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第145話 姫との抱擁

ようやく……といった感じです。

 シャアアアアアアンンンン!!


 鋭い。

 絹を裂くような音だった。

 鮮血が飛び散る。

 やたらと生温かい。


「え?」


 さしもの【剣狼(ソード・ヴォルバリア)】も戸惑う。

 ハッと顔を上げた。

 口端から血を垂らした男と、目が合う。

 カラミティに似た赤い瞳は、激しい感情に揺らいでいた。


 それは痛みに耐えているというよりも、矛盾した激情に堪えているように見える。


 男は腹を貫かれていた。

 カラミティの手だ。

 (レク)の肌のように美しい指。

 それが、今部下の鮮血で濡れていた。


 カラミティは何も言わない。

 ただ一瞬、眉を動かすのみだった。

 躊躇うことなく、腕を引く。


「どけ、ゼッペリン……」


 仲間の腹を貫いた直後。

 なのに、カラミティの声は寒気がするほど冷徹に響く。

 さも当たり前といったように、前面に立った男を。



 蹴飛ばした――!



 空気を斬り裂き、ゼッペリンは吹き飛ばされる。

 レクセニル平原に揺れる野草を抉り、止まった。


「お、おい!!」


 思わずヴォルフは叫ぶ。

 顔を吹き飛ばされた不死者の方を向けた。


 だが、声が聞こえる。

 冷たい舌で耳を舐められたように冷たい……。



 どこを見ている……。



 カラミティの拳が高速で飛来する。

 ヴォルフはそれを目の端で捉えた。

 頭を下げるように身を屈める。

 鉤突きが、頭の上を通り過ぎていった。


 体勢不十分な状態から振り上げる。

 それは剣ではない。

 拳だ。


 カラミティに斬撃など無意味だ。

 すぐに再生してしまう。

 そんな体質の彼女にとって、防御すら頭にないのだろう。


 故に威嚇は無意味だと悟った。

 衝撃によって、身体を吹き飛ばす以外にない。


 ぐきぃ!


 鈍い音が鳴る。

 ヴォルフが貫いたのは、カラミティの下顎だ。

 骨を砕く音が聞こえる。

 これ以上にない完璧なインパクトだった。


 ふわり、とカラミティの身体が浮く。

 満月の夜に打ち上がると、ドラ・アグマ王国軍が控える場所まで飛んでいった。

 草葉の中に倒れる。

 それでも、カッと紅い瞳は開かれた。

 砕かれた骨はすぐに再生する。

 ズレた顎を自らの手で戻し、ニヤリと笑った。


「くははははは……! 実に気持ちいい、ヴォルフ・ミッドレス。逢瀬以上の快感よ。よもや、こんな夜を堪能できるとは、望外の喜びというもの。さあ、まだだ……。もっと戦え(あそべ)。もっともっと争え(あそべ)。我を楽しませろ」


 白い髪を乱しながら、カラミティは狂笑した。


 一方、ヴォルフの表情は硬い。

 口元を真一文字に結び、紺碧の瞳を細めている。

 怒り――わずかな困惑。

 複雑な顔を浮かべていた。

 やがて唇を動かす。


「まるで子供だな」


「なんだと……」


「俺には子供がいてな。頭のいい子だったが、昔時々癇癪を起こすんだ。子供だから仕方ないとは思う。けど、あんたは700年も生きているんだろ?」


「このカラミティ・エンドに説教を垂れるか?」


「俺はあんたの親でも親族でもない」


「無論だな」


「だが、子供が間違ったことをすれば叱る。時にはこいつでな」


 ヴォルフが拳を見せる。

 その瞬間、フッと消えた。

 カラミティの瞳が動く。

 かすかに【剣狼】の動きを捉えていたのだ。


「そっちか!!」


 カラミティは右を向く。

 だが、もうそこにはヴォルフはいなかった。


「こっちだ!」


 聞こえてきたのは正面からだった。

 表情は変わらない。

 口を結んでいた。

 カラミティは嬉しそうに笑みを浮かべる。

 その緩んだ顎に向かって、ヴォルフの攻撃が襲いかかった。


 チッ!!


