツェヘスを斬った前科もある。

 その部下によって、レクセニルはすでに多大な損害を受けている。


 だが、彼女を憎めないのは、そこに何か思惑や計画的なことを感じないからだ。


 ただ戦いたい。

 他国を滅ぼしたい。

 しかし、そこになんら背景を感じないからこそ、カラミティは厄介なのだ。


 見方によっては、その方がよっぽど(たち)が悪いだろう。


 しかし、彼女はあまりに純粋だ。

 己の死を望んでしまうほどに……。


 お節介なおっさん冒険者は、すでにこの時、彼女をどうにか救えないか、と考えていた。


「何故、俺に興味がある?」


「お主が強いからだ」


 身も蓋もないというか。

 ド直球な反応が、即答で返ってきた。


「我の攻撃を受けて防いだどころか、我を斬った。そんなヤツ、700年も生きてきて初めてのことなのだ。要は、我はお主に惚れたのよ」


「惚れ……」


「ぬっ! 勘違いするでないぞ。惚れたというのは、お主の強さであって、容姿やその他のことではない。そこを勘違いするな」


 『勘違い』という言葉を2度使って否定する。

 真っ白な頬は幾分か赤くなっているような気がした。

 700年も生きているというのに、その反応は10代の生娘のようだ。


「で――。どうする、ヴォルフよ。我の招待を受けるか?」


「質問を質問で返すようで悪いが、俺に拒否する権利はあるのか?」


「くははははは! それは考えていなかった。拒否されるとは思っていなかったからな」


 大した自信だ。


 ヴォルフは軽く項垂れた。


「3日後、我が王宮にて待つ。何人で来ても構わぬが、お主以外の人間と我が会うつもりはない。その時は、我が眷属が熱烈な応対するので、そのつもりでな」


 一体、どんな応対なのだろうか。

 熱烈とは……。


「伝えることは伝えた。それでは、さらばだ」


「待て、カラミティ。1つ確認したいことがある」


「ん?」


「本当なのか? お前が死にたがっているというのは……」


 先ほどまで自信満々に話していたカラミティが、急に口を閉ざす。

 1度唇をギュッと結んだ。

 だが、やがて泡のように浮かび上がってきたのは、笑顔だった。


「お主にはわからぬことであろうよ」


 それはカラミティが見せた初めての寂しい笑みだった。


 わっと翼を広げる。

 周囲の空気を掻きむしると、翻った。

 (レク)の方へと飛んでいく。


 ヴォルフはその後ろ姿が消えるまで、十六夜の月を見続けていた。



 ◆◇◆◇◆



「「カラミティ・エンドの茶会に誘われた!?」」


 声を合わせ、驚いたのはレミニアとハシリーだった。

 翌日行われた対策会議。

 その席上で、2人の声が響き渡る。

 レミニアもハシリーも身を乗り出し、ヴォルフに迫った。


 レッセルは咳を払う。

 ともかく、その場の空気を打ち払った。


 同じく出席したムラド王も驚いている。

 ツェヘスも眉間を揉んで、表情の変化を誤魔化した。


 ヴォルフは昨日会ったことを洗いざらい喋った。

 といっても、彼女と会ったこと、そして茶会に誘われた以外、特に何かあるわけではない。


 だが、この時のヴォルフの決断がさらに場を混乱させた。


「俺は出席しようと思う」


 場の空気が張り詰める。

 【大勇者(レジェンド)】すら息を呑んだ。


 厳かな声で空気を断ち切ったのは、ムラドだった。


「余は反対だ。これは明らかに罠であろう」


「お言葉ですが、……陛下。俺は、カラミティが罠を張るような人間とは思えないのです」


 カラミティがその気になれば、レクセニルを滅ぼすことも容易かったはずだ。


 なのに、彼女はしなかった。

 むしろ――これはあくまでヴォルフの勘だが――罠や策略といったものからは縁遠いように感じる。

 いや、卑劣な罠を憎むタイプの人間だろう。


「まあ、悪いこととは思えませんね」