 微かに顎の先を捉えただけの拳打だった。

 派手さはない。

 顎が切れることはなかった。

 しかし、カラミティの形の良い顎が、かくりと揺れる。

 白目を剥き、膝を突いた。


 頭から倒れそうになるのを、ヴォルフが受け止める。


 そっと……。

 泣き疲れた子供を寝かしつけるように。

 カラミティを寝かせた。


「これでいいのだろう?」


 ヴォルフは振り返る。

 立っていたのは、ゼッペリンだった。

 彼もまたカラミティの眷属らしい。

 貫かれた腹がどんどん再生する。

 その速度は、彼女よりも遅いが、人間から見れば十分脅威だった。


 ゼッペリンは頭を下げる。

 意外だった。

 まさか不死者に謝られるとは思わなかった。


「かたじけない」


 すると、その伝説に敬意を払うようにゼッペリンはカラミティをすくい上げた。

 横に抱くと、ドラ・アグマ軍の方へと歩き出す。。


「あんた、名前は?」


「ゼッペリン……。カラミティ様の秘書だ」


「そうか。なら、カラミティが起きたら伝言を頼まれてくれないか」


「承ろう」


「“遊び相手が欲しいなら、いつでも相手してやる。でも、他の者に迷惑をかけるな”とな」


 ゼッペリンは1度息を吐いた。

 主に目を落とす。

 骨のように白い髪が、夜風に揺れていた。

 すぅすぅ、と穏やかな寝息が聞こえる。

 うっとりするほど、美しい。

 しかし、起きた瞬間、主は烈火の如く猛り狂うだろう。


 今のヴォルフの言葉が、どれほどの慰めになるかわからなかった。


 言葉をいう前に、1、2度首を吹き飛ばされるかもしれない。

 それでも――。


「善処しよう」


 そう言うのが精一杯だった。


 ゼッペリンは歩いていく。

 全軍を伴い、静かに不死の軍団はレクセニル王国から引き揚げていった。



 ◆◇◆◇◆



 粛々と不死の軍団は踵を返す。

 撤退していくのだ。

 だが、眼窩の奥の光は強い。

 呪いのような怒りを含んでいる。

 おかげで、その背中が地平の彼方に消えるまで、誰1人動こうとはしなかった。


 やがて陽が昇る。

 光が闇夜を洗う。

 鮮やかな青い空が、天上を覆った。


 まるで今までのことがすべて夢ではなかったのか、と。


 それほど美しい夜明けだった。


「終わったのか……」


 誰でもない。

 誰かが呟いた。


 現実感はない。

 勝ったのか負けたのかすらわからなかった。


 それでも諸手を突き上げ、人知れず誰かが凱歌を歌い始める。

 波のように広がった。

 それは勝利の時にのみ歌うものだ。

 兵士たちは戦の結果を、とりあえず勝ったということにして、心に残るぼやけた感情を塗り潰そうとしていた。


 そうでなければ耐えられない。


 かつてない恐ろしい夜だった。


 そんな中。

 明るい声が凱歌が響く最中、聞こえる。


「ヴォルフさん!!」


 じっとドラ・アグマ王国軍が去った方を見ていたヴォルフは振り返る。

 2人の騎士が立っていた。

 1人は背の高い騎士。

 もう1人は、1人目と正対するような背の低い騎士。

 1人は笑顔、1人は唇を尖らせ、表情まで反対だった。


 ヴォルフは言った。


「さて……。お会いしたことがありましたかな、騎士殿」


「え?」


 ヴォルフはレクセニル王国では死んだことになっている。

 半ば追放も同然に、国を去っていった。

 そんな人間が、騎士団の人間と親しげに挨拶をするのは、不味い。


 気を遣ってくれているのか。

 それとも本当に違う人なのか。

 そう思った。


 だが、ヴォルフは薄く笑った。


「冗談だよ、エルナンス」


「わあ。やっぱりヴォルフさんなんだ」


「当たり前だろ。あんな化け物と差しでやるなんてストラバールでも、このおっさんぐらいしかいねぇよ」


 早速、マダローが悪口を言う。

 だが、帰還を喜んでくれているらしい。

 ちらちらとヴォルフの方を向いていた。


「お前が相変わらずで良かったよ、マダロー。だが、割と冗談ではないぞ。2人とも見違えた。強くなったな」


 歯を見せ、ヴォルフは気さくに笑う。


 郷愁を誘う笑みだった。

 エルナンスとマダローに、彼と過ごしていた時の記憶が蘇る。

 すると、背の高い騎士の目に涙が浮かぶ。

 ぼろりぼろりと頬を伝い、緑の草原に落ちた。

 マダローの目も赤い。

 何度もこすって誤魔化すが、ヴォルフとの再会を喜んでいた。


 彼らだけじゃない。


 ヴォルフと関わったことがある騎士たちが集まってくる。

 皆、再会を祝福した。


 その光景を見守る少女がいた。

 アンリだ。

 手を組み、ギュッと握り込む。

 ハーフエルフである彼女の耳は、赤くなり、ピクピクと動いていた。


 すると、背中を槍の柄で小突かれる。

 振り返ると、兄ウィラスが立っていた。


「行かないのか? ヴォさんのこと、知ってるんだろ?」


「わ、私は……」


 アンリは迷っていた。

 自分はレクセニル王国大公リファラス家の娘。

 そして王位継承権を持つ、姫君でもある。


 そんな身分の人間が、王国を追放された男の帰還を祝福し、甘えていいものか、と……。


 すると、ウィラスはまた柄で小突いた。

 今度は背中ではない。

 頭をだ。


 痛ッ、と軽く悲鳴を上げる。

 少し涙目になりながら、兄を睨んだ。


「そんなもん、後でしれっと謝っておけばいい。重要なのは、今この状況において、お前の心がどちらを優先するかってことだろ?」


 ウィラスはアンリの胸を差した。


 胸に手を当てる。

 強い鼓動がはっきりと聞こえた。


 瞬間、アンリの腹は決まる。

 姫騎士は身体を半回転させた。

 ゆっくり――会えなかった年月を地面に刻むように近付いていく。

 騎士の波が割れた。

 彼女に花道を造るように下がる。


 その先に待っていたのは、待ちこがれていたその人だった。


「ヴォルフ、様……」


「ああ……」


 何を言っていいのかわからなかった。

 ただ喉元から溢れてきた言葉を、口にする。


「おかえりなさい」


「……ああ。ただいま、アンリ」


「遅かった………ですね」


「それはすまん。色々とあってな」


「心配したんです」


 アンリの声が震えていた。

 ヴォルフは少し困った顔を浮かべる。


「それも……。すまん」


「でも、帰ってきてくれました」


「ああ……」


「だから、許します」


 アンリは飛び込んだ。



 わぁぁぁぁああああぁぁぁあぁあぁあぁあぁあんんんん……。



 少女の声が響き渡る。


 朝日の光明が満ちる中、アンリは帰ってきた【剣狼】を抱きしめるのだった。


長かった(2人の再会は1年以上ぶり)。


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