 そういったのは、会議に列席したリンダだった。


 ラムニラ教の司祭は、どうやら朝が弱いらしい。

 ヴォルフと同じく王宮に泊まったようだが、まだ朝食も摂っていなかった。

 故に、彼女の前には紅茶が置かれ、焼きたてのパンの匂いが会議室に漂っている。

 実に自由奔放な司祭様だ。

 レッセルは神経質そうに表情を歪め、1度送ったリンダへの視線を切った。


 パンを頬張りながら、リンダは口を開く。


「もぐもぐ……。これはドラ・アグマ王国に持ち込まれた聖槍を奪回するチャンスです」


「で、でも……。そのためにパパが危険な目に……」


「万の兵士を差し向けるより、【剣狼】ヴォルフ・ミッドレスを1人向かわせた方が、よっぽど効率的と思いますけど――おっと!」


 リンダが持っていたティーカップが真っ二つに斬れる。

 残っていた紅茶が溢れ、1枚板のテーブルに広がった。

 ぽたりと滴が落ち、リンダのふくらはぎにかかる。


 司祭の前に立っていたのは、ミケだった。

 雷獣の姿ではない猫の姿のままだったが、その爪の鋭さは変わらない。

 双眸異色の瞳を、司祭に叩きつけた。


『万の兵士がダメで、ご主人の命ならいいっていうのかにゃ』


「ミケ……」


 ヴォルフは相棒を諫める。


 その一言でミケは引いたが、終始リンダを睨んでいた。

 一方、司祭は動揺した素振りすら見せない。

 紅茶がかかったパンをパクリと食べていた。


「ミケの言う通りよ。パパが危険だわ」


 レミニアはミケの肩を持つ。

 横のハシリーも同じ意見だ。

 改めて、茶会出席を拒否した。


 だが、当の本人は違う。


「俺は出席しようと思う」


「パパ!!」


「この事件……。聖槍の件も含めて、俺はカラミティ・エンドという伝説の存在を知ることが1つの手がかりだと思っている」


 聖槍ロドロニス。

 レイル・ブルーホルド。

 ラーナール教団。


 すべてカラミティにつながっているように見えて、何か違和感を覚える。


「だが、1つピースがはまっていないように思う。だから、俺はカラミティに会いたい。会って、あいつのことを知りたいと思っている」


「パパ……」


 すると、レミニアはジト目で睨む。


「そんなことを言いながら、もしかしてあのカラミティに何か含むところがあるんじゃないわよね」


「い゛!!」


 何故か、変な声が出てしまった。

 レミニアはなおも詰問する。


「わたしはまだ見たことないけど、すっごい美少女なんでしょ? まさかパパ……。その美貌にほだされたわけじゃないでしょうね?」


「そ、そんなわけないよ、レミニア」


「もし、そうなら……」


「そうなら……」


「あのエミリっていう女に告げ口してやるわ」


「え゛え゛!!」


 いや、さすがにそれは困る。


 レミニアだけでもしどろもどろなのだ。

 ここにエミリがいたら、さすがのヴォルフも抗しようがない。


 紺碧の瞳を右往左往させる。

 しかし、助け舟を出してくれる人間はいない。

 逆にみな、口元を抑え笑っていた。

 無敵の【剣狼】が娘にタジタジなのだ。

 これほど、珍しい光景はない。

 眼福ものだった。


 その後、議論は紛糾した。

 話し合った結果、ヴォルフは茶会に参加することが許される。

 ただし、いくつか条件を出した。

 ドラ・アグマ王国とレクセニル王国の国境ギリギリに軍を展開すること。

 何かあった時、速やかにヴォルフを救出するためだ。

 そこにはレミニアも参加する。


 他にも色々な条件がなされ、3日後ヴォルフはドラ・アグマ王国の国境をまたぐのだった。


最新作『上級貴族に殺された軍師は魔王の副官に転生し世界征服をはじめる』が、

クライマックスを迎えております。

もし良かったら、週末のお供に読んでください。

よろしくお願いします。

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